147.
すんません。また予告しつつ落としてしまった。もう次回時間指定はやめようかなとしみじみ。。もう歳なので体がついていきませぬ。
「んで? いづもさんのどーなったのよー」
銀香で久しぶりに二人で撮影をしている途中でそんな単語が背後からかかった。
そろそろ春待ちという感じで徐々に周りの景色は冬のおちついたそれから芽吹き初めて青さを含み始めているところだ。
道ばたにはつくしとか、春っすよねーって感じのものがひょこっと頭を上げてるくらい。
いうまでもなく一緒にいるのはさくらだ。ここのところさそってもちょっと反応が鈍かった彼女だが、しゃきりとしっかりと装備を調えて本日降臨なのだった。
「特別なーんも変わんないかなぁ。今まで通りって感じ」
「えええ、むしろそっち側にずぶずぶといっちゃえばいいじゃない」
そうすればアップルパイのレシピが手に入ってこの上なく幸せなのにといってくるので、ご購入くださいとお伝えしておく。
「いやぁ話きいてみると、こう、重たいわーって感じで。ああなるよりはほわほわ撮影してたほうがいいなぁってね」
大変なの知ってはいたけど、あそこまでとはなぁと遠い目をしてしまいそうになる。
いちおう言っておこう。木戸馨は性自認を考えたことすら無い。
もちろん異性装ができるとか、ルイの時の方が楽しいとかいろいろあるけれど。
あんな重たい思いはない。
今を否定するだけの思いがとんと見つからない。
それこそトラウマは最初に撮影にいったあれくらいだ。
確かにルイは、というか木戸もだが、男らしさとか女らしさとは離れたところにいるし、女子の時は普通に違和感のない姿を目指しているわけだけれど、だからといって気持ちがーとか、心がーというのがどうなのかはさっぱりわからない。いづもさんは苦笑気味だったけれど、彼女たちみたいにずもっと重たい感覚などさっぱりないのである。
「まー、らしいっちゃらしいですけどねぇ、っと。猫さんだっ。さぁおいでー」
なでなでわしゃわしゃとさくらはねこの体をいじくり回しながら、少し離れたところでかしゃりと撮影をする。
その仕草は数か月前は見られなかったもので、え? という感じだ。
出来た写真を見せてもらったら、まったくぶれていなくて、ふにゃんとした猫さんの姿が映し出されている。
「なんか、前より良くなってる気がする」
「えっへん。私とていろいろやっているのだよー」
ふふふんと言い切る彼女に、むぅーと頬を膨らませておく。
さくらの技術向上はひとえに受験がさっさと終わって続けて撮れていたからだと思う。
「でもま、佐伯さんのところにいってみたらーってアドバイスはたしかに感謝してる。いろいろあって師匠っていうか教えてくれる人が見つかって」
ふふふ、いろいろ育っている最中なのですよと、さくらは心底嬉しそうに笑っていた。
はて、佐伯写真館の人でとなると誰だろうか。女子率はとことん低いといわれているからまさか男性カメラマンと親しくなったとか。三木野さんはそんな体力ないだろうし佐伯さん自らというのも考えにくい。まだあったことのない人なのかもしれない。
もちろん石倉さんは最初から除外だ。女子にたいしてなんか距離をとってる彼がさくらになにかを教えるということが考えにくい。
「そして気が付いたら動物マスターか……あの、さくらさんや。その撮影技法……教えていただいたりはできないものです?」
「やーよ。どうせすぐに覚えちゃうんだろうし」
せっかくのアドバンテージを取られるのは嫌だとさくらはふるふる首を横に振った。
ふむ。それなら仕方がない。なんとなく撮り方は見えたし一緒に撮っていく上で盗ませていただこう。
「さて、んじゃーそろそろお昼ご飯というわけで……コロッケ買うとかいってたよね?」
あら珍しい、ぷぷぷと言われてもけっして動じてはならない。確かに今のルイもお金はないし制限しているのは事実なのだ。
けれども、たまの銀杏での撮影なのだからひさしぶりにおばちゃんのコロッケは食べたい。
そう思っておばちゃんのところに向かったわけなのだけど、ちょうどばったり家をでる人影と出くわした。
「おぉ、千紗さんではないですか。今日はお仕事なのですか?」
「あ、うん。ってルイたん受験終わったんだってね、おめでとー!」
こちらの姿を認めた彼女は、いきなりテンションをあげて軽くハイタッチ。
隣でさくらがえぇという顔をしているのだが、気にしたら敗けである。ハイタッチは大切な儀式だ。
「ええと、そちらは、そちらはさくらんさん? おおおっ、これが狂乱と錯乱ですかっ」
二人並んでるの初めてみる、と彼女はなぜかこちらをいろいろな角度から見始めた。
別に見世物でもなんでもないのですが。
「えと、ルイ、こちらの方は?」
