017.先輩達と撮影旅行1
「撮影旅行、いかない? お泊まりで」
そろそろ三学期も終わると言う頃。
どんどんと温かくなっていく景色の中で鮮やかな緑を撮影していると、遠峰さんからそんな提案があった。
「はい?」
もちろんルイとしてはきょとんとした返事しか出てこなかった。
いちおう遠峰さんは数少ない事情を知っている人だ。そんな相手からの旅行のお誘いだからこそ逆に、改めてそう言ってくるのがよくわからない。撮影旅行自体はいいけれど、異性とそんなに簡単に泊まり込みをして良いものなのだろうか。
「もちろんお金に苦しいルイの事情もかんがみて、お安く、そして景色のいいところをご用意してあります。カメラ道具と着替えくらいもってきてくれればそれでいいかな。あとタオルとか?」
「タオルって、温泉旅行は無理だよ?」
いきたいけどな。返事をしながら内心で少しがっかり肩を落としそうになる。
言うまでもない。木戸が風呂好きなのだからルイも風呂は大好きで、特に温泉となるとその価値は数倍に達するというものである。けれどもルイとしてお風呂に入れるかといわれたらもちろんそれはNOなわけで。
「心配しなくても学校と個人契約がある合宿所よ。温泉で豪遊とかじゃないからお風呂でがっかりってことはないってば。ご飯とかは自炊になるけど、その分お値段も安いしそれに撮影自体は申し分のないほどに田舎! 自然物いっぱい。ルイの大好きな大自然がいっぱい」
くぅ。そういわれると確かにいってみたいようにも思う。正直なところ、ここ一年頑張ったお陰で多少の蓄えというものはできたし、旅行というものに参加することだってできるのだ。
しかし問題となるのはやはりルイとして参加するという点だろう。宿泊の問題はなにも風呂だけではないだろうに。
まて。
「それは、部活としてなの? 遠峰さんと二人でなの?」
そう尋ねると、遠峰さんはなぜかあわあわと体を震わせてなにを当たり前なことをと言った。
「もちろん部活としての参加なんだからね。もともと三年の先輩が卒業旅行に行くっていうから、うちらもなんかやりたいねぇってことで」
「そっかぁ」
二人で、ということなら温泉に入るのも男湯を堂々と使えばいいわけで、少し期待もしたのだが他の事情を知らない人間がいるのであればしょうがない。そもそも学校の合宿所を二人で借りるなんてことはなかなかできるものでもないかと思ってしまう。
そのがっかりっぷりを遠峰さんは不思議そうに呆けて見ていた。
「いや、だって他の部員がいる中で参加って、割と部屋割りとかもみんなと一緒ってなるわけでしょ? 遠峰さんとなら少し気が緩むというかあんまり警戒しないでいいから気楽っていうか」
「はぁ。まあそうだよね……」
なんだ。一瞬がっかりしたように見えたのは気のせいだろうか。
けれど、ルイが言ったこと自体は納得してもらえたようである。
木戸は剛毛なほうではないし、いちおうしっかり毛抜きで処理をすれば一泊くらいならなんとか対応はできる。濃い人だと朝剃っても夜には青いという人もいるようだけど、そこまで濃くは無いのはありがたいことだ。
ただ、それでも事情を知らない女子と同じ屋根の下というのはいろいろぴりぴりしてしまって気が休まらないように思う。ばれない自信は今ではあるけれど、世の中何があるかわからないものだ。
ならば木戸として参加すれば良いかと言われると、写真部の面々に面識がない上に他に1、2年の男子部員がいないのでわざわざ別棟を借りる、お金かかるというようなことにもなってしまう。
そこそこのお部屋をみんなで使うからこそのリーズナブルな旅行なのだ。
ふむんと、あごに手をやりながら少しだけ考える。
いちおう、ルイとしては出来ないことの一線を引いて生活はしている。
犯罪と言われるような行為にならないように細心の注意を払っているし、異性の迷惑になることもできる限り避けたい。それを思えば遠峰さんはともかく別の先輩方はどう反応するのだろうか。
「でも、うちの先輩達、ルイちゃんのこと気に入ってるし、是非一緒に写真撮りたいって大はしゃぎだったよ?」
ぜひともーと、きらきらした視線を向けられてしまうと、うぐっと心が揺れてしまう。泊まり込みで田舎の大自然で撮影、しかも仲間付きとなると危険を冒してもいいのではという気分にはなってしまう。
「それに、近所に無料の温泉もあるんだって。温泉旅館は使わないけど温泉地だから、外で入る分には問題ないんじゃない?」
なんですと。その単語で頭の中がすぐにクリアになった。
