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159.大学の健康診断2

 大学の端っこにある健康増進センター。ここが本日の目的地一カ所目だ。長谷川先生といろいろやりとりしていたのでずいぶんやらかした感じはするけれど、今日の本来の目的地はこちらのほうだった。

 午後一時からが自然科学科の診察時間。

 周りにはわらわらと同じ学部の男子生徒がいて、あぁなんかこれだよこれっ! と思ってしまった。

 高校時代にスパンと男としての生活を捨てていたので、なんかこういうのも新鮮な感じだ。

 しかも周りはこちらを全然見ていない。普段なら、ほらあれとかひそひそされるところだというのに、このモブ感。すばらしい。

 けれども、割と二,三人で受けにきているやつらが多いのには、あー同じ学科の友達もつくらんとなーと思わせられた。

 赤城と仲良くなったからついうっかりしていたけれど、同じ学科の友達とも親しくなっておかないといけない。

「まあ、四月に入ったばっかりだしな」

 まだまだ新生活は始まったばかり。出会いなんていうのはいくらでもあるものだろう。

 そう思い直してセンターの入り口に入る。

 きっと彼らも高校から一緒にというような輩なのだろう。そういや同じ学校からここに入ったやつって調べたりしてないけどいるんだろうか。

「ああ、はい学生証と用紙だしてー」

 ほいと流れ作業のように検査項目がプリントされた用紙を提出。学生証を提示させるのは本人確認のためだろう。

 ここには一応所属と顔写真が入っていて、身分証明にもなるし出欠をとるためのチップなんかも内蔵されている。一昔前までは出欠をとるだけで講義の大半が終わるなんていうこともあったようだけど、これが入ってからはその時間もずっと短縮されたのだという。

 もちろんスキャナを通せば良いだけなので、代返ならぬ代スキャンも横行しているという話もあるようなのだが、それはその学生の自主性の問題なので大学側はとやかく言わないらしい。テストの点数が悪ければ切られるのだし、授業自体を受けるかどうかの自発性は本人が決めるべしということなのだそうだ。

 木戸としては、授業自体にたいへんお金がかかっているので最大限興味のある授業はとるつもりでいるし、真面目に授業は出ようと思っている。高校の時分の授業に比べれば自由度も広いし、それにさきほどの長谷川先生の授業ではないけれど、講義そのものが結構内容の絞り込みがあって、選びやすいという点もある。

 国語をやれ、と言われるより、国語の中のどれをやりたい? 選んでいいよ? と言ってくるのが大学の講義だ。資格を取るために押さえておかなきゃ行けないもの、なんてのもあるけれど、基本自主性が優先されるものである。

「じゃあ、身長と体重測るからそっちへ」

 そんなことを思いつつ、誘導されるがままに体重計にのっていく。ほとんど流れ作業なのは高校のときとあまり変わらない。用紙に体重と身長が記載される。読み上げられたそれは、あいかわらずまったく変わっていない。

 身長は去年も伸びていなかったし、相変わらず162センチ。体重もここ一年ろくに外に出ていなかったのに、あまり変わってない。お前は軽すぎだと高校の頃も言われたけど、食べていても太らないのは昔からだし五十キロ無くたっていいじゃない。平均体重まで持って行ってしまうとお腹周りにお肉がついて大変なのだ。

「じゃ、次は視力ね。あっちにならんで」

 視力検査は、裸眼と眼鏡と両方とも測定する。

 裸眼の時に周りに素顔を見られるのが嫌なので、少し目を細めて偽装工作。

 たいていこれをやると検査の相手はそんなに目が悪いのかと思ってくれたりするのだけど、あくまでも偽装工作のためだ。

「あれ。0.4か……君、眼鏡かけなくても日常生活いけるんじゃない?」

「いえ、眼鏡必要です。大切デス」

 去年もこんなやりとりしたなぁと思いつつ、今回は機械での測定なのでかなり助かった。Eの開いているほうを押して下さいっていうアレだ。高校まではずらっとならんでアナログでCの開いてる方向を読み上げていたので、裸眼状態を見られる危険性も高かったのだけど、こっちだと顔を装置にくっつける関係で周りに見えないのがいい。さすが大学である。

