160.新入生懇親会1
「カオスだなぁ……どうしてみんな、ノンアルコールでこんなに酔えるんだろうか」
20人といっていたのはたしかにその通りで。最初は整然としていたのに、食事が半分程度済んだところで席の交代などで男女入り乱れる感じになっていた。赤城がなぜかほぼ同数で集めたせいで男子に偏っているということはない。一部浪人している人間はアルコールを口にしたりもしているけれど、大半はしらふでこれなのだ。わいのわいの騒いでいる人を横目に木戸は静かに料理に手を伸ばす。
いつもあいなさんといく居酒屋はオトーシーをはじめとして落ち着いた構成になるものだけれど、チェーン店のここは、若者向けにがつんとしたものを多く出してくれる店だった。揚げ物系が多いのもそこら辺が由来だろうか。
実は知り合いがここで働いているというか、参加者の一人がここのアルバイトを去年からやっているそうで、せっかくだから合格祝いもかねて便宜を図ってやるよーとかいう話もあるらしい。
「開放感、ってところだと思うんだけどね。木戸くんは予想通りクールだねぇ」
にははとほころんだ笑顔を浮かべているのは、チュートリアルで挨拶したことがある田辺さんだ。
「それをいうなら田辺さん気合い入ってるのに、あんまり話してなさげじゃない?」
「んー。まぁそれなりに気合いは入れてきたけれど。でも合コンって感じじゃなくて懇親会って感覚だから」
この空気感はちょっとなーと苦笑を漏らす。新入生の交流を主軸にという話を聞いて来てみれば男女ほぼ同数とはこれいかにと困った顔を浮かべている。あんまりこういうのには慣れていなさそうだ。
「あはっ。それで無害そうな俺のところへ、という感じか」
「そ。木戸くんはなんていうか、がっついてないっていうか」
さっきから割とゆったり自分の時間を過ごしてる感じだったから、いいなぁってね、ときちんとした分析をしてくれたようだった。
「どっちかというと、男友達作る方が今の優先だしなぁ。あんまりにも高校時代に男友達を作らなかったんで」
まあ大学デビューというやつですよ、と言ってやると彼女はぱぁっと顔を明るくした。
「それ、あたしもだ! 大学デビュー」
「おしゃれに気を遣って、的な感じ? たしかにそう言われると田辺さんが着てる服ってだいたい春の新作系が多いよね」
「あら。結構見られてる? というか男の子にそんな指摘受けたのは初めて」
「いちおーこれでも写真やってるんでね。被写体の方は詳しいよ」
まールイとして新作見に行ったりとかもしてるからそれもあって女子の服に関して詳しいのだけれど、そっちのほうはさすがに内緒だ。
「へぇ。一年の間は学部を越えて合同授業とかもあるから、何学部なんだろうなーとは思ってたんだけど」
カメラやる学部とかうちってあったっけ? と不思議そうな顔を浮かべている。
「自然科学科だよ。田辺さんはどこだっけ?」
「あたしは人文。それよかカメラやるっていうのになんで自然科学科?」
考えて見ればカメラ系にひっかかりそうな学部ないけどと、とりあえず頭の中の情報のリサーチは終わったらしい彼女は、やはり不思議そうに首をかしげている。
というか田辺さん、長谷川先生の学部なのか……
「撮影技術に関して言えば、休みの日はたいてい撮影にでてるし、あえて大学の講義で教えられる必要もなくてね」
好きでしょうがないものは突き詰めるし、教えられなくても学ぶもんだと伝える。
それ以外で、学ぶとしたらなんだろうかということになって、選んだものがこれだったわけだ。
「自然系と人間系で悩んだんだ、これでも。でも結局自然の写真が勝ったって感じかな」
「うわ、木戸くんってばいろいろ考えてる人なんだねぇ」
あたしなんてぽんとちょっと興味あるから入っちゃった感じだなぁと朗らかに笑う。
ううん。いい表情をしていらっしゃる。食事中は控えようかとも思っていたけど、まあいいかとカメラを取りだした。なるべく自制して会話の方を優先するように心がけよう。
「おおぉ。本格的なごついカメラ。今日もばんばん撮影してきましたって感じ?」
「まあね。健康診断終わってからちょっと時間あったから、校内とか散策しつつ」
このカメラをまともに使ったのは、春休みの試し撮りの時と卒業式の仕事の時に続いて三回目。どうしても休み中はルイとしての撮影になるから、こいつを使うという感じにならないのがもったいないところなのだが、行き帰りの空き時間などにはちょろちょろ使えているし今日はなにより短時間ではあったけど、思う存分堪能させていただいた。
「今日はすでに撮ったのあるんだよね?」
「タブレットに入れてはあるけど……」
全部は見せられないヨと前置きをしておく。実際今日撮ったものはどれも解禁はOKだけれど、このタブレットにはエレナの写真や、崎ちゃんの写真まで入っているくらいだ。そこらへんは見せられない。
