151.
今回は珍しい男同士回です。珍しく男の子っぽい口調でありますとも。
「それで、こんな所に呼び出してなにしようってんだ?」
なんかするなら殴るぞと斉藤さんの献身に義理立てるようにいっておく。
連れてこられた先は人気の少ない空き教室だ。卒業式の喧噪からは少し離れていて内緒話をするにはいいだろう。
「いや……別になにをするとかってのはねぇって」
そう思われるのは自業自得とは思うけどと彼は素直に頬をぽりぽりとかいた。
そして、沈黙。
なにを話そうか考えあぐねているという様子だ。
まったく、言いたいことが言えなくて困る顔は昔のまんまか、なんてちょっと苦笑が漏れてしまった。
変わったと思っていても、ちょっとは昔の面影もあるらしい。
「なんか、こうやって二人だけで話すのは久しぶりだな」
やれやれと誰の席かもわからない椅子に座ると、ほおづえをついて彼の出方を見る。
昔もこんな風に、言葉が出てくるまで待ってやったものだった。
「ああ、中学二年にクラスが別れてから初めてか」
なんだかんだで誰かがいたからな、とここ一年の教室の風景を思い出す。
木戸自身は学校にいる時間は少なめだし、女友達に囲まれてることが多かったりで一人になることがほとんどなく、逆に春隆も女子に囲まれていることが多くてお互い個人で会う機会が無かった。
もちろん女子からの囲まれ方はまったく真逆なわけだが。
「お前、結局なんなんだ?」
「は?」
いきなり問われてぽかーんとしてしまった。
「それは哲学的な何かか? 我思う故に我あり的な」
自分の存在はなにか、というのはなかなかに表現しにくいものだろうと思う。
「俺はずっと、眼鏡をかけたお前は逃げてるんだと思ってたんだ。でもお前の友人はそうじゃないと言い切った。実際の所どうだったんだ?」
きちんとお前の口から聞いておきたいんだと彼はひどくまじめな顔をして言った。
「逃げるって、ああ。確かに眼鏡は予防策っちゃそうだな」
下手にはずすと面倒なことになるからな、と素顔を知っている彼に素直に答える。
「面倒って……告白されまくってたとかって話か?」
「ああ。あれ? お前には話してなかったっけ?」
中学の頃はいろんな意味で告白ラッシュだった。特に上級生からのものが多かったし、中にはおもしろ半分みたいなのもあったそうだというのはこの前聞いた。その話をこいつにしたかどうかはあまり覚えていない。
「んなこと聞いてない。いつもおまえはほわほわ笑ってただけだろうが」
「まー、男に告白されたってのはさすがに言い出せなかったのかもな。嬉しいことでは全然ないわけだし、そもそも興味なかったから」
大切なことは話してたつもりだけど、どうでもいいことまで友達に話さないだろ? というと、まあそうだがと彼は苦々しくも同意してくれた。
「それで?」
「あ、いや……」
他に話はあるのかと聞いたら、彼はまたもごもごと押し黙ってしまった。
まったく、歯切れが悪いったらない。
ならこちらから聞きたいことを聞いておこう。いちおう友人なのだしいまいちな関係で別れるのも後味が悪い。
「んじゃ、お返しに俺の質問にも答えてもらおうかな」
「あ、ああ」
さて。いろいろ聞きたいことはあるのはある。どうすりゃそんなに高身長になるのかとか、どうすりゃそんなにひねた性格になるのかとか。
けれど、一番気になるのはこれだ。
「おまえ、どうして特進クラスから移動してきたんだ?」
通常、家の問題で進学できなくなったりというような事情でクラス移動をする場合が多いものだ。けれどこいつは受験はしているしもう合格発表もでているという話も聞いている。
一部では、普通クラスの女子を狩るためなんていう風聞も流れているようだけど、さすがにそこまでゲスだとは思いたくない。
「そうっ! それだよ。それを話そうと思ってお前を連れてきたんだ」
どうしてお前はピンポイントでそれを当てられるのかと、ため息をつかれてしまった。
言いたいならさっさと自分から言い出していただきたい。
「なんていうのかな……このままここにいて良いのかなっておもっちまってな。勉強だけして卒業して。それを変えたいって思ったんだ」
「勉強するのやめて遊びたいっていう風に聞こえるんだが?」
それが理由となると、さすがに意識が低すぎるように聞こえてしまう。
「ちがっ。そういうんじゃねぇよ。ただ……さ」
ハルは手近な椅子に座り込んで、あーと未だに言いよどんでいるようだ。
「お前は昔の俺を知ってるから、どういう人間なのかはわかってるだろ」
「まあな。だからこそその変わりっぷりに驚いてる。あの頃の子ウサギみたいなのと同一人物とは思えん」
あのまま育っていたのなら、もしかしたらふわふわな感じの男の娘が完成していたかもしれないのに、とつい八瀬みたいな思考をしてしまう。いけない。別に男子が男っぽく育つことはあたりまえで普通のことだから、これはこれでいいはずなのだ。