「千紗さんっていってここの娘さんで、レイヤーさん。去年は関西での活動だったからあまりこっちにはいなかったんであまり面識はないだろうけど……ほら、メイド喫茶の一件の」
「ああ、あの、金髪メイドモードの写真を取り損ねちゃった人かっ」
「うぅ、撮り損ねっていわれた……でも、いまだにあれは後悔してるんです。あの金髪メイドさんを撮影できなかっただなんて、末代までの恥……」
くっ、と悔しそうにしている千紗さんの背後からもう一つの影が顔を見せた。
「末代もなにも、あんたの場合次の世代が残せるか自体、かーさん心配だよ。まったく男っけのかけらもないんだから」
ルイちゃんみたいにもてもてになったら逆に心配だけどさ、とおばちゃんはコロッケの種を作り終えて店先に戻ってきたようだった。
「ルイさんみたいな人気はちょっとさすがに、私も遠慮かなー。でもあと二年で相手を見つけるか、就活中に見つけるってことで」
「社内結婚かい? あんたの好きにすればいいけど、男探すよりきちんと就職先さがしておくれよ」
まったくもう、とあきれた声を漏らしつつ、どこか温かさを感じるのはこれが家族の会話だからだろうか。
せっかくなので二歩さがって体の向きを調整して一枚。二人が入るようにして写真を撮っておく。
いい感じの日常風景だ。
「そういや、千紗さんってそろそろ大学三年なのでしたっけ? 就活ってそれくらいから始めるものなのですね」
「いちおーそうだけど、ルイちゃんところはおねーさんやってないの?」
「うちはなんか大学院入るとかなんとかいってて」
就職する気はまーったくないようです、というと、おおぅさすがルイさんのおねーさんと、なんか関心されてしまった。でもそこまでのものでもないと思う牡丹姉さんはただ好きなところに集中しているだけで、結果的に大学院に行くだけのことなのである。
「それはそうと、ルイちゃん、それとさくらちゃんも。合格おめでとう。今日はおばちゃんからのプレゼントってことで」
はいよ、とおばちゃんはそれぞれに揚げあがったばかりの野菜コロッケと牛肉コロッケを渡してくれる。昼の時間帯というのを考慮してひとり二枚分ということにしたのだろう。もともとこの量を買おうと思っていたのでかなりうれしい。
「ありがとうございます。実はもともと買うつもりでいたんですよ。パンとかキャベツとかは持ってきているので、コロッケサンドにしようかなーって」
「なら半分にきって渡したほうがいいかい?」
その方がはさみやすいだろうと、彼女は包丁をいれてくれる。ありがたい。
「にしても、ルイちゃんもついに大学生か……生活が変わるとうちにも足が遠くなっちゃうのかねぇ」
それはおばちゃんちょっと寂しいとわりとマジな口調で言われてしまった。
今のところまだ大学生活がどうなるかなんてわからない。
けれども、心づもりとしては銀杏町の撮影はこのまま続けるつもりだ。あいなさんが仕事を始めてもずっと撮影しているように、自分もここからは離れられそうにない。
「二か月に一回は一緒に撮影にこようって話はしてるんです。あいなさんとも来るだろうし、基本土日の生活は……まあちょっとは変わるでしょうけど、そこまで今までと変わらないと思いますし」
今後ともよろしくお願いしますといってあげても、おばちゃんの顔は不安げだった。
「でも、ルイちゃんだもの……新しい環境で新しい友達もいっぱいできるだろうし、土日も一緒に遊びにでたりとか、場合によってはいい人ができるかもしれないし……」
「ちょ、かあさん。それは……」
「ああ、ごめんよ。でも千紗に恋人ができるなら、ルイさんにはいて当然というか、どうもそんな風におもっちゃうの」
「それはちょっとわからないでもないけど……」
この子は男の子なのですよというのをのど元まで言いかけている千紗さんにじぃと視線を向けておく。この場はこらえてください。
「まあそこらへんは個人のことだものね。来年もまたごひいきにしてもらうのを楽しみにしておくよ」
はいよと、きりわけたコロッケを包んで渡してくれる。中身はまだほっかほかだ。
さくらはカットされてないまんまるのコロッケに今すぐかぶりつきたいという感じだ。けれどお昼ご飯でもあるの立ち食いというのもちょっとと思って、おばちゃんたちに挨拶をしてから近場の小さな公園のベンチに腰をかける。
「前から思ってたけど、あんたってばホント愛され系よね」
「んー、あってる時間と回数だと思うけどね。よくあるエロゲとかだとどれだけ交流したかで好感度上がるっていうじゃない?」
「八瀬くんなんてことをこの子に教え込んでいるのか……」
美少女にエロゲの話をさせるだなんてなんて罪深いといまさらさくらがうわぁーと頭に手を当てている。
それをしり目にこちらはこちらでお昼ご飯作りだ。
つくりといっても簡単。きってきたパンにキャベツとさっきいただいたコロッケを挟むだけ。すでにパンにはマーガリンが塗ってある。
