表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/794

148.

「さてー、もうちょっとですなー」

 佐々木さんが、ふあんとあくびをした木戸の前で、にししと笑顔を浮かべていた。

「いきなりどうしたー?」

 あきらかにこちらに向かって話しかけてきているようだったので、彼女に声をかけておく。

「なにって、卒業式とか卒パとかそういうイベントなんだけどなー」

 そういわれたところで、いまいちぴんと来ない。ふぁっとあくびをもう一度して首をかしげていると、反応悪いなぁっといわれてしまった。

「今年はうちらが主役なんだよ? 当事者なんだよ? もーちょっとテンション上げても罰はあたらないと思うんだけどな」

「いやぁ、あんまり学校行事とかに関わらなかったし、日陰者の身としてはそこまで終わった感というのがないといいましょうか」

 ここのところ撮影を思う存分している関係で、ついつい学校のほうは適当な感じになってしまっている部分は確かにある。というかあいなさんに夜景の撮影を教わってからつい、そっちに集中してしまって昼間はとても眠いのだ。

 さらに言ってしまえば独自に夜明けの撮影なんてのにも手をだしているので、早朝に起きているなんていうこともある。

「君ほど何かをやった人は居ないと思うんだけど」

 うりうりと佐々木さんが遠慮なく体を押しつけてくる。いちおうは異性なのだがどうやら彼女にはそういう感覚はないらしい。つつましい胸が思い切り押し当てられているのだけれど、これはいいのだろうか。

「それは……学校で何かをやったってよりは個人のつながりでやったことだから」

 卒業してぶつっと切れちゃう間柄ってわけでもないし、と言葉をつなげる。

「それに、後輩に関しては連絡先持ってる相手とは、そこそこ仲良くしていきたいなぁって思ってるし。カメラつながりとか映像つながりとか、いろいろなつてができたので、今後楽しみだなーって」

 そう。卒業式をいまいち実感できないのは、おそらくそこもあるのだろう。基本木戸にとって大切なのはルイとしての活動だ。学校で得たつながりもあるけれど、卒業を機に切れてしまうモノでもないし、ことさら寂しいという思いもない。

 もちろんそれは学校でなにもなしてないから愛着がないというのもあるのだろうが。

「もう、過去よりも未来かぁ、まったく木戸君ったら、あたしは過去の女なのね……」

 よよよと、仰々しく佐々木さんに苦笑を漏らしつついってやる。

「そんなことないよー。ササちゃんはずーっと友達だよー」

 もちろん女声で、である。

 すると、彼女はぱぁと顔を明るくして、あたしもーと、きゅーっと抱きついてきた。

 まったく、こういう展開はミステリーなのではないのだろうか。

「あー、サキちゃんが木戸君に抱き着いてるー。この際私も抱き着いとこうかなー」

 ふふふーと悪い顔をしながら、斉藤さんも絡んできた。まったくもう、貴女が絡むと周りの男子の視線が集まるから勘弁していただきたいのですが。

「抱き着きあうなら女子同士でどうぞどうぞ」

 さぁ、ユリユリしく承認してあげようというと、とりあえず誘導は成功したようで、佐々木さんは斉藤さんの手をきゅっとつかんで、うぅー卒業だよーともうすでに式本番の空気感になっていた。

「そういや、木戸くんは卒パどうすんの? 今年もコスプレって話だけど」

「どうしようね? 去年は参加しなかったから感じとか全然わからないんだけど」

 しれっとつく嘘を斉藤さんはそのまま流してくれる。

「たまには男装コスとかもどうかなー? 男装してますっていう感じの仕上がりはまさにミステリーっていわれちゃうよ?」

 今でさえ、学ランきた女子っぽいもんと言われて、はうーと机につっぷした。ひんやりした感触が気持ちいい。

 いちおうこれでも学校では男子で通しているつもりなのですが。

「でも、今から衣装確保するのも面倒だしなぁ。卒業式だけで我慢しておきます」

 彼女にはそう伝えたものの。

 卒パに関しては少し思うところはある。

 もちろん今年はルイへの出演依頼はない。というのも来期の生徒会のメンバーはそこそこ優秀らしくて、イベントとしての形を十二月くらいにはつくりあげてしっかりと準備期間をとって作業をしているので、サプライズゲストなんてものは呼ばなくても十分な仕上がりになっているからだ。

