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145.合格祝い交流会2

いろいろ書きたいことをばんばんのせてったら収拾がつかなくなって時間遅くなりました、すみません。そして今回は精神科医をdisるという暴挙をしていますのでご了承ください。ほんと相性って大切。


11.20追記 ご指摘いただきました。

 このお話ではいづもさんが、ちょっと怖いくらい負のオーラに包まれますのであらかじめご了承ください。ギャップがかなりひどいですが、それだけ昔の医療行為のすれ違いがあったと思っていただきたい。

「まず、いづもさんに聞いておきたいのですが、心の性別っていうのは、性格とか考え方とかってことなんですか? それを言えば私もさんざん女っぽいというか、お前さんに男心は理解できねぇなんて言われて来ているのですが」

 心に性別はあるのか。この疑問は一般人からしたら当然でるものだろう。その業界の人間では心の性別という武器、あるいは防具を使うケースが多いから常用語みたいに思うかもしれないけれど、元来こんなもんは、普通の人は意識しない。ごく当たり前なことすぎて改めてそんな考えが浮かばないのだ。

「確かにルイちゃんやエレナちゃんは女子力の固まりみたいに女の子してるのよね。しかもうちらが必死に作った紛い物じゃなくて、限りなく本当の女子と同じところで力を抜けるっていうおまけ付き。そうなってくると、心の性別ってなにそれ、女子力のことなの? なんて話になっちゃうかもですが、違います」

 気持ちがあるから女子力がつくっていう流れの方が自然かなと彼女は呟く。

「心の性別。翻訳もとはジェンダーアイデンティティ。性自認なんて言葉にも訳されるのがそれの正体ね。誤解を承知でいうのであれば外面がどんだけぼろくそだろうと、自分が自分をそう認識している、その性別のことが心の性別ってわけで、ほっとんど体とそれが一致しない場合しか、明確に意識なんてしないわよ」

 澪たんとちーちゃんカモンといづもさんは二人を並ばせる。

 二人とも同じ歳の女の子に見える。澪の方が少しだけ大人っぽい感じの仕上げになっているだろうか。この子の場合キャラ設定をしっかりやればどんな歳の女子であれやりこなすので、外見の年齢はあんまり気にしてはいけない。

「この二人は、さっきの自己紹介で、それぞれ心の性別を、男性と女性と言い切ったわけだけど、どうかしら。どっちがどっちか見た感じどう?」

 にやりと笑ういづもさんははっきりいってかなり意地悪である。

 もちろん、千歳のほうが長い時間を女性としての生活に当てているおかげでより女性らしいと言えば千歳のほうだけれど、澪だって十二分に女子ですと言い張ってしまっても特別問題にはならないだろう。

 でも中身は違う。それは今までの生活でわかっている。

「これを見てわかるように、外見って見てくれだけだと性自認はわからない。自己申告によってしかそれを図ることはできないんじゃないかなぁって最近は思うの」

 昔は、身から溢れ出すオーラ的なあれで見分けがとか思ってたけど、そこにいるわけわかんないカメラっ娘に会ってなんかそれもうさんくせーって思ったのよね、となぜかいづもさんがこちらをじぃっと見てくる。うぅ、そんなこと言われてもルイの時は自然とそうなるし、日常を積み重ねてきた経験が今なのだからしかたない。

「たしかにルイ先輩のそれで、内面も男子です漢ですっていわれるより、あたし女の子だって自分のことを言ってた方がらしいですよね」

 そう思いますと会場一致で意見が出た。け、けれども自分の性別はどっちかっていわれたら、どっちでもどーでもいいなんだけどな。写真だけ撮れれば自分の性別などどうでもいい。

