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016.コンビニと女優さん

 改めて、芸能系はご都合主義です。さらっとスルーしていただきたい。

「いらっしゃいませ」

 夜のとばりが落ち始めるころになると、木戸が働いているコンビニの客層もまたにぎやかになる。

 仕事の入りの時間帯は学生たちが中心なのだが、そのあとは圧倒的に大人の客が増えてくる。トラックの運転手やらいったん夕飯を買いに来るサラリーマンなんていうのもいる。ようはこれからも働かなければならない人たちの食糧庫としてコンビニは成り立っているのである。


 そしてその時間がすぎて一通り弁当などが売れてしまった後にくるのは、少しばかりの静寂の時。

 あの時間帯が嘘なんじゃないかというくらいに静かになり、来るのは酒を買いに来る中年か、雑誌の立ち読みをするものくらいで、とてもまばらになる。

 実を言えば木戸が働いている時間は十時までなのだけれど、そのあとには商品の搬入なりいろいろと大変なことがあるんだと先輩にぼやかれたこともあったりする。とはいえそれは法律にかかわってくることなので、高校生バイトは十時までが不文律である。


 そんな十時にもう少しでなるぞ、といったところで。

 見るからに怪しい人影が店に訪れた。どこをどうというと何から何までおかしい。

 まずは、大きいサングラスをつけているのだ。そして深いつばの帽子に、しまいには男性用の大型マスク。小ぶりな顔が半分くらい隠れてしまうほどだ。服装はコートのすそからスカートがのぞくという、ありがちではある服装だった。


 そんな姿をちらりと見ていると、先輩があれって女優の崎山珠理奈じゃないか、などと言い出した。

「確かにそっくりだけどまさか本人ってことはないでしょう?」

「いやだがな、だからこその変装だろう」

「あれは変装というよりも餌という感じがします」

 ひそひそと話をしていると、ちらりと彼女の視線がこちらを向いた。

 自分で国民的美少女とかいっていたやつに確かによく似ていた。似てはいるけど、なんだろう。ちょっと違和感があるようにも思う。


「もしかしたらどっきりなのかもしれないし」

 注意しておいた方がいいと伝えると、ちらっとなぜか先輩は顔をしかめた。

 まったく夢も希望もないとでも思っているのだろう。けれどももう夢はあまり見ないのである。

 そもそも興味があまりそんなにない。

 消極的な態度のこちらとは違って職場の先輩さんは目をきらきらとさせていた。だいぶミーハー気質である。


「あの、失礼ですが崎山珠理奈さんですよね。ファンなんです。よろしければサインなどいただけると」

 どこから取り出したのか、色紙を取り出した先輩は目をきらきらさせながらびしっと頭を下げた。もちろんペンまで用意済みである。

 あとから聞いた話ではコンビニなんて接客業はいつどんな有名人がくるかわからないから、ひそかに置いてあるのだなんていうことだった。もちろん知らなくていい知識ではあったのだが。


「えと、あの、こういうのはちょっと」

 その相手は明らかにとまどったような顔で、どうしようとおろおろしている。

 崎山珠理奈。つまり先日あの町で出会った、自分を国民的美少女だといい放った相手のプライベートがこれか? と言われるともちろんノーである。あの不敵に笑うようなやつがこんなにおどおどしているはずもない。

 なにより目の前にいるのは。


「違います。あのボクはぜんぜん、そんな。似てるっていわれますけど」

「では、その変装は?」

 アイドルだからこその変装なのではないの? と彼はさらに詰め寄る。これはおどおどしていてかわいいとかそういう風に思っているんだろうか。


「これは別に深い意味はないです。ただ目立ちたくないってだけで」

「普通ならそのかっこなら不審者として通報されるレベルだと思うのですが」

 隣で様子を見守っていた木戸はしれっと常識的な内容を告げる。

 これで包丁をつきたてて、強盗ということだって十分に考えられる変装だ。


「それはその、いろんな理由があって」

 もさもさ眼鏡やらマスクやらをはずした先にでてきた顔はやはりとてつもなく整った顔だった。お化粧もしっかりされていてぱっと見ではあのアイドルと同じようにも見える。

 のだが。


 ちらりと周りに視線を飛ばす。カメラかなにかまわってるんだろうか。けれど別にそれは構わない。それよりも目の前の相手をどうするべきなのか。少し悩むところだ。

 でも、そこで十時の鐘がなる。残念ながらもう従業員ではいられない時間である。

「おっと、お客さんも少ないしあがっちゃっていいっすよね。それと、そちらのかた別に女優さんじゃないから、あんまりまとわりついてはダメですよ」

 それだけを伝えると、おつかれさまっすーとだけ言い残して裏の休憩室に入った。




「さて。帰りますかね」

 ふんふんと片付けをして外に出ると、先ほどの人がそこに立っていた。いや少し違うような気もするのだが、それでもまったく同じ服装だ。ちらっと見ただけでは先ほどの客が外に出ただけだと見えるだろう。

