171.父様と慰安旅行1
「今度の慰安旅行、お前も是非つれてきて欲しいっていうんだが、どうする?」
「それって係全部でいくーみたいな感じ?」
五月のGWに入る前、そんな提案が父からあって驚いた。
父の係の人たちは結婚式での撮影を通しているから知らない仲ではない。
けれども、そこで誘われる、というのがいささかどうなのか、と思ってしまうのだった。
家族ではあっても、いちおう部外者なので、ご一緒してしまっていいのだろうかという感じなのだ。
「なに、おまえ写真うまいだろ。それもあってカメラ係も兼務でって感じだよ」
「うわっ、男だらけの旅行で写真もなにも……」
これは完全に偏見だけれど、むさい写真をいっぱい撮るというのもいかがなものかと思ってしまう。
父の係は完璧に男社会で、紅一点がなんとはるかさんというくらいな勢いなのである。もちろん会社であの人は男なので、紅一点ですらないのだけど。
それとどの程度自由に撮影させてもらえるのか、というのもいささか気になるところだ。早朝はもちろん解放してくれるだろうけど、できれば自然がいっぱいなところをばんばん撮影したい。集団行動だとふらふらと撮影というわけにはいかないかもしれない。
「ちなみに、行き先は温泉だ」
ぐっ。その台詞にかなりぐらりときた。
温泉。三月にエレナに温泉うらやましーといってから、やっぱり一度もいけていないのである。
けれども、ここで頷くわけにはいかない。一つ確認しなければならないことがある。
「そのお風呂に俺はハイレマスカ?」
「あ? 入れるだろう。それに混浴風呂もあるぞ? もしかしたら同い年くらいの女子と鉢合わせるかもしれんし」
にへりと頬を緩めた父に、母からのぎろんとした視線が向いた。
いい年して混浴に夢を見るなということだろう。そりゃまあ叔父さんから嫁さんをかすめ取ったくせに他に目を向けるなんてダメ、絶対である。三年目の浮気くらいおおめに見れないのである。
けれども、混浴風呂があるのならこちらも特別なにかを言われることはないかもしれない。
女湯はもとより、男湯にすら最近は入れないのだし残るは貸切風呂か、混浴かという話にもなる。
そこらへんの事実をイマイチ理解してくれないのは、交流が少ないからなのだろうなぁと少し反省だ。木戸の両親は放任主義だということは前に書いたと思う。
けれどそれはいちおう、ルイとしての活動のみで、他のことに関してはそこそこ話をしている、つもりだ。
さて。ではなぜ父がこんな反応なのか。ルイのことに関しては放任、つまり八割以上放任ということだからなのだった。我ながらルイとしての比重が大きすぎてしまって、そろそろ放任は辞めていただかないといけないのかもしれない。もちろん干渉されたらされたで困るけれど。
「あのっ。貸切風呂は!?」
「ああ、それは無理。あそこは貸切なしだ。部屋風呂がついてるところなんて高くて社員旅行にゃ無理だしな」
自分で稼げるようになったら、そういう部屋を借りるといいと言われて、がくりと足から力が抜けてしまった。
うぬぬ。いいもん。今度エレナにおねだりしてまた海に連れてってもらうんだからっ。
「ま、なんにせよGWの間だし、一泊二日でよろしく」
いい写真を期待しているぞ、とぽんぽんと肩を叩かれると、はいはいわかりましたと答える他にないのだった。
温泉。それは圧倒的に山のそばにあることが多くて、目の前には思い切り緑な光景が広がっていた。
今回の社員旅行は、同じ係の人間だけで行われるものだ。
他の会社では部ごととか課ごととか、割と大きな単位で動くようなところもあるというけれど、父の会社は現場の結束を重要視しているとかで、係での交流に関してかなりの力を入れている。
最小単位とはいっても二十人はいるので、結構な大所帯である。しかも全部二十代、三十代男性。
木戸父と、木戸だけがそれからはじき出されるように十代と四十代である。
だいたい電車に揺られて二時間といったところだろうか。
見事に男ばかりのむさ苦しい慰安旅行なのだけれども、それはそれで特急電車のボックスシートで和気あいあいとしていたりするのは、仕事から解放されてる気安さもあるのだろうか。
そして電車での移動にしている理由は、お酒を昼間から飲みたいから、だったりするようで、それぞれのテーブルにはビールの缶が置かれており、何人かは二缶目に突入というような状態になっていた。