「でも、心の性別、性自認ですか? それが自己申告だというのであれば、どうやって周りは判断すればいいんでしょう?」

 自分が演じ手だからこそ、何かを感じるのだろうか。澪が手をすっとあげながら疑問の声を上げる。

 本人達はわかって欲しいと声を上げる。そして誰もわかってくれないと下げた声を漏らす。

 演技をすれば届くというのなら、それはどういうことなのか。女優を目指す身としてはその、一つの到達点に届くための演技としてはどうなるのか気になってしまう。

 演じること。それを日々やってきている身として、真実に迫る迫真の演技というものができないだなんて、言いたくはない。

 だったら。そこで思ってしまうのだ。

 己の内側はともかくとして、それができてしまったら、周りには自分はどう映るのか。

 演技のプロなんてものはいっぱいいて、自分が女優をやっているように見事に演じきったのなら。

 誰も内心などわからないのではないか。

「信じる以外にないんじゃないのー?」

 ぽけーっとした返事に、えぇーと不満そうな声を澪はあげた。その答えはさすがに想定外だ。

 実際どの程度が性自認というものに嘘をつくのか知らない。少なくとも澪自信はそこら辺を聞かれたときには「別に役者としての幅というかそういうので」ということで、自分は普通に男子高校生だと言い切っている。

 そこで嘘をついたら、きっとみんなフィーバーするだろうなぁと暗い気持ちにもなる。ちらりと視界にあった先輩の女装フィーバーっぷりを見るに、自分もその危険がちょっとはあるかなぁなんて思ってしまうわけだ。

 もちろん自分は説明をしてきたし、それなりに知人はそういうやつという反応になっているのだが。

「んー、別に性自認をごまかす人っていうのがいたとしても、ごまかした当人が報いを受けるだけじゃないかしら? 男女をころころと行き来するのはなかなか難しいわけで……ああ、うん。普通は(、、、)で。目の前の……いいやもう、なんかどうせみんなわかってるし」

 じぃと男女をころころと行き来している人であるルイに呆れたような視線が向けられるものの、そもそも女装というものは、男性が女性の装いをすることからそう言われるのであって、それがちょっと上手くできるからといって、さしあたりそこに突っ込まれるのはちょっとどうなのかと思う。

「とまぁ、結局ね。ルイちゃんみたいに、どっちの生活も楽しもうってしてるくらいならいいんだけど、ガチで性別変えようってしたときに、メリットなんて欠片もないわけよ。外見的にうまく移行できたとしても、得られるのは普通の日常というわけだし」

 外見的にアレだともっとーアレだぞーと、追加の情報が来た。

 ここにいるメンバーは、ルイが一部監修しただけもあって、ぱっとみは普通に女子で通る。

 けれども、「性別を変えたい」と思う人の外見がなにも、女性的であることは当然あるわけもない。そういう人は諦めてしまうだけであって、それでも気持ちが抑えられない人というのもいるのだろう。

「なんか、ままならない……ですね」

 それを察した澪がぽそっと弱々しい声を上げた。

「あら、そうかしら?」

 でもいづもさんは、オーブンに一瞬目を走らせながら、あっけらかんと答える。

「ここにいる子はさ、なんかもう女の子っぽい子ばっかりで、今も違和感ない女子会なわけだけど、不公平だなとか思うけど。でも、それなりの技術論はできてきてるはずだし、メイクでどうにかするとかもあるし。歩き出せばなんとでもなるのに、自分はもう無理ってそこで諦めて、ままならない状態にしてるだけって思うけど」

「無理だって思う気持ちも、そうじゃないって言われることも、両方経験しているので」

 いづもさんの言葉に、千歳が一人、泣きそうなそれでいて、言ってやりたいという決意混じりの瞳で周りを見渡した。

「私、高校に入ってから女子をしてましたけど、やっぱりずっとしこりはあったんです。女子じゃない身体(、、、、、、、、)はここに確かにあって、それでも女子高生をしていて。はは、本当は楽しめるべきなんだろうけど、信じられなくって。それで、罪悪感ばっかり大きくなっちゃって。みんなはこんな私を普通に女子として、普通の友達として接してくれて」