 おまけにルイは三年。いろいろ忙しいだろうという配慮もあって、声がかからなかったという話も聞いている。

「えぇーもったいないなぁ」

 せっかくだから、一緒になにか着ようよーと腕をぶんぶかされてしまったのだけれど、こちらとしてもやるべきことがあるのである。

「もっさい木戸くんは用事があるようなので、コスプレに関しては私が付きあってあげるから」

 そうしょんぼりしないでおくれよと、斉藤さんが見事なフォローを入れてくれた。

 なんにせよあとしばらくしたら卒業パーティーである。

 残り少ない学校イベントを前にクラスの雰囲気も興奮とちょっとした哀愁のようなものが混ざっているようだった。

 



「あえて学校にそっちの格好で来るとは……ルイ、恐ろしい子」

「って、どうしてさくらがそのネタをやるかなぁ。斉藤さんじゃあるまいし」

 通行許可証を使って正門から入ると、さくらに思い切りそんなつっこみを入れられた。

 今日の服装はこれでもかというくらいルイの装いだ。女子のブレザー姿にリボンを装備している。

 ウィッグはいつものやつで、特別にコスプレをしているわけではないけれど、受付でもらった目の周りをかくすようなアイマスクは装着している。

 タキシードを着た某おたすけ仮面さんがこんなのをつけてたなぁという感じだ。  

「それで、どうかな? これだとあたしだってわかんない感じ?」

「カメラぶら下げてる時点でもろバレです」

 ご愁傷様です、とさくらがなぜか不憫そうな表情をしていた。なんでそうなるかが不明だ。

 今日持ってきているのはいつもルイが使っている方の機種。

 学校でのコスプレイベントをばしばし撮るとしたらルイだよね、ということでこちらで来てみたわけなのだけれど、さくらの反応はいまいちだ。

 もちろん木戸馨用のカメラも買ったけど、高校関係者の前で衝動のままに撮影をしたらさすがにみんな引くだろう。そりゃ写真は撮れる人扱いではあるけれど、粘着撮影までやってしまっては、あれ? なんて話にもなる。

「そうはいっても、学校のコスイベントはぜひ撮っておきたいんだよね。知り合いもやるっぽいし、二年生も頑張ってるんでしょ?」

「まーねー。写真部は全面的に撮影のほうで駆り出されてるから、あんまりやってる子はいないけど……」

 もちろん女装の子もそんなにいないからねっ、と補足が入る。

 写真部の男子はまあ、普通に男子だ。そりゃ木戸の技術をもってすればいくらでも化けさせてあげられるけれど。

 あえてそういう話をしたことはない。

「んじゃ、コス会場のノリで行こうではないですか」

 すちゃりとさくらもアイマスクを装着しつつ、会場となっている校庭のほうに向かう。

 基本的に今回のイベントは校舎も全面開放なのだけど、どうしてもメイン会場となるのは校庭なのだ。

 改造制服とか現代系のコスをしているなら学校もありだけれど、エルフとかが闊歩するとなると校庭のほうがいいという判断になるらしい。異世界から現代日本にきちゃった系でもいいとは思うのだけど。

「もぅ、ゆーまったらぁー」

「ああ、学ランでいいっていうから、つきあったらこう来るかよ……」

 なんというか。まずは聞きなれない声が聞こえた。

 片方はクラスメイトの男子だ。黒髪を短めにカットしている、それこそエロゲの主人公のように個性のないクラスメイトである。

 今日はどうやら、ゆーまと呼ばれているようだけれど、本名はむろん違う。キャラの名前だ。

 そしてもう一人のほうはというと。

「仕方ないじゃない? 合わせしやすいってなったらこれが一番だし、それにゆーまがいないとみんなの視線があつまっちゃうんだもん」

 薄い紫がかったウィッグに、どこかの女子制服姿。サーモンピンクを大人しくしたような色合いの制服に、赤茶のタイツを合わせている。足元は茶のローファーだ。

 うーん。こいつもほんっとぶれないな。十年も前のキャラをよくぞ持ってきたという感じだ。しかもエロゲーのサブキャラ。発売当時はそれこそ八歳とかだったじゃないか。

 もちろんテレビアニメにもなったし、エレナにだってすごい子いたよー! って紹介されたこともあったし、エレナの初期のコスのキャラにも入っているわけだけれど、設定としてはだが、男だ、なのだそうだ。

 女装をメインでやっている自分と、多少は似ているのかと思いつつ、客観的にみるとあー、これで男子っていうのは、うーん、あーともやもやした気分にもなる。

 ちなみに身体的なあれやそれやは公式設定は身長が156センチで靴のサイズは23だそうで。エレナとほぼ同じなのだよねーという感じのキャラだ。それを八瀬がやるとなると、ちょっと高身長になってしまうものの、相手役との対比を考えると、違和感はそれほどない。

