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150.

「おおっとぅ。ようやく帰ってきましたかな」

 教室に戻ると斉藤さんが笑顔で待ち構えていた。   

 お昼ご飯を食べましょうと戻った所での遭遇。あるとは思っていたけれど、なぜか他のメンバーはすっかすかだ。

「木戸くんにお願いがあるんだけど、何も言わずについてきてくれないかな」

 荷物もちゃんと持ってね、とふふんと笑っている彼女に一歩引いてしまいそうになる。

「ど、どこに連れて行くつもりなのさ」

「んー、内緒」

 さあさあとわしりと二の腕を掴まれたこの状況はいったいなんなのだろう。

 確かにお弁当も持ったし、ケーキも持ったけれど。

 そして歩かされること数分。ああ、なんとなく向かっているところはわかりましたとも。

 ああもう。写真部関連にワンホール多めに作っておいて良かった。きっとけっこう集まっているのだろう。

 そして。

「はい、こちらが会場でございます」

 カラカラと扉を開いて現れたのは、女子十数名といったところだった。

 会場は調理室。そしてすでにみなさんそれぞれ昼食を準備している最中だった。

 さすがに調理まではしていないけれど、お茶だけはすでに飲み始めているらしい。

 お湯が作れるのは調理室ならではの特権といっていいだろう。

「良く借りられたね」

「羽田先生を抱き込んでみました」

 ちらりと視線を向けるとなぜか羽田先生と目が合って、手を振ってくれた。

「いいんですか? 卒業式にこんなところであぶら売ってて」

「いいのいいの。三年の先生とか顧問持ってる人とかはそこそこ忙しそうだけど、私はそーでもないし、それに」

 わしりと思い切り両肩に手を置かれてずいと顔をのぞき込まれた。

 うぅ、これ、斉藤さんの仕業だよね。

「木戸くんがなんかおいしそうなものを持ってきているという情報を掴んだので」

 さあ出すのですと両手で迫られてしまったらもう素直に渡すしかない。

 二本のロールケーキを受け取った彼女は、おおぉ、これは立派なものをーと目を見開いていた。

 ここまでのものが出てくるとは思わなかったらしい。

「どうせ、みんなでお茶会って思ってたんだろうし、木戸くんも適当に座っちゃって」

 人数分にきってきますと、いいつつ、いいんだよね? と再確認がいちおうきた。

「どーぞどーぞ。むしろ知り合い集めてもらって感謝です」

 基本的にここに集まっているのはクラスの女子だ。もともとそこらへんを中心にお昼ご飯のデザート的な扱いでだそうと思っていたので集める手間が省けたというものである。

 そんな中に一人学ランで入るのもなんか微妙な感じはするのだけど、こっちにおいでよと斉藤さんに引っ張られて着席する。

「なんかこうみるとせっかくだから女子制服の方を着て欲しいとか思っちゃうけど……時間もないし無理かな」

 苦笑気味に山田さんがそんな牽制を入れてくれる。彼女はルイの正体を知っている。それ故に先にいいつつ否定しておくという作業をしてくれたのだろう、ありがたい。

 羽田先生がいる以上、女子制服に着替えることは可能だ。けれどもルイとの関係性を考えるとここではするべきでは無いと判断してくれたのだろう。

「なら、去年のバレンタインの時みたいに上着だけ脱いでおこうかな。そんなに寒くもないし」

 学ランの男っぽさのゆえんの大半は上着にあると思っている。こうがちっとした感じが雄々しいというか、肩幅も大きく見せるような感じになっているので、これを脱ぐだけで実はかなり女子側に印象が傾くのだ。

「いいんじゃない? それだけで十分っていうか、それだけで十分になる木戸くんがミステリーだけど」

 佐々木さんが苦笑気味に、まあいまさらかーと肩をすくめていた。

 まあ確かに男子が学ラン脱いだだけで女子っぽくなるなら、世の中大変なことになっているだろうけれど。

 でも、そこらへんは技術の産物というものだ。

 脱いだだけではなく、仕草や表情なんかも変えているので女子っぽくなっているというのが正しいだろう。

「それで、みなさんご飯は食べ始めてる感じだけど、こっちも手を出していいものでしょうか?」

「そりゃもちろん。あ、木戸くんの分もお茶いれるね。ホットの紅茶でいいよね?」

 斉藤さんにお茶をお願いすると、持ってきておいたお弁当を広げる。

 高校で食べるご飯もこれで最後かと思いつつ、昨日の残りものを中心につめたお弁当は、まあいつも通りだった。キャラ弁なんてことはもちろんなくオーソドックスである。

 周りを見てみてると、そちらもやはり卒業式だから豪華にするということもなく、普通にコンビニで買ってきていたり、お弁当だったりといろいろだ。

「うっ……なんか今日は食べ方が、うぁ……ちょっとずつご飯食べるのがなんかかわいい」

 まぶしいっ、と山田さんが一人ざわざわしているのだけど、いちおう女子会の中に混ざっているのでそれっぽく振る舞っているだけである。ルイのときの食べ方を参考にしているだけなのだ。

