144.合格祝い交流会1
今回はトランス座談会的なものになります。
はっきりいってえぐいです。当事者といわれる人たちも眉を潜める結果に終わるんではないか、なんてドキドキしたりしつつの理論展開です。晴れやかに性転換しようよ!とかって人が読者さんにいるのであれば、回避したほうがいいかもしれません。
あれは夢を見てやるべきことではなく、ただ必要だから必要な人がやるべき。病気なのだからねと作者考えています。
それと、時間もらいつつそんなに進まなかったのでとりあえず分割でのアップになります。まずは自己紹介部分のみ。
「本当にここにボクなんかが混ざってしまっていいのでしょうか」
周りの人たちを見回しながら凛ちゃんが不安そうな声を漏らしている。
ここ、シフォレの厨房に集まっているのは、ルイとエレナ、そして凛ちゃんと澪、そして千歳ともちろんここの持ち主でもあるいづもさんという六人だ。休業日ということもあって従業員やお客の姿はまったくない。卒業前のこの季節は委員とかやってないと暇でいいわよねといづもさんがぶつくさ言っていたのだけど、彼女自身がこれの発起人である。
「いいのいいのっ。ああん、もうこんなにたくさんの娘に集まっていただけるとはルイちゃんの人脈ってさすがよね」
「知り合いをかき集めろって言ったのはいづもさんですし……それに、凛ちゃんはエレナの後輩ですからね?」
そんなにたくさん知り合っているわけではないのです、と言い切っても、えぇーといづもさんは納得してないような声を上げている。この人はルイを女装ホイホイとでも思ってるんじゃないだろうか。
ちなみにもう一人の女装の人である八瀬は本日はお休みだ。あいつのことだからこのメンツがそろったら発狂しかねない。エレナだけでも飛びついてきそうな上に他にもてんこ盛りすぎて、この光景を見たらこれで一本ハーレム系エロゲをおおうおおう、とかいうに違いないのだ。さすがにエロゲのヒロインにさせられるのは勘弁していただきたい。
「まあ、そんなわけで今日はルイちゃんとエレナちゃん合格祝いーの祝賀会もかねて、第一回シフォレ交流会をはじめよーかと思いますっ。前に言ってた通り今日作るお題はブッシュドノエルですっ。クリスマスの定番でうちではメニューにはしてないんだけど、来年のクリスマスを彼氏と甘く過ごしておくれよーという、負け組からのプレゼントですっ」
くっ、来年こそは彼氏見つけようといづもさんはぐすっと泣き真似をした。
もうお菓子王子とくっついてしまえばいいと前に言ったこともあるんだけど、彼は面白いけど異性というより弟子とさっくり言われてしまったのだった。あんなに趣味が合うなら相手として申し分ないと思うのだけど。
「ああ、ちなみにいづもさん。凛ちゃんと澪に関しては好きな相手が女子……なのかも。そこらへんは彼氏ってくくりにしない方がいいかも」
どうかも? と二人に問いかけると、あー、と声が漏れた。
「いまいちボクは恋愛とかわからないですが……エレナ先輩を見てるといいなぁって思ったりはします」
実際将来的にどうなるのかわからないですが、とあごに手をあててうーんと悩ましげな声を上げている。
なんだかんだで、声の使い方はずいぶん慣れたようで違和感はまったくなく可愛らしい。
「私も今は舞台の方に力を入れてるし、恋愛っていうのはあんまり……」
斉藤先輩は憧れであって好きとかそういう次元の話じゃないですし、と澪までそんなことを言いだし始める。うーん、あの脚本の子はどうやら脈無しらしい。可哀相に。
「まあ、いいわ。セクシャリティと性指向は一致しない別物だっていうしね、そこらへんの話も合わせてせっかくだから作りながら座談会と行きましょう。みんなもルイちゃんが内心どう思ってるのかとか、この人どうなっちゃうのかとか気になるでしょ?」
そのためにみんなにも自分のことは言える範囲で話してもらうわよ、と一人いづもさんは笑っている。
さすがにもう一通り経験している人の余裕といえるのだろうか。
おそらく遠慮してあまり聞きにこない千歳に対しての歩みよりでもあるのだろうとは思う。我らをだしにいろいろ吹き込んでしまおうと思っているのかもしれない。