「コロッケサンドは卑怯だと思う……」
あむりといただいていると、コロッケをもぐもぐ食べているさくらからものほしそうな顔が向けられた。
そうはいっても食パン二枚分を半分に切っているので、そんなに量はない。
「はいはい、じゃー、野菜コロッケ半分が入ったこのはんかけを恵んであげよう」
「おおぉっ、一口だけかと思いきや、わりと大物きたー」
「代わりに牛肉コロッケください」
「えー、半分だけね」
はい、交換交換と、彼女は手でちぎった牛肉コロッケの大きいほうをこちらに渡してくれた。
小さいほうだと割に会わないと思ったのだろう。
割った瞬間に湯気が広がってふわりといもの香りが広がった。
「んー、んまっ。コロッケサンドっていう発想はなかったわ……」
次から準備してこようとさくらも大喜びである。
もってきている水筒から暖かいお茶をいれると、さくらに差し出しておく。
コップが二個になる水筒なので、こういうこともできるのである。
「さりげないこういうところが女子力というものか……」
気配りはんぱねーっすと暖かいウーロン茶飲む唇づかいにちょっと反応して、そこを一枚撮影しておく。
うん。ご飯を食べるときの顔というのもやはりいいものだ。
「これで被写体がちづとかならなとか、いま思ったでしょー?」
「思っても口にはできません」
斎藤さんや崎ちゃんなんかの食事風景もそれはそれで美しいもので、見事に水のある風景なのである。
そして自分の分のコロッケサンドをいただいていく。うむ。揚げたてを挟むことでいっきにできたて料理の完成だ。前から一回はやろうと思っていたのでこのタイミングでできるのはとてもうれしい。
「にしてももう二年ちょい経っちゃうのね……」
ふぅと食後のお茶を飲みながら、さくらはなぜか遠い目をしていた。
卒業を間近にすこしアンニュイになっているのだろうか。
「どうしたー? 大学に入っても地元から通うんだし、撮影は一緒にいこーなんて話してるんだし、うちらの関係はあんまり変わらないじゃない?」
「そりゃそーなんだけどさー。長く続いたよねーって感じで」
ほとんど週末だけの関係ですけどね! と彼女は苦笑交じりで言った。
「それと、ほらさっき中学生に声かけられてたじゃない? あの子、昔ちらちらルイのこと見てた子でしょ。当時は小学生で、いまや……さっきのセリフはさすがにあーあ、って感じだけど」
午前中町中を歩いていたら、中学生の男の子に声をかけられた。来年は三年になりますだの、ときどきルイさんをみかけると、目でおっかけちゃいますだの、そんなことを言っていたのだ。小学生のころからずっと目が離せなくて、身長がルイさんを抜いたら告白しようと思っていただなんて言い出す始末なのだ。
もちろん身長が伸びたその時、ルイは受験中でこの町にくる機会ががくんと減ったので、その時は後ろにスライドしてしまい、それこそもう今ではルイより五センチも身長が高くなってしまっていたわけだが。
「あ、あれは。しょうがないじゃない。こっちはまーったくの不可抗力です。そもそもろくに話をしたこともない相手に懸想をするなど、おかしいと思うんだよ」
「初恋なんてそんなもんだってば。その人の内面じゃなくて、雰囲気とかで好きになるんだもん。なにげに多いんじゃないの? 町中を歩いてるおねーさんのことが気になっちゃってた子」
「それは、木村だけにしておいて……まじで困ります」
思い切り初恋を数分で打ち砕かれたクラスメイトのことを思い出すとなにやら申し訳ない気分でいっぱいである。
「ほほう、初恋的なあれですなぁー」
いいですなぁとさくらがにまにましているのでほっぺたをひっぱっておく。
「にゅふふ。でも銀杏のルイさんや。これから大学生になって行動範囲が広がったらきっともっとおモテになるのではないですかな?」
「あたしは、銀杏さまがいればそれでいーんです。ほらっ、食べ終わったなら行くよ。せっかくお日様の光つよいんだから、大きなあのお方を撮りに行こうよ」
「はいはい、わかっておりますよー」
お供いたします、となぜか投げやりなさくらは道すがら猫や犬に会うと片っ端から撮影をしていたのだった。
最近疲れがたまって寝すぎる感じです。
さて、話は久しぶりにほのぼの撮影会です。コロッケパンとかコロッケサンドっておいしいと思うのです。
そして銀杏町の人たちはみんながみんな、ルイさん大学生になったら他の町にいってしまうのでは、という疑惑がっ。愛され系にございます。
さて、次回は卒パです。卒業式の前日に行われるそれにフォーカスなわけですが、ほぼ書下ろし! でもいちおう明日はお休みもらっているので、いろいろ書き進められるのではないかと思っています。
もちろん、「たまゆら~響き」見るために休みとったんですけどね!




