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146.合格祝い交流会3

今回は一応R15ってことの方がいいのでしょうか? 保健体育的要素もちょっと入っていたりしますが、特別問題はないかなと思いますが、念のため。


一部ぐろいので、手術とかそこらへん苦手な方はご注意下さい。


「さってここからはあまーい試食タイムでーっす」

 かんせーいと、それぞれのお皿の上を見るとそれぞれの性格がでているというか、手先の器用さがでていた。

 スポンジを丸めるところで崩れたり、その後のデコレーションの形とかにいびつさがでたりとか。でもそれなりに形にはなっているし味の方は期待ができそうだ。

「出来るだろうとは思っていたけど……さすがルイ先輩とエレナ先輩は上手い……」

「そうねぇ。まー最初にしては良い感じかしらね」

 ちゃんと切り株っぽいと言われると、ちょっとがんばったかいがあるというものだ。

 デザートは見た目も大切と散々言われているのもあってかなり丁寧に仕上げてみた結果である。普段のルイは家庭料理の影響もあって見た目は適当なのだけど、さすがにシフォレでそれを通すつもりはない。

「さぁて、自作のそれをいただきながら、こっからはいづもさんの質問回答たーいむです」

 みんな紅茶でいいよねー? とゆるーい声があがるのとほぼ同時にやかんがぴょひぴょひ音を鳴らし始めた。ジャストタイムで熱湯ができあがったようだ。

 あとはポットとカップを温めつつ、茶葉をぱさっといれていく。

 一気に茶葉の香りが広がって甘い香りと混ざり合う。

 待つこと数分。見事に色が変わったお茶をカップに入れていく。少し高くからおとされたそれはさらに周りに香りを広げていって、先ほどまでのどんよりした空気が嘘であるかのようにすがすがしい気持ちにさせてくれる。

 紅茶とケーキ。これだけあれば女の子は戦えるなんていうけど、その気持ちがとてもよくわかる。

「そうはいっても、まずは試食から、ですよね?」

 ふふっとフォークを片手にさぁ食べるぞという姿勢のルイに、周りから珍しくがっついてますねーと苦笑交じりの声が上がった。だってこの状態じゃ話より食い気に走るしかないじゃないか。

「んぅ。家でスポンジは焼いたことないけど、なめらかでふわっふわー、あーん、たまらん」

 幸せーとほっぺたに手をあてながら、んーと息を漏らしていると、まったくルイちゃんはとエレナの苦笑が見えた。何人かごくりなんて喉を鳴らしたような気がしたんだけど、そんなにおいしそうだと思うなら、さっさと自分の分に手を出すべきだと思う。

「ま、まあ衝撃を受けずに食べちゃおうか?」

「う、うん、そう、だね?」

 二年生トリオは困惑したような顔をしながら自作のブッシュドノエルに手をつけ始める。

 三人の中では千歳が一番上手いだろうか。舞台に全部捧げちゃってる澪のは少しぐちゃっとなってしまっている。これが心の性別の表れかっ、なんて思いつつ、こいつなら演技に必要なら覚えるだろうなーなんて思ったりもしてしまう。

「さすがに紅茶もおいしいです。やっぱりケーキには紅茶のほうがボクは好きだなぁ」

「そうよね。いっつも頼むのレモンティーとかだし。コーヒーはどっちかというと食後にって感じかしらね」

 かといって食後に別ドリンクを出すのも経営的にちょっとなぁといづもさんは不満げな声を漏らす。

 単価とかコストとかそこらへんも考えないといけない経営者さんは大変そうだ。

「ドリンク二杯目ってなんか気後れするというか……だいたいお冷やとお茶で済ませちゃいますよね」

 紅茶とケーキは確かにあうはずなんですが、とエレナがうまうまとケーキを口に入れる。

 エレナさん。それなら頼んでいただいてもいいのですよ。普段こちらに気を遣って二杯目躊躇しなくても。

 こっちは節約のためにお茶はいっぱいまでにしていますけれどね。

「あ、そういえばいづもさんに質問。ルイちゃんとのなれそめを聞きたいのですが」

 そういや聞いたことないーと、常連になりつつあるエレナからはいと質問があがった。

 そういえば連れては来ているけれど、どっちでどう知り合ったのかはこのメンバー全員に話してなかったような気がする。どうせいつもみたいな感じでしょう? という視線も感じるのだけど、それはそれだ。気のせいだと思いたい。