「次は問診。それ終わったら外でて胸部X線ね」

 尿検査は最初に提出しているので、あとは結果待ちといったところで。

 なんというか、本当にすぱすぱ終わってしまう。長谷川先生曰く、大人になるともっといろんな検査をするのだそうだけど、大学生向けにはこの程度でいいのだという話だった。

「はい、胸開いて。心音聞かせてもらうよー」

 校医、といわれる人なのだろうか。問診に当たっているのは三人で、それぞれ簡易に区切られた小部屋みたいなところでの問診を行っているようで、隣での話し声はもろに聞こえた。

 いいのかプライバシーと思いつつ、そうそう重たい病気でひっかかるという人もいないということなのだろう。

 木戸の担当になった人は、アラフォーの女医さんだった。割ときれいにしているように見えつつ、ちゃんとおばさんという空気が見え始めているという感じだろうか。はて。どこかで会ったことがあるような気がするのは気のせいだろうか。

 彼女は流れ作業的な感じでぱぱっと聴診器を服の下につっこんだ。

「ちょっと心音弱め……かな。でも変な音はしないからだいじょぶか。えっと……体重48って。君、ダイエットとかしてる? あんまりやりすぎると生理止まったりしちゃうよ?」

 もう、若いうちはちゃんと食べてちゃんと寝なきゃだよ、だからおっぱいも大きくならないんだよ、なんて割ととぼけたことを言ってくださった。

「ええと。俺いちおう、男なんで……生理も来ないしおっぱいもおっきくなりませんが」

「……あ。ごめん。もう午後になったんだっけ」

 いやー、すまんすまんと豪快に、まったく申し訳なくなさそうな感じで言う彼女のおっぱいも、あんまり大きくは無かった。もしかして体験談とかなんだろうか。

「でも、男の子ならなおさらこれはなぁ。君、拒食症とかじゃないの?」

「いいえ。むしろきちんと三食食べてるし、それなりに動いていますよ。それに48あれば別に軽すぎってわけじゃーないじゃないですか」

「……女の子の美容体重ならそうだけど、男子の筋肉量を考えるとちょっと少ないわよ。肺を患ってるとかない?」

「特別持病らしい持病はないですね」

 敢えて言えば、写真狂ってところだけど、これは病気ではないので特別に言わないでもいいだろう。

「うーん。半陰陽とかってわけでもないのよね……」

「染色体検査は受けたことないですし、ホルモン系もやったことはないですが」

「なにげに詳しいわね……」

「身近にそういう人達結構いるので」

 木戸の身体は華奢だとよく揶揄される。腰の骨格やらお尻まわりは女子ほど育っていないし、骨盤関係も男子よりと言っていいと思う。けれども肋骨だとかは女子よりだし、全体的なシルエットは女性的と言われることの方が多い。

 その原因としていづもさんに、実は半陰陽なんじゃないのー? って突っ込まれたこともある。

 んなばかな、と答えておいた。それを疑うなら自分よりエレナのほうがよっぽどらしい。

 というか、実は男として育てられた女子なんじゃないの、という思いは……うん。お風呂一緒に入ったからそのときに払拭はされているわけだけれど。

「詳しいならなおさら、一度検査してみるといいわよ。性ホルモンが足りないといらいらしたりとか、いろいろ大変なんだから」

 若いのに更年期障害とか、大変よーと、なぜか同情気味な声が漏れる。

 そういや、いづもさんが薬塗りはぐったっていって、わたわたしてる時とかあったっけなぁ。もう三十過ぎで更年期障害とかマジ勘弁して欲しいとか何とか。

「そういう症状はさーっぱりないんですよね。それに遺伝子検査高いんでしょ?」

 症状ないと検査って自費なんでしょ? と言うと、あー、まあねーと苦い顔をされてしまった。

「ま、保険は通らないにしてもそこまで馬鹿高いわけでもないわよ。そりゃ常染色体異常ならちょっとアレだけど性染色体は検査しやすいしさ。さぁおねーさんに口の中の粘膜をちょっとこそげてくださいな」