木戸のタブレットはログインが木戸とルイで分かれていて、木戸側でログインするとちょっとかっこよさげな背景が写し出される。そして大切なのはこちらには木戸として撮った写真しか入っていないということ。そもそもこっちのログインだとエレナ達のコスプレ写真は見れないのである。だから敢えて言う必要もないのだけどそれはそれだ。
その中にある風景と書かれたフォルダを開く。
「ほっほぅ。ずいぶんと撮りまくってるのですなー。確かにきれいな写真いっぱい」
「でしょー。大学受かってからカメラも新調したし、もー空き時間はだいたい撮影って感じ」
「あ、これ大学の周り? この建物って……へぇ。こんなところあったんだ」
「ぼっち飯をいただくには最高のロケーションだろ?」
にやっと悪そうに笑って見せると、友達くらいいますーとかわいい反論がくる。
「ちゃっかり女子を口説いてるとか、木戸のくせにやるじゃーねーか」
ひっくと赤城が赤らんだ顔でからんでくる。浪人した上に四月生まれというこいつは堂々と身分証を見せながらアルコールを注文したのであった。
「おまえらがあまりに騒がしいから、避難してたんだよ」
「そうよー。酔っ払いはみなさんで楽しんでいるといいわ」
田辺さんまで乗っかった不満に赤城はびくりと緩んだ顔を引き締める。
きっと赤城は、美人さんな田辺さんの前でいい格好でもしようと思ったのだろう。
「いやだなぁ。そんなに俺酔ってないよー?」
しらふしらふーと言うものの、すでに顔は赤い。
酔っ払いはだいたいまだまだ全然酔ってないと回らない口で言うものである。
というか、何人かはお酒頼んでるけど、四月生まれか二浪以上か、社会人やってから大学入ってるかっていうパターンになるわけで、意外にいるものなのだなという感じだった。
三人くらいはお酒ですというのがわかるグラスを手にしている。
「入学式で一目見てから、田辺ちゃんかわいいなーって思ってたんだよねー。是非ともお話を!」
「木戸くん。この人をちょっとお離しいただけます?」
こまったように田辺さんが助けを求めてくる。呆れもはいっているけれど、酔っ払いの相手はしたくないという意思表示なのかもしれない。
「というわけで、赤城は別のところにいくがいい。もしくは」
おとなしくしてるならいてもいいんだがな、と牽制をしておく。
というか、赤城氏。どうしてお酒呑み始めてしまったのかと言いたい。ここはまだ未成年も多いところなのだし、テンションは同じくらいのほうが話しやすいだろうに。
「むぅ。俺はただ、みんなと話したいだけでさ」
せっかくの親睦会なんだしという赤城の言い分もわかる。けれどさすがに馴れ馴れしすぎなのも事実だ。
「んじゃ、赤城に一つ質問だ。ご趣味は?」
「ぷっ。木戸くんそれお見合いじゃないんだからさー」
話題作りの一環できいてみただけなのだけれど、どうやら冗談だと思われたらしい。
「趣味はかわいい女の子とお近づきになることです。俺、田辺さんはすんごいいいバランスだと思うんだよねー。特殊というかなんというか」
「そうかなー? 他にかわいい子なんていーっぱいでしょ? それならそういう子のところに行った方がいいと思うんだよ」
ちらっと視線をやった先には、お化粧をがっつりとした大人っぽい子が、春先で少し露出の多い格好をして男子と話しているのが見えた。まーかわいいって言ったらあんな感じ? という田辺さんの主張なのだろう。確かに着慣れている感じはあるように思う。
でも、田辺さんはバランスの意味をあまりよくわかっていらっしゃらない。
「大学デビューしてるから、なんじゃないの? 割とがんばって綺麗になっちゃってそれに慣れちゃうと自信ついちゃって、ちょーっとこう、大人の女って感じになってしまうというか」
それでもふわっとした感じの人はいるにはいるのだけれど、ある程度の自信は悪い方にでるケースもある。
いまにして思うと、さくらや崎ちゃんが自分はまだまだと言い続けているのには、こういった理由もあるのかもしれない。
え、ルイはどうかって? それは最近大人っぽくなったねとか、落ち着いた感じになったねとか、相変わらず写真馬鹿ねとか、いろいろ言われることがあるけれど、自分ではいまいち不明だ。慣れと自信はついたと思うけど、傲慢さまでは持ってないと思いたい。
「あー。それかもなぁ。ピュアな子が俺は好きなのです。でもピュアすぎると美容系まったく興味なくてって感じになるから、そういう意味でもベストなバランスといいましょうか」
「アッキーは素朴かわいい、という板はここでいいでしょうか?」
こちらでの話を聞きつけたのか、さきほどまで隣のグループと話していた子が話に入ってくる。
田辺さんとそこそこ親しい磯辺という女の子だ。おさげと眼鏡というどこにだしても恥ずかしくない田舎っぽい子なのだけれど、細かいところを見ると髪質も相当気をつかっているし、肌の質もそうとういい。
