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156.

お待たせしました! 高校最終話です! まだまだ続くよ!

 春休みのこの日は絶対に開けておくこと。

 さくらにそう厳命された三月のある日のこと。

「別にさくらに言われるまでもないんだけどなぁ」

 テンション高めなメールの内容を見ながら、そりゃいくだろ絶対と呟いていた。

 そのメールの差出人は我らの仲間であり講師の相沢あいなさんだ。そこには、久しぶりに個展やるから見においでよ! というような内容がかかれてあった。

 ちなみに別メールで「友達がくるとしか話してないから、ルイたんとして来るか木戸くんとして来るかはお任せデス(*`・ω・)ゞ」と顔文字入りのメールも来たのだけど、さくらと一緒にいくとしたら、まーどうしようもなくルイなのだと思う。

 個展自体は十時から五時まで開催なわけだけれど、忙しい時間帯というのもあるだろうし、三時くらいにつけばいいかなとさくらとも話し合った。

 とはいうもののせっかく外に出るのだから、卒業旅行にいけなかったぶんかまいなさいという彼女の言葉に逆らえるわけもなく、今日はまる一日さくらと一緒にお出かけなのだった。

 ぴんぽーんと、平凡なチャイムの音がなった。

 実は知り合って二年以上になるけれど、さくらの家に直接来るのは初めてだ。

 たいていは出先での待ち合わせになるのだけど、今回の目的地がシフォレということもあって、じゃあ、うちによってと言われたのだった。

 もちろん家には入らない予定だ。家族ぐるみかと言われると、先日ちょこっとだけ木戸としては交流したけれどそれくらいなので、お家にお邪魔してというのは遠慮させていただきたい。

 そんなわけで地図をたよりにさくらの家に到着。

 チャイムを鳴らすと、出てきたのはおばさまだった。

 ルイとして会うのはもちろん初めてだけれど、あちらはこちらの顔を知っているだろう。

「あら、ルイちゃんいらっしゃい。うちの子はもーちょっと準備かかっちゃうかも」

「って、そんなかかんないってば!」

 もう放っておくとすぐに好きなこといっちゃうんだから油断もならんと、さくらがおばさまを押しのけるようにしてでてきた。

「春だねぇ」

「そりゃ春なんだからあたりまえじゃない」

 ぷぃとそっぽを向きながら答えるさくらの台詞は、照れ隠しが十割だ。

 今日のさくらは高校を出たのも影響しているのか私服姿は落ち着いた感じでかわいい。メイクだって目的地の関係で相当やってきているようだ。ううん、ほんと女の子はすぐに変わってしまえるのだから恐ろしい。お前がいうなといろんなところから言われそうだけれど。

「それじゃ、行ってきます」

 おばさまに挨拶をしながら、さくらはぎゅっとカメラの紐を握りながら、さぁさっさと行こうとルイを急かした。

 そして数歩。

 とことこと数歩あるいても、背後の気配は無くならない。

「あの、お母さん? どうしてついてくるわけ?」

「えーだって、今日は女の子同士でスイーツ食べにいくんでしょ? それなら女の子のおかーさんだって一緒に行きたいじゃない」

 にこにこ笑いながらいろいろ聞きたいしーと彼女はこちらに視線を飛ばしてくる。さくらとは仲良しではあるけれど、家に来たことはないので誰なのかという思いなのか、それともさくらが撮った写真でこちらを知っているのかはよくわからないけれど、話はしたいらしい。

「あたしは別にいいけど、さくらは親同伴はさすがに厳しい?」

「別にあんたがいいならいいわよ。この親は言い出すとなかなかおれないし」

 やれやれと首を力なくふるさくらの脇で、やったとおばさまは大喜びだった。

 本日の行き先はまずはシフォレだ。

 ここのところは新作の試食会になるか、一回のお食事会になるかはいづもさんの創作意欲次第になっているわけだけど、今月はお食事会のほうだ。丸一年月一回このような招待を受けているのだけど、いづもさんとしては新メニューの撮影をルイに任せていたりもするので、持ちつ持たれつなのかもしれない。