「子ウサギか。確かにそうだな。なにもかもが怖くて、周りからの言葉も怖くて。いつだって逃げてた。でもあのときはお前がいてくれて、庇ってくれて、このままでいいんだって思ったんだよ」
でも、お前とクラスも離れてしかも、もっさ眼鏡つけたお前に失望したのだと彼はいう。
木戸としてはクラス替えがあってぱたりと交流が止まってしまったので、新しい環境で上手くなじめたのかななんて思っていたのだけど。
「それからはひたすら、怖い周りと渡り合う自分作りだ。義務をこなして身体を作って。全部必要な作業だった。勉強と体力作りと。そうしたらなんか今みたいになったわけだ」
「それはそれで、別に悪いことじゃねーと思うけど」
自分を成長させる理由がなんであれ、それ自体は特別非難されることでもないと思う。
「悪いことだよ。結局無難な方を選んでいって、なーんも自分でやりたいことって見つかんねーんだもん。学力があるからここの特進にはいっただけ。周りの女子が話しかけてくるから相手をしてるだけ。学校も勉強しにくるだけだ」
ま、特進クラスの連中はそういうやつが多いけどな、と彼は肩をすくめて見せた。
木戸とてよくあの隔離クラスを知らないのでなんとも言えないけれど、それは自分がそうだから他人もそう見えるってだけの話なのではないかと思う。
「それいうなら、俺だって学校には勉強だけしに来てただけだぞ」
大切なのは放課後ライフである自分としては、彼の言い分はそのまま当てはまると思う。
「お前がそれを言うなよ。なんだこの一年。受験生だってのに充実してたじゃねーか」
「って、別に押しつけられたり巻き込まれたりしただけ、だけどな。でもやってみると楽しいことは多かったかも」
うん。今になって思い返すと学校行事に一番参加したのは今年だったようにも思う。去年のバレンタインで圧倒的に女子との距離が近くなったせいもあるのだろうけど、いろいろ頼まれたりとか、ということが多かった。
「ほらみろ。なんだかんだで充実してるじゃねーか」
「お前は充実してなかったのか?」
はたから見ていると、春隆はちゃらい、までは行かないもののリア充っぽさたんまりな雰囲気の持ち主だ。そんな相手が自分はろくに楽しめていないだなんて告白を受ければ困惑もするというものだろう。
「特進クラスよりはマシ……ってところかな。それにお前もいたし……ああ。最初のころはその、悪かった。いろいろ悪い意味で絡んで」
「あー、眼鏡外そうとしたアレな」
たしかに、ひどい目には合わされたほうだと思う。それも一学期だけで夏休みが終わったらぴたりと止まったのだけど、それでもこいつがばらまいた、実は木戸馨は可愛いという噂はその後の生活にも尾を引いたのは確かだ。
「ま、卒業式だしな。そういうのは許してやるって」
もういまさらの話だろ、というと彼はほっと息をはいた。
話したいことがもしかしたら彼のなかではぐっちゃぐちゃになっていたのかもしれない。頭のいい人のはずなのにどうも今日は回らないみたいだ。
「なぁ、お前さ。今でも周りの人間怖いのか?」
「ああ。怖いさ。あのときのトラウマがまだずっと残ってる」
周りの期待とかそういうにはどうしてもあらがえないと顔をしかめる彼を見ていて、はっとあることに気づいてしまった。
もちろんこいつが持ってるトラウマを晴らしてやることなんてできはしないけれど、それでも伝えておきたいことはある。
「なんだ。じゃあ、俺に突っかかってきたってことは、俺だけは普通にぶつかってもいいって思ったってことじゃん」
だって、周りにいい顔してないと怖いのに、俺だけにあんなひどいことをしてきたって、よっぽどだろと言うと、彼も何かを気づいたのか目を大きく見開いているようだった。
「あはは。なるほどな。たしかに春先はお前のことを思いっきり恨んでいたとはいえ、怖がるってことはなかったなぁ」
不思議だ。確かにこいつだって怖い周りの人間の一人のはずなのに、まったくそんなこと欠片も思わなかった。いい顔をしようなんて思わず、それこそいぢめてやろうとすら思ったくらいだ。
あの天真爛漫さを眼鏡の奥に無くしてしまった彼を、メチャクチャにしてやりたいとすら思った。
「なら、遠慮のいらない友達って意識でいるってことだろうな」
それならそれでいいんじゃね? というと彼はいや、でも、となにか考えているようだった。
「まあ、それはそれとしてさ。自発的になにかをしたことがないっていうのは、今後なんとかすりゃいいんじゃないの? 大学に入れば環境も変わるだろうし、いろいろやってみてピンとくるものを突き詰めればいいんじゃないかな」
たぶん高校よりもずっと自由でなんでも出来る場所なんだろうからさ、というと彼は、そうかもなとさらりと頷いただけだった。そっちに関してはあんまり納得はしてくれないらしい。まあ無理もないかもしれないけど。
