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149.

 その日はよく晴れ渡った春の日でした。

 なんてナレーションが似合うくらいには周りの景色は、輝かんばかりの日の光に満ちていた。まだ残念ながら桜のつぼみは膨らみかけで開いてはいない。入学式くらいには咲き乱れるだろうか。

 この学ランも今日で着納め。

 中学の頃だから計六年だろうか。千歳あたりは卒業式終わってさっさと脱ぎたかったのだろうけど、木戸としてはさほどこれに嫌悪感はない。もちろん首元が苦しいというか首がつまる感じはあるけれどそこらへんの感覚はやはり少し違うのだろう。

「ついに来ちゃったねぇ、卒業式当日」

「来るべくして来る日ともいうし、まー雨じゃなくてよかったよね」

「おやおやぁ、わりかしドライですな」

 早めに登校して教室で窓の外の景色なんてやつを見ていたのだけど、ひょっこり声をかけてきたのは斉藤さんだった。なんだかんだで一年のころからずっと一緒だった彼女との時間も今日でおしまいだ。

 クラスメイト達からはあまりにも仲がいいので、うらやましいぜこん畜生なんて言われたりもしているのだけど、それ以上つっこんだことを言ってこないのは、異性同士の関係にはあまり見えないからだろう。たしかに木戸自身女子を相手にしていて異性という認識はないし、それは男子を相手にしても……まあきっと異性という認識はない。

 ときどき疎遠にされたりすることはあるけど、あれは別にハブられていたわけではないと思う。

「佐々木さんにも言ったけど、学校関係の縁っていうよりは写真つながりのほうが多いし……なんかあんまし学校ってところに思いでないかも、みたいな?」

「うぅ、学校でしか知り合っていない私は今後はぶられる系ですかー」

 くすんと斉藤さんが泣きまねをするので、ぽふぽふ頭をなでておく。周りに人もいるけれど別にこれくらいは許されるだろう。

「同窓会にはちゃんとくること。それとシフォレであったらよろしく」

 それくらいしか会えそうにないじゃないーというものの、演劇を続けていくならどこかで会えるような気がしなくもない。

「あとは舞台とかやるなら、連絡ちょーだいな。絶対見に行くからさ」

「それはどっちで?」

「んー、その時次第じゃね?」

 その時の気分でルイにも木戸にもなれるのが強みだと自分でも思っている。その日にルイとして動いた方がいい他の用事があればルイでの参加になるだろうし、男のままということも今後はありえるかもしれない。

「はいはい、どーせあっちだと思っておきますよ。でもあのご高名なお方に見に来てもらえるとなると、それはそれでいいことなのかもしれないわ」

 これからじゃんじゃん有名になっておくんなさいと笑われてしまったのだが、さすがに写真以外でこれ以上有名にはなりたくない。もうスキャンダルとかはこりごりだ。崎ちゃんともしばらく会ってないけど、ルイで会うときは今まで以上に気をひきしめないといけないのかもしれない。

「でも、卒業式であんまり泣けない、か。目薬くらいならストックあるけど?」

 つかうかねー? と言われて苦笑が浮かぶ。

 別に泣けないことを悩んでいるわけではないし、ただなんというか実感がないだけなのだ。

 また明日もここに通っているというような、そんな感じというのだろうか。

 それは中学の頃ももちろん同じで、あのころの卒業式はそれこそ何も感じなかったような気がする。

「んー、なら何度でも言ってあげましょう。今日は卒業式でお別れなの。明日はお休みで、君は学校暮らしから解放されて撮影暮らし、どう? 実感できた?」

「あ……うん。なんか、実感はできた。やべぇ、明日から普通にカメラ握り放題じゃん。どこいこう。春休みの計画全然してなかった」

 基本、春休みの予定は今のところ真っ白だ。エレナと一緒にご飯を食べに行く話はあるけれど、それとて一日だけ。卒業旅行に関してもお金がかかりすぎるので今回は遠慮させていただいている。二週間以上毎日自由に活動ができるだなんて、春休み以来かもしれない。

「ぬぅ。こいつ完璧学校から気持ちがはなれてやがります」

 くすんと再び嘆き始めたので、今度は用意しておいたあいつを取り出すことにする。

「あとで出すつもりだったんだけど……ま、特別に先にということで」

 どうぞどうぞと差し出した弁当箱の中を開けると、うわぁ、と斉藤さんの声のトーンが少し上がる。

「くぅ。これ、あとで知り合い集めてお茶会やろーとかそういう算段なの? どういうことなの?」

 なんてことをしてくれやがるですかと、彼女はぶんぶか両肩をがしりとつかんで木戸の体をゆすってくる。意外に力強い。

「ええと、ね。この前知り合いからブッシュドノエルの作り方教わって、それの基本がロールケーキなものだから、ちょっとアレンジしつつ、用意してみたんだよ」

 いちおーかかわり深い人用ってことで、と用意してきたのは二ロール分だ。いちおう二十人分くらいは想定しているけど、クラス全部に配る分はないので、ほんと限られた相手にしか渡すつもりはない。というか男子にくれてやる気がほとんどない。

