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164.ルイさん大好き田辺さん

「すっごい人と知り合ったの! 写真好きな木戸くんに是非教えてあげたいっていうくらいな人」

 翌日。世間はどうやらGWまっさかりで休みのところもあると聞くけれど、木戸の大学は平常運行なので普通に授業がある。その中の一つが終わったところで飛びつくように田辺さんは寄ってきた。朝から話したくてしょうがないという感じだったのは見ていたのだけれど、なかなか講義の関係でタイミングがつかめなかったらしい。

「ふーん。有名なカメラマンさん?」

「ふっふん。これを見るといいのです」

 じゃんと、コンパクトなタブレットを取り出してそこに画像を表示させる。

 どれどれと遠慮がちにのぞき込むと、一瞬息が詰まった。そこにあった絵が予想通りの絵だからだ。

 おまけにタブレットでLTE対応ですか。いいなぁ。木戸の金銭感覚ではそんな高級品は使えない。毎月七千円とか、もう通信端末のために働くような生活になってしまう。

「なーにみてんの、ってこれ、豆木ルイの写真館じゃん。最近微妙に人気があるっていうけど、この偽名はどうにかならないのかと、前からずーっと思ってたんだよ」

 わきからずいと、割り込んでくるのは彼女が大学に入ってから親しくしている磯辺さんだ。眼鏡キャラで委員長タイプな彼女は、割と辛口な物言いをすることで有名である。そんな彼女はことさらルイに対しては手厳しい対応を元からしている人だ。

 くぅ。確かに苗字の方はけっこーむちゃくちゃつけたけど、そこまで否定してくれなくてもいいじゃないか。とはいえあえてこちらから何かをいうことはできない。スルーするしかないのだ。

「ね? 木戸くんも風景の写真好きって言ってたじゃない? だからこの子の撮る風景も絶対好きじゃないかなぁって思って」

 見せようって思ったの、ときらきらしながら言われてしまうととてもばつが悪い。

 なんせその相手は自分自身なのだから。

 とはいっても、そこまで親しくない人間に、ルイと木戸の関係性を伝える気はない。

 それは木戸としても撮影をするからこそ、ルイの人気に乗っかるのを嫌うからだ。

 ルイの写真の評価の一部は、残念ながら撮影者である自分(ルイ)のパーソナリティ込みである部分がある。昨日も知られていたように翅の件があってからそれなりに悪い意味での知名度が上がってしまっていて、純粋な写真の評価というものに繋がらないのだ。

 特に日本人は誰かがいいと(、、、、、、)言っているもの(、、、、、、、)は、良いと捉える風潮がある。自分の判断より多数の評価を優先する。自分の審美眼に自信を持てない人は実は多い。

 それを言えば、その多数派に合わせるように服装をコーディネイトしている自分もそんな中の一人ではあるので、それ自体が悪いとは言えないのだけど、そういう余計な情報で見られるのはやはり嫌なのである。

 その点、男子としての公開なら余計なフィルタもかからないのがいい。

 そこで褒めて貰えるのはなによりありがたいのだ。

「でも、見る限りコスプレ写真ばかり、だろ?」

「そうなんだけど、ときどき。ほらこれっ」

 わざわざ見せられなくても、そんなものはもう知っている。

 けれども見ないわけにもいかず、時々ちょろっと入っている風景の絵を見る。

 コスプレの写真はたいていがキャラクターをメインに据える。けれどもその土地の背景だって捨てられはしないから、コスプレ写真であっても背景を何枚か撮って差し入れるようにしているのだ。

 さんざんやってきているルイの、その日(、、、)の見せ方というやつである。

「あと、隠しサイトがあってね。ここのところ」

「うわ、よく見つけたな」

 かちりと左下に小さく隠してある「.」をクリックする。

 実は、エレナに風景もっとのせたいの! って言ったらじゃー隠しサイトにしようよなんていう話になってこう落ち着いたのだった。いちおう間借りしている身なのでコスプレメインでやっていたのだけど、やはり風景の写真も載せたいわけで。そんなこちらの心情を把握していたのだろうエレナは、苦笑気味にじゃあ、隠しサイトにしよっかなんて話になったのだった。