 ああ、今日は何を食べようかななんて思いつつも、いちおういづもさんにメールを送っておく。

 さくらの件は了承いただいているけれど、おばさままでついてくるとなると、いろいろと対応も変わってくるというものだ。その返信を待ちつつも移動を開始する。

 その間もおばさまとの会話はやたらと弾んだ。

 あそこの花屋がとか、近所の子供事情から。いわゆるおばさまトークというやつである。

 さすがにさくらの小さな頃の話になったときはさくらが慌てて止めに入った。

「別にちっちゃい頃の話くらいいいじゃない。よく転んだとかそういうエピソードなら私も事欠きませんし」

「うぐっ。あんたは良いでしょうけどあたしは嫌なの。それにあんたの場合、ほら……」

「ああ、おばさまはもう気づいちゃってるからいまさらでしょー。それにあたしこー見えて小学生の頃のほうが女の子っぽかったよ?」

 むしろ中学に入ってから無理矢理男っぽくするようになったというのが正しい。

「はぁ? ちょ、おかーさんそれどういうことよ」

 ぽかんとしながら、さくらはばれてるとかってどういうことと目をまん丸にしてしまっていた。

「ほら、哲史の卒業式の時に会ったでしょ。見た目はたしかにやぼったかったけど、あなたと親しい同年代で写真バカって要因を合わせるとそりゃルイさんってなるでしょ」

「で、でも別に写真をやる男子がいないわけでも」

「いたらあなた絶対、家で話してるじゃない。っていうか、すっごい人見つけたって一時期話してたのに急にルイさんの話題ばかりになって」

「へぇ。どういう話をしてくれてたのか興味がありますな」

 ふふふと笑いかけると、うむぅと彼女は言いよどんだ。親の前というのもあるのだけどやたらとさくらがかわいい。

「ルイさんったらほんとこうしてると普通にお嬢さんね。うちの子より女の子っぽいかも」

「それは……慣れとしかいえないですかねぇ。それにさくらはこれでご飯炊けますし、女の子っぽいですよ?」

 目が泳いだ上に語尾が疑問系なのはもうどうしようもない。

 横たわる事実はもうどうしようもなく目の前にあるのだ。

「あ、あれからあたしだって料理ちょっとできるようになりましたっ!」

「ははぁん。料理教えてとか急に言い出したと思ったら、ルイちゃんに触発されたかー。そりゃそうかー。自分より料理得意な子がいるとさすがに」

 ほほうとおばさまはこちらの顔をのぞき込んでくる。

 もしかして、どうしてそんなに出来るようになったのか気になっているのだろうか。一人暮らしをしているわけでもなく家事スキルが上がる男子はそうそういない。

「私は親から、そんなかっこするならちゃんと料理くらいはできるようになれーって押しつけられてるので、簡単なものならできますが、特別同級生にあこがれの視線を向けられるほどでもないです。今頃の女子高生の女子力の低さこそが問題です」

 うん、違いないと言い切ると、あらあらとおばさまに笑われてしまった。

「まー親としては、料理を覚えたいなんて言い出したなら、あらあらって思っちゃうところだけど、日曜日の某番組をみると、ちゃんと教えないとまずいかもとは思うわね」

 まーそれ以前にこの子がやる気になったんでいろいろ教えてるけどと、注釈がはいる。

「たしかにあんたに触発はされたけど、別にそれは悔しいとかってことであって、それ以外は特に……」

 あんときは本当にちょー馬鹿にされたしと、くすんとしょげられてしまった。

 彼女が言っているのは一年のときの卒業旅行イベントのことだろう。

「こっちとしても混浴の露天風呂からの帰りで助けてくれてよかったよー」

 ほけほけしてるのを見つけてくれたのは、さくらだった。

「うわ、あんたもしかして珠理ちゃんと一緒にお風呂入ってた?」

「あ、うん。相手もこっち見えてなかったし、湯煙と月影の関係でまーったく誰だかわからなかったはずだよ」

 実際今まで彼女からなにも言われてないところを見ると、彼女自身はまったくの別人と思ってることだろう。ウィッグもかぶっていなかったし、ショートカットの女の子が入っていたと思っているはずだ。というかばれてたら今頃ぼこぼこのべろべろである。ああ、怖い。