「嫌ですよっ。なんすか、いきなり痴女オーラだしくさりやがりまして」

「えぇー、せっかくラボでこそこそ見てあげようかと思ったのにー」

 にひひと笑う彼女の顔が記憶のそれと一致した。

 ああ、この人シフォレのお客さんの一人だ。ルイとして一度会ったことはある。木戸としては会ったことあったかな、どうだったかな。

「ま、ともかくさ。体調不良になったら必ずここに来なさいよね。いちおー私そういうのそこそこかじってるから、他の医者よりは顔きくからね」

 ほい。とりあえず今日の問診はおしまい、と彼女に名刺を渡されて追い出されてしまった。

 あとでいづもさんにこの名刺を見せてどういう人なのかを確認しておこう。

「胸部X線はあちらの車です。一台しかないんで並んでてください」

「最後はこれか……」

 実はこの車の中にのってやるやつは、初めての経験だ。よくある女装潜入ものなんかだとブラのホックがどうのこうのと大騒ぎになるのだろうけど、今の自分ならすんなりと入れるに違いない。なんせ上半身に金属らしいものがないのだから。

「さっさと終わりにしたいな」

 けれども、後ろに並んだ男子から声をかけられてしまった。

「ええと……君さ、ほんと男子?」

 なんかこんな質問するのも申し訳ないんだけどさ、とその彼はひ弱そうな顔の奥に好奇心を張り付かせているようだった。まったく。八瀬とキャラかぶりする感じなんだろうか。身長も木戸と変わらないくらいじゃないだろうか。いや、あっちの方がちょっとだけ高いか? でも小柄な部類に入ると思う。

「男子だけど、それがなにか?」

 いたって平静な声でおろおろしている彼に答えた。

 声は気持ち低めに。きりっと格好良くを意識してみた。

「さっき、隣からいろいろ聞こえてきちゃって、その」

「ああ、あれね。まーちっさいのは自覚してるし、コンプレックスでもないから、特別きかれてどうとは思わんけど」

 確かに口の中の粘膜よこせって下りはちょっと他人に聞かせたくはないところだけれど、別にいかがわしいことをしていたわけでもない。

「半陰陽がどうとかこうとか言ってたのは、可能性の問題ってだけで、俺自身はいちおーまっとうな男子のつもり」

 どこの誰が、まっとうな男子なの? とエレナに冷たい視線を向けられそうだけれど、初対面の相手にはきっちりと言っておかなければならない。

「そ、そうなんだ? 僕は清水っていって、あの……自然科学科なんだ。って、この時間に来てるんだから同じ学部なんだよね」

「あ、うん。俺は木戸馨。同じく自然科学科。なんかクラスって概念がないとちょっと不思議な感じするな」

 清水と名乗った彼の下の名前は、(まもる)というらしい。今時にしてはちょっと古風な名前である。

「それは僕も思った。チュートリアルも学部別じゃなくて共通だし」

「他の学部とも仲良くみたいなことっぽいけどな。むしろ同じ学科の知り合いができなくてどうしようって思ってたところなんだよ」

「それなら、僕と、友達になってくださいっ」

「こちらこそ」

 なかなか友達つくるのが下手で、と手を差し出してくるので、しっかりとそれを掴んでおく。

 なんだろう。すごく男同士の友達っぽい。赤城はなんだかんだであっちが絡んできて自然に仲良くなったけれど、こういう感じの友達の作り方は憧れだった。くぅっ。男子生活が充実している気がする。

「はーい、次のかたどうぞー」

 胸部X線は車の中で行われる。学校にこういう装置が置けないから臨時で車でやってくるわけだけれど、ちょっと改造車みたいな感じで面白い。

 小さいトラックとでも言えば良いのだろうか? 荷台の部分が部屋になっていて、そこに撮影中の一人と待機する一人が入る。一人が出てきたら待機のところに歩を進めるというような感じだ。

「んじゃ、お先に」

 木戸の方が前なので清水くんを残して待機する場所に進む。車は少し高くなっているのでステップを昇って乗り込む感じだ。

「それじゃ、上着脱いでおいてねー」

 誘導係のおねーさんに書類を渡すとそういう指示がくる。

 四月の頭でまだ少し寒い季節ではあるけれど、車の中は暖房も効いていて温かい。迅速に撮影をするためには先に脱いで用意をしておいてくれということなのだろう。

「おつかれさまー、じゃ、これで終わりだから着替えて」

 前の人の撮影が終わったようだ。こちらもさっさと終わらせて自由時間にうつりたいところだ。

「うぉっ」

「なにか?」

 撮影を終えた彼はぴくんと身体を硬直させているようだった。一瞬女子の裸をみちまったいとか思ったんだろうか。どこをどうすればそういう感想になるのか……は、いろいろ経験済みなのでもう語らなくてもいいのです。