 けれどその段階でもう仕掛けはなんとなくわかった。周りを見ればきっとカメラがどこかにあるに違いない。


 だって、そこにいるのは先ほど店に来た人とは「違う」のだから。

「さっきはどうも」

 その女の子はマスクをつけながら、それでも不敵に笑うとこちらに寄ってくる。

 けれど。


「はじめまして」

 あちらの挨拶とことなる返事をすると、彼女はえっという顔をする。

「だって同じ服を着た別の人でしょ。あなたの方が数倍おきれいですよ、マドモワゼル」

 マドモワゼルと言われるような歳じゃないっていうお叱りは受けたものの、それすらこちらは武器にできる。


「そう、それ。さっきの子はもうちょっとおしとやかだったのでね」

 さすがに印象が違いすぎますよ、といってやると彼女はあからさまにびくりと一歩後ずさった。

 売り出し中のアイドルがそんなんでどうするんだと思ってしまう。


「それは演技かもしれないでしょ。そ、それに今はあなたに変な対応されてちょっと驚いただけで」

 目をそらしながらそういうけれど、もともとお前はそういうやつだろうに。

 とはいえ、この前ルイとして会っていることは言うわけにはいかないので伏せておく。


「だとしても、さっきの子、男の娘でしょ? さすがにあんたと見間違えるのは無理がある」

「んなっ」

 今度こそ固まった。ぽかんと口が開いて、なっ、のまま閉じようとしない。


「ま、まってまってまって。ちょっと待って! それはおかしい。あの子はこの前あたしに似ているグランプリで優勝して、この企画に特別参加しただけであって。ほかの子蹴落として優勝したのよ?! それが男って……」

 あ。自分でもう暴露してる。


 この慌てぶりからして、まさか知らなかったのか?

 いや。確かにすごくいい線は行っていたと思うし、普通に見たらわからないだろう。女らしさという点でも十分だし、この子のきらびやかさもしっかりとあって、決めポーズを続ければあんがいいけるようにも思う。エレナのキャラづくりに少し似ているかもしれない。


 ルイの日常の作り方ではなく、あくまでもモデルを元としてそれをトレースして、それを真似ていくのだ。

 ただ、他キャラクターを演じ続けていて、さらに日常までもを想像で補填するエレナと違ってさっきの相手は持続力がないというのが今回のダメポイントだろう。

 いうなれば、瞬間をきりとった写真は完璧でも動画を撮られたらアウトというやつだ。女装をする場合、一つの壁なのだというような話も以前きいたことがある。


「はい。二人とも、そこまでそこまでねぇ」

 彼女が言葉を失っているせいなのか、コンビニの脇に不自然に止められていたバンから恰幅のいい大人の男がぬっと姿をあらわした。

 この場を取り仕切っている人間なのかもしれない。


「いやぁ、とんだアクシデントっ、これだからどっきりはこっちもたまらんねぇ」

 そうはいいつつ、半分冷や汗が出ているのが見える。さすがに筋書き通りにいかなさすぎて、涙目ということなのだろう。

「あのことは秘密だったんだがねぇ。ああ、カメラは止めてあるから安心して。最後にあの子が実は男だっていう暴露で珠理奈ちゃんが驚いて仕掛け終了だったんだけれど、まさかあれを一般の人に見破られるとは思わなかった。君は何かエスパーかなにかなのかい?」

 さらに続くようにして、車から、さっきの子が姿を表す。

 暗がりで見ればなおさら。身長とかまでほとんど同じで、並ぶと双子のように見える。


「エスパーもなにも、ただそっくりなだけで、性別の違いを見破れないっていうほうがあり得ないんですが」

 特別なことなどなにもしていないという風に接すると、彼らはまいった、と言いながらちょっと打ち合わせに戻るので珠理奈ちゃんの相手をしていてくれとまかされてしまった。偽物さんも残るようだけれど、全面的にここは木戸に彼女をまかせるということなのだろう。