「いちおう、ばれたら股間全力で蹴りとばされるんで、秘密でおねがい……今日おごったげるから」

「おっ。あのどけちなルイさんが奢ってくれるとは……ふふふ。今日は何を頼もうかなぁ」

 そうは言うものの、もともとさくらの分まではいづもさんのおごりなので、こちらのお財布は傷まないのである。そのときぶーんと携帯が振動してメールの着信を告げた。

 いづもさんからだ。マダムはお得意さまになるかもなので、今日は招待してあげるとのお返事だ。

 ありがたいことである。

「ふぅん。そういうところは男の娘なのねー」

 男の娘というところだけ小声でおばさまは感心したような声を漏らす。

「まー、水着の時なら蹴られても痛くないかもなんですが……」

「水着って……?」

 おばさまはきょとんとしながら首をかしげている。彼女の頭の中では先に会っているのは木戸馨の方だ。ゆえにルイのことも男子として見ている。だからどこまでできるのかというのを見誤っているのだろう。

 あとあとさくらに言われたのだけど、そういう男っぽさの欠片もないところを見せつけられるたびに、しまいにはもう別人扱いでいいやという開き直りになったのだということだった。自分の中の常識とのせめぎ合いで頭がおかしくなりそうだったからそうしたらしい。

「あー、こいつ水着も普通にきこなすの。海に行ったときはほんともう……」

 あーあと思っちまいましたよとしょんぼりするさくらに、おばさまはぽんぽんと頭をなでてやっていた。

「そもそもあそこで一番スタイルに自信がないのが自分という現実……」

「いや、さくらも十分すらっとしてて良い感じだったじゃない? 崎ちゃんとかと比べると確かにアレだけどあちらは写る側で、こっちは撮る側。撮る側はスタイルを気にしちゃだめじゃん」

 あたしだってばれないようにっていうのでがんばってるだけだしと言うと、うそだーと言われてしまった。

 そこまで自分を卑下しなくてもいいと思うのだが、女心というものは難しい。




「ふぅ。さっすがご近所で噂にあがるだけあって、おいしいお店だったわ」

 ごちそうさまでした、とちょっとアップルパイの生地の欠片が残ったお皿を前におばさまは上機嫌だった。

 シフォレのお客さんは比較的若い人が多い。十代がさすがに定期的に通えるかと言われると悩ましいのだけど、二十代三十代の人が多い印象だ。いづもさんとしてはお高いものを食べていただけるマダムを急募というところもあるのかもしれない。

 けれども並ぶということを差し引けば十分マダムも納得な味わいではないのかなと思う。

 おばさまも、ふぅと頬を緩めているしずいぶんと気に入っていただけたようだ。

「持ち帰りっていう人もいるみたいですね。うちの叔父もこの前お土産で持ってきてくれましたし」

 お土産は男の人も解禁なんですかね、ここと疑問を上げるものの、いづもさんはいつもさぁどうかしらとはぐらかすばかりだ。特定のお客様だけとかそういうことなのかもしれない。

