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172.父様と慰安旅行2

あまりに長すぎたので今回は二分割です

そしてタイトルのナンバリング間違えておりました!

「さてと。夕飯までまだちょいと時間はあるわけだが、先に集まってもらったのはコレをどうするか、というのがあってな」

 じゃんと、木戸父が取り出したツアーの説明用紙には、これがウリですという感じの大きな文字で書かれていた。ちなみにここはこの階の一番わきにある宴会場と言われるところで二十人全部がすでに集まっている。

 夕飯までは三十分はあるけれど、集まるなら先にどうぞと言われていて席に通されているというわけだ。

『老舗旅館に泊まる、体験仲居さんツアー』

 添乗員なしとなっているのは格安プランだからだ。

 ちなみに仲居さんの方を押してはいるけれど、ビール試飲体験の方がメインで会社の人達は選んだらしい。

「せっかくだし、仲居さん体験ってのをやってみるのもいいんじゃないかな?」

 体験といっても書いてある内容はコスプレをする程度のことだ。働けということではまったくない。

「でも、男で仲居ってどうなの? これって書いてある感じだと和服姿ってことでしょう?」

「なんかのアニメのコスプレってコンセプトらしいからなぁ。ここに写真が載ってる衣装みたいな」

 男の仲居さんっていうのも世の中にはいるけど、ここのは違うらしいと父はあらかじめ伝えておいた。そもそもこの男所帯で、袴姿の仲居さんが入ったところでイベントとしてあまりおいしくないというのもあるし、せっかくなのだから、ネタ的な女装がみたいと思っているようである。これで息子におはちが回ってきたらどうするというのだろうか。はっきりいってネタでは済まない自信はある。

 ざわざわと話が進む中で、はるかさんと少し離れてこそこそ話をしておく。

「あれって、数年前にやってたやつですよね」

「そうそう。高校生が急に祖母に引き取られて仲居さんやるっていう」

 ひそひそと話しかけると、そのままこそこそ答えが返ってくる。どうやら西さんも見ていたらしい。

 周りでそれがわかる人はとりあえずこの二人だけのようで、他の人達の反応はいまいちだ。

「いちおう男性でも大丈夫って記載が書かれてあるから、とりあえずじゃんけんでもやって、勝った人にやってもらうってことでどうだろう?」

 そんな一声で始まった大じゃんけん大会はなかなかに熾烈な戦いになった。誰も女装コスでいじられたくないということで、負けた人達はほっと一息だ。

 木戸は一回目で速攻で負けた。まあ仲居さんコスをやりたい気はさっぱりないので、これはこれでいい。自分は撮影者なのである。

 そして戦いは続き。

 みんなで、じゃんけんをした結果、勝ち残ってしまった西さんがおろおろとした顔でこちらに視線を向けてきていた。

 助けて、といった具合だ。でもその視線を向けるならこちらよりも岸田さんのほうじゃないだろうか。

「西くんか。似合いそうだがちょっとかわいそうな感じだな。馨。お前も一緒にやってきなさい」

「は?」

 その静寂を破ったのは、上司である我が父だった。

 そして顔を青ざめさせている西さんの肩にぽんと手が置かれる。

 おそらく父はこれでもフォローをしたつもりなのだろう。他の連中なら洒落ですんだとしても、華奢でかわいい感じの人がやったら洒落ですまないかもしれない。

 そんなところを見越して、二人ならば意識も分散するだろうと考えたに違いない。体験者の人数は一団体で三名までと書かれてあるし二人ならばまったく問題はない。

「今日のスポンサーは?」

「おおせのままに」

 あう。お金のはなしを出されると厳しいものがある。そりゃ乞われて来ている身ではあるけど、スポンサーはやはり父なのである。

 そんなわけで結局、二人ともども着替えに向かうことになったのだった。 

 仲居さんの後をついて着替えの場所に移動する間も西さんの表情はあまり緩みはしなかった。

「そんなに固くならないでくださいな。注意を目一杯こっちに引き付けますから」

 がちがちに固まってどうしようと頭を抱えている西さんに気楽に声をかける。

 今回は木戸としても事情を知っている設定だ。ただややこしいのが、岸田さんとデートしてるのを見たのはルイだということ。女装コスの話は知っていても岸田さんと女装でデートしてることまでは知らないふりをしないといけない。

