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154.

「よっ。またあったな少年。おぉ、あの時のカメラちゃんと使ってるんだな。どうだ? もう慣れたか?」

 一通り写真を撮って終わって、ほっと一息ついてると、にやりと、ルイには絶対向けない笑顔を向けて彼は近寄ってくる。一発確実に撮られているのはすでに感じた。もう、あいなさんなら被写体に許可を求めるのに、この人ったら。

「もう。撮影終わって息を抜いた瞬間を狙うのはどうなんですか?」

 カメラの使い勝手について聞いてくるのは一緒に選んでくれた相手としては間違いはないのだけど。

 いきなりいっぱつこちらの姿を撮影したことに関しては苦情を伝えておく。

 こちらは撮られる側ではないので、不意打ちをされるとちょっと困るのである。しかもあいなさんが撮ったシチュエーションと同じというのがまた、兄弟弟子なのだなぁという感じがする。

「いや、満足げに写真のできを確認する君をみたらつい手が動いてな。良かったら今日撮ったやつ見せてはくれないか?」

「別にかまいませんけど、プロの人に見せる写真としてはどうなのかってなっちゃいますよ」

 それでも別にいいと言い切る彼に、タブレットに移した写真を見せる。

 今日のは木戸モードにシックな感じに仕上がっているタブレットの仕様なのでこのまま渡しても特別変な写真が出てくることもない。どちらのログインにするかで写真へのアクセスを制限しているのだ。

 すると、彼は今日の朝からの写真を見ながら、ほーとかふーんとか言いながら合計200枚にも渡る写真を最後まで見切った。

 半日で200ならまぁ許容範囲内だと思う。そろそろバッテリーが危ないかもしれないが、ちゃんと換えも持ってきているので安心だ。

「女子ばっかり撮ってるのはなにか理由があるのか?」

「あー、依頼主の娘さんの写真中心なので」

 その友達もおおかた女子に固まるのだというと、なるほどと納得してくれた。

「割と風景の写真も入ってるのが不思議だな。なにか意図でも?」

 この手の仕事受注するとだいたい人物中心に撮るから、これだけ風景が差し込まれてるのは珍しいと彼はいった。

 そう。今日の写真の一割くらいは風景だけの写真も差し込まれている。朝の校舎とか、窓から見える景色だとか、そういうものも含めて。 

「俺はお金もらって、この絵をとれと言われているわけではないです。まだプロではないし、一枚いくらって仕事もしてないですし」

 だからこそできること。彼らがどう感じるかはわからないけれど、今日の空気感すべてを込めておきたい。

「今日一日を、まとめて写真に込めてあげたいんですよ」

 そこで石倉さんの顔があからさまに曇る。わりとあいなさんに言うとそれでいいんじゃないのーと緩くかえされるのだけれど、この人はどうやらそうではないらしい。

「だって今日は一番の記念日じゃないですか。記念日に写真を、は基本ですけど、せっかくだから記憶の引き金になるような写真は一杯残しておいてあげたい。まー中学の卒業式あんまり覚えてない自分がいうのもなんですが」

 照れたように言い切ると、石倉さんのほうが惚けてしまった。

「おまえも……あいな同様に天才肌なのかなぁ。写真もめっさきれいだし。正直へこむ」

 ずーんとなぜかそれで落ち込んだ。どういうことだろうか。

「でも、石倉さんだって今日は撮影でしょ? というか疑問だったんですがなんで、石倉さんクラスの人が学校の依頼うけてるんです?」

 他に仕事いっぱいあるでしょうと聞くと、あーと憂鬱そうな声が上がる。

「部下が風邪ひいて寝込んでる、だから代役」

「ぶっ。なにそれ。佐伯さんそっくり」

 あまりにも師弟がにすぎていて普通に笑った。石倉さんは不機嫌な顔なのだがここは笑っておかないといけないだろ。

「スタジオの企画者の定めみたいなもんだ。部下の尻拭いはやらなきゃならん。だがな、佐伯のおっさんと一緒にされちゃあ困る。あそこの若造は貧弱なもやしでことあるごとに風邪を引くが、うちは今回がはじめてだ。ぼろぼろになったまま仕事にでようとしたのを俺が止めて代わりにきただけだ。あんな事務所よりうちのほうが良質だぞ」