「それができるなら、ときどき買いに来てもいいかしら」

 でも、と彼女はこちらに笑顔を向けながら続けた。

「今日はルイさんとも話せたし、カフェの良さってそういうところにもあるわけだけど」

「思いっきりガールズトークでしたけどねぇ」

 じぃとさくらがこちらに、まったくあんたはという視線を向けてくる。

 でも、仕方がないのだ。今はルイなのだし、

「それで、これから貴女たちはどうするの?」

 これ以上デートの邪魔しちゃ悪いかしら? とおばさまが茶化すものの、さくらがデートじゃないーとげんなり反論していた。それはたしかなのでうんうんと頷いておく。

「でも、次の場所は招待券が必要なので……」

「あらまぁ。コンサートかなにかかしら。それで珍しくおめかししてたのね」

「あのー、あたしらが写真撮影だめなそういうところになぜいくとお思いで?」

 さくらがはぁとため息をもらしながら親の推理をざっくりと切り裂いていた。もちろんルイとてまったく同意見である。

「だとしたらなにかしら……でもま、あとは若い人達同士でということで」

 むふふと笑う彼女に、なぜかさくらが顔を赤らめる。

「だーもぅ! どうしてそうお見合いの定番台詞みたいなことを言っちゃうかな」

 聞いてるだけで恥ずかしくなるとさくらはわめいた。確かにそう言われるとお見合いの席での台詞かと納得する。

「それじゃ、ルイさん。うちの娘はこんなのだけど学校別になっても仲良くしてあげてね」

 それではと席をたちながら彼女はちらりとこちらを見ると、意味ありげに笑いながら帰っていった。

「んじゃうちらもいきますかね」

 本命が待っていますから、とさくらに言われてこちらも席を立つ。

 いづもさんに声をかけつつ、今日は招待日なのでいつもみたいにそのままお会計はなく退席させていただく。愛さんがまたおいでーとフレンドリーに見送ってくれた。

「さて。さくらさんや。貴女に聞きたいことがあります」

「なんでしょうか、ルイさんや」

 昔話のじいさんばあさんみたいな口調に少しばかり苦笑してしまうものの、こちらは至極真面目な話をしようとしているところである。

「ここのところ、実は知ってましたーみたいな話がでてさ、それのことごとくがさくらが原因な気がするんだよね」

 これどういうこと? というと、彼女はあーうーん、まぁと口を濁しつつそっぽを向かれてしまった。

 同級生たちからこの前の卒業旅行でいろいろ言われているのかもしれない。

「でも、それって初期のころっていうか二年前のころの話よ。なんていうか、あんたっていう生き物をどうとらえていいのかわかんなかった時期という……だから今はもうそんなことは起きないわよ」

 問題なし問題なしと、あははと彼女は乾いた笑いをあげていた。

 なるほど。当時はルイをやっているときでも、ああこれ木戸くんなんだよねなんて思ってたからこそ、違和感なりが出てしまってたということなのだろう。

 はて。となると今はどう思ってるのだろうか。

「じゃあ、今はどういう……?」

「あーうん。それはまあ見たまま。半年もしたらそんな感じよ」

 実際いろいろやらかしてるのあんたも知ってるじゃんと言われて、いくつか心当たりがあった。生理用品もってないか聞かれたときはさすがに、どういう見られかたをしているんだろうと思ったものだ。

 でも、そこまで徹底的に女子扱いというか自然に女子として扱ってもらえるなら、今後そこを起点としてのばれは少なくなるのかもしれない。

「この前の卒業旅行でもその話題になってさ。みんなもおおむねそんな感じだったよ。そうなのかなーとは思ってたけど、確信も持てないし、握るなんてことは八瀬くんみたいな猛者しかできないしって夜盛り上がったりして」

 そこから恋ばなに発展したんだけど、もーついていけんかったですわーと、さくらはおじさん口調のほうのですわでため息をついていた。

「実際、好きな人とかはいないので?」

「今のところはカメラが友達、かなぁ。いちおう憧れる人はいるにはいるけど、これが恋なのかどうかはわからない」

「どーせあいなさんとか言い出すんでしょ」

「半分は正解、かな」

 ふふんと彼女は意味ありげに笑って見せた。

 そういえばこの前撮影にいったときにやたら動物撮影ができるようになっていたけれど、そのときおしえてくれたって人がそのお相手なのだろうか。誰なのか少し気になるものの、さくらの性格なら教えてくれないと思う。あんたに教えたらその人とられちゃうとかなんとかいいそうだ。

「それで? ルイは前に来たときに全力で迷ったというけど、どうしてこの道で迷うのか理由をおしえていただいても?」

 目的地の都会の駅でおりたって少し歩いて、目的地のそばについたらこんどはさくらが、こちらをかわいそうなものを見るような視線を向けてきていた。

 この場所はそんなに奥まってはいない。けれども似たような建物がいっぱいあって、当時は本当にわけわからなかったのだ。

「似たような無機物がいっぱいの似たようなところは苦手なの。だからスタジオとかも苦手。楽屋とか間違えたりしてトラブルにあったりもしたし」

「ああ、なんか崎山さんがらみで事件があったんだっけ? あのこもほんとどうしてあんなもさい男子を気にかけるのかわからないわよね」

「そりゃほら、数少ないメル友だし」

「ちなみに私もメル友になっております。夏のあの一件から普段の木戸くんの奇行を送るように言われていて」

 これからそれもしにくくなるなぁとさくらはにまにまこちらを見つめている。けれども別にあの子とは友達なだけだ。

「ほら、そんな話してないで、さっさと中に入るよ」

 ちらほら出てくる人もいるようだし、あんまりここで話し込んでいても時間がもったいない。そんなわけでさくらを引っ張るようにして、あいなさんの写真展がやっているところの建物にはいった。