「いいわよー。ねっとり教えてあげようじゃないの。あれは忘れもしない去年の今頃のこと……」

 なぜか回想っぽい口調で語り始めるいづもさんの話にとりあえずみんなはへぇと頷いている。

 みなさん、やっぱりかーという視線は相変わらず健在で、そりゃルイ先輩ですもんねーという言葉まで出た。

「んで、あっちバージョンと初めてあったのは九月にあったうちの社員の結婚式だったのよ。なぜかうちのスイーツの写真撮りながら、おぉシフォレのだとか言ってる子がいたと思ったら」

「もさい眼鏡男子だった、と」

「そうそう、もさい眼鏡男子だったの! どうしてこの眼鏡選らんじゃったかなっていう感じの」

 ですよねぇ、とみんながうんうんと頷いている。

 う。そこまであの黒縁眼鏡をいじめなくてもいいと思う。あれでもここまで一緒にやってきた戦友なのだ。

「でも、華奢な眼鏡かけちゃうと先輩の場合、あからさまに女子ですって感じになっちゃうから、あれくらいじゃないと駄目なんでしょうね」

「たまに男子同士でお買い物行ったときとか、眼鏡の試着なんてのもやってみたことあったんだけどねぇ……ルイちゃんったら店員さんに、思い切り細いフレームのやつすすめられてて、いやこれだと、あのそのとかおろおろしちゃって、あのときは面白かったなぁ」

 にひひとエレナに笑われてしまったのだが、そんなことも確かにあった。だいぶ前の話だけれど、どうも世間的には細めのフレームのものが好まれる傾向にあるようなのだ。

 黒縁のごついのは顔を隠してしまうし、世間的にはなるべくかけたことを感じさせない眼鏡の方がおすすめなのだという。コンタクトに市場をとられてしまっているから、そういうデザインが好まれるのだろう。

「でも、片眼鏡モノクルとかもかっこいいかもーとかエレナも言ってなかったっけ? あれなんてもう、完璧見せ眼鏡じゃない」

 眼鏡の存在感にも味はあるのですと、反論すると、まぁコスするのとかでああいうのはありだとは思うけどねーとエレナから緩い肯定が入った。

 男の娘で片眼鏡キャラとなると以前一度だけエレナがやったことがある子がいるのはいる。魔法学院の若い教授みたいな設定で、学者帽+片眼鏡という出で立ちはちょっと異彩を放つ不思議な印象だった。

「いづもさんは裸眼ですか?」

「ええ。これでも両目とも視力1.0あるからね。遠くのものはさすがに見えにくくなってきてるけど、近くは大丈夫よ。ってこれ、老眼?」

 あれ。遠くが見えるのが老眼だっけ? と年齢ネタを言ってくるので、近くが見えづらいのが老眼ですと言っておいてあげる。三十代で老眼はさすがにまずい。

「みんなは……ルイちゃんはコンタクトなんだっけ?」

「はい。まーつけてもつけなくてもってくらいですけど、撮影の時ははっきり見えてた方がいいので」

 木戸馨の視力は0.3とか0.4とかそれくらいだ。中学の頃はだて眼鏡ということで使い始めたのだけど、それに併せるようにして徐々に視力は下がってきて、いちおう度ありの眼鏡を使うくらいの状態なのだった。