おそらく眼鏡と髪型は木戸と同様にひっそり生きるためのフェイク。そして特定のところでだけそれを公開するタイプだろう。
時々コスプレイヤーさんに話を聞いたりすると、普段騒がれるの面倒だから隠してるっていう子は居たりする。
というか……そうか……ルイとしては会ったことがあるなこの子。たしかお嬢様系のキャラが大好きで、ですわ口調とかするようなのが多かったような。一度撮らせてもらったことはあるけれど、正直そこまで仲がいいわけでもない相手だ。
なんというか彼女はルイがもってもてなのが気にくわないらしい。写真は綺麗でふにゃんと喜んでいたけれど、あれだけ騒がれるカメ子に対して少し思うところでもあるようなのだ。
「ここでいいですよーさーゆるりと田辺さんのピュアかわいい感じについて語ろうではないですか」
「もう、木戸くんまでそんなこと言って。あんまりいじわるすると、他のグループのところ行っちゃうんだから」
あまりにもあおりすぎたからか、田辺さんがぷぅと膨れていた。そんなところも素朴かわいいところなのだが、本人はあまり気づいていないらしい。
「もう、アッキーかわいいなぁ。もーなでなでしちゃうー」
きゃーんと磯辺さんがわしわし彼女の頭をなでる。さすがに地毛の上をなでられるのはくすぐったいようで、ふにゃーと身を縮ませている。ウィッグ越しだと感触が少し遠くに感じられるから、地毛は正直うらやましいのだけど、やはり木戸が髪を伸ばすわけにもいかないのでこのままでいくしかない。
もちろんそのやりとりもかしゃりと撮っておく。
「じゃー、木戸くんはあたしがなでるー」
わしゃわしゃと女の子の手のひらの感触が頭をなでた。そして、そこでうわっと愕然とされてしまう。
「すんごーい。なに木戸君の髪の毛。見た目でふわっふわなのわかってたけど、これは……」
「っていうか、女子に頭なでられる男子とか、おめーどんだけ……」
赤城が普通にどんびいているのだが、それは純粋にピュアな田辺さんがいけないのだと思う。
普通女の子は彼氏にした男の頭か弟でもいないとそういうことはしない。しかもべたべただだ甘姉でなければ、男の頭はなでないだろう。うちの姉はときどきぽふぽふ頭をなでてくるけれど。
「トリートメントもかっちりやってるし、髪質はいいってよく言われる。表面はぱっと変えられるけど、体質ばっかりはすぐには改善できないしね」
ふふと磯辺さんを向いて話をふる。あんたもそうでしょうと言わんばかりだ。
「ぬなっ。そりゃ日頃のお手入れは大切だとは思うけど、男子でそれをやる場合、見た目だけ押さえ込んじゃう意味がわからない」
「だって、素顔さらすと俺の貞操が危ない」
彼女の言い分もわからなくもない。そりゃ男が自分を磨くのはモテるためだ。端的にいうとそれだけだ。普通の男ならそれでいいのだが、それを自分がやるとどうしたって美少年やら、男装してる美少女に見えてしまう。
「貞操って、おま……実はもてもてなのか?」
「男子になー」
はぁああと深くため息をつきながら赤城と向き合う。
このモテたい願望の強い、それでいてあまりスタイリッシュじゃない友人は、首をかしげてよくわからないという顔をしている。あまり同性にモテるという感覚がわからないらしい。
「身長もそんなにあるわけじゃないし、素顔もどっちかっていうと美人系。見せないけどね」
ご内密なのでございます、と人差し指を唇にあてて片目をつぶって見せる。
声も変えていないし、見た目もやぼったいので特別どうということもないのだが、少し三人が不思議そうな顔をしていたのは見えた。
「ようよう、四人でしっぽりとかどうよー。赤城、そろそろ自己紹介タイムといこーじゃねーか」
「おまえらだってさんざんいろんなまとまりで騒いでたろうがよ」
ま、でもそろそろ頃合いっちゃ頃合いか。
赤城はそういって立ち上がった。いちおうこいつが今日主催をやっている人間だ。
ちょうどいいタイミングで赤城が席を立つ。
田辺さんたちも隣にはいるものの、いま個人的な話をするというよりは主催者の方に意識を集中させている。
開始一時間。そこそこもりあがったところで自己紹介を改めてしようというような感じだ。
とりあえず三時間で予約は入れているので、まだまだ時間はある。場合によっては飲み放題は終わるけれどその後も場所だけは借りれるそうで、朝までを表明しているのもいるくらいだ。
なかなかに普通の学生ノリというのもを体験しつつ、その会は進んで行ったのだった。
懇親会1.ようやっと手持ち原稿のネタがキターって感じですが、明日は書き下ろしです。ううぅ、途中で追加シーンを思いついてしまうのだから、こればかりは仕方が無いのです。今日は仕事おさないといいな……
明日は懇親会2.です。こっちは宴会の後の夜の部です。
青少年なんたら条例のあれは、18才未満対象なので、オールをしても大丈夫な歳に、木戸くんもようやくなりました……