「ありがとー! 知られたのが馨くんで本当によかったよ。でも似合いすぎてこまるとか言われたらどうしようね」

「ふっ。うちは親放任なので大丈夫なのですよ」

 らくしょーですといい放ちつつ、旅館の人につれられて廊下を歩く。

 いうまでもなく、はるかさんの仲居さん姿はかわいいだろうし、自分だって破格に似合うだろうなとは想像がつく。ちなみに眼鏡はすでにシルバーフレームに掛け替え済みだ。

「西さんは和装はわりとやるんでしたっけ?」

「そこそこ、かな。っていっても仲居さんみたいなのははじめて」

「あらあら。お二人とも、コスプレ慣れしてます、といった感じですが、女装でも大丈夫なのですか?」

 西さんと同じくらいの年だろうか。若い娘さんが案内中のこちらの会話に混ざってくる。本日木戸達を案内してくれた仲居さんだ。老舗旅館だからてっきり年齢の高い人ばかりなのかとも思っていたのだけど、若い人もいるらしい。

「それなりには。でもこういう旅館で聖地イベントって珍しいですよね」

「あはは。よく言われます、私も漫画とかアニメとか大好きですからね。取材が入ったときはやったって大喜びしちゃいました」

 にゃははと楽しそうに笑う仲居さんは、そのまま着替えの場へと向かう。

 案内されたのは広い座敷の部屋だった。広いと言ってもさきほどの宴会場ほどではなく、二人で着替えていてもゆったりできるといった程度。ふすまをあければ二部屋展開されてもっと広いのかもしれない。

 そこにはすでに仲居の衣装がスタンバイされていて、着てくださいというような感じだった。

 もちろん木戸は着方がわからないので、仲居のおねーさんの指示を聞きながら着替えていく。和装経験はお正月イベントのとき以来だ。まったく経験が無いわけでは無いけれど、それでも一人で着れるわけではない。

「うわ、そっちのねーさんは作業早いですねぇ。熟練の技というか」

 たしかに西さんはすさまじい着替えスピードだった。もうこちらはこの布どうなってるのと襦袢と格闘しているというのに、最後の帯しめまでさっさと一人でやりきってしまったのだ。

「すさまじい慣れっぷりですねぇ。それに……本当に違和感がありません」

 はわーと感嘆したような声が漏れる。それに比べると、こっちはだいぶ情けない状態だった。

 おねーさんに指導をうけながら、そっちの布をこっちにとつけていく。

 最後にショートウィッグを被ればおしまい。はるかさんはセミロングのウィッグを被っている。

「うわ、馨くん、普通に似合う」

「そりゃ似合いますよー、胸もないし」

 しょぼんと女声でいうと二人が目を丸くする。たぶんこういうコメントが女装らしくないというところなのだろう。基本ルイは女装じゃなくて女の子の体現なのだ。ルイという身を自分自身で見たとき、女の子だったらこう言うだろうというのを再現できるようになっている。もう女装したときに感じる男としての感覚、ではないのだ。