「あたし、目になにか入れるとか怖くてできない……」

 コンタクトすごいですと、凛ちゃんからなぜか賞賛の視線を向けられてしまった。

 そうはいってもこれくらい誰でもすっと入れられるものだと思うのだけど。

「うちの学校は割と眼鏡率高いんだよねぇ。コンタクト使ってる子もいるけど、男子校なわけだし、色気づいたりもないから眼鏡な感じ」

「でも、オシャレ眼鏡率は多くなかった? 去年の年末とかもびしぃっとタキシードだったりしてたし」

「ああ、あれはほら、外部の子くるしさ。ちょっとはオシャレしてお出迎えしよーって感じで」

 ルイちゃんが来たときだってみんなもーハイテンションだったんだからね、と当時のことを思い出しながら懐かしいねぇなんてエレナが声を上げる。

 もう一年以上前の話なんだなぁとしみじみここ一年あんまりなにもやれてないじゃんという気分にさせられて、ちょっとしょんぼりである。

「ええと、凛さん。おたくの学校って……なんかすんごいところなのか?」

 普通に澪が男子状態の声を漏らしていた。カルチャーショックでも受けているのかもしれない。

 確かにルイとて最初にあの学院を訪れたときはそりゃもう、生活圏の違いというのをまじまじと知らされたものだけれど、身体をぷるぷるさせているところを見るとかなりの衝撃のようだ。

 いちおう、凛とエレナの通う学校は男子校であって、間違ってもお嬢様学校ではないのだけど、そこらへんこいつはわかってるだろうか。

「こ、今度、是非学内案内してっ! 是非にっ」

 たのんますと、澪は再び女声に戻して凛の手をわしっと掴んだ。

 なんだか知らないけれどかなり興味を覚えたらしい。

「来年の文化祭はなんかこーきらびやかなのやりたいよねって話をしてて、上流階級の生活みたいな感じの舞台を仕上げたいのねっ。それでそういう空間をなるべく取材しておこうかってなったんだけど、ツテがなくてっ。あぁ、こんな身近にチャンスが来るとはっ。ああ、ルイ先輩のツテはさいこーです」

「ええっと、それ男子でくるの、女子でくるの?」

 鼻息を荒くしながら迫ってくる澪に、若干引き気味に凛がたずねる。

 端から見ると自分もこんなテンションなのかしらと、ちょっと自戒しないといけないかなぁなんて思ってしまうくらいのハイテンションだ。

「どちらでもかまいませんともっ」

 ハイソサエティの学園を取材できるというのであればもう、なんでもいいと澪はぶんぶか掴んだ手をそのまま上下に揺らす。情熱的アプローチである。

「地味に友情が芽生えたわね……ああ、もういっぱい紅茶どう?」

 今度は別の茶葉にしてみたわよ、と少しミントのような清涼感のある香りが広がった。ハーブが少し混ざっているのかもしれない。

「だんだん甘いの食べてるとくどくなって来ちゃうから、さっぱり系のお茶に切り替えということで」

 みんなお替わり下さいとカップを差し出すので、はいはいといづもさんは人数分のカップにお茶を注いでいく。お客様であれば新しいカップを出すところだけれど、ここは仲間内ということなのであえて先ほど使ったものをリサイクルだ。

 そしてその紅茶が半分くらいになったころだろうか。

 ケーキもあらかた食べ終えた段階で、いづもさんがちらりとみんなを見回した。

「さて。それで? そろそろお茶会も終わってしまいそうだけど、なにか聞きたいことない?」

 普段聞きにくいことでもきいて良いわよ、と笑顔で聞かれたものの、先ほどの精神科の話があまりにもショッキングだったせいもあって、どうしようかという雰囲気になってしまっている。

 そんな中、沈黙を破ったのは一人の女の子の声だった。

「あの……質問いいですか?」

「どうぞどうぞ」

 おそるおそる千歳が手をあげると、いづもさんは安心させるようにゆっくりと先をうながした。

「手術ってやっぱり、痛い、ですか?」

 聞いて良いのかなどうかな、と思いつつおそるおそる千歳は気になっていることを質問する。

 他のメンバーも薄々は気になっていたことだろう。いづもさんのことはもう参加メンバーにはこういう状態だということは伝えてある。というか、戸籍の性別が変わってる時点で手術はしているとある程度情報に聡い人であればわかることだ。

 だったら、それはどういうものになるのか。自分が受ける受けないはともかく、異端技術の結晶みたいなそれを知りたいと思ってしまうのは仕方ないのかもしれない。

「痛いわよ。術前はもちろん痛みなんてないけど、しょっぱい汁二リットルとかのまされて腸の中全部だしきってからだし、オペ中は……記憶はないなぁ。全身麻酔だったから。最初に注射打って意識が溶けそうになってから呼気で鎮静させられたのかな確か。麻酔医のねーさん元気にしてるかしらね」