 けれど、一対一の時はむしろこうやって押し切ってしまった方がいいのは最近学んだ。

 恥ずかしがるから、恥ずかしいんだ! と。もちろん大多数の人間の前でコレをやっても無駄なのは知っているけれど、一人の人間を正気に戻すくらいならばなんとかなる。

「ああ、すまん。見間違えたみたいだ」

 あー、俺、つかれてるわー、だめだわーと、ちょっと遊んでそうな感じの男子が上着を着て外に出ていった。

 うんうん、君はつかれているのだよ。つかれているから、見間違えるのだよ……これはきちんと男子の上半身なのだよ。

「はーい、息すってー、はい、とめるー」

 ほら。X線の技師さんだってまるっきりこちらの上半身を見ても無反応だ。

「おっけー。そいじゃ服きてかえってねー」

 声をかけるバリエーションはいろいろあるらしい。とりあえず待機所に戻って上着を、と思ったところで清水くんとばったり鉢合わせた。当然だ。彼は一個後ろだったのだから。

「って、おま、上着まだ脱いでねーのかよ」

「ふわ……」

「そういう反応になってまうか……」

 いいですよ。上半身みられるとたいていみんなこんな感じですよ。でも男子でごくりってならないのが珍しいくらいじゃないでしょうかね。

「次の人どうぞー」

 ちょっと声大きめで呼ばれたので、彼はようやくショックから解放されて部屋の中にはいっていった。

 なぜだかさっきまでは開いてたカーテンを受付のねーさんが閉めていたのだが、理由はさっぱりわからなかった。

「んー、男同士なんだし別にちょっと見られてもいいと思うんだがねぇ」

 いそいそと着替えを済ませて、とんとんとステップを下りていく。

 本来ならば次の人が入れ替わりで待合のところに入るものなのだけど、なぜだか止められているようで、清水くんの一人貸切状態になってしまっているようだった。なにか持病でもあるのだろうか。可哀相に。

「さってと。せっかくだから清水くんとちょいと話をしつつと行きたいところだけど」

 五分まって出てこないようなら考えようと思いつつ、周りの風景に視線を飛ばす。

 春の陽気まっさかりというこの時期。いまだ桜は咲いていてお花見もよさそうな頃合いだ。

 今の時間が三時くらいだから、赤城たちとの待ち合わせにはまだ時間はある。

 新しく買ったカメラも持ってきているから、今日()きちんと男子としての撮影というものをしておこう。

 もちろん週末なのでルイとして出たい所ではあるのだけど、そこらへんは仕方が無い。

 夜は赤城主催の交流会への参加が待っているのである。

 そうこうしていると、彼はふらふらした足取りで車から降りてきた。表情は真っ青で焦点が定まってないようにも見える。

「ごめん、ちょっと僕気分悪くなっちゃって……」

「あらま。X線ってそんなにダメージかかるもんだっけ」

 まあ、ゆっくり休むといいと言いつつ彼を健康増進センターのベッドまで連れて行ってから、わかれることにした。心配は心配だけれど専門家はたくさんいることだし、あとで話す機会もあるだろう。

 弱っている姿を撮影するのもルイとしては嫌いではないのだけど、さすがにそこまで無遠慮なのも申し訳ないので今回は見送ることにする。

 友達出来た記念とかやりたかったんだけどな。仕方ない。

「ごめんね。もうちょっと話てたかったんだけど」

 彼は布団にくるまりながらちょこんと顔をすこしだけ出して、申し訳なさそうに言った。

 その姿は妙に可愛かったのだけど、どうにもなにかが引っかかって仕方がない。

 けれど、考えても仕方が無いことだ。男が可愛いことなど当たり前なのだし、弱っているからなおさらギャップでそう見えるのだろう。

「時間はまだまだ十分あるわけだし、また今度な」

 それではまた、と軽く手を上げると、うん、ごめんねと弱々しい返事が聞こえてくるのだった。 

 交流会まで行こうとしましたが、即興で作った衛たんがアレな人になってしまい、気がついたら長くなってしまいましたとさ。しかし男がかわいいのが当たり前だ、と言い切るかおたんはいろいろやばいようにも思います。

 そして今回は上半身裸でもはずかしくないよっ!

 

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