「なるほど。佐伯さんのところとは違うってのはよくわかりました。でも、あなたほどの腕で撮る中学校の卒業式はどんな感じになるのか、興味はあります」

「そいつは嬉しい話だが、納品されたあとの写真でチェックしてくれ」

「えー、こっちの写真みたのにそれはないですよー。プロの人にみてもらうとかこっちとしては胸がドキドキなんですからね」

「いや。普通におまえさんは同世代だと頭一つ飛び出てると思うぞ。むしろなにかのコンテストとかに送ったりとかしたことないのか?」

 コンテストか。彼に聞くまで純粋にそういうものがあることを失念していた。

 木戸にとって、というかルイにとってもだけれどそこまでそういうメジャーな場所というところに視線がいっていない現状がある。目の前の人たちを撮ってその人達が喜んでくれれば嬉しいし、自然の写真は自分で見て満足してしまう。

 たとえばあの銀杏さまなどは季節の違いで見せる顔が変わるのが楽しいし、公開自体はルイでやってしまっている。

 もちろんそれで反響が来るのは嬉しいのだけれど、誰かと競うという感覚がいまいちわからない。

「ま、興味があったらそういうのに出してもいいし、うちにきてくれてもいい、いつでも歓迎するからな」

 ほいと名刺を渡されて、無意識に両手で受け取ってしまう。

 そして石倉さんは仕事してくると言い置いて別の場所の撮影を始めるのだった。



 

「えーと、馨さん? あなた本当に男の人?」

 挨拶を済ませて灯火さんのところに戻ると、きょとんとした顔で見られてしまった。

 あれ、なんかへんなことでもやっただろうか。

「や。なんでそんな反応? 俺別に、人生の先輩と情報交換してただけなんだが」

「いやーそうはいってもときどき、なんか不思議な感じっていうか男の人同士の会話って感じじゃなかったです」

「あー、そりゃ石倉さんが男色家だからじゃん? 俺はノーマルですよー。本当ですよー」

 やだなぁといいつつ、少女達の怪訝そうな顔を見つめる。それがダンショクカという単語が漢字に置き換わることで、珍しいものをみたような興味に染まる。

「じゃ、じゃあ馨さんはその……男の人とつきあったりは……」

「俺自身はないなぁ。石倉さんに気に入られてるかもとは思うけど、こっちからは別に」

 そうなんだよなぁ。あの人、男状態の木戸だとすっごく優しいし柔らかい。

 ルイに対しては喧嘩腰なのにである。

「だったら、逃げておかないといろいろ危ないのでは? お尻がアーッてなっちゃいますよ」

 友達さんがぽそりとそんな心配を差し挟んでくれる。中学生にしてそっちの知識があることに対してはちょっと思うことはあるのだが、従姉妹どのも高校一年で腐っていたので、みなさま早熟であられるのかもしれない。

「そうしたいのはやまやまなんだけど、あの人が撮る男の人の写真はまじですごいんだ。女の子の写真なら俺でも勝てるけどね」

 ほい、とシャッターを切りながら、話題に入らずに黄昏れていた友達Bさんの横顔と視線の先にある学校の姿を映し出す。

 割とあっさりやっているけれど、十分きれいな写真に仕上がった。

 そう。わいのわいのやっていたけれど、卒業っていうところでふっとノスタルジアでも感じているのだろう。

「はわっ。ちょっと恥ずかしいですけど……こんな顔してました? わたし」

「してました。ちょー大人っぽいいい顔じゃないですか」

 よい顔ですよ、よいですよーと言うと彼女は、うわぁんと頬を両手で押さえてはずかしがる。そのさまももちろん写真に収めるわけなのだけれど、撮られていることに彼女は気づかずはずかしがり続けていた。