「だから、写真に写らないように、他の人とも間を置いていた、だね」

 だめじゃん、と前のめりに言ってあげると、でもーと弱々しい返事がきた。

 彼女の一年の頃のイベント写真は、数自体も少ないし、写っている写真だって、隠れるようなものばっかりだ。その台詞を体現したものだと思う。

「そこらへんを打ち破ったのが精神科医じゃなくてルイ先輩だったわけですけど。それからちょっとうちの主治医にその話を、ちょっとぼかしながらその話をしたんです」

 へぇーで終わっちゃいましたけどね、あの医者とぷんすかいいつつ、千歳はこちらの体温を感じたいのかきゅっと二の腕に抱きついてきた。

 ここにもルイちゃんの被害者がいますねー、ふふふーとエレナから茶々が入った。

「話聞いてると、その医者、割とひどくきこえるのですけど、大丈夫ですか?」

 他のガッコの凛ちゃんから疑問がでた。生徒会もかくやという心配の仕方だ。知り合って間もないというのに良い子である。

 千歳はちらりといづもさんを見て、彼女がやれやれと肩を振るのをみて話し始めた。

「これは受け売りなのですが、望む願った精神科医に出会える人はなかなかいなくて」

「ん。それ一般論でしょ。GIDの人の話を聞かせてよ」

 凛ちゃんの指摘にぷぅと、いづもさんと千歳が同時に同じ顔をした。かわいい。

「ええと、凛ちゃん。一つ言っておくけど。精神科医と心つかれちゃった人の相性云々ってレベルを超えてうちらは、ひどいわよ?」

 知りたい? といづもさんに妖艶に言われて、うわと彼女は一歩下がった。

 いや。こわいから。それ。

「せんせー、ひどいってなんですかー」

 でも、ここで終わらせるのもなんなので、空気読めない感じでルイが質問をしておく。

 この中の何人がこの知識が必要になるのかは知らないけど、いづもさんの経験はみんな聞いて置いていいと思うのだ。

「あららぁ、ルイちゃんほんとに聞きたいのかしら。ふふふ」

 こくりと会場全体の空気が静かになった。皆さん拝聴という感じだ。

「ええと、まず私はジェンクリ。外れを一発目ひきましてね。合わないを通り越して、ひどいというかまじ接客業かここって感じのひどいところでね。今でもあいつ、捻切り殺したい感じよ?」

 何気ない風でいわれたもののその殺気にはぞくりとさせられた。そもそも人をねじ切るって、かなり常識外だろう。

「あー実際にはか弱い女の子がそんなこと出来るわけないじゃなーい」

 でも、いつかねじ切り殺したいのっといういづもさんの表情には遊びもなにもなかった。

 少なくとも「殺意」って言われるものはそこにはしっかりあって、今でも殺ってやりたいという気分そのものだ。

 いままで知ったつもりにはなっていたけれど、こうして経験者に聞くといろいろ、やばい世界だなぁとしみじみ思う。

「じゃあ、なんで、いづもさんはその、しちゃったんですか?」

 凛の一声に、おぉ、この子から声があがるかと意外そうにおもいつつ、いづもさんはぴしりと視線を彼女に向ける。

「女の子が、しちゃう決意をするだなんて……決まってるじゃない」

 ふふふ。そうは言うものの、その発言に恥ずかしそうにしているのは数人だった。ルイはむろんぽかーんだ。どういうことなのだろうか。

 けれども彼女は仕切り直すように周りの表情を見回して言った。

「って、じらすのもアレか。さっきも言ったけど性転換なんてメリット一つもないのね。そりゃテレビに出てーとかそういうのを期待するなら、ちょぴっとは話題性あるかもしれないけど、そんな話題性だけでやってける世界でもないし、ま。あれね」