 騙される側が打ち合わせに参加してはどうしようもない、ということで彼女は置き去りというわけだ。こんな寒空のコンビニの前で待たせるなんて、さすがにちょっとひどい気もする。


「あんたのせいで撮影がおしたんだから、暇潰しに付き合いなさい」

 前言撤回。全然かわいそうじゃない。一番かわいそうなのは言うまでもなく木戸である。

 まきこまれて迷惑しているのはこちらだと言うのにまったくひどいものである。

 ちなみに、家にはすぐさま連絡を入れてある。日付が変わるまでには帰ることと強く言われてしまった。そもそも下手な時間に外にいると補導される恐れもあるのである。


「それよりも、僕のどこが悪かったんでしょう。それなりに珠理奈さんの特徴は出てると思うんですが」

 少し上ずった声でしゃべる彼をもう一度上から下まで観察する。

 確かに彼女の特徴はつかんでいるのだと思う。それは間違いがないし、選手権とやらで勝ち残った猛者でもあるのだろう。


「特徴はうまくつかめてると思うけど、足し算だけじゃね。それだけじゃ珠理奈ちゃん似の男でしかないわけで」

 さもあたりまえに言った言葉に、びくりと彼は体を震わせた。

 ようやく気付いた、というような感じだ。


 女装とは、性別越境とは、平たく言えば、足し算と引き算でなる。そして重要なのは実は引き算のほうで、印象に残るほどのかわいらしさとか女の子らしさを足し算するのではなく、どうしようもなく男臭いところを削る引き算にこそ、その真髄がある。


 もちろんそれは「人の目を集めない」という意味合いでも機能し、ことルイを作る上では重要視している課題なのだ。目立たないルイですらそれなりに配慮はしているので、目立つ上に男臭さを消すとなるとなおさらがんばらないといけない。

 足し算をすればするほど、引き算もしっかりしないといけない。


「なによそれ、それじゃあたしが見る目ないみたいじゃない」

 誰にでもわかるレベルで男だっていうのがわかるのに、自分にはわからなかったのか? とでも彼女はいいたいのだろう。だから、いってやる。


「ない」

 ばっさりいったら珠理奈ちゃんはうぐぐと口をつぐんだ。悔しいけど言葉がでないらしい。

 でも、別にそれは彼女の責任でもない。見る人が見ればわかる、というレベルであって、けしてこの偽物さんがダメというわけではないのだ。ちょっとおかしいかも、という違和感はだんだん慣れてそんなものという日常に溶けていく。

 引き算ができていないとはいったけれど、木戸の基準こそが厳しすぎるという側面もある。


 けれど。

 その言葉は、足し算や引き算ではなく、感情の掛け算をひきだしてしまったようだった。

 がばりと、偽物さんはこちらを向くと地声でいいやがったのだった。


「珠理奈さんは素敵なんです。珠理奈ちゃんみたいになりたくてこうやっていろいろやってここまできたんだ。珠理奈ちゃんを侮辱したら許さないっ。絶対にだ」

「それは、うん。すんません」

 あんまりの迫力にたじたじになった。いや。気持ちは、わか……らないけど。かけらもわかんないのだけれど、押されるようにして少し引きながらそう告げる。


「本当なら珠理奈ちゃんの力なら演技だけでやってけるレベル。でもこういうのに出るのは自分の可能性を広げていくためだし、多くの人に知ってもらうためなわけ。それに僕こう見えて珠理奈ちゃんの大ファンで、確かにあんたには見破られたけれど、珠理奈ちゃんの仕事のスケジュールとか身のこなしとか研究して、ずっとずっと見ていたくてこんな風になってるわけ。珠理奈ちゃんがわるいんじゃなくて、あんたの目がおかしいだけだ」


 うわぁ。なんかもう、目がすわっちゃってるし、この圧迫感というのはいったいなんなのか。

 好きな相手をこれだけ思えるというのは、すごいことだ。

 だから。


「よく勉強になった! すまなかった。それと珠理奈さんが素敵なのは俺も知ってる。芸能界を知らない俺でも二駅先のあの銀杏の町での撮影でちらりと見かけて、目が離せなかった」