「あの、お話中すみません。坂上先輩に……」

 そんなやりとりをしていたら、少し高めの男の子の声が響いた。

 学校の後輩さんだろうか。異性の後輩から卒業式に声をかけられるだなんて坂上さんはわりとアクティブなかたなようだ。

「ああ、ごめんね。部の方にも顔を出そうと思っていたんだけど、ついつい長引いちゃって」

「いえ。こちらもいろいろな準備とかしてましたから、待ってないですよ」

 と思ったら、そこに立っていたのは黒い学ラン姿の瑞季ちゃんだった。特別変装もしていないので男の子の状態ではあるのだが、それでもなおすさまじくかわいらしい。学園祭以来だけれど半年の時間が経ってもなお男っぽさは増していないようでほっとする。

「馨さんも来ます? てか撮影係なら来てもらわないと困るのか」

「もちろんお供しますとも」

 女子トイレ以外ならね、と冗談まじりにいうと、それはさすがになーと返された。

 そして他の友達とは別れて彼女と、そして先行するように歩いている瑞季ちゃんとの三人での移動になる。

「それで、どこに連れて行かれるのですか?」

「文学部です」

 校舎に入ると、ずんずん進んで行く彼女達の後につきながらどこに行くのかを尋ねる。

「なにその大学の学部みたいな感じなのは」

「別に、文芸っていうほどじゃないですし。私たちはただひたすら本を読んでおすすめのものを教えあったりしてたというか。部室も図書館の隣の談話室ですし」

 もちろん活字だけっていう制約はあるんですが、と補足が入った。

 なるほど。漫画読み放題部となるとさすがに学校もOKはしないか。

「らしいっちゃらしい……かな。ね。こっちでも瑞季ちゃんって呼んじゃっていいのかな?」

 こそっと男子学生姿の瑞季ちゃんに耳打ちすると、ぴくんとその小さな体は震えた。

「って、木戸先輩!? うわ、今まで全然気づかなかった……」

「あーうん。こうしてるとカメラで顔かくれちゃうし、仕方ない」

 んでどうすんのよ? と尋ねると、瑞季ちゃんが答える前に灯火からの呼びかけがあった。

「あれ。瑞季って馨さんと知り合いなの? ええ? どういう知り合い?」

 身を乗り出してわくわくする彼女にどう答えるかなと一瞬迷う。

 けれど嘘をいってもしょうがないので言える部分だけ伝えることにした。

「町中で痴漢されてるのを助けたり、高校の学園祭でうちの出し物に来てくれたりという仲だね」

「あらま。じゃあ瑞季のスマホの背景になってるの撮ったのが馨さんなんだ」

「あれ? そんな使いかたしてくれてるんだ」

 スマートフォンの背景写真にするということは、割と横からのぞき込まれたりという前提があるから、大丈夫なのかと少し心配になる。

「まー瑞季がかわいくなるのは部内でも有名ですから」

 いまさらあんな格好してても問題にはなりませんと灯火ちゃんが嬉しそうに笑っている。

「わりとご理解のある学校だねぇ。というか時代なのかなぁ」

「んー、それもあるけど、うちの部はなんといいましょうか、少し特殊で」

 ここですと彼女が示す通り、図書館の隣の部屋に文学部室と張り紙がされている。

 からからと扉を開けると、談話室なはずなのに壁面に本がやたらいっぱい置かれてあった。

「とーか、卒業式おつかれー」

「おつー。やー外で結構手間くっちゃって、遅れちゃったい」

 中に入ると一人の少女が本を片手に座っていた。部員は全部で七人いるそうで、今年の三年は三人なのだそうだ。

 比率は圧倒的に女子部員が多いらしい。おそらく、活字を男子が読まないわけではなく、勧め合ったりするのが女子のほうにアドバンテージがあるからだろう。

「ケイはまだ来てないし、在校生は先生に頼まれゴトされちゃってせき外してるし、別に遅くもなってないよ。それと……そちらの方は?」

 見慣れない部外者がいて興味を持ったのだろう。彼女はん? と一瞬怪訝そうな顔をしながらも、質問してくる。もう質問されるのには慣れっこになっているので今日何度してもらったかわからない説明を灯火ちゃんにしてもらってから、部室の中を見させてもらう。

