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168.初めての女装通学

 先輩命令だからっ。といわれて今日は朝から女装姿である。

 家からというのはさすがに親にいろいろ言われるので、途中のトイレで着替えを済ませた。こういうとき多目的トイレはありがたい。エレナあたりには、めっ、て言われるけれど他に着替えが出来る場所なんてないし、多目的なんだからいいんじゃないかと思う。

 髪型をしっかりととのえてメイクも軽くこなす。HAOTO事件の時に使っていたショートウィッグを使っているのでルイとはかなり印象が変わっていると思う。田辺さんと会った時にルイだと思われたらさすがにまずい。

 今日の姿は、膝丈くらいの紺のスカートに黒のワイシャツ。そしてふわっとしたベージュのカットソーをあわせている。

 いつものシルバーの眼鏡をかけると、いつものルイよりもおとなしめな女子大生という感じの仕上がりになる。

「ふむ……やっぱりこっちの方が出歩くのは楽しい……」

 手にしている一眼は馨がつかっているほうだが、それでも気分はいつもよりも高揚しているような気がする。ふわふわしているというか、ドキドキ感もあるかもしれない。

 もちろんいまさら女装で外に出ること、人前に出ることに抵抗はない。それがルイとしてではなく馨の女装としてであっても、すでにいろいろやってきているので自信もあるし、どうとでもなるだろう。

 敢えて言えば田辺さんたちだろうか。一応カメラは大学の講義中ははずしてバッグにいれているのだけど、今回は移動中のカメラ所持もなるべく控えることにしている。木戸氏のカメラということで本人バレするのを避ける意味合いと、カメラをいつも持ち歩いている女子=ルイという連想を外すためだ。もちろん放課後は遠慮せずにばしばし撮るつもりだ。

 教室にはいるとちらりと田辺さんと視線があったけれど、それはすぐに外される。

 見たことがない相手だなくらいに思ったんだろうか。

 今日の講義はどれも大ホールで行う大人数型のものばかり。出席も入り口にあるスキャナに学生証を読ませるだけでいいから、格好が一致しなくても特別問題もないというわけなのである。

 少人数の語学の授業なんかが入るとさすがにばれるけれど、これならば問題はない。

 むしろこっちで大学いっちゃいなヨという友人達の声が嫌に頭の中で反響した。

 できてしまうのだ。実際。もちろん友人達には内緒だから、声もかけずに一人でもくもくと授業を受けるという感じになってしまうのだけれど、そればかりはしかたがない。

 君かわいいねーなんて、赤城に声をかけられたものの、その、ちょっと今まであまり大学に来られなくて、と病弱っぽい設定を取り出したら、普通にわからないことがあったらなんでもきいてよーなんて軽い声がかかった。相変わらず社交性の高いやつだ。

 午前の講義が終わるとお昼ご飯。いちおう今日は、女装でサークル棟のあの部屋までいかないといけないので、ここで女装を解くわけにもいかない。

 お昼はぼっち飯がいただける例の場所に行こうと決めた。

 大学の校舎を見渡すことができる絶景なのに、こちら側は校舎の影になるからなのか、人はめっきり少ない。たいていカフェテラスや南側の広場で食事を取る人間が多いのだ。あっちはベンチなんかも多いし、なにより日当たりがいいから、ひなたぼっこも兼ねて多くの学生で賑わっている。