「へへっ。ちょっとレトロな感じの隠しサイトで、なんか懐かしいなぁなんてね」

「最近はこの手の隠し系って見かけないよな」

 エレナも言っていたことだ。十年も前ならばあったといわれるのだが、ここのところそういうところもそう見ない。

「そして、出てくるのが風景の写真ばかりってね」

 どうよ、と自分の手柄のように胸をはる田辺さんを脇目に、写真をむさぼるように見る、ふりをする。

 あれだけ好きといっていた写真だ。そしてこのクオリティの写真を見せられてそれで何もしないと言うことは違和感がありすぎる。

「それで? この人と知り合ったんか? 町で?」

「そうなの! すっごいかっこよくて、大人の女って感じで」

「あー言っとくけど、ルイは同年齢だからね。大学一年って書いてるでしょ」

 磯辺さんが嫌そうに顔を歪めながら補足を入れてくれる。まったく二人で表情が真逆だ。

 いや、まった。大人っぽくなった、とは自分では思うけれど、同い年の人に大人の女呼ばわりされるほどではない、と思いたい。

「ええぇっ。あれで同い年って……どうやればあんなに大人っぽくなれるのかな」

「それは、あんたが恋でもすればいい、んじゃないかな? どこかにてきとーな相手がいるといいんだけどねぇ」

 にまにまと磯辺さんがこちらの方に視線を向けてくる。おまえさんはこの子とつきあったりしないのですか? という感じだ。でもそう勘違いするのもわからなくもない。あれだけ男の人が苦手といいつつ木戸の頭をなでてみたり、はなしかけてきたりしてきているのだから。

「恋……かぁ。ルイさん、女の子もいけるかな……」

 うっとりするようにいわれて、うわぁと頭を抱えそうになった。

 確かにこの前も、強引にお礼をされてしまったわけだけれど、それってそういうことなのか?

「恋すりゃ大人っぽくなる……ってもんでもないぞ。田辺さんは人慣れしてないだけだろそれ」

「もぅ。人を子供みたいに。そうじゃなくてルイさんみたいに、天真爛漫でかつしっかりしてて、それでいて優しいみたいなそんな風になりたいってだけで」

 うぐ。これだけ目の前でべた褒めされると、ルイを構築している身としてはいささか居心地が悪い。ルイは確かにいい奴だ。写真馬鹿ではあるけれど、だからこそ被写体をないがしろにはできない。その上で一歩引いて物事を見る癖があるものだから、妙に超然としてしまう。

 たいてい今までふれあった女子は、自分と比べてどうかというところで話をしてきたから、嫉妬されるケースばかりだったのだけれど、どうやら今回は憧れられてしまったらしい。後輩からはそういうのは多いんだけど、同年齢の子に憧れられるのは、むずがゆい。

「なりたいって思ってなろうとすると、たぶんつかれると思うけどな。その評価が正しいならさ」

 ルイのあり方は好きでやっているから、別段疲れはしない。

 ただ普通の人がそれをやるとなると、かなりきついはずだと思う。

 そりゃルイだって手を抜いてるところはあるけれど、ばれるばれないの話から始まってそこそこ高スペックで維持しているところもあって、普通の女子がそれを続けるのはそうとうの労力になるのではないだろうか。え、確かに慣れってのもあるけどね。

「いうじゃない? いつもへたれでやる気のない木戸くんが」

「確かに俺はやる気のないへたれだが、だからこその感想だよ」

 なにか悪いかという態度でいうと、くすりと磯辺さんが初めてこちらに笑顔を見せた。

 いままでモブを見る目だったのが、明らかに変わったようだった。

「そこまで徹底して自分がへたれだと告白する男子は初めて見た。ある意味、あんたら二人、相性いいと思うんだけど」

 どうだろうか? と問われるが、むしろ田辺さんのほうに反応はない。

「もー彼女にするなら断然ルイさんだよー!」

 今までの話を聞いていたのかどうなのか。田辺さんははわーと妄想をいろいろしていたのか頬に両手をあてて、そんなのはー、あーんもうー、ルイさんったらぁととろけそうな顔をしている。

 うぅ。どういう想像だというのだろう。百合百合しいのだろうか。今の立場からならこういうしかあるまい。

 だが、男だ!

 まあ、彼女的にはどっちでもいいとかいいそうだけどな。残念ながらルイは恋愛に時間を割いている余裕はない。

「ぶ、ぶれないわね、あんたも……女子が好きってわけじゃないでしょうに」

「そりゃそうなんだけねぇ。でもすっごい可愛かったし綺麗だったし、しかも凜々しいとかっ。もう男子なんてどーでもいいっ」

 そもそもいままで、男子とどうこうとかなったことないし、ということは確かに正しいのだろうなと思う。

 田辺さんの高校時代の姿を見たことは無いけど、そうとう地味だったんだろう。

 それが大学デビューでこれだけ変わるのだ。

 男が女に化けるくらい普通のことだと思うのだけど、いかがだろうか? え。それはないっすか。

「ぐぬぬ。その場にいなかったのが恨めしい。あたしだってナンパ男なんてちぎっては投げちぎっては投げ」

「磯辺さんなら、扇子でぺちんとはたきそうだよね」

 普段のコスの姿を思い出してうっかりそう言ってしまったのだけれど、彼女はあまりそれには気づかなかったようで。

「しかも、豆木ルイっていったら、無類のカメラ好きよ? ほんともうヘンタイなんだからね? 日常生活も危ういと言われてるほどのオタクなんだからね!」

 磯辺さんの忌憚のない意見がぐさぐさささる。さすがにそこまで言われるほどひどいとは思っていないし、日常生活も……危うくない、よね? ね?