 ビルの一角、その中の部屋をうまく区切ってパネルがいろいろ張られてるのが入り口からでもわかるけれど、最初はまずは入場からである。

「ああ、あいなの友達って君のことだったのか」

 ひさしぶり、と声をかけてくれる受付を務めている男の人は二年前に彼女の個展でも受付をやってたにーさんだ。名前は……なんだったっけ。彼にメールを見せると、はいこのIDね、と彼はメールを返してくれた。

 そしてさくらのほうに視線を向けて、君も友達かい? と声をかけてくる。

「はい、あいな先輩の弟子って感じで、高校で講習会開いてもらってるんです」

「ああ、二月に一回くらいやってるって言ってたよな。それでかぁ。まさかルイちゃんと同じ学校だったり?」

「それがこいつ、うちの部員だけど生徒じゃないっていう面倒くさい感じだったんですよ」

 同じ学校ならよかったんですがーとさくらは本気な声を漏らす。

「ま、身近に写真仲間がいるのはいいことだね」

 ほらどうぞと彼はプリントアウトしたそれを返してくれて、行っておいでと背中を押してくれた。

 きっと君たちが見たことがない世界があるから、と。

 その台詞にすこしだけ喉をならしながら、その部屋の展示を見ていく。

「んぐっ」

「やばい……」

 どこかで見たことがある、とは思う。あいなさんの写真は弟子とか写真仲間であるルイも、そしてさくらもいくらでも見てきている。

 ただ。なんだろう。

 並んでいるだけで圧倒される。それひとつを見ていてもはわーとなるのだがテーマで集められると、どうだって感じでいつものあいなさんのふわふわした感じとは違う空気が感じられる。

 二年前に感じたのと同じではあるけど、普段の彼女の写真を見てきている身としては、きっとこれは見せ方に起因するのだろうなと思う。

 配置もそうとう気を使っているのだろう。

「えっ、ここでこれ出しちゃうとか」

 そんな中で、ぽっと、あの写真がでてきて、遠くで他の人の相手をしているあいなさんを恨めしく見つめる。

 そこに展示されているのは「無邪気なはじめての」というタイトルの、もういうまでもない、ルイとあいなさんがはじめて会ったときのあれだった。無邪気なは認める。はじめてはあいなさんがはじめてあったということでも言いたいのだろうか。

 どうにもこうにもこの顔は恥ずかしい。

「うっは、すんごい乙女顔だね。いっつもうちらの前ではドライなのにこのときはよーっぽどよいものが撮れたんですねー」

 へっへーとさくらが茶化してくる。こんにゃろう。まえに銀香の大樹の夜の写真は見せたことがあるのに絡んでくる。

「いや、でも今も満足なのが撮れればこんな顔はしてると思うけどね」

「んーでも、なんだろ。たしかにあんたいい写真撮ったときすんごいいい顔するのは知ってるけど、なんかこう、やってやったぜみたいな、そんな感じなんだよね。はじめてのーとかいってるし、これが初体験なのです?」

 どうなのです? うりうりというさくらがはげしくうざいので、めずらしくちょっとトーンをあげてかわいい声を出してみる。もちろん上目使いだ。

「私のはじめてを……写真に写し込むの?」

「ぐぅっ、それ。禁止。まずい。男子相手だと不味いからそのかわいい声は今後禁止で!」

 てか普段と違うしどうやってだしてんのとさくらはカルチャーショックを受けているようだった。

「ここらへん澪とも話してるんだけど、まあ一概に女声っていても、出す方法はいろいろあるんですよ」

 こういう一般女子から言えば、なにぶりっこしてっていう声だって出るのですと言い切った。

 実際喉の磨耗を無視すればかわいい声の方が習得は楽ではないかなぁと思う。だって声帯絞ればいいんでしょ? それくらい使い分けできなくては、日常生活なんて厳しいのではないかと思う。