 あの人はいい人だったわぁと懐かしそうに頬を緩める。精神科医たちに比べて圧倒的に好感度が違うのには驚かせられる。この人にとってやはり必要だったのは身体の方の治療だったということなのだろう。

「それで目が覚めてちょっとは良かったのよ。身体の感覚なかったけどね。でもちょっとしたら麻酔がきれて、身体よじるどころか咳き込むだけで激痛。あれはマジやばかった……それになんかしらないけどやたらタンが絡むの。覚悟を決めて咳き込んで、それで激痛が走ってみたいなそんな感じでね……」

「痛み止めとか使わなかったんですか?」

「ひどいようなら使える注射があったんだけど、金額聞いちゃうと、うーんってなったわね。一本六千円とか? ほら保険きかない上に割増料金までかかったからさ。我慢できなくて二、三本打っちゃったけどね」

 海外の方が安上がりっていうのは知ってたんだけどいちおー今後の国内の技術レベル増進のためってのもあってわざわざ国内で受けたのよね。といいつつ浮かべる苦笑はどういう意味があるんだろうか。あれだけ期待外れ感を話したあととなると、こっちもそうなのではないかと邪推もしそうになる。

「大人の事情というか、いろいろあったのよ。ほんと。術後管理のためも思って国内で受けたものの、そこの後進育成が上手く行ってないとか、大学病院側はあんまり乗り気じゃないとかそういうのでね。それ考えると現地サポーターみたいなのがつく海外手術斡旋会社に頼んじゃうっていうのもわかる気はするかなぁ」

 海外であっさり切ってきて、事後承認で精神科にかかってあっさり診断書ゲットして戸籍も変えてというようなことも当時は頻発していたらしい。さすがに国内で対応している病院が三件程度しかない上に、順番待ちがかさむとなれば、海外に求める以外にないというのもよくわかる。

 いちおう誤解を前提でいうなら日本は性別移行の後進国だ。宗教的な問題がないからこそ、強い動きができもせず、物好きが治療をする一現象という認識でしかない。テレビなんかでは騒いだとしてもそれは対岸の火事(、、、、、)だ。もちろん当事者に取っては都合が良い世相で紛れられるのだけれど、問題視されないということは相手にされないという言葉と等しい。

 日常を得ているならさして問題は無いし、問題にしたがらない。

 けれど、問題がある人はそのまま放置される。

 患者も治療者も、積極性をもつ流れはなく、少数の個人の力では先に進めない。

 ちなみに、現在国内初で行われたかの大学病院は、手術を中止している。

 国内が駄目なら海外へ。日本のガイドラインを元に手術だけを海外に委託するルートも作られつつあるのだそうだが、手術したい人にとってすれば、さっさとやってくれた方がいいに決まっているわけで。

「でもま、そのあとちゃんとやってくれる病院もできたのだし、そういう意味ではちーちゃん。どっちで受けるにしても、安心はしていいんじゃないかしら? 主治医も順調みたいだったらあとはお金貯めて……いつやるか、ってところか。そうね、それならスケジュールって言うかどれくらいで回復するかに関してもちゃんと話とかないとか」

 脱線してすまんことですと、いづもさんは話を戻した。

 心にも無い、かと思いきや、いづもさんは海外の手術に関しては不安の欠片もないような対応だ。

「それでどれくらいで痛みは取れたんです?」

「激痛は一日目だけね。でもその後も鈍痛はあるし、そもそも感覚ないところもあったりするし……下腹部っていうのかな。数年は麻酔かかってるみたいな変な感じだったっけ」

「うわぁ、生々しい」

 いづもさんは後輩に教えるという意味合いでそうとうつっこんだ話もしてくれる。けれども手術の話とか綿密な描写はちょっとぐろいし一般人に取ってはうわぁという感じである。

「最初の一週間はそれこそずっとベッドに固定で、身体はチューブだらけ。出血を抜くためのやつとか。おしっことかも尿道にぶっささってたのかな? 術後で尿道ってどれよって感じだったけど。なんかチューブ出てるけどそこからでる感じでね。何日かすればベッドでごろごろはできるようになったけど、自力でトイレに行けるようになったのっていつだったかな……十日はかからなかっただろうけど」