西さんもおいしくお酒をいただいているようで、岸田さんの隣で電車の外の景色を見るふりをして岸田さんの横顔を見ていたりするのがなんとも乙女である。いつもの撮影法で西さんの視線と岸田さんの横顔という撮り方をしてみたけれど、あとでこっそり譲ってあげようと思う。
「あんまり呑み過ぎるなよー? せっかくの地ビール工場の見学なんだし」
試飲するまでに酔いつぶれてたら楽しくないぞーと父から声がかかって、みんなからへーいと野太い返事が返ってくる。そう。旅行の一日目はビール工場の見学というか、試飲会が目的だ。お昼にバーベキューも兼ねつつそれは行われる。
ちなみに未成年の人もいちおう飲めるものは用意されていて、お前は呑むんじゃ無いぞと父からはしつこく言われている。姉の酒癖が悪いことも知っている父は、どうやら木戸にもいろいろと不安を覚えているらしい。
「父さんこそ、あんまり呑み過ぎないように」
かしゃりとそんな父の姿を撮りながら、忠告をしておく。
うん。部下に注意する父の図。なかなか普段はお目にかかれない姿である。
「ちょ、いきなり撮られると心の準備が」
「いや、撮影係っていうのはいきなり撮るものだから」
みなさんもばしばし撮りますから今日はよろしくーと声をかけると、周りからたのむーと声が返ってきた。
ビール工場は撮影もOKだというし、いろいろと撮らせてもらおうと思いつつ、リンゴジュースに口をつけることにした。
「とりあえずはみんなで風呂にいこうか」
宿についたのは、夕方の五時ごろのことだった。趣のある民宿という感じのそこはどちらかといえばレトロという雰囲気のある建物だった。それもそのはずで八十年続く老舗なのだとか。
とうぜん入り口も撮らせていただいたし、窓からの景色などもがんがん撮らせてもらったのは言うまでもない。
人工物はそう好物でもないのだけど、こういうのは割と好きだ。
そして、少し酔いがさめてきているみなさんに、部屋に荷物を置いてからそんな提案が上がったのだった。
ちなみに部屋は五人部屋を四つ取っているとのことで、もちろん木戸親子は同じ部屋で、そこに西さんと岸田さんもセットだ。最後の一人はあのときの新郎だったあのお方。これは部外者と一番知り合いでもあるという意味合いでの選択だそうだ。確かにそれなりに話をしたことがある人達は多いけれど、一番親しいのはこのメンバーであるのに間違いはない。
下手をすれば、西さんとは親父以上に話をしているかもしれない。
そんなことを思いながら、旅館の廊下を歩いて行く。
ぞろぞろとタオルや着替えなどを持ちながら移動する姿はやはり思い切り成人男性ばかりで、かなりむさい。
そして到着した一階の端のほう。
男湯、女湯、混浴というのれんがかかった前で、みなさんの足が止まった。
「どうすんの? 混浴行っちゃう?」
何人かから、そんな下卑た声が漏れる。
男しかいないからこその発言だろうけど、混浴に夢を見すぎだと思う。そもそも異性と一緒にお風呂にはいるとか、心臓に悪くて温泉をゆっくり味わえない。
「いやぁ、とりあえずは男湯からだろう」
暴走しそうな人達をひっぱるかのように、父が男湯ののれんをくぐった。さすがは係長である。
「じゃ、親父。俺はあっち行くんでよろしくっ」
「ああ、じゃあ、僕もそっちで」
しゅたっと、親父の前でそんなやりとりをしていると、にやにやと混浴の方に視線を向けていた若手の社員たちから、はい? と不審げな声を漏らされてしまった。
「え。なにその、混浴で当たり前みたいな流れ」
「いやぁ、ほら、俺部外者ですし、係内の結束とかを男湯でやっていただこうかなと」
「じゃー、西までそっちとかどうなんだよ。係内の結束っていうなら、一緒じゃないと」
「あー、西さんとは、なんつーか、戦友なんで。仲間なのでっ。一緒に入っておこうかなーって」
ぱちりぱちりと、父に目配せをしながら、岸田さんに向けてそんな言い訳を重ねてみせる。
「これは、受付で聞いた情報だが、本日は若い娘さんの宿泊はないそうだ。魅力的なマダムはいるそうだがね」
ははっ。それがお望みなら止めやしないが、といった父の台詞の威力はすさまじかった。
一人一人いそいそと男湯に入っていくのが見えた。父が言うところのマダムとなればもうそれは、熟女というレベルを超えるのは年齢的にわかるだろう。ちなみにうちの父にとっては三十代ですら若い娘さんに入ってしまう。年下は若いと豪語するのが木戸の父である。