「あっ、ルイちゃんだ。おはよー!」

「ええと、準さんとお呼びすればいいのです?」

「そこは準にゃんでお願いしたいところで」

 うへ、とクラスメイトの男子が嫌そうな顔をしたので、八瀬は二の腕をぎゅっととった。

 もちろんその姿は撮った。

 嫌がるゆーまと迫る悪友の図である。

 うん。原作まんまだと思うよ。

「あとで写真は送ってあげるから、今日は楽しむといいよ」

「うんっ。楽しみにしてるねー」

 じゃー、一緒にまわろっ、ゆーまと、彼はどうやら相手をひっぱりまわすキャラをこのまま続けるらしい。

「激しいわね、八瀬くん……あんたとちょっと違う意味で」

「あれはあれで、男の娘の権威だしね。いろいろ育った感じで被害者としてはうれしい限りでありますよ」

 あきれ顔を浮かべると、ああ、そんなこともあったわねとさくらは同情交じりの視線をこちらに向けた。

 すっかりさっぱり忘れていたらしい。

「それより、今日はどうするの? あたしはてきとーに撮影させてもらおうかと思ってるけど」

「いちおー、三年でやってる子を撮りつつ、下級生の撮影かな。別れて撮影して、あとで見せっこしましょう」

 さぁ勝負だっ! と一方的に笑顔で言われたものの、こちらは好きに撮るだけだ。あとでさくらが撮ったものも楽しく見させていただこう。

 そんなわけで、校庭を見回しつつ去年よりも盛況になっている催しに、すごいものだなぁと感嘆の声をあげつつ声をかけて撮影していく。

 去年は勢いでこんなイベントができてしまったわけだけれど、二年目も続くとなるとそうとうこのイベントも定着したらしい。

「うわ……ゴージャス」

 そんな中、ひときわ異彩を放っている二人組を見つけた。

「き……ルイ先輩はコスしなかったんですね」

「今日は撮るのに集中しようかなって思ってね」

 一枚撮らせていただいてかまいませんか? と少し恥ずかしそうにしている二人に声をかける。

 そのわきにもう一人いるのだが、まずは二人からだ。

 カシャカシャと何枚か連続で撮っていく。片方はまさにドレス姿という感じの衣装に、花飾りを頭を中心につけている。右目を隠すように大きな花がつけられているのが特徴的だ。ドレスも白とピンクでつくられていて、フリルがこれでもかというくらいつけられている。レディの装いというよりは女の子っぽさが前面にでた感じだ。千歳には少し幼すぎるようにも見えるのだけど、それでも可愛い。

 そして反対側。

 千恵のほうは普段の坊ちゃまモードなのだった。半ズボンの先からのぞく足は女子にしては脂肪のつきが少なくほっそりしている。そして右目を隠すように眼帯をつけている。

 二人とも身長はほぼ同じくらいなので、合わせてやると鏡にうつっているような感じになる。

 もちろん、一卵性みたいにそっくりというわけでもないし、お化粧で印象を変えているからそこまで同一人物って感じではないのだけれど。

「それじゃ、三人でいきましょっか」

 そしてその隣には、すっとした執事が白手袋をして立っていた。

 八重歯まではやしていたりして、まったくもってあくまで執事なあのお方だ。まあ本物よりの劣化度はあるのだけど、そればっかりはしかたがない。でも身長があるのでバランスとしてはいいだろう。

「うぉっ、まさかルイさんが来てるとは思わなかった」

「はい、チーズ。でろーん、と」

 ぱしりと撮ると、見事に三人の姿が映し出された。

 もう一人は言うまでもなく青木だ。受験が終わってから衣装作りなど手伝っていたらしい。

「やっぱ、すげーわ。普通にきれいに撮ってくれて」

 タブレットに移して三人に写真を確認してもらうと、青木がぽそっとつぶやいた。

 姉の写真を見慣れているはずの彼にそんなことを言ってもらえると少し嬉しい。たとえそれが写真はダメな弟であったとしても。

「じゃ、せっかくだからどういうキャラなのか、話していただきましょう。こだわりなどもね」

 ふふふ、といつもの粘着撮影を始めると、千歳はこのキャラは、とぽつぽつ話し始めてくれる。こちらとしてはどういう子なのかしっているけれど、そこはあえてだ。演者のほうの印象というのも含めて撮っていきたいのである。