「そこを押して余すことのない、そんな感じなのっ。もー一緒にいるだけでどきどきしちゃって。オーラがあるっていうか」

「それって一種のジェットコースター効果ってやつだと思うけどね」

「そーよ。夜な夜な町を歩き回ってシャッター切ってるような人なんでしょう? そんなの怖いわよ、恐ろしいわよー」

 まて。人をなんか人以外のモノみたいにいわないでくれ。

 けれど実際問題になるのは田辺さんのこの、ぽやんとしたところなんだけれど。

「ああ。でも通りすがりなんでしょ? 連絡先わからないんじゃないの?」

 と、聞いたところで、ぴろろんとメールの受信があった。

 開いてみると、エレナからだ。なんだかホームページにのってるアドレスにルイちゃんについて熱々ラブコールが何件も来てるよー! なんていう内容だった。

 ああ。そうですか。

 もちろん、普通にファンレターみたいなのをくれる人はいる。そういう人には返事も書くし、フリーメールのアドレスだって持ってはいる。そちらに連絡をくれる場合もある。でもそちらはどうしても出先ではチェックできないし、家でパソコンで見るしかないのである。

 エレナはスマートフォンなんかから確認できるんだろうけれど。スマホは高いのだ。

「にひひ。実はエレナさんとルイさん、両方にメールを送ってみたの。返事はまだなんだけど、ぜったいお友達になりたいって」

「うわぁ。そこまで行くとぷちストーカーだよ……目を覚まそうよー」

 こちらが思ったことをまんま、磯辺さんが言ってくれる。その通りだ。

 田辺さんらしくない。

「だって、そこしかつながる糸がないんだよ? ルイさんとはまた会いたいし、お茶とかデートとかショッピングとかいろいろしたいもん」

「ルイは……っていうか写真馬鹿はたいてい、写真を通してしか世界とつながれないもんだ。デートっていうなら撮影デートになるはず」

「へ?」

 なんで断言できるの? というような不思議顔をされてしまった。

 まー、一般的なカメラマンさんは私生活もちゃんとあるだろうし、デートなんかもしてるのだろうけれど。ことさらルイやら、あいなさんやらとなると、私生活もとても残念なのである。

 とはいえ、それを口にすることはできないので、やれやれと肩をすくめて見せる以外にない。

「ルイさんはとってもいい人だもんっ。そんなことないもん」

 ぷぃと、そのまま怒ってしまったのか彼女は次の講義のある部屋に移動してしまった。

「うぐっ。そういうしゃべり自体がもう大人じゃなかろうに……」

「そういう子供っぽいところ、あたしは好きなんだけどねぇ」

 はぁと隣で磯辺さんがため息を漏らす。

「それで? 影の薄い木戸くんは、アッキーのことどう思ってるの?」

 どうなのさーと顔をのぞき込まれても、別段なんという気分もない。

 ちなみにアッキーというのは田辺千晶。彼女の下の名前をもじったあだ名だ。

「被写体としてはおもしろい。本人が言うように大学デビューしたてで、まだすれていない感じもいいし、慣れないでちょっとおどおどしている方が、瑞々しくて好きだ」

「あら。珍しく意見が合うのね。むしろあたしはルイみたいな人生謳歌してます! みたいな子、嫌いだわ」

 面と向かってではないから、この場合は厳然とした評価ということなのだろうが。

「じゃー、俺はさしずめ、人生謳歌してなさげ、と?」

「あんたは……興味ないからよくわかんない」

 ずるり。あんまりな評価にかくりと力が抜けた。でも彼女からしてみれば男子にそこまで声をかけるタイプでもないし、気にはかけてもらえているのだろう。

「はいはい。わかってますよ。どーせ空気みたいとか、存在感がないとかさんざん言われてますんでね」

「さすがにそこまで自分を卑下しないでもいいと思うけど」

 それじゃ、講義はじまるから、またーと彼女も苦笑を浮かべながら去って行くのだった。

 大学の女子はやはりどこか、扱いが難しい。そんな感想ばかりが頭に浮かんだ。

こちらもまだまだ続くよ! ということで田辺さんのターンでございます。

そして磯辺さんが珍しくアンチルイ。きちんと回収はしますが崎山氏よりもツンデレキャラかもしれません。


そんなわけで次回はイベント会場で磯辺さんと一悶着です。

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[一言] ルビは10文字までですよ
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