「青木くんにはまさかあげないわよね……」

「あっちはだいじょぶ。彼女がちゃんと一緒に講習うけたから、食べ放題」

「うわぁ、何気に数少ないリア充かっ。まったく色恋のひとかけらもなかったこちとらもう……うぅ」

「そうはいっても、ラブレターとか結構もらってたんでしょ? ファンレターにまぎれつつ」

 どーなんですかいと女声であえていってやると、んもう、なにその同級生のりはとあきれられてしまった。

 そうはいっても、こういう話をするなら女子同士のほうがいいんじゃないかと思ったのだけど、不評のようだ。

「もらったことはそりゃ、あるけどさ。ファンならうわべだけ見てくれるのが一番だけど、恋人までそれじゃちょっと違うかなって」

 その点木戸君は合格なんだけど、まぁそもそも候補にすら上がっておりませんと彼女は肩をすくめた。

 そしてそのロールケーキはあとでのお楽しみということでと、せっかく出してみたのに突き返されてしまった。あとでしっかりお茶会でもしようということだろうか。

「ま、大切な友達の一人には違いないわけで。ほんと忘れちゃったら泣くからね」

 今後とも友達でいてくださいなと、斉藤さんは少し大人びた微笑みを見せてくれたのだった。



 卒業式なんてものは大抵どこの学校も同じである。

 胸元あたりに記念の造花をつけられて会場に向かい、きしきしするパイプ椅子に腰を下ろす。

 木戸の学校の場合は男女別で左右に分けられて、出席番号順に並ぶ決まりになっている。

 そんなわけで、今周りにいるのは男子ばかりだ。慣れてはいるものの、けして背の順というわけではないので、人の波にもまれるというような状態となってしまう。みなさん高身長だなぁとしみじみ思う。

 たしかにこれだと、視線が合わないとも思ってしまう。

 開式の言葉からはじまり、いろいろな人の挨拶が進んで行き、校長の長話を聞くのもこれでおしまいかと思うと、なんとなく斉藤さんが言うところの実感がでてきたような気がする。

 本当にここ三年、いろいろあった。

 最初は正直、学校は授業を受ける箱だと思っていた。

 メインは放課後。もちろん今だってそれは変わらないけど、それでも当時の方がなおさらひどかったように思う。すぐに帰って撮影ということが多かった。それだけ放課後ライフが楽しかったというのもあるし、あれもこれもやりたいという状態だったのは否定できないけれど。

 それが変わったのはいつの頃だっただろうか。

 熱心に青木が声をかけてくれた頃だろうか。それともいつの間にか合流してた八瀬と三人でくだらない話をしてたときだろうか。

 もちろんそれもある。けれど一番はきっと、彼女が写真部に誘ってくれたからじゃないだろうか。

 結局そこには入らなかったけれど、さくらと写真を撮りに行くようになって、学校でも講習会にでるようになって、それで学校での活動の幅が一気に広がった。元を正せばイベント写真の撮影からなわけだけど、と考えると一番はこっちなのかと苦笑が漏れる。

 学校での撮影枚数はたかがしれているけれど、それでもイベントで撮る写真は千枚は軽く越える。

 その写真達は今だ学校のサーバーに残っているけれど、どれも面白いアプローチが出来たように思う。ルイとは違う写真がたしかに撮れていて、あれはあれで楽しいと思う。

 ルイとして在籍してたならどうか、と考えたことももちろんありはした。放課後に普通に部室に行って写真話で盛り上がって、あんたはまったくとさくらに呆れられるという姿もありありと想像できる。

 けれども、それはあくまでも想像の上でのこと。自分は少なくとも千歳とは違うのだし、その選択は……たぶんきっと取れないし、この三年間で良かったのだと思う。 

 そんなことを考えていると、すぐに校歌斉唱の時間がやってきた。 

 最初は歌えなかったこれも、今ではある程度きちんと歌える。周りからの低音に併せるようにぼそぼそ歌って終わる頃には、泣き出す生徒たちも出始める頃合いだ。

 木戸もその中に入るかといわれると、まだまだな状態である。むしろそんな泣き顔が詰まったこの空気感を撮影しておきたい。そんな衝動の方がおおきくなってしまっていけない。

 答辞と送辞をそれぞれ三年と二年の代表が読み上げる。なんというか綺麗な美辞麗句が並んだ言葉はいまいち頭に入ってこないわけだけれど、代表が読み上げるその姿だけは凜とかっこよく、その姿をカメラマンさんが捉えているのを見ていると無性に撮影をしたくなってしまうくらいだ。