「ふふふ。ちーちゃんも可愛い格好できるようになったし、これで心残りはないのでありますよ」

 そして五十枚くらい撮っただろうか。そこでとりあえず満足して、ありがとーと手をふって三人と別れる。

 青木が少しものほしそうな顔をしていたのだけれど、他にも撮影対象はわんさといるのでここでお別れである。

 べ、別に二人が仲好さそうだったからうらやましいと思ったわけではない。

 まったくもう、とため息をつきながら次の被写体を探す。

「まさか……まさかー」

 キグルミ再び。

 茶色いあいつは、母親の持っていた資料の中に入っていた昭和のあいつではないですか。

 ぬぼっとした表情は愛らしく、思わず体をぷるぷる震わせてしまった。

「ごん太くんだー」

 ぼふり。思わず抱きついてしまった。

 ああ、さわさわすると、毛もふわふわでたまらんくらいのできだ。まさかガワでここまでやってくださる人がいるとは思わなかった。

 その昔教育テレビで愛らしさを振り撒いたという、伝説の霊獣である。去年さくらがやっていたわんわんと立ち位置としては同じ感じなのだろうか。いや、わんわんが低年齢向けだからこちらのほうがもうちょっと上だろうか。

 ちょろちょろゆるキャラもどきが闊歩していたりしたのだけど、まさかこんなところにご出没あらせられるとは、もうたまらぬ。

「ええっと、ルイさん……ですよね。どうです? うちが頑張ってつくったレプリカなんですが」

「うーん。ちょーさいこー。もふもふさいこー」

 はわーんと、一瞬撮影を忘れそうになるけれど、カメラを使ってツーショット撮影。滅多にやらないのだけど、こういうのもたまにはいいだろう。

 確か演劇部の大道具さんだっただろうか。

「喜んでいただけて、きっと中の人は大喜びだと思います」

 うわぁとこちらのテンションに若干引き気味になっている彼女を前にして、一瞬我にかえった。

 もしかして中の人は男子なのだろうか。それに思いっきり抱き着いたとなるといささか問題だろうか。

「ルイさんってわりと、そういうの抱き着く派なのですか?」

「ええと、はい。かわいいのがいるとなでたり抱き着いたりわりとします」

 滅多にゆるキャラとかあわないですけど、といいつつ、さらに頭のあたりをさわさわする。手触りがなんともいえぬ。かわいい。

「でも、この子の場合はゆるくなく普通にかわいいですけど」

 昭和の時代はがちでかわいいのを作った結果に行き着いたのがここだよなぁなんて思うと、ゆるキャラっていうカテゴリではないんだよなぁと思わせられる。

 ともかく、ずっとなでていたいくらいの触り心地なのである。

 そりゃあ、はわーんともしてしまう。

「うあ……こういうところがもてポイントなのか……」

 演劇部の子は、目をぱちくりさせながらこちらの仕草を見ているようだった。

 うーん、ちょっと羽目を外しすぎただろうか。

「こ、こほん。とりあえずじゃー、お二人のツーショットも撮らせていただくとして」

 数歩下がって何枚か撮影をさせていただく。見事な完成度でレプリカとは思えないほどだ。

 最後に鼻の赤いところをもにゅもにゅしつつ、名残を惜しみながらも別の被写体探しをする。

 さすがにここで止まっているわけにはいかない。

「や、やべぇ、ルイさんに抱き着かれるとか……役得過ぎて鼻血が……」

 別れるまでは我慢していたのだろう。中のひとのつぶやきが聞こえたけれど当然きかなかったふりである。

 そして。こうしてみてみると、今年は凝ったものが多いように思う。

 ガワは作るのが大変と去年言ったわけだけれど、時間がたっぷりあったせいなのか、ゆるキャラもどきもたんまりなのだ。去年もなっしーしてた人は多かったけれど、他のもそこそこいる。

「そして……作っちゃったかー」

 ちょいちょいと肩を叩かれて振り返ると、そこに現れた姿にうわーと驚きなんだかあきれなんだかな声をあげてしまった。

 そこにいたのはやっぱりキグルミ系なのだが。

「あの、木村氏……さすがにこいつはすごいのではないですかね」

「あー、うん。受験終わってから頑張ったんだ」

 そこにいらっしゃったのは、なんと等身大のくまさんなのだった。木村デザインのアクセサリーになっているあいつが等身大。毛並みなんかも見事に再現されているわけだけれど、製作時間はともかく制作費はどうしたのだろうか。材料費もそうとうかかっただろうに。

