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ep6.夏紀めぐみ

 私が木戸先輩のことを知ったのは、イベント写真を片っ端から見たときだった。

 写真を見るのは好きだ。プロが撮った写真集はもとより友達が撮ったものを見るのも好き。

 だから、この学校のイベント写真システムは面白いと思った。

 なんせ、各クラスにカメラが配られてそれぞれのイベントの写真撮影をするというのだ。

 撮り手の感覚によって写真は変わる。正直、撮影よりもイベントそのものを楽しむ人が委員をやる場合、枚数は極端に少なくなるなんてこともある。

 そんな写真が学校のサーバーに数年分保管されている。

 さすがに五年以上前となるとデータを他に保管するようだけれど直近数年ならばさかのぼれるし、その当時の学校の風景や空気が感じられて楽しかった。

 そして、もちろんその中に混ざっている写真部の先輩達の写真。

 イベント委員の代わりに写真部が撮っている写真はさすがにどれも見応えのあるものばかり。枚数も多いし面白いものが多かった。

 そんな中で、写真部並みに、もしかするともっとひどい量を撮っている人がいることに気づいた。

 kaoru kido名義での撮影数は二日間という時間であることを差し引いても三百枚は越える。

 なんでこの人は写真部じゃないのかと先輩に聞いたら、すでに勧誘済みだけど振られたんだという話だった。 

 さくら先輩の粘着気質をふりはらったというのだからよっぽどなのだと思う。

 どうしてこれほど撮れるのに写真部に入らないんだろう。どんな人なんだろう。

 すごく興味があった。彼女(、、)の写真は見ていて楽しい。おまけに男女ともにしっかりと撮影していて、女子はきれいに、男子はあほくさく撮っているところなんかは、勇気あるなぁと思わせられた。

 さくら先輩は、あんにゃろうはただのアホよと言っていたけれど、見れば見るほどにどんな人なのかが気になってしまう。

 気になって仕方が無かったので、GW(ゴールデンウィーク)が終わった後に教室に見に行った。

 誰だろう。カメラをいつも持っていたりするんだろうか。いや、写真部以外個人的に一眼を持ち歩くのは校則的にはグレーだ。携帯は授業中に使わなければOKだからそのカメラならば持ち歩けるだろうけど、それで満足出来るかと言われると無理だろうと思う。

 どうしてるんだろうと思いながらもクラスの人達の顔を見る。一部入れ替わってはいるけれど、去年のサーバーにあがっていた写真の被写体さんの顔がある。あのときよりも少しだけ大人になったと思えるけれど写っている人達は基本除外でいいだろう。

 このクラスに写真部の先輩がいれば話も聞きやすかっただろうけど、残念ながら今の二年生は三人でこのクラスにはいない。もう一人の人はむしろ学外部員扱いだ。はぁ……ルイ先輩次はいつ来てくれるだろう。

 この場にいてくれたら聞きやすかったのになぁと思いながらも、それが無理であることはよくわかっているので自分の目で探すしかない。

 きょろきょろと入り口から中を見ていたら、女子の先輩に背後から声をかけられた。

 たしか去年の学外実習の、山登りで良い感じに撮られていた美人さんだ。演劇部の人だった気がする。

「なにかご用? 一年生かな」

「はい。あの……このクラスに、kaoru先輩が……いえ、kido先輩? がいるはずなのですが」

「ああ、木戸くんね。写真を見てっていうクチかな。ほら、あそこでのぺーっと机に突っ伏している男の子(、、、)がそ」 

 はい?

 一瞬。そう言われて自分の頭の中に情報が入ってこなかった。

 確かにその先には、学ラン姿の男子生徒が眠たげに机につっぷしている。もう休み時間は全力で休みます休みきりますというような態度の彼は確かにサーバの写真にはあまり写っていなかったように思う。

 そこで自分の認識違いに気づかされた。

 kaoruというから女子の先輩だとばかり思っていたし、写真の撮り方だって男女ともに遠慮無く撮っていたし、さくら先輩だって、あんにゃろうとか平気で馴れ馴れしくいうからてっきりそうなんだと思ってた。

 でも、実際は……

「用があるなら起こすけど?」

「ええと……寝てるようなのでいいです」

「あれま」

 とてとてと逃げるようにして、自分の教室に帰る。

 うぅ。かなり恥ずかしい勘違いをしてしまったような気がする。

 こうして、木戸先輩と仲良くなろうという最初のもくろみはあっさりと砕け散った。

 さすがに同じ部に入ってるわけでもないのに、別のクラスのそれも先輩を追っかけてるとなるといろいろな色眼鏡がかかってしまうことだろう。あの写真には正直興味はあるけれど、今は写真部の中だけで満足しておこう。そんな風にこのときは思っていた。