「理由はわからんが、これでいいんだろ? 西くんもちょっと奥手っぽいし、こういう所はちょっと躊躇するのかな」
最近の若い子は肌を同性に見せるのを嫌がるっていうしな、という父の分析は全力で間違っているのだけど、今回は助かった。岸田さんが少しだけ残念そうに男湯に入っていったものの、その視線をまともに西さんは見れていないようだった。
「おぉっ、ものの見事に誰もいないっ。このスペースを占領とかありがたいっ」
おっほーと、思わず素で声を上げてしまった。ちなみにちゃんと男声だ。
うっかりすると女声になるっていうことは、さすがにない、と思いたい。だいじょうぶ。
とりあえず、洗い場で身体を洗うことにする。お風呂の作法はしっかり守らなければならない。
「にしても、西さんよかったんですか? 岸田さんと一緒にお風呂に合法的に入るチャンス……はいつでもあるとして、お膳立てされてるこんな状態じゃないと無理でしょうに」
「岸田さんと一緒にお風呂なんて、無理……」
むしろ、混浴の方に立候補してくれて良かったよ、と西さんはほんわかした表情を浮かべてくれた。
ああ、かわいい。ホントもう成人男子とは思えないかわいさである。
「くぅ、ここにカメラがないのが恨めしい」
指でフォトフレームを作って、彼の姿を思い切り映し出すと、えっ、ええっと慌てて彼は身体を隠す仕草をし始めた。まったく、本当に乙女の反応で困る。
「まあ今はいいでしょう。さっさとお風呂にはいりましょうか」
もう、誰もいない広いお風呂とかどんだけ天国ですかーと、ようやくやってきたこの至福の時間を堪能することにする。ちなみに今回は温泉に入ると言うことで一つの計略を立てている。
そう。今の木戸には眼鏡がかかっているのである。
外すのが普通とお思いの皆さん。お風呂用の眼鏡というものが世の中にはございます。今後大学の関係者と旅行に行くなんて話になったときには、これは必須アイテムになるだろうと思って買っておいたのだ。もちろんいつもつかっている黒縁仕様である。
カメラの次に大切なのはお風呂。そんなのはもう言うまでもないのだけど、お風呂に入る上での最大の障壁は、男子に見られないから男湯に入れないという事例だ。
眼鏡を外していればなおさら。はるかさんにはしょっちゅう合っているので、そういう面でも素顔を見せるのは避けたいところだったわけだけれど。
世の中にはお風呂用の眼鏡というものがあるということを、実は数ヶ月前に知った。
エレナには、どのみちそのスタイルじゃ顔を隠しても……ねぇ? と言われてしまいはしたけれど、知り合いをどうこうするには重宝できると思っている。
「ええと、木戸くん? いちおー聞いておくけど、どうして君はこっちにきたの?」
「え? そんなの他の男の人、特に父親とか、とお風呂一緒とかないでしょうっていうあれです」
「それ、普通に女子のお子さんがいう台詞っ。パパと一緒なんて、この年になってダメだよ……とか、女子中学生の台詞だよ!」
「ま、まあ、そりゃそうですが……」
ぞぷっと、温泉から上がって、後ろ姿だけを西さんに見せるようにする。
そして、ぽたりと温泉の雫が体中をはっていくような状態で、苦笑を浮かべる。
「西さんは、コレで、男湯にはいれるとか、思います?」
「う……ん。妙に艶めかしいというか……っていう反応を期待してるんだろうけど! ごめん、あんまり見えないから!」
ああ。西さんの台詞がなんか、むなしいと感じてしまうのは、女子としての気持ちが強まっているからなのだろうか。いいや、違うだろう。もともとこうなるのを知っていてここにいるのである。
西さんはあれで視力はよくない。裸眼での視力は木戸以下で、普段はコンタクト使用だ。
お風呂の前にばっちりコンタクトを外していたし、ぼやっとした視界になってしまっているに違いない。それでもいちおうは転んだりしないくらいには見えるから外したのだろうけど。
たぶん輪郭くらいしか見えてない西さんにとってすれば、こちらの姿はそんなに明確に見えていないだろうし、むしろ眼鏡をとってしまっても大丈夫だったのかもしれない。
もちろんお風呂用の眼鏡をわざわざ用意してきた手前、そんな危険を冒すつもりは毛頭無いのだけれど。
「いえ、その方がむしろ好都合ですっ。あとで西さんが係のみなさんに係長のお子さんはーってことでいろいろ言い始めたら困りますから」
「信用ないなー、別にそんなことを言い回ることはしないよー?」