 たった一週間歩いてなかっただけで、足の筋力ががくんと落ちるんだから人間って恐ろしいわよねと苦笑が漏れる。

「そんなにですか……」

 将来的にやる予定であるのだろう千歳は顔を青ざめさせる。

「そうなると入院ってかなり長くなったんですか?」

「あたしの場合は最短十日って言われたかなぁ。割とさっさか外に出させようって感じ。まあ一泊するとホテル以上にお金かかるんだもの、そりゃ一刻も早くってなるわよね。でも、もちろん合併症でちゃったりとかで長引く人とかもいるみたいよ? そうなっちゃうとプラスで一週間くらいはかかっちゃうみたい」

 その場合は保険きくのかな、どうなんだろといづもさんもよくわからないようだった。

 結果的に十二日で退院して、自宅療養をしていたのだそうだ。

「退院一週間で患部のチェックと抜糸だったかな。その頃にはだいぶ動けるようになってたけど、だいたい一ヶ月くらいは休まないといけない感じかしらね」

 二ヶ月余裕があればばっちりっすといづもさんは千歳にウインクする。

 この国のシステムとしては、性別適合手術が受けられるのは二十歳からだ。

 そうなると、それまでの三年はこのまま経過観察となる。そして二十歳のいつにやるのか。そこら辺も大切だ。

 就職したら長期休暇を取らないといけないし、大学となると夏休みや春休みを利用してやるという感じになるのだろうか。休みの間ずっと闘病生活ということになるのだろうけど、わざわざ休みを取らなくていいというのは対外的なことを考えてもかなりいいのではないかと思う。

 あとはそれまでにお金を貯めておけばいい。二百万もあれば十分に足りると言われているし、その額を……貯めるのは大変だろうけど、学費などを親が出してくれるというのであれば、十分貯められる額だと思う。すねかじりだからこそであって、社会人として生活費を捻出するようになってからのほうが貯めづらいかもしれない。

「ちなみに手術そのものって、大手術みたいな感じなんですか?」

 おおぅ、お金かぁとぷるぷるしている千歳の代わりに、せっかく聞ける空気なので聞いておく。

 術式の話に関しても、ちらりとルイは情報収集している。自分でやるつもりはあんまりないわけだけど、体験談みたいなのを興味深く読んでしまったせいだ。

 女装と性転換っていうそこらへんを基準に情報収集をしたわけだけど、いろんな人がブログで情報公開をしているので、片っ端からあたったらそういうのもあった、という感じなのだ。

「んー、他のがよくわかんないから、なんともだけど。六時間くらいオペするわけだし、大手術なんじゃない? 神経つないだりとか血管つないだりとか、マイクロサージャリーってすごいわよねって、まあ寝てたからどんなことやられてたかわかんないんだけど」

 知らされているのは手術時間だけだ。今ならもしかしたらもうちょっと短く済むのかもしれない。

「自己血輸血の話なんかもちらっと出たけど、そこまで大出血はまず無いって担当医は言ってたからやらなかったわね」

 手術をする場合、先にとっておいた血液を戻すという技術がある。輸血におけるリスク回避の方法の一つだ。造血能などに問題が無い場合に他者の血液(、、、、、)を輸血するよりも自分のものを使って置いた方がいいよっていうもので、一ヶ月くらいは血液は保管できるのだそうだ。他に出てしまった血液を濾過したりとか方法はあるのだそうだが。

「結局出血しちゃったら、大出血するわけで、そんときは外から輸血することになるんだけどねーなんて、開き直った対応してくれたわけだけど。なんかあの言い分がずきゅんと来たわけよ。いままでがごまかしで来てたから、あのさばさばした感じが、かっけーみたいな感じでね。同じ医者でもこんなに違うのねーって当時は愕然としたわ」

 もう、かっけーっすしびれるっす、と女声で完璧にぐっと手を握る様は、乙女っぽくはないけど女子だなぁと思わせられた。目がきらきらしていてとてもじゃないけど、精神科医話をしていたときとは別人のようだ。