「ああ、これは女装するときに使う特殊な声ですよー。もー二人ともオタクさんなんだからこれくらいのことで驚かないでくださいよ」

 くすりと笑みまで可愛らしく。完全に切り替えると仲居さんがきゃーんと胸元で両手をにぎりしめていた。

「これも含めて会場を引っ掻き回してあげますから、はるかさんは全然気にせずはしっ子で岸田さんといちゃいちゃしててくださいねー」

「な? ななな?」

 普通にはるかさんと呼びかけてしまったら、なぜか仲居さんがはわわと驚いた顔をしていた。

 その反応に、はるかさんが一瞬びくりとなる。

「ちょっと待ってください。はるかさんって、西王子はるかさんですか? 前のイベントの時の精霊フィーリアはすっごい可愛いかったですっ」

 興奮ぎみに彼女が前のめりになる。こちらも愕然としてしまって言葉がうまく出ないでいた。だってこんな遠方の旅館にオタクでコスプレ大好きな人がいるだなんて思わないじゃないか。

「でも、男の人だったなんて……全然気づかなかった。すごいです素敵です、サイコーです!」

「えっと、その。会社のみんなにはそこらへんの話は全然してないっていうかできないっていうか、内緒でお願い」

 はるかさんも声を切り替える。声帯をぎりぎりまで緊張させて出すタイプの高音だ。裏声を基本としたしゃべり方。

 ルイの発声法のほうがどちらかというと気だるい声が出るのにたいして、そっちはきんきんと元気な声が出る。

「わかってますよー。オタクの秘密は墓場まで!」

 まかせてくださいなーと、彼女が胸をはる。けれど視線は熱っぽくはるかさんに向かっていた。

 そりゃ、レイヤーさんから見ればはるかさんは憧れのおねーさまだものなぁ。

「でも、そうなると、そちらさまも有名なコスプレイヤーさん?」

 はて。と見たことがないよという不思議そうな顔をされる。おそらくはるかさんより自分のほうが有名なのだろうがシルバーフレームの眼鏡は見事に変装に適しているのだ。

 そして髪型が決定的に違う。翅さんの時の変装用ウィッグと同じくらいの短い髪型は、ルイの印象とは少し違うのだ。

「私は、別にどこにでもいる両声類ですよ? 特別どうということもないのですよ」

 にこにこと言っていると、仲居さんはどっかで見たことあるんだよなぁと腕組みをする。けれどもその先にはいけないようだ。

「でもそこまで完璧って。そんなの動画サイトとかで大人気になるレベルじゃない?」

「そうでもないですよ。私、歌はダメですもん」

 はるかさんに言われて、あたりまえに返す。

 青木は歌えるけどな、と内心で思いつつそれは言うつもりはまったくない。

「まあ、ともかくそろそろお夕食です。実を言えばもう着替えている間に配膳を済ませてありますので、最後の肴として参加しましょう」

 みなさんの驚いた顔がいまから楽しみですと仲居さんはわくわくした様子だ。

 さて。ここからどうしようか。

 ふと部屋の前で悩む。はるかさんを会社の他の連中にさらすのは正直良心が咎める。岸田さんの脇でゆっくりする、というならありだろうが、晒し者はよくはないだろう。

「お待たせいたしました」

 先に入ろうとする仲居さんを制止してちょっと待っててくれるようにお願いする。

 そして正座をして、すっとふすまを開けた。

 仲居さんが普通にやったことをトレースするように、完全な女声で話を続ける。

「仲居さん体験コースにご参加ありがとうございます。ただいまお二方とも着替えを済ませまして、待機をしております。男性の方が仲居体験をすることもございますが今回は少しばかりその……みなさまは驚かれるかもしれませんね」