あ、良い感じのお湯だね、とほけーっとしながら西さんはお風呂に入った。
彼が言うとおり、コンタクトなしでもいちおうは日常生活は送れるらしい。よく見えるわけではなく、でもなんとか生活できるレベルでは見えるっていう話らしいけれど。0.3くらいは視力はあるんだろうか。
「木戸くんこそ、お風呂でまで眼鏡ってそんなに目が悪いの?」
「ああ、これ、お風呂用なんで。それより」
話を切るように、次の話題を持ってくる。眼鏡に意識を持たせたくないという思いが強いのである。
「その後岸田さんとはどうなんですか?」
つい一月前にルイとして質問したのと同じ内容を、今度は男子として彼にぶつけてみる。
いうまでもなく結果なんてわかっているのだけれど、話をするための通過儀礼みたいなもんだ。
「うぅ。なんも……まったく。これっぽっちも……」
目の前の景色のようにこれっぽっちもーという仕草は声こそ男子なものの、どこかいつものはるかさんっぽくって苦笑が漏れてしまう。
「なら、今回の旅行ではがんばらないと、ですね?」
「なんか、そのお節介っぷりが友達の女の子に似ててちょっと」
笑いが止まりませんという彼の言葉は明らかにルイのことをいってるよなぁとは思うものの、それについてはすっとぼけておく。
「ああ、そうそう。あれからうちの父は特に変わったことはないですか? いちおー、昼間のパパはーちょっとちがうーな話も聞いておこうかと」
ふふ、と言ってみると、ああー、それが気になるとはさすがに未成年と、変な感想をいただいてしまった。
正直、とってつけたネタなので、昼間のパパはどうだっていいのだが。むしろはるかさんの部署が上手く行ってるかどうかは知っておきたいという思いのほうが強い。
「うちは特別に、相変わらずむさい職場だしね。仕事も忙しい期間もあるし、そうじゃない時期もあるけど、せいぜいせいぜい残業しても数時間、かな」
「終電が終わって、お家に……て展開まーだー?」
「ずっとないですー」
あったって期待する展開なんて……とちょっとだけ声を高めにいいつつ、彼はぶくぶくと顔を温泉につけた。
恥ずかしいらしい。まったく。何を想像したというのだろうか。
「でも、現実的には、もっとドラマチックに何かがあるかもしれないですよ? たとえば、ほら、あの男湯に繋がってる扉ががらっと開いて、唐突に……」
びしっと右手の男湯の方をさしていうと、そ、そんなことはないんだよーとはるかさんは、あり得ない妄想をいろいろしているようだった。
男女の浴槽の真ん中に混浴があるわけだけど、右手に男湯、左手に女湯という風な配置の中でやけに右手の男湯が賑やかなのは、結構な人数がいるからなのだろう。逆に女湯の方は静かなものだ。
水音はするから何人かは入っているのだろうけどグループがいないのかもしれない。個人で入っている場合はあまり話をするということはないものだ。
その壁には、少しくぼんだところがあって、それぞれ男湯から、女湯から、混浴に入ってこれる通路があるわけで。
そんなのを見てしまえば、ちょっとばかりいろんな期待をしてしまうのは、浅はかだろうか。
けれどそのとき、かたんかたんと男湯の方の連絡通路の扉が音を鳴らした。
当然、西さんは身体をぴくんと揺らしている。もういろいろと想像が頭に浮かんでいるのだろう。
もちろん木戸はダメージを減らす意味合いでも浴槽の中だ。
目がいい人が、こちらの身体を見たとして、痩せすぎといってくるだけならいいけど、喉を鳴らすようになるとそれはそれで困る。
「よっ、混浴はどうだ?」
がらりと扉があいてすたすた入ってきた人影をみて、あからさまに西さんはホッとした顔をした。
はい、親父どのでした。
そりゃ、岸田さんがここでずばーんとご登場というのを夢見てたころもありました。
現実なんてそんなもんです。
「よりにもよって親父どのですか……」
あーあ、臨戦態勢して損したと思いながら、ざぶんと浴槽から外にでる。割と熱めなお風呂なので休み休み入りたいところだったのだ。
「あのな、馨……」
そんなこちらを見た親父どのは、悩ましげにうーんとあごに手をあてながら言った。
「おまえ、しばらく見ないうちに……静香さんばりなプロポーションだな! 胸以外な!」
「ちょ。母さんばりって……ウエストラインには定評はあるけど、お尻が違くない?」
さすがに、そこまで似てるとは思いませんぜというと、そうか? ときょとんとした反応が来た。