いままでぐるぐる考えているのがばからしくなるくらいだ。もう腹は決まった。ルイは写真の次くらいに温泉が好きなのである。両方そろっているならば、けっこうな危険だって乗り越えて見せよう。
「なるべくばれないようにフォローとかはよろしく」
はいはい、わかっておりますよ、といいながら彼女は再びカメラに手をかけた。
実を言えばまともに長時間写真部の部員のみなさんと写真を撮らずに一緒ということは初めてだったので、電車の中では大分質問攻めにされました。たとえば青木とのことなどを十分に。
もちろんそれに加えてあいなさんとの出会いがどこだったのかとか、遠峰さんとはどこに撮影にいっているのかなどもさんざん話をしつつ、その合間いい景色が見えると、おぉー近場で撮りたいねぇなんていう声が上がったりもした。二時間たっぷりな移動時間もそんなおしゃべりといままで撮ってきた写真の見せあいっこをしていたらあっという間についてしまった。
ボックス席の電車というのは初めてだったけれど、向かい合ってわいわいやっても周りから文句をいわれないという雰囲気というのは初めてで不思議なものだった。
その間にあの崎ちゃんこと崎山珠理奈嬢から地方ロケいくっす、とメールが入っていたけれど、がんばれと励ましの声だけは届けておいた。彼女は彼女でがんばって過ごしているらしい。
結局この前のドッキリは彼女が騙す側に回って、一応の撮り直しはできたそうだ。番宣として上手く行ったならそれはそれでいいことなのだろう。
「ひゃっほー。山だー」
終着駅のホームの地面を踏みしめると、ばーんと目の前に一面の山が広がっていた。
冬を過ぎて春にさしかかる山の景色は徐々に緑に変わっていく途中という様子だ。まだもの寂しい感じはするものの、冬まっただ中よりは明るい色合いだ。
目的地はあの山の中腹にある合宿所。山といっても標高はそんなに高くなく、せいぜいが高いところで672メートルに過ぎない上に、目的地は中腹にも行かないくらいな場所だから、登山という感じはまったくなくてただの森の中という感じだ。
「いい感じの緑だねぇ」
「空気、うまっ。昨日雨だったみたいだし、すっごい空気が洗われててサイコー」
先輩方二人が大はしゃぎでスハーと大きく深呼吸をしていた。
今回の旅の参加者は、卒業生がうらやましいと言い出した二人の二年生と、一年生は遠峰さんともう一人。確か七組の佐山さんとかいう子だ。クラスが離れているので、あまり面識はないもののさくらとはほどほどに仲がいいらしい。同じ部活の友達だものね。
彼女が得意とするのは静止物の撮影で、かわいい人形やぬいぐるみの撮影が大好きなのだそうだ。ちなみにもう一人の一年生は風邪を引いて寝込んでいるそうだ。かわいそうに。
そんな彼女達のまねをするように、寒い空気を吸い込むと肺のあたりがきんとする。
静謐な空気とでもいえばいいのか、都会にはない澄んだ気配が目の前に広がっていた。
そんな風景を数枚撮りつつも、バスに乗り換えて少し移動すると目的の合宿所に到着だ。
「学校の合宿所っていうから、プレハブっぽいのを想像してたんだけど、割としっかりしてるねぇ」
そこは、大自然の中にぽんと現れた人工的な建物だった。
大きさこそ部屋が10個程度のところではあるのだけれど、入口のホールも広くて明るいし、一応お風呂も完備されているらしい。
そして中庭のほうには大き目な自炊用の屋外調理場があった。
お昼ご飯は移動中にお弁当を食べているので、夕方まではとりあえず荷物を置いてから撮影、散策タイムになる。
「それじゃ四時まで撮影ターイム! 夜には見せ合いっこということで」
「ルイはどうする? 一人で回るの?」
「どうしよっかな。せっかくだし、まずは一人で散策してみようか」
一緒に撮るのも楽しいけれど、せっかくだから見つけた場所をそれぞれで伝えられたほうが楽しいだろう。
明日は一緒でもいいと思う。
「じゃ、またあとでだね」
すちゃりとカメラを構えながら、みんなと別れると目の前に広がる緑ばかりの景色に焦点を当てる。
やっぱり景色の写真は大好きだとルイはつぶやいてにまりと顔を緩ませた所を、ぱしゃりと佐山さんに撮られたのだが、あとでお人形さんみたいで可愛いと部屋の中で話題されてしまってたいそう恥ずかしい目に遭うだなんてこのときはまったく思ってもいなかったのである。
「ええとぅ。う?」
「さて、ごはんは自炊ということで、自然の中でつくろうというような感じなわけです」
とりあえず撮影には満足してぎりぎりの時間で宿にもどると、調理場の前にはずらりと食材が並んでいた。
そして。そう。その前に写真部のメンツが集まっていたのである。それもとても物欲しそうな顔で。