「まっ、こっちのほうが天然というか、人工っぽさが少ないわけで」

 南側はしつらえたような学校の交友スペースというような感じが強いのだけれど、こちら側は野草も多いし日陰でがんばって咲いてますというような感じのモノが多い。

 そんなものに包まれながら、一発シャッターを切る。バッグの中からとりだしたそれは新しい方のカメラだ。さすがに周りに人影はいないし、ちょっと位はいいだろう。

 女装姿でこちらのカメラというのも新鮮だ。悪くない。

 そして画像をチェックしてにんまりしてからお弁当を広げる。

 いうまでもなく、木戸のお手製のお弁当だ。アルバイトの時間を多少減らしているのもあって、お昼ご飯は徹底的に節約をしている。

 ミートボールをあぐっと口にいれるところで、一瞬影がさした。

「お一人さまですか?」

「ふえっ!?」

 いきなり声をかけられてびくりとした。あむっとかじりついていたミートボールを取り落としてしまったくらいだ。それはぽとんと弁当箱のなかに不時着する。よかった。

「もぅ。いきなり声かけないでくださいよ。びっくりするじゃないですか」

「ごめんごめんっ」

 わたわたと手を振っているのは田辺さんだ。まったくどうしてこんなところまで。

 ここいらはひとけが少ないぼっちスペースで、トイレで食べるならここにきなよ! というくらいには人が寄りつかないところのはずなのに。

「ちょっと気になったというか……あなたの後ろ姿をおっかけてたらここに」

 不思議顔をしていたら、彼女が解説をしてくれた。

 まさか、ずっとこちらを追いかけていたんだろうか。まさかルイとしての気配をかぎ取ったとかそういうのはないよね、だいじょうぶだよね。

「ご飯一緒してもいい? 一年生……なんだよね?」

 答えを聞く前に隣にちょこんと腰掛けられる。まったく一人めしを食べにきたというのにどうしてこうなってしまうのか。

 田辺さんじゃなくて別の女子ならまだよかったものを。

「一年……ですが。名前はいいませんよ。ちょっと訳ありなんで」

「へぇ。確かに見ない顔だものね。まさか忍び込んで講義受けてたとか?」

「それも内緒です」

 ぷぃとそっぽをむきながら、さっき落ちてしまったミートボールを改めて口に入れる。

 気まずい。とっても気まずい。

「まーいいけどねぇ。忍び込んでまで講義を聴きたいなんて酔狂な人、そーいないだろうし。それよりもさ。しのさん。これからも来るの?」

「しのさんって……忍び込み確定な名前ですか」

「だってー、名前ないと不便だよー。これからも来るっていうならさ」

 確かにそれは間違いではない。人と関わるなら呼び名くらいは必要になるだろう。

 けれども、さすがにシノさんはどうなのかと思う。

 どよんとしていると、そんなのお構いなしに田辺さんは自分のお昼ご飯を取り出す。

 今日はサンドイッチのようで、パンからはみ出たレタスがもりっと輝いている。

「へっへ。駅前のパン屋さんのサンドイッチなのです。お昼までみずみずしいとか幸せ」

「確かに。それは良さそうかも。入ったことなかったけど……」

 むぅ。とサンドイッチを見つめつつ、そのパンの独特な生地とほわんとした香りにお腹が鳴る。

 そう。コンビニなどで売ってる耳をおとしたやつではなく、食感をしっかり味わえるようなパンでサンドされているのだ。

「あはっ。いい音ですなー」

「うぅ。た、あんたがお昼を邪魔するからでしょー」

 一瞬田辺さんという名前を言おうとして、あんたといいなおす。まだ彼女の名前をこちらは聞いていないのだ。

「ごめんごめん。じゃー食べながらちょっと話をしよう」

 あむりと彼女が先にサンドイッチをほおばる。それにつられてこちらもお弁当を口に入れていく。

 そんなに時間がかからずお弁当はおなかの中に納められる。

「割としのってば大食漢? けっこー量があったよね?」

「そっかな」

 割と木戸のご飯の量は少なめという評価を受ける方が多い。もちろん男子としては、なのだけれど。

 女子としてはたしかにさくらよりちょっと多めといったくらいだったけど、そこまで差があるという風には思ってなかったんだけど。

「むしろ君の方がサンドイッチ一個とサラダとデザートって、それで足りるもの?」

 ダイエットではないと思う。田辺さんはもうそれはそれはすらっとした体型で、あえてダイエットをする必要はさっぱりない。

「割と標準な量だと思うんだけどなぁ。教室でお昼とかするとだいたいこんなもんだよ?」

 そういうもんか、と思いつつ、お昼を一緒に食べてきた相手を思い浮かべてぴんときた。

「なーる。そうかあたしの周りの女子はたいていアウトドア派だ」

 ぽんと手を鳴らして、ああなるほどと思い至る。さくらやあいなさんはカメラもってうろうろしてる人だし、他の女子とお昼ご飯というシチュエーションはそこまで多くない。というか見た目女子だけど、中身とか胃袋は男子ですという知り合いのほうが多いのだ。もちろんエレナあたりは小食なのだけれど。