 とりあえず。寒いから、二人におでんを奢ってやろう。貧乏な俺が、友人に大切なことだから二度そうだといわれた俺が、おごってやるんだ。ちょっとまってろ。卵アレルギーとかないよな。


 そう言い置いて、逃げるようにして店に入る。

「おでん。白滝二人前で。汁とかはつゆだくでいただいていいっすよね?」

 きっちり150円おいて、返事を聞かずにつゆを多めにそれぞれを器にいれていく。


「おまっ。それはちょいとつゆ入れすぎだろ」

「今日くらいは勘弁してくださいよ。こっちだってちょっとせっぱつまってるんすから」

「後で、話はきかせろよ」

 しかたないと先輩がいいながらレシートをよこしてもらうと、そのまま外へでる。

 ホカホカと湯気がでていて、ふわんとするカツオの香りがどうにもたまらない。


「当店おすすめのおでん、それも汁をすってたまらない白滝です。さぁ体が冷めないようにどうぞ」

 珠理奈さん当人はもう最初からぽかんとしているのだけれど、激情をほとばしらせていた偽物さんすら毒気を抜かれて呆けているのは、あまりにもな展開についていけてないからなのだろう。


 おごるといって、白滝だけっていう部分については、多くを言わないでいただきたい。

 むしろ本音を言えば、スープだけわたしたかった。タダでスープだけのめれば幸せなのに。

 けれども、おでんを買わねーやつに汁はわたさねぇ、がうちの店長のスタンスである。

 それにチョイスとしては決して間違いではないだろう。

 体重や体型を気にする女優さんにローカロリーの白滝はうってつけだし、汁をすっていて味自体もたまらなくいい。


「あ、すごく優しい味」

 つゆを少しだけ含んで、うわ、と彼女は声を漏らした。

 体も冷えていたところでその熱もごちそうといったところなのだろう。 

 そんなときに待機用のバンから先ほどの大人の男が、偽物くんを手招きする。

 おでんのスープにほっこりしている間で、少し残念そうにしながら車に向かう。本人抜きで打ち合わせといったところなのだろう。


「あんた、よくしれっとあんな嘘いえるわね」

「嘘じゃないですよ。ただ身内にテンションがはち切れるのがおおくて、慣れてるだけ」

 白滝をあむりと噛み締めながら、あきれた声をもらす崎山さんは、ほくほくと頬をゆるませている。かわいい。


「それに、芸風を広げるために頑張るってところ。あながち間違いでもないのでしょう? そこは純粋にすごいなって思うし。がんばれってところです」

 この企画はちょっとあれですがと付け足すと彼女はぷるぷる体を震わせていた。

 寒いと言うわけでは当然ない。トイレと言うならばコンビニでいくらでも貸せる。


「ば、バカじゃないの。あたしだって最後にどっきりかまされるなら断ってたわよ。それに一般人を騙すのもやりたくなかった。でも、今回はあのドラマの宣伝もかねてて、仕方なかった。しがないコンビニ従業員にはわからないでしょーけど」