 そんな風にしていると八瀬と目があった、口の形だけで、この写真ばかめと言っているのがわかった。

 そして式は粛々と終わりを迎えて。 

「ほら、よってよって。みんなで一斉にいきましょー」

 卒業式自体はそう長いイベントではない。それが終われば校庭での撮影タイムが入って、最後のHRを行って学生側の式は終了だ。午後は保護者の懇親会があるので生徒もいちおう残って良いことになっていて、送別会なんかをやるところはとても多く、写真部も夜まで残るのだそうだ。たいていの生徒は弁当持参である。

「はーい、ちー。ず」

 校庭で知り合い何人かを集めて集合写真を、という話になって並んでいたわけだけれど。

 あいなさんのかけ声はいっぱくタイミングがずれていた。ず、がいわれるちょっと前に、中腰になっている木戸の肩にぽんと力が入れられる。そして前に押し出すようにされてしまったので、そのまま前のめりになりながらバランスを崩して、うわっと数歩前にふみだしてしまったのだ。そしてそのことに驚いたみんなの視線がこちらに向けられる。

 まるで狙ったかのようにその場所を撮影されて、まったくもぅとあいなさんに文句を一つ。

「もぅ、あいなさん、そのよくゲームのエンディングとかに乗ってそうな写真の構図はどうなんですかね」

「いいのよー。うちの弟の男友達の木戸くん」

 もうちょっとかっちり撮ろうよと文句をいうと、ふふっと、あいなさんが嬉しそうに笑った。

 そう。今日のあいなさんは学校の撮影班として呼ばれているわけではない。あくまでも青木の姉として思い出の写真作りをしに来ているのだった。

「それじゃー、あらためてもう一枚行きますね。崩すのとちゃんとしたのと撮ると楽しいので」

 さーもっかい、良い感じにきりっと表情を作ってもらいましょうかというあいなさんの号令にみなさん並んでいく。例にもれず何回か写真を撮られつつ解散だ。

 近くにいた知り合いを集めて撮ったという感じなので、他の子は別の友人たちとの撮影会にいそしんでいる。昨日あれだけ撮ったというのに、みなさん元気なものだ。

「それにしても、うちのばか弟に三年もつきあってくれてありがとうね。もう彼女までできて、私はまさかこんな日がくるとは……」

「まー、俺もこいつに彼女ができるなんて、今でも何かの間違いだと思ってますけど」

 あいなさんが、もーほんっとありがたいかぎりなのですとこちらに姉目線での言葉を贈ってくれる。

 そんな話をしていると、とてとて後輩姉妹が寄ってきた。

 一緒に撮影しましょうというところだろうか。

「俺こそ、おまえにそーんなに女子人気があるのがわけわかんねーよ」

 青木はそうぼやくものの、八瀬は苦笑しか浮かべられないみたいだった。

「木戸先輩のは人気っていうか、同性と話してる感じしかないですし」

「そうですそうです。まるっきり男らしさの欠片も感じられません」

 千歳はともかくとして千恵ちゃんからまでひどい言いぐさである。

 そこに斉藤さんや佐々木さんも混ざってくる。

「見た目だけだとそうでもないのにねぇ。今までの生活がなぁ、あんなだし」

「あんなって言われても、こちとら巻き込まれただけですよーう」

 あえて女声に切り替えて言ってやると、みんながそれだよーと喜んでくれる。別段これくらいのことならなんでもないのだけれど、男子がやってるというところで評価がいいのだろうか。

「じゃ、木戸先輩。いっぱつお願いシマス」

 ささ、とあいなさんが持ってきていたカメラを渡されて、こちらとしてはえ、自分でいいんすか、という状態になってしまった。

 あいなさんの方に視線を向けると、にこにこと、どうぞどうぞという感じである。

「それじゃ三人で。青木の好きな数字は?」

「にー?」

 かしゃり。かなり強引だけれど、苦笑まじりの顔が撮れた。ちなみに青木の好きな数なんていうのは知らない。たぶん二じゃないんじゃないかと思う。

ついに来ました。卒業式1.まだまだお茶会とかもやるし、呼び出されたりもします。伝説の樹はありませんので告白イベントは特別なしです。

実は、たまゆらを見てきまして。高校生っていろいろ考えてるんだなぁと思わせられつつ、うちの子たちは欲望に忠実な子がおおいなぁとしみじみ思ってへんにゃりしておりました。でも、高校で進路しっかりきめるとかはできすぎな子な気がします。


さて、次回は卒業式2です。まだあんまり書いてないですが、春隆くんメインのお話です。いちおう決着ついてはいるんですが、なんであいつ普通クラスにきてんの? とかそこらへんがあるので。お茶会もセットです。

ロールケーキはこの前さくらさんに食べさせようと思ったのだけど、時間の制約の関係上なくなってしまったので。

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