うーん、あんまり夫婦の営みが上手く行っていないのだろうか。
「でも、静香さんだってお尻はそんなに大きくないし、それくらいだったような……」
「過去のイメージがいろいろと改ざんされてるんじゃないの? いくらなんでも……ねぇ?」
そこで西さんに話をふってみせる。彼なら男女の骨格差なんていうのにも詳しいだろう。
「そこで僕に振られても、今はあんまり見えないですよ」
コンタクトつけてくるんだったなぁと西さんは苦笑を浮かべた。
「で? 西くんはどうなんだ? やっぱり他のやつらと一緒の風呂は抵抗ある?」
「あ、ええと、その」
なんと答えて良いのやらと、西さんは言いよどんでしまった。
親父どのとしては、一人だけこっちにきている西さんのことを気にしてのことだろうけど、あまり追求してはいけないことがらも世の中にはあるのである。
「抵抗ありまくりですよ。西さんだって良い感じなぷろぽーしょん、なんだし、男湯の獣たちにこの裸を見せるわけにはまいりませぬ」
なので、こちらから助け船を出して上げることにした。
しゅぱっと西さんを庇うように二人の間に割って入りつつ、その台詞は少しだけおどけていて冗談をいっている空気を出しておく。実際半分は本気だ。西さんは華奢な方にはいるし、女装コスだってこなす人なのだから、それなりのプロポーションであることに間違いは無い。
「おまえなぁ……って。ああ、だから風呂にはいれるのかみたいなことを聞いてきたのか? つーか……他でなんかあったのか?」
先ほどからのやりとりで少しは何かを思ってくれたのか、ようやく事情を聞いてくれた。
あんまり深く話すつもりはないけれど。
「修学旅行の時に少々……」
「それって二年前くらいのか?」
「一年半です。もーそんときは思いっきり男性恐怖症ですわ」
一時期、避けてた頃があったはずなんだけどなーと言ってあげても、そうだっけ? とぽかんとした反応されてしまった。
「まーあのころ、ほとんど一緒にご飯食べたりとかなかったしー」
そもそも交流なかったから、仕方ないかーとわざとらしく言うと、西さんも緊張が解けたようで話に入ってくる。
「係長ったら、家のことはないがしろにしてしまうタイプだったのですね」
「いいがかりだろっ。俺は静香さん一筋なのっ。つーか、うちが家族そろわないのはぜーんぶ馨が夜遅かったからだし」
「へ? 馨くんってガリ勉タイプだったんですか?」
「バイトと趣味だな。ろくに家にいつかないで遊んでいたのは全部馨が悪い」
うんっ。その通りだと言われてその通りでございますと頷いておいた。
あまり反論しても放課後ライフのことをつっこまれるので、とりあえずそれ以上は話が広がらないようにしておこう。
「ほんと、父さんのところは残業もあんまりないし、ホワイト企業だよな」
「やろうにも、仕事があんまりないしな。それに短期集中で片付けておしまいってのがうちの会社の風土だし」
だらだら残ってるのはよろしいことではないし、みんな優秀だからさくさく終わるんだよ、と父はなぜか恥ずかしそうに声を潜めた。
西さんの前でそういうことを言うのに抵抗があったのかもしれない。
「ま、なんにせよ、だ。その気になったら男湯のほうにも来てくれよ」
ぽんぽんと肩を叩きながら、親父は男湯の方に戻っていった。
本当に西さんのことだけ心配で様子を見に来たらしい。
「まーああは、言われたものの……岸田さんが上がらない限りは、いけないっすよねー」
にひひーと笑顔を浮かべてあげると、もぅ、と乙女らしい声で膨れられてしまった。
これでもうちょっとこのお方が踏み込みさえすれば、いろいろと進むのになぁと思いつつ、これはこれで仕方ないのかなぁと普段のはるかさんの姿を思い浮かべてため息を漏らした。
社内旅行というものに作者行ったことがないので、調べたりしつつ五人部屋を想定してみました。ビール工場関係というか、お酒系のイベントは取材と称していろいろいってみたい気はするのですが、なかなか二の足を踏んでおります。
そしてお風呂です。貸切がだめなら混浴に入るしかないじゃないって感じでありますとも。お風呂眼鏡は発売されてあんまり時間が経ってないそうです。世の中にこういうのあるんだーと思ったり、コンタクトははめっぱなしでお風呂入れるものなんだーとか、今回は新たにいろいろと知ることができました。
そして、次回は、夜の宴会にて、です。ここからは原稿があるので楽ができる……っ。