 にひっといづもさんは澪に人差し指をぴしりと立てて言い放つ。

「性転換するってわりにあわないのよ。ほんともう。だからビョーキじゃないとやんないし、やれない。メリットなんてなーんもないし、ほんと「障害物」。それを取っ払うためにいろいろやるんだけど、その相手がホント障害者。障害として立ちふさがる、者。邪魔者、妨害者。私、手術してくれた人には感謝してるけど、その前段階はホント邪魔者以外に思ってないから。先輩の分まで言っとく。あれはない」

 ぴくりと反応したのは、千歳だろうか。他もあまりの言いぐさに身はすくめていたけれど、千歳だけは、うぅと嫌そうな顔をしていた。彼女とてこの治療をもう数年。中学に入ったあたりから交渉してなんとかしてきたのだから、嫌な面もいっぱいあったのだろう。

「通院一回目は歓迎されるし、感動よ? 他のどこでも拒絶されるゴミを私たちは受け入れますって言われたら、誰だって涙ちょちょきれるじゃない?」

 え、ちょちょきれるって最近は言わないの? とちょっと間の抜けた問答のいづもさんは、それでいて話を続けた。

「んで、そっからは、永遠続く経過観察。アレは長かったなぁ……二度と行きたくないわ」

 ルイちゃんなら、割と早めに通っちゃうのかなぁ、どうなのかなぁと言われて、えぇーと困惑気味の声を漏らす。

 いづもさんでそれだけかかったのなら、そっち側ではない自分には診断はおりないのではないだろうか。

「ど、どういう扱いですかっ。別に私のだって澪と同じく演技が上手い、くらいの話じゃないですかー。装うってそういうことでしょー?」

「う……本当に演技なのかしらね……」

「んー、ルイちゃんは普段の方が演技なんじゃないかなー?」

 エレナからまで小首をかしげるような苦笑まじりの疑問を投げかけられてしまった。

 おかしい。あくまでもベースは木戸馨であって、演じているのはルイの方のはずなのに。

「エレナ先輩はどっちかというと、男状態を演じてますよね?」

 同じ学校の凛ちゃんからそんな指摘が入って彼女は、うんっ、そうだねぇと朗らかに返事をした。

 ううむ。そんなに笑顔で頷かれてしまったら、女の子派大勝利である。彼氏ができてそれがより顕著になったのだろうか。

「そーなると、病院でも性自認は自己申告でそれを信じるだけってことですか?」

 こちらに視線が向くのをそらすために、あえていづもさんに質問をしてみる。世間一般の人の判断はそれでいいとして病院ではどうなっているのか知りたかったのだ。

「そうねぇ。少なくとも私は脳の構造とか見られたことはないし、せいぜい血を抜かれて染色体検査して、あとは経過観察しながら、患者が嘘つきでない証拠を集める、くらいかしらね」

 ほんっともう、言葉のやり取りだけよ基本と彼女は肩をすくめた。

 性自認というものは、けしてチェックリストで簡単に判別できるようなものではない。

「嘘つきって、信じる信じないってことの材料集めの一環ってことですか?」

「まー、いったまま素直に信じるようなら、精神科医なんていらないしね。それに他の病気との鑑別もしないといけないし」

「除外診断ってやつですか。そういえば他の病気じゃないかどうかの質問みたいなのは結構うけたかなぁ」

 うーんと、千歳が昔を思い出すようにしつつ、うぐと不快げに顔を歪めた。思い出したくないことでも思い出してしまったのかもしれない。

「いちおー統合失調症とかで自分と他人を混同しているだとか、別の理由で自分の性別は本来はこっちであるなんていうのを避けたいみたいね。その可能性を除外するためにながーいながーい経過観察のはじまりはじまりってね。毎回、お前は実は別の精神科の病気なんだって思われつつ、自分はまともってことを実証しながら、自分の性自認と体や生活の齟齬を自力でうめつつ、診断がでるまで待つ感じ。診断書はあっさりでるとかいう話も聞くけど、あの人たち対外的な改名手続きとか、学校へのものとか、そこらへんはあっさり書くけど、身体治療するための診断ってなかなか出さないのよね」