「術式も、国内国外いろいろあるみたいで、できあがりを比較しておくってのもいいかもしれないわね。まーどんなもんであれ、異性に類似した外陰部って認定にはなるとは思うのだけどね。FTMの場合はもっとハードル低いもの。そりゃ……切るよりつける方が大変ってこともあるんだろうけど、法律的には外観っていうより、繁殖能力無くなるって方が大切なのではないのかなぁ」

 とてもそんな気がすると言いきられても、他のメンバーはぽかーんとするばかりだ。

 国が性転換する人に求めるのは、「余計な騒ぎは起こすな」だと思う。

 もちろん個人のゴールの形なんてのは求めてない。どうなろうがどうでもいい。

 というのは暴論としても、結局詳細はともかく「手術さえしてれば戸籍制度の混乱も起きにくいだろうし、社会的にも面目立つし戸籍書き換えてもいいよね」なんていうことなのだろう。彼らが危惧するのは性別を移行した上での連鎖した混乱であって、同性婚状態やら、子供にとっての親の性別が変わるなんていう事態なのだろうと思う。

「ああ、あとはダイレーションの話、か。術後の自然治癒力っていうか、そこらへんの関係で開けた穴がふさがろうとする働きがあってね。それを伸ばすというかふさがらないようにするための道具があるのね。太さの違う棒を徐々に刺していって広げてくわけなんだけど、術後しばらくは高頻度でやらなきゃいけない感じでね。今は週一くらいなんだけど、けっこーこれ拘束時間で、めんどくさいのよね。痛いし」

 別に頑張らなくてもいいじゃないっていう人もいるんだけど……まぁ、いろいろ必要になるかもしれないし、といういづもさんはちょっと照れたように頬に手をあてて恥ずかしがっていた。その反応を見て、あ、ああ、うん、みたいな反応をみんなしているわけだけど、どうにもルイだけは一人浮いているような状態だった。

 穴を開けるのは類似した外観のためってことで、それを維持するためにダイレーションが必要ってことなのだろうけど、それで恥ずかしがる意味がよくわからない。

「まー、どのみちケアするのは大変だし、無茶を通した改造手術って感じね」

 面倒くさいったらありゃしないわ、といういづもさんの声音は先ほどよりもいくぶん柔らかい。

「あれ。てっきり治療全部ひどかったーって話なのかと思ってましたが、意外に手術の方はひどいと思ってない感じですか?」

 言葉だけを取り出してみたら、苦労って言葉しか見えないわけだけど、その口調はおだやかなものだ。

 なのでついそんな疑問が口をついて出てしまった。

「んー、あたしにとって手術って必要十分なものだったのよね。今こんな感じなんだし十分満足してるわよ」

 ただ、と前置きがくる。

「もーちょっと早くても良かったんじゃないの? ってのは思うかな。あんなに最終手段とか奥の手みたいなかしこまった扱いされてもねぇ。人生楽しみながら待つことができたならそれで良かったんでしょうけど、あたしは青春の大半をそっちに意識持ってかれちゃったからねぇ」

「残りはスイーツづくりですか?」

 苦笑気味にそう言ってやると、もちろんと答えが返ってきた。

 意識はどうであれ、今こんなお店を持てているのだ。ただ闘病していただけではこうにはならないだろう。少しずつやれることを増やしていって歩き続けた結果が今だ。

「だからさ、ちーちゃんも日常生活楽しむ方向で考えつつ、三年後を待ってたほうがいいのよ」

 周りにいいお手本いっぱいいるんだから、遠慮とかしないで楽しいって思えること、やっておこう。

 ぴしりとおでこをはたかれながら言われた言葉に、千歳はじわりと涙目になっていたのだった。



 

「たばこ、味覚おかしくなるから昔やめたって言ってませんでしたっけ?」

 みんなが帰った後の厨房、トイレを借りていたルイはみんなを送り出した後も店に残っていた。

 鍵は閉まっていないし、少し話でもしておこうと戻ったら焦点が合ってないようすで彼女は一人煙をくゆらせていた。どこかつかれたように見えるのはたばこ吸いに対するルイのイメージがそっち側だからなのかもしれない。あまりかっこいい印象というのは持っていない。