「いつもだってそんなに豪快に食べてる自覚はないんだけどね」

 苦笑ぎみに女声で答えると、ああぁ、ありがたいお言葉でございますーとルイ大好きな彼女は答えた。 

「よっし。これで人数分かな。みなさま木戸くんからの差し入れです。切っててこいつぁやべぇと思ったお品。卒業記念にぱーっと食べてしまいましょう」

 そしてご飯がある程度進んだところで、羽田先生が戻ってくる。

 切るだけなら時間がかからなかっただろうけど、なんかロールケーキの脇にちょこんと何かがのっていた。

 バニラアイスとその上にちょこんと小さなミントがのっかっている。

「あの、センセ。まさかアイス作ってた?」

「んー、もともとデザートで出すつもりで仕込んでおいたのよ。そこに良い感じのものが入ってきたのでセットということで」

 これだけでデザートプレートって感じといいつつ、自分の分を確保しつつ近くの席に腰を下ろした。

 ううん。普通にバニラが濃そうないいアイスだ。ロールケーキに追加するとそれだけで華やかさがぐっとましてくれる。

「うわ、フォークで軽くつついただけなのに……」

「くぅ、半端ないわ。普通に家庭料理の枠を越えてる」

 うまーと、みなさんロールケーキは気に入っていただけたようだ。

「あの、木戸くん……これのレシピ、教えてくれたりとか、しないかな?」

 わりとマジで、と羽田先生が食いついてきた。よっぽどお気に召したのか目がぎらぎらしている。

「あー、これシフォレのいづもさんから教わったブッシュドノエルの応用なので、レシピ公開は無理です」

「えぇー、あの人気店のレシピとなったらなおさら欲しいんですけどもー」

 むしろどうしてそんな人と知り合いなのかしらね、と先生は困惑しつつ、それでも物欲しそうな視線を崩しはしなかった。

「いちおういづもさんに言われてるのは、シフォレのポイントカード10点集めた人がいたら、レシピを教えてくれます、ということっぽいんですけどね。あそここの前からカード始めましたし」

