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ep5.斉藤千鶴

今回は短め。

 木戸くんは変わっている人だ。

 一年の最初に会った時は、眼鏡をかけたもっさりした男子だった。

 身長もそれほど高くはないし、ことさらかっこいいという感じもなくって、言ってしまえばモブCくらいな感じの認識しかなかった。いちおうこれでも役者を目指しているので人間観察は割とするようにしている。

 だからこそ彼のことも認識していたけれど、普通の人なら下手をするといたことに気づかないというのもいたかもしれない。

 それが変わったのが学外実習の時のことだ。

 一緒にイベント委員として写真係を任された時に、いろいろと親切にしてくれて、充電器を貸してくれたときはちょっときゅんとした。

 まー、あのときは切羽詰まっていたしある意味、ジェットコースター効果というやつだろう。

 けれど、女子部屋に来た時の彼の態度は、なんというか、おかしかった。

 ここらへんはあのとき部屋にいた女子全員の共通見解だと思う。

 そして止めはカメラの撮影と、完璧な女声。

 あの実習の山登りの時はさすがに汗まみれの姿を撮られて、むすっとしてしまったけれど、出来た写真のできばえはけして悪くはなくて、まったくなんてことをしてくださると関心したものだった。

 そんな彼は学校で女子制服をきて廊下を歩くという暴挙をしてくださっていた。

 普通に可愛かった。本人はたぶんものすごく否定するだろうけど、普通に男子の時の髪型と同じで眼鏡と服を替えるだけで普通にそこらへんの女子、いや。そこそこ周りから視線を集めるであろう女子になってしまうのだから、外見の演出っていうのはすごいもんだなぁと改めて思ってしまった。

 あの頃はルイさん(、、、、)も無名だったから、どれだけの子が覚えているかは知らないけれど、今普通にあんなことをやらかしたら、周りから声をかけられ続けるのだろうなぁと思う。

 そんな彼女が自分からは語らない。そんなエピソードを、本日のナビゲーターである私はお届けしようと思う。


 

 季節は梅雨。

 外にはしとしとと細い雨が落ち続けている。

 この季節、校内に流れるものがあるのは三年になった自分達にはよく知っている事柄だった。

 そう。六月も下旬に合唱コンクールというものが開催されるのだ。

 本腰をいれているか、と言われたらそうでもないというのが本当のところなのだけど、それでも手を抜くことはできない。そんな微妙な空気が割と多くのクラスに蔓延しているのだった。

 その分水嶺になるのが、どうにもリーダーシップを取る子がいるかどうかというところ。

 残念ながらうちのクラスにはそういう人はいなかったし吹奏楽の子もむしろ夏の大会に向けての楽器の練習の方を優先したいと思っているようで、こっちは適当な感じを隠そうともしていなかった。

「木戸くんソプラノパートにおいでよ!」

 そんなどこかしまりのない風景の中で普通にさっちゃんが無茶ぶりを発揮している。

 木戸くんはテノールを担当している。普段からやや男子としては高めな声をしているし、そこに落ち着くだろうなというのは、誰もがそう思っていたはずだ。低音も頑張れば出るらしいけどバスの声域かと言われたらそこまではでないと思う。というかでて欲しくない。いろいろイメージが壊れすぎる。

 二年の頭に(こうはい)のためにルイさんの姿を目にしてからというもの、私の中で木戸馨という人の印象ははっきりと変わった。無駄にハイスペックな女子にしか見えない男子というなんとも言えない感じなのである。

 その素体である木戸くんには、男っぽすぎる感じは似合わない。むしろ普段のもさい感じも違和感しか覚えないくらいだ。それでも柔らかい物腰を保っている分にはまだましだと言っていいんじゃないかと思う。

「ソプラノはさすがになぁ。確かにバランス悪いのはわかるけどさ」

 合唱を聴いての感想は彼が言うとおり、四パート全体でソプラノが弱い。それはたぶんクラスメイト全員がそう思っているに違いなかった。録音機材も手軽に用意できる昨今、真ん中でとってみてみんなで聞いたりもしているのでそこらへんの把握はしやすい。

「だったらほら、一人テノールから移籍してくるだけで、バランス取れると思うんだよねー」

 にししとさっちゃんが木戸くんの手をとっているのだけど、さすがにそれは無理だろうと思う。

 出るんじゃないの? という期待はもちろんわかるけれど。

「いやぁ、歌声は無理だって。細い声でならあの声域だせなくはないけど、声量はでないし息継ぎも多めにしないといけないし。それなら斉藤さん。こういうときは演劇部が声を出すための秘訣を教えてあげればいいんでないの?」