 はふんと、あきれたような吐息がもれる。

 数人はぽかーんとしているけれど、その内容をわかっている千歳はうんうんと頷き、エレナはなんだかなーという顔をしている。もちろんルイだって話を聞いているだけで、てきとうだなぁとシミジミ感じさせられる。

「あのいづもさん。診断はあっさりでるのに、身体治療にいかないって、なんか矛盾してません?」

「彼らがいうには精神療法ちゃんとやらないと駄目ってことみたいよ? ほとんどアドバイスらしいアドバイスもなくて、経過きいてふーんっていうだけのあれが精神療法かっていわれたら、どうなのかしらねーって感じなんだけど」

 それともあたしが優秀過ぎるから言うことなしだったのかしらねっ。などとおどけて言う。

 いや、それならさっさか診断下ろせばいいだけのことではないだろうか。いづもさんが望んでいたのは身体治療の方なのだろうし。

「いちおう、専門家とか名乗っているのにそれだけって、実はいづもさんが行ったところって看板掲げてるだけみたいなところだったんじゃないですか?」

 話を聞く限りでは、かなりハズレな病院のような気がしてしまう。

 けれど、それには千歳も困ったような苦笑を上げているだけだった。

「いやぁ当時はそこそこ有名なところだったのよ。権威というか大御所様というか。すっごい期待していったらそんな体たらくでねぇ。あくまでも診断のための存在だって私は思ってるし、私生活のアドバイスとかびた一文くれないわよ、あいつら。トラブルがあったら診断書見せて、こういう病気なんでっていって周りに配慮してもらいなさいみたいなスタンスだし」

 それで共存とか片腹痛い、と言い切ったときのいづもさんの表情からはいつもの笑顔がこっぽり抜け落ちていた。こわいよ、いづもさん。

「なっ。性別を変えるってその、そんなてきとーな感じでいいんですか?」

 今の世の中、戸籍の性別だって変更が可能だ。通院をして治療を受けたからこそ、そちらの性別であることを回りは受け入れるしその病名にだって配慮をするというのに。

「手術とか戸籍とかそこまで考えないこはそんなだるいこと受けるつもりもないんじゃないかなぁ。ホルモンだけならそれこそ打ってくれるところ探せばなんとでもなるし。よくある漫画とかドラマだと精神療法も大切な治療だよなんて言っちゃうわけだけど、実際受けた人間からすれば、あれが毛の先程役に立ったかっていうと……まあ忍耐力だけはついたし、いろいろ鈍感にもなったし、そこら辺がよくなったくらいかなぁ」

 先輩は、夢を持つ力をそこで根こそぎとられたっていっていたけれどね、といづもさんは苦笑を浮かべた。

「いづもさんは、ちゃんと夢を叶えた感じなんですか?」

 店の内装を改めて見回しながら、凛ちゃんがこんなお店を持てるくらいなのだしと、憧れのような視線を向けていた。

 確かに三十になったくらいでの開店は、そうとう頑張った結果だろうし、性別を変えた上でやれるのだとしたら上手く行った部類に入るのではないだろうか。

「んー、あたしこれでも欲張りだからねぇ。スイーツのお店っていうのはたしかにやりたかったし夢っちゃ夢だけど、実際はどうなんだろうなぁ」

 毎日楽しいのは楽しいし、そういう意味では夢を実現させたってことなんだろうけど、といいつつ、にふふと弱々しい言葉が続く。

「子供にさ、お菓子を焼いてあげたかったの。お母さんがしてくれたみたいに。女の子だったら一緒に台所でっていうのも憧れる。もちろん男の娘もね! でも、養子縁組までしてっていうとなんか違うっていう感じでねぇ。そうかんがえると精神療法っていうのは、高望みをさせないための「おまえは単なるカスなんだよ」っていうのをわからせる場所なのかなって思っちゃうのよね」