「ぬなっ。ポイントカードでレシピ教えてくれるお店なんて聞いたことが……」

「あー、それは裏メニューですって。普通のポイントは五ポイントでドリンクサービス、十ポイントでケーキサービスです。でも、たまった人にはレシピ教えるってことで」

 ちなみに、教えるのは私ですが、と肩を落としておく。いづもさんの思いつきとはいえ、全部丸投げな姿勢はどうなのかと思う。

「そんなぁ。明日から会えないというのにっ。はっ、今からポイントカード作って貯めてくればいいのか」

「普通にシフォレでケーキ食べればいいじゃないですか。先生なら別に女装しなくても入れるんだし」

 あとは味を盗む勢いで行っちゃってくださいよと言うと、周りから苦笑が漏れた。

「そういや、木戸くんはあそこのお店に入るのってどうしてるの? 女装っておっけーなの?」

 佐々木さんがフォークを揺らしながらそんな疑問を口にする。

「いづもさんがむしろそういうの大好きって感じでね。ま、まぁ実際は女友達と行くことの方が多いから同伴で入れるわけなんだけどさ」

 実際はルイとしてかなり行っているわけなのだけれど、そこらへんは内緒なのでこういう回答をするしかない。

 自分で言っていてもちょっと不思議なのだけど、木戸の女装とルイは別物だ。そういう意味ではお店で着替えさせられたことくらいでしか女装では行ったことはない。

「へぇ、もしかしてさくらちんとかそこらへん?」

「んー、まぁそこらへんも、かな。斉藤さんとも一緒に行ったことあるし。後輩も一緒に」

 二人きりではないのですよ、デートではないのですよ、と強調しつつ周りをちらちら見渡す。

 これで男子がいようものなら、お前はなんていうことをーだなんて言われてしまう。

「じゃー、さくらちんの方はデートなの?」

 どうなの? とキラキラした目で佐々木さんに見つめられてしまった。

 この子もこういうゴシップとかは大好きな類いな人である。

「あっちもデートってよりは、町でばったりあって、じゃあ行こうとかそんなノリ」

 別に深いつきあいはさーっぱりないのです、と答えると、まぁあんたはそうでしょうよと斉藤さんからうんうんと深いうなずきが送られてきた。

「そもそも恋愛系が残念な木戸くんだもの。これだけ女の子がそろっていてもそのまま溶け込んじゃってるし、恋愛に発展するなんてことはまずないだろうし、あったとしてもカメラを取る、でしょ?」

「うん。間違いなくカメラで撮る」

 なにをっ!? と周りからつっこみが入ったけれど、もちろんいろいろだ。

 まだまだ撮っていない風景はたくさんあるのだし、そっちを最優先するに決まっている。

 なので。

「この場面も撮ってしまうよ?」

 かしゃりと椅子を少し引いてコンデジで周りの女の子達の姿を撮る。

 この前買った一眼を持ってこないのかと思われそうなのだけれど、それはそれ。

 高校生活の締めくくりとしては、やはりこちらのほうが合っているだろう。スナップ写真を写しだしてくれるこちらのカメラだって十分楽しい。

「あー、なら集合写真撮っちゃう?」

「それはあとで。まずは普通にデザートいただいてるところを脇からテキトーに撮らせてもらいまっす」

 こういうのも貴重なのさ、と言いつつ、バニラアイスの最後の一欠片を口にいれてから、席を立つ。

 女子会の風景というものは甘やかでいいと思う。

 とりあえず会話をしてもらいつつ、時に泣き顔なんてのも撮影してみた。

 こ、これは撮らないでーなんて言われたけれど、そこは上手く説得した。

 水っぽい写真は大好きなのだ。

「さて、じゃーそろそろ食べ終わったみたいだし、集合写真も撮っちゃおうか」

 はいはい、てきとーに並んでくださいな、とみんなに指示を送る。

 その反対側に立ってカメラを構えると、えぇーと何人かから不満そうな声が上がった。

「え、木戸くん写んないの?」

「いや、こちらは撮る側だし」

「えーー、せっかくなんだから混ざろうよー」

 佐々木さんが二の腕をひっつかんでそんなことを言ってくるわけなのだけど、さすがにこの集合写真に自分が混ざるというのはちょっと厳しいものがあるような気がする。

「なら、せんせーが撮ってあげよう」

「うえ、ああぁー、カメラー」

 別にそのまま混ざっても、ああ、そういうことがあったなぁって思い出になるから、と羽田先生はコンデジを奪い去ってしまった。

 くすんと嘆いていると、まあまあと斉藤さんが手を引いて集合写真の真ん中のところに木戸を配置した。

 そしてそのまま数枚写真が撮られる。ぴぴっと電子音がなると、その場の風景が焼き込められた。

 自分はどういう顔をしているのだろうかなどと思いつつ、カメラを返してもらいながらチェックをしようとしたそのときだ。

「ちょっといいか?」

 そう声をかけてきたのは春隆だ。

 周りからは、えっ、とか、きゃーハルくんだーとかいろいろ黄色い声が上がっているのだが、彼の方は少し息を上がらせているようだった。わざわざ探し回っていたのだろうか。

「まさかの愛の告白、とか」

 マジ勘弁してくれそういうの、というと彼はあたふたとてをぱたぱたさせながら、ちげーと言いはなった。

「ここじゃなんだからさ、別の部屋に来てくれないかな」

 二人きりで話がしたい、と言われると、斉藤さんが庇うように前に立ってくれた。

「木戸くんになにかしたら許さないから」

「なにもしねーよ。ただ最後にちょっと友人と話をしたい、それだけだ」

 ふっ、とつかれたようなため息を漏らしながら、彼はこちらに視線を向けてくる。

 そんな目で見られたら行ってやるしかないじゃないか。

「ん。たぶん大丈夫なんじゃないかな。ちょっと行ってくるよ」

 先生もアイスごちそーさま、と言い置いて、春隆と話をするために調理室を離れるのだった。

 春隆氏の話まで行く予定でしたが、女子会のほうがちょっと長めになったので、彼の話は次回ということで。

 学ランの上着脱ぐだけで女子っぽくなる木戸くんはすごいなぁと思います。

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