前にいづもさんに、そういう情報について押し付けはしないと宣言されているのだ。自分で知りたいと動いてこそであって、別に性転換なんて誰かにお膳立てしてやるようなもんじゃないのよとため息をついていたのが印象的だった。
そもそも、この人性転換とか言っちゃっていいの? というところからうわぁという感じになった。
ルイとてこの手の業界を調べた時にブログ調査なんてのをやったのはさんざん話しているけれど、そこでかかれていたのは言葉に対する偏執的なこだわりだった。
まずは、障害のがいをひらがなにしろだとか、性転換じゃなくて、性別適合手術だなんていう、こういった類いの事柄だ。
まー部外者のルイとしてはそんな言葉などどうでもいいものだけれど、専門家からしたらきちんとした言葉遣いをするべきとかこだわりがあるものなのかもしれない。
ルイとてレンズとセンサーとをいっしょくたにされたら嫌だし、アニメを漫画と言ってしまうのも、え、となる。あれに関しては昔、テレビ漫画などと呼ばれていた影響で、お年の方はいまだにアニメを漫画と呼ぶのだそうだけど、そういうもやもやはなんかわかる。
それがいづもさんにかかればあっけらかんとこうなのだ。
「さて、ではまずは生地作りからといきましょう」
ブッシュドノエルはクリスマスに作られるロールケーキをデコレーションしてつくる切り株のケーキだ。
家などで作るとしたらあっさりロールケーキをデコレーションするだけでもそれなりな見映えになるけれど、せっかくだからということでいづもさんから生地からつくりかたを教わる。
「作りながらでいいんだけど、まずは 自己紹介的なところから始めましょう」
ボールに生地の材料をいれながら練りつついづもさんから自己紹介が始まった。
「こほん。では本日講師役を務めさせていただくわたくしから。えー、河北いづもこの店のパティシエール兼オーナーです。今年で三十こほん歳となりました。性別は書類上女性で、気持ちも女性。染色体レベルではXYっていう感じです。ちなみに工事済み! ここらへん興味あったらばんばん聞いちゃってかまわないので!」
じゃー次はルイちゃんどうぞ。ちゃんと心の性別とかそこらへんも言ってくれちゃうようにお願いといわれて、はい? と首をかしげそうになる。
もちろん知識としてはある。人の心にも性別というものがあるという一派が存在することも、それを多くの人が信奉していることも知っている。けれど自分がどうかと言われるとなんともわかりにくい。
ろくすっぽ考えたことがないのだ。
「豆木ルイ十八歳です。いちおー写真活動をメインに動いています。心の性別っていうのは正直考えたことはないです。ただこっちの姿のほうが撮影に都合がいいというのと、出掛けるときは楽しいので自然とこうなってしまっているという感じ。学校ではご存じのように普通に男子学生をやっています」
「あんまり普通の男子学生ではないように思いますが」
ぼそっと澪からつっこみが入る。それはきっと斉藤さんからの偏見というやつに違いない。いろいろと話を聞かされているのかもしれない。
「じゃー次は時計回りで凛ちゃんいってみよー」
さあさあと粉をふるいながら自己紹介を進めていく。
「堀川凛十七歳です。ルイ先輩と違って本名です。凛々しく育つようにという思いがこもってるようなのですが、なかなかそうはいかなくって。でも学園祭で女装メイドをやってみんなから可愛いって言われて、なおかつエレナ先輩の姿を見ていて、ああかわいくても凛々しくいることはできるんだなぁなんて思って今こうなっています。心の性別に関してはいまいち考えたことはないです」
心の性別ってなんでしょうか? と首をかしげる凛ちゃんを見て、まーそうだよねぇとしみじみ思ってしまう。ルイだっていろんなそういう人たちの発言を見てきていてもいまいちピンとこないのだから、いきなり言われて、それを赤裸々に語れる人間はそうはいないんじゃないかと思う。
「心の性別か……芦品澪音十七歳です。私は女優を目指している関係でこういう格好をしていますが、普段は思いきり男子やってます。そういう意味では心の性別っていうのは男子になるのかな。どこかの先輩みたいに甘いものラブーとか可愛いものラブーってのもそこまで強くはないですし」