 では、これで私は木戸先輩に会わないですむのか。

 私はこのとき、こっちから会いに行かなければきっとなんでもないと思っていた。

 そりゃ、いい写真を撮る。でも写真部の、あのさくら先輩の勧誘を断った猛者だ。写真部には近づかないだろうと思っていた。

 でも。

 それから数ヶ月も経たずにさくら先輩に引きずられるように彼は部室にやってきた。

 姿が見えたのでこそこそと隠れてしまったのは、別に木戸先輩を女子の先輩だと思ってやきもきしてしまった自分が恥ずかしかったから、ではない、と思いたい。

 他の男子とはそこそこ先輩は普通にカメラの話で盛り上がっていたようだし、同学年の男子二人もなまじ男子の先輩がいないだけに、よくなついているようだった。

 私はというと、どうにもそれからも顔をつきあわせるとなんだかいつも上手く話せないことのほうが多かった。なんか冷たくなってしまうというか。

 い、いいもん。ルイ先輩と仲良くなれればそれでいいもんと当時はよく思っていた。ルイ先輩っていうのは……(以下検閲対象のため削除)

 はっ。ルイ先輩のあれやこれやを語っていたら時間が過ぎ去ってしまった。

 ともかく良い写真を撮る人は私の中では特別な存在である。

 そう考えると木戸先輩もそれなりに特別といっていいのかもしれない。

「な……これ……は」

 イベント写真閲覧用のパソコンの前で、私はつい声を漏らしていた。

 放課後の部活の時間。みんなは教室で見てきたからいいというので、一人で部室のパソコンを使ってこの前、九月に行われた体育祭の写真を見ていたのだけど。

 そこでのkaoru kido名義のファイルを発見してしまったのだった。

 イベント委員は基本、年に一回くらいしか出番が回ってこない。写真部がいるクラスの場合はさらにひどくてほとんど出番はなくなってしまう。けれどもあのクラスには写真部はいないし、そこで登場したのが木戸先輩というわけだ。

 正直、すごいと思った。何がすごいってこれを数世代前のコンデジで撮っているというところだ。

 写真部の面々はきちんと撮れてはいるけれど、他のイベント委員が撮った写真はどれもぶれぶれになっているのに一人だけかっちりとスタートラインの撮影をこなしている。

 おまけにスナップ写真の醍醐味でもある楽しい空気感というのもしっかりと捉えていて、男子と馬鹿をやっていますというようなのがごろごろとでてきた。

 改めて彼の性別を知ってから見ると、確かに男子の写真の方が多いんだななんてことに気づかされる。大きいイベントではイベント委員はたいてい男女それぞれ一名がつとめるもので、当然同性の写真を撮っていくのが基本となる。いちおうそれに忠実に撮られてはいるんだけど。

「女の子の写真もかっちり撮ってるあたり……なんか不思議なんだよね」

「あー、それ、俺も思った。木戸先輩すげーよな。遠慮がないっていうか」

 じぃと写真を見ていたら、兼が声をかけてきた。同じ写真部ということでそこそこ打ち解けてはいるものの、実は私は男子がちょっと苦手だ。恐怖症とまではいかないけれど、少し身構えてしまうところがある。

 だから、異性の写真をここまで普通に撮れる木戸先輩はすごいと思う。 

「だったら、あんたも遠慮無くいけばいいんじゃない?」

 ほらほら、どうよーと言ってやると、うぐと彼は嫌そうに顔を歪めた。

 こちらもわかって言ってはいるのだけど、まだまだ彼も、そして自分もふっきれていないところがあるのかもしれない。

「うちの先輩方はなんていうかこう……全力でおかしいんだと思う。俺にゃ無理だ」

「だよねぇー」

 片方は部員ですらないですけどねーと内心で思いつつ、ほんとどうしてあの人は写真部じゃないんだろうと思ってしまう。一緒にいられればなんかこう打ち解けたりとか、最初のわだかまりというかそういうのが取れるかもしれないのに。

「なんなら、弟子入りでもしてみたらどうだ? 上手くなるかもよ」

「なっ……」

 その冗談に言葉が詰まった。木戸先輩の弟子……

 休日一緒に撮影にいく姿を想像して、一瞬胸が高鳴ってしまった。不覚。

 あんなもさ眼鏡先輩のくせに、カメラを構えているところはなぜだか格好良く見えたりして、撮り方の指導なんかもしてくれたりしつつ、お昼は公園で手作り弁当を食べてもらうなんていうプランはちょっと心が躍る。ルイ先輩みたいに料理ができるわけでもないけれど、さくら先輩よりはマシだと自分では思っている。練習すればちゃんと食べられるお弁当くらいは作れると思う。

 でも、その想像にでてくる彼はいつもコンデジを装備している印象しかでてこない。どうして一眼を構えている姿が想像できないのだろうか。

「いや、さくら先輩の、ってつもりで言ったんだけどな」

 なんか想像したか? とにやにや言われて、一気に顔が赤くなった。

 まったく、この写真部の仲間はいつもこういうことばっかりいってくるから嫌いだ。

 それからこんな感じのやりとりをどれくらいやっただろうか。 

 気がつけば一年が経って、それでも先輩との距離はまったく縮まることはなく。一緒に撮影に出ることなんて夢のまた夢だった。時々写真部には顔を出すものの撮影会には参加はしないので、仲良くなろうにも方法がまったくない。