「うえっ、あたし? いやぁ確かに声は出るけどさぁ、音楽とはちょっと違うというか」

「あんま変わらんだろ。ようは喉の響かせかたと、呼吸の仕方となんだし。いつもやってる発声練習からやってみて、ソプラノパートの声量アップすればいいんじゃない?」

「でも、ほら……あんまりリーダーシップ取りたくないんだよね……」

 そういうの始めるとひっぱらなきゃいけないーみたいになるし、と目をそらすと、えぇーと木戸くんは完璧な女声で不満声をあげてくださった。かわいい。

「なんなら、青木に……いや。さすがにソプラノとは少し違う成分になってくるのか……」

「へ? なんでそこで青木くん?」

 ちらりとテノールのはしっこにいる彼を見て小声で尋ねた。

「あいつ、カラオケで女性曲ばんばん歌えるんだよ。最近はカラオケ頻度は減ってるっていうけどな」

 彼女できてからはそっちにべったりだと肩をすくめる姿は、ちょっとだけ寂しさのようなものでもあるのかもしれない。

 なんだかんだでいろいろ否定しているけれど、木戸くんは青木くんのことを好きだったんじゃないかと思っている。去年いろいろあって、ルイとして告白されて蒼白になっていたのも知っているし、カメラとの二択ではそちらをとった彼だけど、それがなかったとしたら普通に付き合っていたのかななんて思っている。腐ったものが大好きな漫研の人ではないけれど、それなりに良いカップルになったんじゃないだろうか。

「彼女と一緒に行けばいいのにね」

「それが、彼女はカラオケ苦手みたいでさ」

 一緒に行くのはちょっとと断られてるんだってと言われて、へぇと答えておく。

 確かに恋人同士でカラオケは楽しそうとも思うけれど、一対一となると最初は勇気がいるかもしれない。

 というか私でも断るかもしれない。歌はそこまで上手いわけでもないし。

「ちづちゃんが指揮をとってくれるならそれでもいいんだけど……やっぱり木戸くんがこっちのほうが似合う気がする」

 うんうんと頷いているさっちゃんの意見には同意したいところだ。

 ルイさんのいつもの声を考えると、ソプラノだって出そうに思える。

「ていうか、他パートをちょっと押さえればいいんじゃね? パーリィ会議でもすれば……」

「パートリーダーさんは……あんましやる気なさげですし?」

 現在パートごとに別れて練習をしているわけだけれど、こうして木戸くんと話していても特になにも言われないくらいには、練習に気合いが入っていないのも確かだった。賑やかなのはアルトくらいなものかもしれない。

 ピアノが無いから練習できない、なんてことも当然ない。ICレコーダーでとった音源を元にすればパート練習だって十分にこなせるのだ。

 もちろん合わせるときは音楽室なんかでの練習が必要になるし、日替わりで使わせて貰えたりするのだけど、もっぱら教室での練習の時はこんな感じになる。

 けれどもそれぞれパートごとに別れたあとのリーダーの選出がくじびきになっていることからもわかるように、リーダーシップをとれるリーダーなんてものはここにはいない。

「調和をとるか努力をとるか……か」

「あーあ。ここでルイさんあたりが来てくれれば男子とかがんばりそうだけど」

「えぇーそうかなぁ。逆にパニックになってしまいそう」

 思いつきで言ってみたのだけど、木戸くんはともかく、さっちゃんからまでそれはなしという反応をされてしまった。

 彼女がきてくれたら良いところを見せたい男子がパートリーダーをしっかり引き受けてくれたりとかしてがんばれそうな気がするのだけど。

「どのみち無理な想定しても無理だし、ちづちゃんにがんばってもらうってことで」

「そうそう。がんばっておくれよ」

 アルトの方はなんかがんばってるっぽいし、と視線を向ける彼につられてそちらを見るとリーダーの子がてきぱきと指示を送っていた。

 他を押さえて調和をとろうというのは彼女を押さえるということになるので難しいかもしれない。

 どうにも春隆くんに気に入られたくて頑張ってる所を見せたいとかそういうことらしい。

 あのイケメンもどきに気に入られたいとは、本当にあの子も見る目がないと思う。たしかに彼はかっこいい部類に入るけれど、木戸くんにひどいことをする嫌なやつだというのに。

 次なにかやってきたら、対策を考えようかと思っているくらいだ。

「やれやれ、覚悟を決めるしか無いってやつですかね、これは」

「うん。上手く行ったらなんか作ってきてあげるから」

「いいなぁ。それ私には? ちづだけなんてミステリーの香りだよ?」

「はいはい、佐々木さんにも作ってきてあげるから」

 つくるっていっても、クッキーくらいなもんですが、とさらりと言い切る木戸くんに、いや、それを男子があっさりやるのはなかなかに難しいのですよと内心では思ってしまう。

 けれども木戸くんが作るクッキーはけっこうおいしいし、そういうご褒美系は女子としては大好きなのでこういうやる気の持ち上げ方はずるいと思う。

 それじゃ、俺は自分のパートにもどるんで、と彼は休憩を終えてテノールのほうに戻っていった。

 やれやれ。それなら演劇部仕込みの発声をみなさんに仕込もうではないですか。

「木戸くんのクッキー楽しみ」

 さーがんばろーとさっちゃんまでやる気になってくれているのに苦笑を浮かべつつ、私はソプラノのパートリーダーに声をかけてみんなに発声練習をしてもらうことにしたのだった。

そろそろ休みが明ける頃、ということで明日はめぐのお話予定です。書き切れるのかな。

そして今回は合唱コンクールの話題です。なにげに本編でやってなかったのでちょっとだけ。でもあんまり事件らしい事件はありません。だからこその番外です。

引っ張ってくれる人がいるかどうかでがらっと変わるわけですが、ここにはそんなに積極的な人はいないのでありました。

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