 図書館の本というわけではないらしく、バーコードははられていない。かっちりとした時代物だったり、サスペンスだったり……うわぁ。こういうものまで学校で読んじゃっていいんだろうか。

「活字ならおっけということなので、実はライトノベルやボーイズラブ小説は持ち込みが可能でして、わりとここにあるのはその名残といいましょうか……」

 じゃんと、いかがわしい男二人が重なりあってる表紙のものであったりとか、けもみみでもんまりしている子が描かれていたりとかをこちらに見せびらかせつつ、灯火ちゃんがどうですねこういうのと詰め寄ってくる。

 それを避けつつ、棚にしまわれているものを見つつ、男の娘キャラが表紙を飾っているものだけをピックアップしてみる。

「そういうのがみなさまお好きということで、リアルであれだけになる瑞季ちゃんのこともオッケーということなのですね」

 なるほど。たしかにこれをそれだけ見慣れていればそうなるのかもしれない。全部で三十冊以上ある。

「っていうか、どうしてそんなに男の娘本だけピックアップできるんですか。もしや馨さんもそちらに興味がっ」

「あー半分は従兄弟がコスプレしてるからそれの影響。あとは高校のクラスメイトがこの手の大好きでなー」

「あっ。あのときボクをいじってくれた人ですか?」

 瑞季ちゃんがひょこんと顔を出して男の娘本ピックアップの山を見ながら言う。

「そ。あいつこそ真に男の娘の伝導者といって過言ではないと思うな」

 ま、エレナの方がすごいんだがそれはさすがに言えない。

「しかし、ここの写真はさすがに撮らないほうがいいかな」

「えっ、どうしてですか?」

「いちおう俺のクライアントは君のお父様なわけ。今日のデータはお父様に渡るんだけど、これは親にばれちゃまずい系じゃないの?」

「そう言われるとたしかにそうです。うーん、うまく隠しつつ部室の写真を撮ってもらう方向でどうでしょうか?」

「じゃあ、そうしましょう」

 その手の本が集まってる一角を背中にして図書館の談話室の写真を撮っていく。

「それと、学校で思い出の場所とかあったら印つけてもらえると。写真撮ってくるので」

 学校のパンフレットと校内図を取り出して、どうせテーブルがあるからそこを拝借して印をつけてもらう。

 そんな作業をしていたらぞろぞろと部員のみなさんが集まってきた。

 最後に登場したのが、元部長さんだという三年の子。

 集合写真なども押さえつつ、適度に撮影を終えたところで灯火ちゃんに声をかける。

「灯火ちゃん達はもうちょっとここで別れを惜しむ感じだよね? 部員さんたちとの撮影もそこそこしたことだし、ちょっと他の場所撮ってきちゃってもいいかな」

「いいですよー。それまでたーっぷりおすすめ本談義とか、蔵書の処理とかやってますんで」

 どうぞどうぞと言われて談話室を出る。

 待ち合わせの時間だけ決めておいたので、あとで合流をすればいい。

「そいじゃ、撮ってきますかね」

 ふふんと女声で軽く微笑むと、予備のバッテリーに切り替えて廊下を歩き出した。目的地はまだまだたんまりあるのである。

中学生といったらあのお方という感じであります。瑞季ちゃんご登場です。

学ラン着てても可愛いとか、しかも中学生とか、ああぜひ撮らせていただきたい。

そして石倉さんがやたら好青年という。ダンショクカとは本当に思えませぬ。仕事さきだからというのもあるのですけどね!


さて、次回もまだまだ卒業式撮影は続きます。お仕事なので木戸くんも頑張りますよ!

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