ただ、演じるなら最高に女の子っぽくがモットーですといって澪は締め括った。
うぅん。斉藤さんの後ろに隠れていた子がいまではずいぶんと立派になったものである。
「あわ、考えてたらなんかすぐに順番が、、ええと、一条千歳十七歳です。みなさんと違って女子生徒として学校に通ってます。不本意ながら染色体検査はXYでした。心の部分は女性だとは思っていますが、先輩方の言い分を聞いてるとなんか言い切れるのか不安になります」
だってあの状態で心の性別はわからないとか言われたらちょっとと、自身なさげなあの頃の表情が再び表にでてくる。まったく自信を持てばいいのに。それにしても彼女は染色体検査なんてのをすでにやっているのか。診断がついて女子で通っているのならそりゃそうかと、思い直す。
「心の性別ってものに関しては私も言いたいことあるから、あとでスポンジ焼き上げる間にみんなの意見も聞きたいのだけど、とりあえずは最後、エレナっち」
「じゃー最後はボクの出番ですね」
ふふっとエレナが楽しそうに声を弾ませている。実際楽しいのだろうな。いままで性別に関してはトップシークレットだったのだし、それを思いきり公開したらみんなはどういう反応をするのだろうとも思うだろう。
「三枝エレナ、ルイちゃんと同じく十八歳です。ボクの場合は女装のきっかけは男の娘への強烈な憧れから来ているので、心の性別に関しては限りなく女子よりの性格だけど女性なのかといわれると疑問という感じでしょうか」
「エレナの場合はわりと男装は無理してる感じを受けなくもないけど?」
自分は無理はしていないと思うのだが、あきらかにエレナの男装状態は可愛い男の子を意識していたりで違和感ばかりである。パーティーの時やら制服のときですら、男の衣装は着ているけどあくまでも息子という肩書きがあるから周りもそう認識しているだけのような気がする。学校ではもはやすでに姫扱いなくらいだ。
「ルイちゃんに言われたくないですー」
ボールをくるっと回して滑らかに生地を混ぜながら、彼女は苦笑を浮かべていた。
はて。別に木戸馨としての生活は欠片も無理はしていないはずなのだけど。周りにはそう写っているということなのだろうか。いいや。今までは何事もなければもさい眼鏡の人で通っていたのだから、きちんと男子をやれているはずなのである。
「さて、一周したところで焼成に入りましょう。型にいれて焼きいれます。ふわっふわに仕上げていくからね」
ちょいとお待ちくださいと彼女は業務用のオーブンにまだ型の中でとろとろの生地を型ごと入れていく。家でやるのならフライパンとかでもいいわよと彼女は言っていた。場合によっては生地だけでも売ってるからそこからデコるのが一番楽かもと珍しくものぐさなことを言ってくださる。
自分は最初からやるけど、忙しいあなた方はどちらを選んでもいいのですよ? というようなスタンスなのだろう。
「さて、この間にクリームとか中にいれる具材を用意したりしつつ、自己紹介で気になったところとか、あとさっき言ってた、心の性別ってなんじゃらほい、ということについてなにかあったら意見をどうぞ」
今回の素材はイチゴでーすと、ばばんと取り出しながら彼女は話題の方もしっかりと持ち出してきた。
いまいちピンと来ているのが千歳だけというその単語を前に、さてどうしたものかと思ってしまう。千歳は知りすぎていて逆になにも聞けないだろうし、他のメンバーも何を聞いていいかわからないような状態だ。
成り行きにある程度任せようとも思っていたのだけれど、少し待って意見が出ないのでルイはあまりない知識を補填するためにも、質問を始めるのだった。
前書きの通り座談会スタート。手近な男の娘を出しつつ、いづもさんがいろいろ話してくれる会です。お菓子作りも目的ですが、ルイとエレナの今後のために知識をプレゼントというのが合格祝いの真のプレゼントだったりします。
ただ、これ。書けるのか? というそこなんすよね。いいや、今までの知識を総動員すればやれる、はずっ。というわけで何日かに分割してアップ予定です。