 えっ。告白でもしてしまえとか、は。冗談交じりにクラスメイトに言われたこともあるにはある。

 でも木戸先輩は多忙なのだという。放課後はさっさと帰ってしまうしアルバイトもしているという話だ。そんなに稼いでどうしてるんだろうなんて思ってしまうけど、それなりな事情があるのだと思う。それを邪魔はしたくないし、それに撮影に誘っても二人っきりはさすがに心の準備が。

 ならさくら先輩も一緒に誘うというのもありはありだろうけど、なんだかんだでさくら先輩は木戸先輩の友達ではあるけれど、どこかよそよそしいところもあるし、撮影にいくならルイを引っ張り出すとあの人なら言いかねない。

 ルイ先輩と一緒に放課後撮影ライフも楽しそうだけれど、それはそれで別の話だ。

 そんなことを毎日思いながら過ごしていたら、ひょんなことで先輩と話をすることになってしまった。

 先輩が親友のまゆの男性恐怖症をなんとかするとか言い出したからだ。

 実は男の人が好きだとか、付き合ってる人がいるだとかいう噂も流れたし、身体の芯まで腐りきっているクラスメイトは木戸先輩受けありだわーなんて言っていたけれど、いきなり中性的な感じの声を上げたときには、は? と一瞬固まってしまったものだった。

 普段のけだるそうな感じはなくて、なんだか見事に中性的なのだ。

 まゆはあれで男の人と触れあうだけで身体を緊張させるような子だというのに、木戸先輩とはしっかり話せていて、なんだか自分はろくに先輩とちゃんと喋れないのにうらやましかった。このときだって心にも無く気持ち悪いなんて言ってしまったくらい私は先輩と上手く行かない。

 そして話の流れでなんだかまゆとデートするとかいう話になって。

 うらやましかった。後押しをして後悔するくらいにはうらやましかった。

 自分も男性恐怖症だったら木戸先輩に、柔らかい声をかけて貰えるだろうか。 

 そんなことを思っていたのだけど、デートが終わったまゆが変わっていて、なおさら驚いた。

 そんなまさか、と思った。一回目のデートからそんなに人格変わるほどのことがあったのかと、顔が赤らんでしまう。木戸先輩の綺麗な指先で。もしかしたら撮影会なんてのをやらかして羞恥心とかを壊してしまったのかもしれない。よもやあの木戸先輩なのだし男女の関係になっていたりはないとは思う。

 私は写真部でもあるし撮る側だ。でも木戸先輩と仲良くなれるなら、被写体になってもいいかななんて思っている。けれどなかなか言い出せずに時間ばかりが過ぎていって、気がつけば卒業式になってしまった。

 なんだろう。こんなに自分がへたれだと思ったことはない。

 木戸先輩に心をかき乱されること自体はほんのり温かいのだけれど、玉砕覚悟でぶつかれなかったのはなんでなんだろうと、今でも不思議に思っている。

 有ったかもしれない高校生活の可能性。それをいまさら考えるのはあまりにも手遅れだけれど。

 卒業式に撮ってもらったツーショットの写真は今後も大事にとっておこうと思う。


 へ? ルイ先輩のことはどう思ってるかって?

 そんなのもう尊敬する大好きな先輩。楽しそうな写真を撮るなぁっていう人でいっつもカメラを持ってにこにこしている印象の人だ。

 さくら先輩と一緒にやりとりをしている姿は女子高生らしい屈託無い笑顔を浮かべていたりするけれど、風景の写真を撮るときはきりっとした顔を見せてくれる。そして撮る枚数もとことん多い。土日はたいてい出歩いていたみたいで、二日で三百枚は軽く越える量を撮ってくる。それはほぼミスの無い写真で本人が言うには良いのはその一部だけ、なのだそうだけどミス写真がほとんどないというだけですごいと思う。


 でも、どうして木戸先輩の話の最後にこれを聞かれるのかよくわからない。

 最初からこちらの話をして欲しいと言われればいくらでも話したのに。

 あれは、え。もう時間切れ? そんな。さっきの木戸先輩の話は全部なしってことで、ルイ先輩のことを是非っ、是非はなさせていただきたく。

予告通り、最後のエピソードは写真部の後輩のめぐさんでした。この子はルイ=木戸馨を知らない子なので、放課後生活を男子として送っていると思っていたり、そういう想像しちゃったりと、微笑ましーみたいになりました。現実を知ったらもう涙目でありましょう。


さて。とりあえずこれで番外編はいったん終了です。

明日からは大学編がはじまるよ! といいつつ、初回はシフォレではるかさんとお茶会だったりします。

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