 そういう意味では趣味というか目指すものがある皆さんは、そのまま育てって感じ、といづもさんは口調を明るく変えてにぱりと笑って見せた。

 頬の辺りがひくひくしてるところを見ると無理矢理なのだろうな。

「ちなみにちーちゃんの所はどう? 何でかんでもう数年は通ってるのでしょ?」

 チョコクリームを味見している千歳にも話をしてもらおうと声をかける。

 詳しい話を聞いたことはないけれど、高校に入るにあたって診断書を書いてもらっているのだとしたら、それ以前から受診をしているということになるのだろう。中学時代でいづもさんがいうような対応を受けたのだとしたらさすがにルイもへこむと思う。

「うちはまだましかなぁ。そりゃあんまりこっちの気持ちをわかってくれるかって言われるとそんなことはないですし、どっちかというと両親の方を向いてる感じありますけどね。一軒目は子供なんでしかたないみたいなこと言われたんで、あれよりはマシです」

 一番最初に行ったところがそんなところだったと、千歳はしょんぼりいった。

「むしろ千恵が怒っちゃって。ここは苦しんでる人を助けてくれるところではないのって。だから逆にこっちは冷静になれたっていうか、他のところを探そうって気になりました。老舗だからいいとか、新参だから悪いとかじゃなくて、どれだけ相手が真剣に見てくれるかっていうのと相性じゃないかな」

 同じ方向をどこまで向けているか。そこらへん大事なのですと彼女は言い切った。

 たしかに、ガイドラインというものは存在するけれど、あれは受容的に診察しなさいとかそういったことが書かれてあるだけであって、診断方法が書かれているわけでもないし、どういう形に持っていくかというのも書かれていない。目指すところは患者本人がよりよくなること、なのだろうけどそのすりあわせが出来ていない。

 手術とか薬物治療とかを求めてる人に対して、慎重に経過を見ながらやりなさいというのはいささか酷というものだ。

 けれどもそういう病院だって、ただ合わなかっただけ(、、、、、、、、、、)でそこが良いという患者は多くいる。いるからこその老舗で大御所なのだ。相性と千歳は言い切っているけれど、まさにその通りである。

「今の所はその点いいですね。目線を合わせて話をしてくれるから好きです。学校側との協議も今の先生が口添えしてくれたし、お薬だって割と早めに使えたほうです」

 こっちに先にかかってれば、声変わりそんなにひどくない状態で押さえられたのかなとか、ちょっと後悔していますと、苦笑が漏れる。

 第二次性徴の時の当事者さんはそれこそ一日一日が勝負だ。

 それを子供だから、まだ知能が発達していないから、とかいう理由で放置したほうはよっぽど駄目な医者なのだろうと思う。

 確かに、エレナみたいに声変わりしない子がいたり、実際大人になっても発声法なんかで声はどうにでもなったりはするけれど、ずるずる悪く(、、)なっていく姿を見ていくのは、方法があるのを知っている以上はやるせないのだと思う。

「でもま、大人の一日と子供の一日の体感の差ってのもあるかもしれないわね。元気な精神科医の一日と病気で苦しんでる患者の一日の差といってもいいかしら。それこそ十回診察受けたら肉体治療できるってんなら一日二講座くらい取っちゃう勢いよ」

「なんて車の教習所ですか、それ」

 冗談っぽく言っているのでとりあえず会場全体に呆れたような笑いが漏れる。

 茶化して言っているけれど、今までの話を聞いた上でそれを聞くと割と本気だというのはよくわかる。 

「いちおー、自分がどっちなんだかわからないとか、自分の中で自問自答しているってことなら精神療法で医師とカウンセリングみたいなのをしていって、掴むっていうのはありなんだと思う。けれど、あたし達みたいに確定しちゃってるようなのにとっては、足かせでしかなかったって感じかな」