「あの、さ。こんなお願いをするのはちょっとアレかもしれないんだけど、いいかな?」
けれど、彼は少し躊躇したようすで別の話を切り出してくる。
「内容による。無理難題は無理」
いちおうは友人扱いの相手の高校最後の願いというのであれば、やれる範囲なら手伝ってやってもいいとは思う。
「素顔、見せてくれないか? 春先の時は思い切り目を細められたし」
「そう来たか……」
こいつはどうにも可愛い木戸馨を見たいという感じを隠そうともしていないヤツだ。春先の事件だって素顔をさらさせようとか、実は可愛いっていう噂とかは全部そちら側に誘導しようとしてやったことなのだろうし。
でも、ここで見せてしまっていいものなのか、とは少し思う。
そこまで春隆を信用できるのか、ということ。ひどい目にもいちおうあわされたのだし、そんなお願いは受けなくてもいいのではないか、とも思うのだ。
なので、こちらからも少し縛りを入れておく。
「なら、約束をして欲しいことが二つある」
「こっちも無理なことじゃなきゃ約束する」
さきほどのお返しなのか彼は、できることなら、というところを強調してきた。
まあ、こちらも無理をいうつもりはまったくない。
「一つ目は、友達は助け合いましょう。そしてもう一つはずっとお友達でいましょう」
おーけー? と尋ねると、ああ、オーケーだとすぐに返事が返ってきた。声がいささか弾んでいるのは友達扱いしてくれたことへの感情だろうか。
けれども、この約束はいろいろな意味で木戸側に好都合なものだ。
これを入れた理由は簡単。素顔を知っているこいつがルイの存在を知ったときに騒がないようにさせるためだ。ルイの女装を見破れる人はそう多くはないけれど、素顔を知っているとなるとそれはそれで関連づける可能性だってありうる。言葉上は良い感じの友情話のようになっているけれど、実際は実利を兼ねてのことだ。
そしてずっとお友達でいましょうの方は、惚れてくれるなよというような意味合いも当然入っている。
「さて、じゃー、おまけもつけてあげるのでとりあえず立ち上がりたまえ」
とりあえず、教室の扉は閉めるよ? と廊下側を閉める。人がくる可能性は少ないとはいえ、ゼロではない。
窓はどうしようかと思いつつそのままにしておく。ものの数分の話だし、それこそ別棟の屋上あたりからこちらをピンポイントで狙っているだなんてことがなければ、問題にもならない。
そんなことをやるのは新聞部くらいなものだろうけど、あの人達も卒業式は先輩とのお別れを惜しみたい様子だった。
さて、と先ほどから脱ぎっぱなしだった上着は机の上に放置して、さらにワイシャツを第二ボタンくらいまでを開ける。さきほどのお茶会のときよりもさらに女子度を上げるための演出だ。
そして眼鏡を外して軽く頭を左右に振って見せる。さらさらに髪がふわりと落ち着くとそれで気分の切り替えは完了だ。三ヶ月しか経っていないのに割と短めに切った髪はまた少し伸びてしまっている。良い感じな仕上がりでもあるだろう。
「どう、かな?」
「……やっぱ、すげぇな。普通に可愛い」
女声で、少し恥ずかしそうに彼に問いかける。まるで初めてのデートでおめかしをして彼氏の前に立つ少女のような感じの仕上がりである。
どうせやるなら、しっかりと。
彼の動揺っぷりをさらに加速させるために、つま先立ちになって彼の耳元でぽそりと。
「かわいいは正義、ってことで」
ま、怯えず、人と付き合えるようになろう。
にこやかに女声で言ってあげると、彼は、おふぅ、やべー、夢に見そうと力なく椅子に座り込むのだった。
卒業式の思い出の一つになってくれれば幸いである。
春隆くんと一回はちゃんと本人が話さないとなと思っていて、卒業前にということで。すでにバレンタインとか八瀬とかあそこらへんで気持ちも変わってはいるのですが、水面下で終わってしまうのもげせぬ、ということで。
可愛いは正義ですが、いちおう男子同士なのでちょっと口調は男の子っぽく仕上げております。
ちなみに作者も「やらねばならないこと」に人生振り回されるタイプでして、「やりたいこと」に熱中とかそんな青春は送っておりません。もうちょっと物書き以外にやりたいこと探さないとなぁとは思いつつ書きました。目をキラキラさせながら大好きって言えることがある木戸くんはホントうらやましい限り。
さて。ここまでしばらく木戸くんのターンだったわけですが。次回はもちろん卒業式の放課後ライフです。保護者同士のつきあいとかあんまり考えてなかったけど、今回はでません。でもこれだけ女装しまくってる子の両親となるとひそひそ「ああ、あの人達があの子の……」なんて噂話されちゃうんじゃないかなと心配になります。一目見ていただければそんな偏見ふっとびますのに。