 早口に捲し立てられると、ぷぃとそっぽを向かれてしまった。

 ひゅうと冷たい風が頬をなでる。こんなことなら自分の分のおでんも買っておくんだったと後悔する。


「確かに、わかんないですね。でも実際銀杏の木の下で演じていたあの時間は本当によかったし。頑張ろうとしているのは伝わってきました」

 そう、思わずカメラを構えてしまいそうなほどにその姿は被写体として美しかった。


「あんたあの場所にいたの? ふぅん。芸能界に興味がないってわりにずいぶんじゃない」

「あの時は用事があって偶然。別に前情報も知らなかったし、いきなりあんなに混んでて正直最初は引いたくらいだ」

 商店街のおばちゃんたちもみんな浮き足立っていたし、ある意味お祭りみたいな騒ぎになってしまっていた。


「普段のあの町を見たことがないから、なんとも言えないのだけれど」

「あそこは普段はのんびりしていて、自然も多いし、よい感じにおとなしい町です」

「それは、騒がしちゃって悪かったわね」

 そういえば撮影自体はあれで終わったのだろうか。

 そうこう思いながら無言を貫いていると、彼女は白滝を食べ終わったらしい。

 つゆまでうまいうちのおでんを食べきると、ふうと白い息を吐く。


 そして、言ったのだった。

「あんた。あたしのメル友になりなさい。LINEじゃなくてメールのほうで」

「……へ?」

 どっきりだなんだといろいろとやってきてはいるけれど、その申し出自体があんまりにも衝撃的で、今まで揺るがなかった木戸の顔すら驚きにみたされた。

 いきなり何を言っているのだこのお嬢さんは。


「それこそ、そっちのほうが危険な橋すぎる気がしますが」

 熱愛報道とかされたら大変なのでは、というとうぐぐ、と恨めしそうな声がでる。

「う、うちの事務所はそこまで厳しくないからいいの。それとも彼女がいるから他の女友達は迷惑、とか?」

 のぞきこむように聞いてくる彼女の前に携帯電話をスッと差し出す。


 あいにく、週末の「彼女」のケアは大変だが、リアル恋人がいるでもない。気兼ねをする相手はいない。

「これもどっきりじゃないでしょうね。悪いけど一人になって跳び跳ねて喜ぶ演技なんてできませんよ」

「ふぅん、馨くんか。女の子みたいな名前ね」

 こちらの反応を全力無視なのは、性格からしてしかたないのだろ。


「余計なお世話ですよ」

 そういいつつ、もう一度念押しをする。

「でも、なんでいきなりそんな話に?」

 どっきりでなければ、どうしてこんな企画の途中で突然あった男相手にメールアドレスの交換などを申し出るのだろうか。

 エレナの時は理由があったけれど、こちらはどうにもそれがわからない。


「あんたはさ……飾らなさすぎるのよ。アイドルだって応援してくれる人はいるけど、あんたみたいにしれっとした態度で、しかも気を使ってくれるなんて、初めてで、ちょっとどうにかしてるのかもしれないけど」

 少し早口になっているのは自分でもなにをいっているのかよくわからないからなのかもしれない。


「それに、あんた、芸能界あんまり意識しないっていうか、お子ちゃまっていうか。そういう相手が欲しいの」

 いつも触れているのは芸能界の人間だけなんだものと、彼女は切なそうに言う。

 ああ。たしかにその理由ならわかるような気はする。

 友達を作りたい、ということなのだ。

 ファンでも同業者でもなく、ましてや保護者でもない。そんな相手が。


「も、もちろん、途中で連絡がぱたりと途絶えることだってあるんだからね!」

 さも、一方的にこちらはメールを返すのが前提で話がされて苦笑が漏れる。

「あれ、この待受って?」

 ちらりと彼女のスマートフォンの背景になっているものに視線が向いた。それはこの前彼女にせがまれてとった写真の一枚だ。


「ああ、この前の撮影の時に現地の子に撮ってもらったんだけど。気に入っちゃってね。写真しか興味ないっていってたけど、さすがに好きってだけあっていい感じで」

 ちょっとだけその姿には共感するなって思って、背景に使わせてもらってますと彼女は言った。


「それと割とあれ、すごい助かっちゃってね。写真チェックのために他のも全部まるまるデータコピーさせてもらったんだけど、あの町のスポットがいろいろ撮られてて、ロケハンの場所変えたくらいよ」

「別に使ってもらうのは構わないけど……一言くらい断ってくれてもいいような気がする」

 ぽそりと小声でいいつつ、それでも表面上は、そうなんですかと無難を装った。


 まさかそんな風にあれが使われてるとは思わなかった。確かに朝いちばんで町の各所は撮ってきていたし、ある程度の撮影スポットも抑えておいたのだけれど、ロケハンの場所が変わるってことは背景まで変わるってことだ。割とそれは大事のような気がする。

「また、あの町にいけば会えるとは思うけどね。商店街の人に聞いたら結構有名人って話だから」

 あの外見で写真好きで、あんなにキラキラしてるんだったら、人気がでないほうがおかしいじゃないと、彼女は不敵に笑う。ライバル宣言でもされているというのだろうか。

 けれど、それはあの町限定だろう。なんせ若い男がほとんどいない。若い娘さんだってあんまりいない。

 そんな中で目立つのはしょうがないことなのだ。


「ああ、それと言うまでもないと思うけど、メアド流出させたらただじゃおかないから」

「わかってますって」

 ぱたりと携帯を閉じたところで、バンから彼女を手招きする影が見えた。

 結局、撮影は別の場所でやり直しとなったそうだ。

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