 だから、とくるりと回りを見渡して彼女は甘い匂いの中で言ったのだった。

「ここにいる子が性別のことで悩んだのなら一回はジェンダークリニック、行ってみてもいいんじゃないかな? もちろんあたし達の評判を聞いた上で覚悟していくといいんだろうけど」

 もしかしたら何かの足しになるかもしれないわよ? といづもさんは焼き上がったスポンジを取り出して苦笑を浮かべて見せた。甘い香りだけがこの場の救いのように思えてならなかった。



 一方その頃町中では。

「やー、木戸くんが休むとか珍しいこともあったもので」

 制服姿の女の子はクレープを片手に、どういうことなのです? と友人に問いかけていた。

「自由登校なんだし、休むのも普通じゃないかなぁ」

「だって、今自由登校でしょ? 来たい人だけ来て自習と思い出作りしてればいいわけで」

 友人二人から矢のように降ってきた答えに山田は一人、えぇと不満な声を漏らす。

 目の前の友人、千鶴とさくらはなにかを知っていますというようすでうまうまとチョコバナナクレープをほおばっている。あの木戸くんのことだというのに反応が薄すぎるのだ。

「でも、木戸くんずーっと来てたから、いきなり今日だけ休みとかそれってどうなのって感じじゃない」

 なので、それを聞き出すために言ってみたのだけど、さくらの顔がにまぁと悪くなる。

「あらあらぁ、山田氏、木戸くんの出欠にそこまでこだわるとはまさかお主……」

 でゅふふとさくらがわざとらしく言うと、いや、そんなんはないーと答えておく。

 恋愛対象としてはさすがに畏れがおおすぎて無理なのだ。

「あー、ネタばらしするとね。今日、実はあそこ、シフォレで講習会やってんだって。いづもさん主体でお菓子作るの教えてくれるとかで、なんかもう……なんで呼んでくれないのよーって感じです」

 さくらがしょぼんとしているので、とりあえずなでなでとなぐさめておく。

 しかしケーキ屋で講習会とか、あの木戸くん、いやルイさんにはばっちりはまりすぎていておかしくなってしまう。

「うちの澪も行ってるみたいね。こっちは完全に学校休んでるんだけど、あのメンバーに呼ばれたらそりゃ学校なんてサボりますって張り切ってたわよ」

「ほっほー、ちづの弟子も参加となると……地味にそれ男の娘わんさかいるってこと?」

 どれくらいの知り合いがいるかしらんけど、ルイさんだしなぁと遠い目をしてしまう。あのカメラ娘が撮ってきた男の娘はかなりの数になるはずで、そこから仲の良い子を集めてたとしたらちょっとしたハーレム状態じゃないだろうか。クロキシとかも参加していないのかちょっと気になるところだ。

「いちおー八瀬たんは呼ばれなかったみたいだけど、そこそこいるんじゃない?」

「八瀬氏が呼ばれないのは、男の娘多すぎるからよ。ルイのやつ、鼻血噴くだろうしあいつは誘いませんと言い切ってたから」

 なるほど。確かにあの男の娘の伝道師を自称する彼が参加していたら、収拾がつかなくなっていたかもしれない。

「あーあ、今きっとあの中では甘いお菓子を囲みながら、甘い話でもしてるんだろうなぁ」

 オシャレなティーパーティーとかになってるのかなぁ、なんていいながらさくらは最後のクレープの一欠片を口に放り込んだ。

心の性別からはいって精神科話というわけで、持てる知識を総動員してみたわけなのだけど、これでもまだ書き足りない感がorz

精神療法うけるのだるくて、海外でさっくり手術してきて後追いで承認してもらうケースが多いとかそこらへんもカットしてしまいました。

しかし、話が長いし重い。書いていてしんどいというここなのですが。いたしかたありません。

さくらさんたちが唯一の清涼剤です。はい。


そして次回。今日アップになる予定ですが、ぐろ甘いお話になります。

精神科領域が終わったら今度は外科でしょー、ということで。

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