「あーうん。ちょっとパトロンというか、支援者がいてな。リボンとかもけっこーこだわって作ってみました」

「青か……オーソドックスな子だね。中の人は暑くはないかな?」

 大丈夫? と頭をなでなでしてあげると、ふわふわの感触が手に伝わってくる。

 さきほどごん太くんで我を忘れていたおかげなのか、こちらでは冷静に相手ができていると思う。

 もちろんつぶらな瞳もふわふわな毛並みもたまらないし、以前いただいたくまさんは今日もバッグにつけてはいるけれど、ほんとにそれを大きくした感じなのだ。

「中の人は……その、大丈夫だ。たぶん」

 うん。と木村が珍しく言葉をにごしている。

 どうしたんだろうと思いながらも、とりあえず撮影させていただく。なんだろうか。なんだかあいらしいくまさんを撮っているはずなのに、ずんずんと圧迫されるようなプレッシャーが感じられるような気がする。

 何枚か撮ったところで、もう一度さわさわさせてもらって、一息ついた。

 クマの中の人になにか失礼なことをしてしまっただろうか。

「えっと、ちょっと席はずす? ああ、はいっ行ってらっしゃい」

 身振り手振りでぱたぱたとなにかを伝えてくるそれを翻訳しながら、トイレかなと思いつつクマさんを見送ることにする。

 午後からはコンテストなんかもやるというし、またあとで会う機会もあるだろう。

 バッテリーもまだまだ余裕があるのだし、ばしばしと撮影していこうじゃないか。

 なにより、こちらで被写体に声をかけられるというのが学校ならではの強み。昔みたいに気に入ったキャラを見つくろいに、ルイも動き始めるのだった。




「いくら参加したいからって、その格好はどうなの?」

 大きめなバンの運転席のハンドルに体重を乗せながら、あやめは背後の席で休んでいる少女に苦笑交じりの声をかけた。いわゆるキグルミの頭だけを取り外して休んでいる状態といえばいいだろうか。

 まったく国民的美少女がこれとは、さすがにどうなのかと思ってしまう。ここまでやれる根性には目を見張るものはあるけれど、いくらなんでもファンが見たら幻滅するのではないだろうか。

「うっさい。顔だしだといくらなんでも大騒ぎになっちゃうし、これだって思ったのよ」

「はいはいお姫様。まったく熱心なことで」

 それでその相手には会えたの? とあやめが訪ねる。

「今日はルイが来てたわ。もーなんで自分の学校のイベントをあいつはサボるのか。まったくもう」

 こういうときくらい馨できなさいよとぶつぶつ文句を垂れ流しているわけなのだが、あやめとしては半分は納得だ。自分の学校のイベントとはいえ、カメラをがんがん使える場所ではあの子はルイとして生活するに決まっている。

 あまり付き合いが多いほうではないけれど、そういった人種の人間なのだ。どちらかというとそちら側である自分も納得の職業病である。

「ちなみにこのキャラ自体は割と大人気だったわよ。クマ人気もあって女子高生が一緒に撮りましょーってわんさと寄ってきた」

「それで午後からはどうするの?」

「せっかくだからちっちゃい子に風船でも配ろうかしら。今年は外部からのお客さんもそこそこ入れるようになってて小さな子とかも結構いたし」

「素顔で配ったほうが喜ばれると思うんだけどねぇ」

 ぷふっと噴き出しながらあやめは本音を漏らした。時間外で自分を連れ出してまでこんなことをしようというのだから、忙しい売れっ子芸能人とは思えないくらいだ。

「ま、あとは若い二人にお任せ、なのかな」

 正直なところ、木戸くんが将来的にどうしたいのかはさっぱりわからない。あれだけメイク映えする子なのだし普通にこのまま女子として生活をしてしまう選択だって下してしまうかもしれないし、おそらく十人中九人以上が女子としてのルイを欲するだろう。

 だから、このお姫様みたいなのがむしろ珍しいくらいなのである。

「よっし、じゃーまた行ってくる。ルイのあほんだらに絡んでくる」

 せっかくの衣装なのだから、と崎山珠理奈嬢は立ち上がった。

 けれどもあやめだけは、そのキグルミがそのまま今後テレビのマスコットキャラクターとして使われ続けるのを知っているのだった。 

 登場人物が多すぎて、どうしてくれようかという状況になりつつある高校編もあともうちょっとでございます。

 卒パは今年もコスプレ。ホントはね、去年千歳千早姉妹には、ぼっちゃまと女装ぼっちゃまをやっていただく予定だったのだけど、登場が翌年になってしまった関係でやれなかったのですよ。なのでリベンジということで。

 キグルミ系はみなさんおなじみのキャラがご登場。去年わんわんだったので今年はあのお方で。ふわふわもこもこでかわゆいのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