「緊急時のために一箱だけ隠しておいてあるのよ。ほんと五年ぶりくらいだわ。吸うの」

 しけって無くてよかったといいつつ、ぐりぐりと灰皿にそれを押しつけて消すと、ふぅと彼女は大きく息を吐いた。

「そうまでして、話そうってしてくれたのは、なんか……んー、よかったんです? うちらみたいなので」

 先ほどの話が貴重な体験談であったことには違いない。

 でも、世間にその情報が流れていないのはなぜなのか。それは黙して語らない人達が多いからだ。

 胸くそ悪い過去なんて忘れて、先に進みたい。その気持ちはさきほどの話を聞いていたらわかる。

 そんな話をわざわざした相手が自分たちというのに、それでいいのかと思ってしまうのだ。やるなら千歳にだけ個別指導で良かったはずなのに。

「ああ、そこらへんは別にいいのよ。一人に話すのも大勢に話すのも一緒だし。それにさ貴女たちならいつか千歳の味方になってくれるだろうし、おまけに深刻に受け止めすぎないでしょ?」

「そりゃまあ、私にとってはそこまで重要度が高い話ではなかったですし」

 深刻に受け止めたのは千歳と、場合によってはエレナくらいじゃないだろうか。あとは普通に興味本位くらいで聞いていたくらいなものだろう。もちろんブッシュドノエルの作り方のほうは真剣に受け止めさせていただいたけれど。

「でも、話してて昔を思い出してたらなんか、まだ悔しいとかって感覚残ってたんだなって思い知らされたわ。もうとうの昔に絶える望みなんてなくなっているはずなんだけど」

 若い子見てるとどうしてもそういうの出ちゃうわね、と苦笑が漏れた。

「ちーちゃんのこと見てると、守ってあげたいとか助けてあげたいとかそういのはもちろんあっても、うらやましくてねたましくてたまんないって思ってる自分もいるの」

「え、私のことはどうなんです?」

「そりゃ……ねたましいわよ、そんなの。エレナちゃんもね。病気ってくくりも無くてごく自然に女子高生やっちゃって、大好きなことに人生注ぎ込んでるって感じじゃない」

 貴女たち二人が一番いらっとくると、弱った笑顔で言われても特別ショックは感じない。

 普段の彼女ならいらっときたとしてもそれ以上に友情の方を取ってくれるのは知っているからだ。

「はいっ、いづもさん、口開けて」

 言われるままに彼女は口を開いた。そこに手持ちのものをつっこんでやる。

「す、すっぱっ。んなっ。あんたなにつ」

「酢昆布です。刺激物必要でしょ、こういうときは」

 にひっと笑いながら、その驚いた顔を写真に写しておく。

 ただでさえ写真が苦手な彼女の変顔を一枚ばっちりといただいた。

「とりあえず私にできるのはこの程度なんで。次の試食会を楽しみにさせてもらいつつ」

 今日は帰りますね、とルイは厨房の外に出た。

 甘いものを食べたあとは酸っぱいものかなぁと思って持ってきていたものが有効活用できたようだ。

 一枚取ってかじると、酸っぱさが口の中に広がっていく。

 厨房の中からは、何かを刻む音が鳴り始めた。この分なら次回の試食会も期待できそうだと思いつつ、あかね色に染まる景色の中を歩き出した。

はい、あまグロ。手術話です。ぐぐれば割と現地でやってきましたな人は見つかりますが、日本でやりましたって人ほっとんど見ないですよね。友人も海外産で、安いところでやったから割と怖い目にあったと言ってました。術式うんぬんは学会でもちょろちょろやるので、そこら辺を参考に……あまり出来てないなこれorz

そんなわけで、国内事情を考えるといづもさんがどこでやったのか、なんて話になりますが、時系列的に矛盾ができるのはご都合ということでよろしくです。

もーちょっと手術やれるところ増えるといいと思うのですけどね。採算合わないとか踏み倒されるとかいろいろあるんですって。


さて、重たい話は今回でおしまいということで、次回は撮影に久しぶりにまいりますともさ。書き下ろしでぱーっと空気を変えたいところです。え、書き終わるのかって、そんなのはやってみなければわかりませぬ。。


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