 喉をうまく使えて男の娘の完成だ。異論はいろいろあるだろう。エレナみたいなのが完成形だという意見は同意する。

 でも、たいてい男子は声変わりするんだよ! 声の研究は女装なり性転換する人にとっては必須のスキルだ。

 そんなやり取りをきいていたのかはわからないのだが。

「お? こりゃー作品と被写体が一緒になるたぁめずらしい。お嬢さんがこれに写ってるんだよな」

 四十過ぎのへたすれば五十代にさしかかるくらいの男性からそういわれて、ぴくりと体を震わせた。

 別に男性恐怖症が再発したわけではないけれど、年上の男の人には警戒心みたいなものは、芽生えているのだ。

「ええっと、はい、そうで」

「ああ、この人は小梅田さん。うちの佐伯と懇意にしてるフォトグラファーね」

 ちょーっとおっさんくさい押しが強いけど、すんげー写真うまいし、いい感じに敬って技術を奪うといいよ? だなんて言葉尻をうまく濁すようにあいなさんが中にはいってくれた。

 忙しいだろうにこんな手間をかけるだなんて。申し訳なさもあるけれど目の前の人は石倉さんみたいに厄介な相手なのだろうか。

「この子は被写体としても撮影者としても、うちが囲ってます。小梅田さんのところにはあげません」

 ざんねんでしたーと、彼女は囲うようにこちらを保護してくれる。今までこんなことはなかったのに、よっぽどこの相手は警戒しなければいけないらしい。

「つれねぇなぁ。それじゃあコロも心酔する腕の持ち手みたいに思っちまうが」

「あ、ええと、そういうわけでもないのですが……」

 なんの話をしているのかはわからないけれど、ちょっとディスられてる感じはあったので言っておく。

「あのっ。小梅田さんでしたっけ? なんのはなしかはわかりませんが、写る側ではなく五年以内には良い写真ばしばし撮る予定ですよ?」

「ほう。期限付きとは面白いが……まあ、今は無理って認めてるところあたりは、まあ及第点っていってやろう」

 はっはっはといいながら、彼は話を区切って別の写真を見に行っていた。

「うぅ、あの人の言い分になんも言いかえせなかったー」

 さくらは自分のことのようにぷんすか怒って、おまけにぐすっと消沈していた。

「さくらー、そこ嘆かないところ」

 なでなでとさくらをあいなさんはなでていた。

「ルイちゃんだって、五年はブラフだろうし、それくらいでどうのこうのなる世界でも……んー、私くらい才能あれば、まあなるかもだけど」

 ふふんとあいなさんが言い切ったのは周りの人達の手前もあるのだろう。

「小梅田さんはあれで、けっこー良い写真とってきてる人でね。うちの佐伯の先輩筋っていうか。だからちょっと口は悪いんだけど、そこらへん、ちゃんと見てる人でもあるし、二人の写真で吹き飛ばしちゃうといいよ」

 吹き飛べっ、と小声でいうあいなさんに勇気をもらう。

「ねっ、さくらっ。いつかさ。お互い個展をやろうよ」

 わしりとさくらの手を握るとひんやりした感触がひろがった。

 言われっぱなしはしゃくに障るところもあるし、小梅田さんがどんなひとなのかもしらない。

「そうね。いつかできたら、ね」

 さくらもそれには苦笑ぎみに答えてくれた。

 三年写真を撮ってきた。放課後を中心として、それ以外もたんまり。

 でも、先にはいっぱいいろいろな人がいて。

 にまりと表情が緩んでしまう。

 ここで終わりでは無いのだという思いがどうにも、悔しさと楽しみを見せてくれる。

 先駆者がいる道を歩くことを嫌う人もいるだろうけれど。

 いるからこそ、ルイはそれとの差違をみて。才をみて。先に進もうと思う。

 すごいという思いごとも受け止めて。

 先へ。

 もっと撮影をしていこうと、ルイはぱぁっと顔を明るくしたのだった。

 銀杏にするか悩みましたが、まーこの前きてるし。だったら未来を見てほしいということで。こうなりました。

 旅立ちは卒業式だけではなく、いろいろなところにあります。

 小梅田さんは今後も登場予定。名前変わってるんですが、あれなひとです。大学編でもからみますが、どこで絡むのかは内緒です。


 さて。高校編おわったタイミングで二週間休みです。

 再会は26からですが、その間も今回は、「出来た段階で」アンソロっていうかオムニバスというか。登場人物の語りをいれていきます。

 で、できたてほやほやなんだからっ、連日有るとはおもわないでよねっ!


 作者ちょっとちゃんと寝ようと思います。睡眠大切。


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