 にこやかに話しかけると、みなさんからはどうなったんだろうなーなんて軽い言葉が浮かんでくる。

 まるっきりこちらが、偽の仲居だということに気づく気配はない。

「ううぅ。馨よぅ。どうしておまえはいつもそう……」

 けれどその中で一人だけ、その挨拶にまったをかけた声があった。

 さすがは親だけあって子供のことはわかるらしい。

「いいかっ。おまえは男なんだ。完璧に女性の仲居さんを演じられてどうするんだ」

「なっ、ひどいですお父様っ。どうしてそんなひどいことをおっしゃるのです。せっかくのイベントを全力で当たってると言いますのに」

 二人のやりとりを聞いた他のメンバーは一瞬惚けた顔をした。

「口調が変わるのはもう、知ってるはずです。それを全部丸呑みで仲居さんやろうかといったのは、父様じゃないですか」

 いまさら言われても困りますと頬を膨らませているとまあまあと岸田さんが間に入ってくれる。

「可愛いくていいじゃないですか。まったくこんな特技があるなんて全然わからなかったなぁ」

 その驚き方はいささか不自然なようにも見えた。それはそうだろう。彼ははるかの女装を一度とは言わず数度見ているのだという。そうなれば女装自体を完璧にする輩がいるということを理解しているはずなのだ。

「そんなわけで、仲居さんの衣装を着てまいりました。とは言っても本職の仲居さんのお仕事までできるわけじゃありませんので、話し相手くらいに思っていただければ」

 全体に向けて桜のようなほんのりした笑顔をふりまくと、男所帯な係の人たちは一様にぽーっとしたようだった。

 そしてこちらでわさわさやっている最中に、部屋の中にこっそりはるかさんが入ってくる。そのまま岸田さんの脇にちょこんと座った。岸田さんはそちらに視線をやっても驚きを見せない。いや、見とれてはいるらしい。シフォレに行くときは普通に洋服なのだから、そういう意味では和装は珍しいかもしれない。

 はるかさんは割と和装コスも多いし、実はこっちのほうが似合うんだよね。ほらほら、もっと見とれるが良い。

「さいこー! まさか係長のお子さんにこんな特技があったとは」

「多芸でうらやましい」

 うらやましいとは言ってもさすがに自分でやりたいわけではないのだろうな、とは思う。

 すでに着替える前に宴会はスタートしていたようで、割とみなさんはお酒をいただいていたようだ。

 そもそも、先ほどの父の対応もちょっと酔いが回ってる感じがするテンションだったように思う。

 お酌してよーなんて声にテキパキと答えつつ、苦笑を浮かべる。仲居さんは舞子さんと違ってお酌などはしないのだろうけれどそれはそれだ。

 父の面子というものもあるので適度に相手をしつつ、自分の料理にも手をつける。正直、大人の社員旅行というものはこんなにお金をかけるのかと思うほどの豪華さだ。山の幸がふんだんにあるのはわかるけれど、川魚なんかも入っているし、さらには海の幸であるお刺身なんかも入っていたりする。地産地消が基本なのかなとも思っていたのだけど、そんなことも無いらしい。

 木戸としては昆布巻きや、タケノコの煮付けなど、山の幸のほうに今回は心を奪われた。

 ご飯のおかずとしても行けるし、お酒の肴としてもいけるという料理が多いように思われた。

 それでも、大人達はお酒がメインになってしまって、あまり手をつけていないのがなんだかもったいないなぁと思ってしまう。  

 そうこうしているうちに宴会は進んでいく。うちの父が宴会芸を所望するような年齢でもないので雑談をしながらわいわい呑むというスタイルが定番らしい。

 仕事上での話だったり、隣の係の女の子が可愛いだとかそういう話も出ていて、大人は大変そうだなぁとしみじみ感じた。もちろんそこらへんに、うんうん丁寧に相づちを打ってあげつつ、話をせがむのも忘れない。年下の女子に求められる役割としては、聞き役というのは間違いではないだろう。そもそもこちらから積極的に話せるネタもないのである。


宴会に突入というわけで。当初の予定では岸田さんとがっつり絡ませる後半戦まで一気にいこうかと思いましたが、長くなってしまったのでとりあえずは前半だけ。

仲居さんコス回です。浴衣は着れるけどほかの和服は指導なしでは着れないのが木戸くんですが、はるかさんはさすがに着慣れていますね。


次回は宴会後半戦。みんなが酔いつぶれたあとに、です。岸田さんの謎がいろいろとけるかもしれないし、とけないかもしれない。

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