まさかこれを狙っていた? 純粋に一緒に撮影したいからじゃなくてこっちが本命ですかとルイの直感が告げていた。
「カレーの食材は用意してみました。さぁ女子力ナンバーワンよ、我らのご飯をつくってください」
ぺこりと頭をさげる姿はどうしたって誘った理由がそこにありますというような空気がぷんぷんである。
おねがーいと、可愛らしく言われてもなんというか、とても残念な気分になる。
もちろん、簡単な料理ならばルイはこなせるし家でもやっているので大丈夫なのだが、合宿所という場所柄に少し不安を覚えて、不安げな声を漏らす。
「飯盒はさすがにそんなにうまくはないよ?」
森の中のご飯というので、一般的なあのご飯の炊き方を思い浮かべる。
黒っぽい缶みたいなものの中にご飯を入れて、石でつくったコンロに薪をいれて炊くあれ。
もちろんルイはキャンプなれなんてしていないので、中学の林間学校の時にやり方を教わって以来やったことがない。ふわっとなんとなくこういう手順というのはわかっても、肝心の火加減と時間がさっぱりわからない。泡がでてきたら逆さまにするんだったか。水の量もひたひたくらいだったか少なめだったか覚えてない。ぼそぼそかべちゃべちゃなご飯ができそうな気がする。
「大丈夫大丈夫。ガスもきてるし炊飯ジャーもあるから。ごはんくらいならうちらで炊くし、メインのカレーを是非とも作っていただきたい」
さぁ、先生、どうぞ、と包丁を渡されると、うーんと複雑な顔になる。
反射的に野菜を水洗いして、皮をむき始める。
女子力というけれども、どうしてみんな女子なのにそこまで女子力がないのかをむしろ尋ねたい。玉ねぎを刻む前だというのにどうしてこんなに涙目なのか。
「あれ? もしかしてカレーはだめだった?」
二年の先輩さんが心配そうに声をかけてくれた。
そんなことはない。料理の基本だとかいう話でとりあえず母親から教わったのがカレーと味噌汁である。
とりあえずこの二個ができれば嫁にいけると、結構むちゃな話をうちの親はしていたものである。
それから一年近くいろいろ作っているので、庶民の食卓のおかずならばルイはそこそこ作れる自信はある。
「いえ。大丈夫です。材料からいってポークカレーでいいんですよね?」
「辛いの苦手なのが多いから、ルーは甘口用意してあるから」
先輩さんがじゃんと取り出してきたカレールー八人用を見てほっとする。
スパイスから作れといわれたら無理だけれど、カレールーが用意されているのならばさほどの問題もない。
「全部で五人だから、だいたいこんなもんでよいよね」
洗って終わってから、材料を再確認。大量に作ってしまっても消化しきれないで終わる、というような話にもなりかねない。
ただ、翌朝用に食パンなどもあったので、それにつけて食べる分として少しだけ多めに作っておく。先輩が用意したルーの八人前を使うとちょっとだけどっしりした味になる程度の量だ。男子がいないからきっとこれくらいで問題はないだろう。
「さすがに、手際がいいもんねぇ」
野菜の皮をめくるようにして削っていくと、遠峰さんが入れ替わるように水道のところでお米をとぎはじめる。
その口調が感嘆半分、おちょくり半分なのでこちらも満面の笑みで返した。
「洗剤でお米を洗わないでくれてありがとう」
「ってさすがにそれは漫画でしかない展開だと思う!?」
さすがにご飯くらいは炊けますからっ、と彼女はしゃかしゃかと米のとぎ汁が白くなるのを見ながらまわしていく。そこそこやりなれている手際である。
「確かにごぼうとか泥つき大根とかですら洗剤で洗わないのに、よりにもよってコメに洗剤はインパクトありすぎだよね」
にははと笑いながら、とんとんとん、と決して早くはないが的確に野菜のサイズをそろえていく。固いものは小さめに、柔らかいものは大きめに。
そんな中、ぱしゃりと写真が撮られた。
「はい。二人仲良く共同作業、いただきましたー。いやぁまるで新婚さんっぽいあつあつぶりですなぁ」
先輩がからかいの声をあげる。まったく。みなさんあんまり手伝うつもりもないらしく全部おまかせなんだから困ってしまう。
「どっちが嫁ですか」
遠峰さんが苦笑混じりに問いかける。先輩は言わずともわかるだろうと言いたげに軽く肩をすくめて見せる。
「あはは。まぁ今更ですけれどねぇ」
しょぼんと遠峰さんは肩を落として、コメをとぐ手に力をいれた。
春休み旅行ネタです。次回もこの続きです。
2016.11.27ヒゲのネタをレーザーやったことがある→ちゃんと抜いとけば行けるに変更しました。三年でレーザーいくので……