「へぇ。しのはアスリートさん?」

「アスリートではないけど、散歩は割とする……かな」

 それなりに被写体を求めて歩くので、そういう意味では運動はしているといっていいだろう。

「って、あたしのことばっかり話すのはちょっと」

 なんでこっちばっかり話させられてるのかと思ってしまうのだが、かといって田辺さんに変に質問を浴びせると興味あるアピールになってしまって良くない。

「そうはいっても、しののことすっごい気になるんだもん。そりゃ質問攻めにしちゃうよー。正体不明のお嬢さん」

「まったく」

 正体不明といわれてそれには反論のしようもないよなぁと思う。

 食べ終えた弁当箱を鞄にいれて、食後のお茶を取り出す。もちろん経済的な事情から水筒をもち歩いているのは言うまでもない。

「おわっ」

 そのとき、うっかりと財布をひっかけてしまったらしい。

 それにひきずられるように、パスケースも一緒におちた。

「もう、なにやってんのよ、ってこれ学生証パスケースにいれてるんだ?」

 え? 一瞬、言葉がつまった。

 こちらの動揺を見て取ったのだろうか。彼女は何気ない仕草で彼女の足下におちたパスケースを返そうとしてそこで、ぴたりと視線を止める。

「やだなぁ。ちゃんとうちの学生なんじゃないの。えと名前は……木戸、馨さん?」

「うぐっ」

 ばれた。思いっきりばれた。まぁばれたならばれたで言い訳もあるのでいいのだが。ルイであることがばれるよりは圧倒的にこっちのほうがダメージは少ない。

「あなた。木戸くんの妹さんとかそんな感じなの? 学生証借りて代返みたいな」

 これあれば、本人の出席になるもんねーと彼女は納得顔だ。

 まぁそうか。普通にそう思うか。でもその誤解はそのままにしておいた方がいいのか。それとも。

「あーあ。バレちゃしょーがないか」

 はぁと軽い嘆息をして、お茶を飲む。

「ご覧の通りに。木戸馨の妹……ではなくて、ですね」

 まいったなぁと頭をウィッグごしにかきながら、軽く息を吸って声を整える。

「俺が木戸馨、本人なわけでね」

「なっ……」

 男声にもどすのはその一言だけ。また女声まで上げて説得を続ける。

「一昨日サークルで先輩に言われちゃってね。ちょっといろいろあって、結果的に今日は女の子のかっこできなさいって流れになっちゃって。先輩の言い分は守らないとって」

 本当はこういうの嫌なんだけどねと言い訳をつくる。

 けれど彼女はきょとんとしたままだ。

「またまたぁ。いくらなんでも無理がありすぎでしょー。そもそもあなた。休み時間にトイレに行ったりしてたじゃない? それはどうしてたのよ」

「それは多目的トイレですよ? 女装するときはアレがあるなら第一選択だもの。この学校は至る所にあるから正直とっても助かる」

 なければ女子トイレを使うのだが、それは言わないでおいた方がいいだろう。

「それと、田辺さん。申し訳ないけどこの件はみんなには内緒でお願い。さすがに今日だけだと思うし、これが赤城とかにばれるととたんに面倒くさいことになるだろうから」

「そういや見慣れない子がいるーって声かけてたっけ……って。こっちの名前も知ってるとなると本人なの認めざるをえないか……」

 ふむんと、髪の毛に手を伸ばしてくる。ウィッグも三年でいくつかバリエーションを持たせて持ってはいるものの、今日のはそんなに質のいいものでもないから、触るとわかるだろう。ルイのときに使っているのは最近は地毛に近い自然なものにしているのだけれど。

「まっ、今日だけっていうなら見逃してあげる。でもそっか。だから木戸くんあんなに春の新作に詳しかったんだね」

 自分で着るのになれてればそりゃ、目もいくよねぇと納得されてしまったのだが、間違いでもないので訂正はしないでおく。

「そしてそんな格好で歩き回るのが普通なら、女友達にも不自由してなさそうだよね。それで合コンの時もがっついてなかったのかな」

「正直、そういうところもなくはない、かな。むしろ高校のころは男友達の方が少なかったから、大学じゃあ友情を大切にしようとしみじみ……」

「あははっ。でもそのかっこで男の子の前にでたらモテモテなんじゃないの?」

「まーねー。赤城に目をつけられたくらいですもの」

 どよーんとしながら言ってやると、そういうところ女の子っぽーいと言われてしまった。

「そんなわけで、今日のことは是非ご内密にお願いいたします」

 放課後の授業も是非よろしく、とお願いをすると、かし一つだからねーといわれてしまったのだった。

 かおたんに名前がつきました。そして眼鏡の力恐るべし。

 まさに仮面に匹敵いたします。シルバーフレームのかわいめの眼鏡であっても裸眼とは印象が異なるのです。

 今後もときどき、シノさんはでてきますのでよろしくどうぞ!

 

 明日はサークルのほうへのお目見えですが、かなり文章いじらねばなりませんので上がるかどうかは……いえ。がんばりましょう。

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