141.
目の前をぶぅーんと大きな車が走り去っていった。
「町中はいまいち好きくないんだが」
ぷぅと不満顔を浮かべていると、まあまあと今日の同行者はこちらの機嫌をとるかのように道端にでている露店でソフトクリームを買ってきてくれた。しかも味はきなこ。きなこソフトである。まだ寒いこの季節でもこのねっとり濃厚な感じはたまらない。
さて、まあそんなやりとりをしているわけだけれど、別に今の格好はルイのそれではない。
というのも今の連れ合いが八瀬だからなのである。
もちろんルイと八瀬の関係性はちょこっとはある。もちろん廃工場でのことは誰にも言えるわけではないけれど、コスプレ絡み、エレナ絡みで知り合いということは言うことができる。けれども、一緒に合格祝いをする仲か、といわれたらそんなこたぁない。
誘われたときも思いきり、こっちでいいんだよな? と確認はしたのだ。そうしたら彼は、うぅと涙目になりながら、しかたねぇー、くそうとルイとのデートの幻想を打ち破ったのだった。
「まああんがい、木戸とのほうが行きやすい店ではあるんだが」
そもそも八瀬とでかけるというシチュエーションがここ三年同じクラスなのにほとんど無かったということにある種驚きのようなものは感じられる。彼は今日向かう店を想像しながら、ルイさんとじゃさすがにいけねーとストロベリーソフトをいただきながらぼやいた。
はて。どんな店に連れて行かれるのだろう。
そんなことを思いつつも、無事にソフトを食べ終えて彼の後をついていくとその店はあった。
「お帰りなさいませ、ご主人様っ」
路地を入った奥、人がいかにも来なさそうな立地の地下。
おそらく木戸一人で行けと言われたら絶対に到着できないそこの扉を開けるとカランというカウベルの音とすっきりした女の子の声が聞こえてくる。
いちおう言っておくけれどちゃんとした女性の声である。八瀬のことだから男の娘喫茶かと思っていたのだけど、正統派メイド喫茶にご案内されてしまったわけだ。
こりゃ確かに男同士の方が都合はいいのかもしれない。物見遊山のカップルとかはもちろんいるのだけど、八瀬とルイでははっきりいってカップルという感じにはならないし、やっぱり男同士でくるべきところだろう。
なんて思っていたのだけれど。
「あら、お帰りなさいませ、お嬢様」
「千紗さん……今、俺男子なんすけど」
思い切りお嬢さん呼びしてきたのは千紗さんだった。関西では親に黙ってメイド喫茶で働いていたけれど、こちらに戻ってきてもやっているというのはどういうことなのだろうか。
あのおばちゃんでもさすがにこれを許すとは思えないのだけど。
「うん。珍しく男子だね……ていうか男友達がいただなんて正直驚いてる」
「いちおー千紗さんも会ったことありますよ。修学旅行の時同じ班だったやつなんで」
「あー、あのときの子か。っと、話し込んでる場合じゃ無いや、ではご主人様がた、こちらへどうぞ」
話し込むなら席についてから、ということで千紗さんは割と奥の方の席に二人を通してくれた。店が見渡せる席でもあって、ありがたい所だ。そしてお冷や持ってきまっすと、フレンドリーな感じでとてとて厨房に入っていった。
他にもメイドさんはいるけれど、一人のご主人様に対応するのは基本一人というスタンスの所らしい。
「おい、かおたん……どーしてあのときのメイドさんとあんなに仲良しなんだよおまえ……」
まさかここの常連かっ!? とか八瀬に言われてふるふる首を横に振っておく。
そんなことはない。初めてくるお店である。
「千紗さんとは普通に友達なだけ。まーこっちのっていうよりはあっちのなんだけどな」
「まじか……ばれてる人か。しかしメイドさんの知り合いとかうらやま」
「むしろ木戸くんと学園生活を送れるという方がうらやまですが、はいお待たせいたしましたご主人様」
ことりとお冷やが二つ置かれる。
ご用がありましたらこれでお呼びくださいと机にはベルも置かれている。メニューはじっくり決めて下さいといったところだろうか。そうはいいつつ千紗さんは席を離れるそぶりを見せない。
「それで千紗さん。どうしてここで働いているんで?」
「それが人手が足りないとかで連絡がきてね、あっちのお店と経営元は同じなんだけどメイドさん確保はなかなかに大変なご時世なのでございます」
かーさんはがんばって説得しました、と言い切る彼女を見て少しだけ背筋が冷たくなったのは気のせいだろうか。次に銀香に行くときにおばちゃんに相当いろんなことを言われるような気がする。コスプレの時と同じくメイド喫茶のほうにも一枚かんでいるなんて言われたらちょっと、それはーとなってしまいそうだ。
「しかし今日はそっちの格好だなんて珍しい。外に出るときはかならずあっちなのかと思ってましたけど」
「まー友人が、合格祝いぱーっとやろーぜっていうんで。ちなみにあのときいたもう一人は彼女がいるので連れて行かねぇとこいつが」
「くっそ。なし崩し的にあんな可愛い子と付き合うだなんて、許せぬ」
日に日に可愛くなってくじゃねーか、くそうと八瀬はかなり不満そうである。
確かに、千歳のことは八瀬から見れば複雑なのかもしれない。最初見たときはもうぱっとみで男子じゃんとわかる相手だったわけだけれど、あれから時間をかけてあの子はずいぶんとかわいくなった。こちらでの技術提供もしているしいづもさんのサポートもあるので、昔みたいにおどおどした様子もなく明るくなった。
男の娘とは言えない相手ではあるものの、八瀬からすればそのカテゴリなのだろう。そんな子にお弁当を作ってもらってる青木は、なにその役得。ということになるのかもしれない。
「そうはいっても、あいつもあれで女子には紳士だからなぁ。収まるところに収まったってことでいいんでないの?」
「そういう木戸くんには浮いた噂とかはないのか、おねーさんはとても興味深いのです」
結局この前のガールズトークだって、しれっと自分だけはなーんも言わなかったじゃないとつっこまれて、あーはいそうでしたねとあのときのことを思い出す。そうはいっても大人なみなさんはお酒が入ってはるかさんに絡んでいたから自然にそうなっただけだと思うのだけど。
「こいつは恋愛ごとはからっきしですよ。いろんな意味でモテるけど全部ぶった切りな感じで」
全くもったいない、と八瀬から愚痴が入る。いや、そうは言われてもそこまでモテてる自覚ってないのですけれどね。
「ていうか、あいつらのは普通に興味本位なんでないの? かおたんラブーとかバレンタインでは言われまくったけど、ノリというかなんというか」
「いいや。木村あたりはマジだと思うんだけどな。こっちとしては助かっちゃいるんだが」
「あいつの場合は、あっちも見られてるしむしろ初恋の相手が俺ですんません、みたいなのがあるからなぁ」
助かっちゃいる、というのはおおむね体育のことを言っているのだろう。八瀬も運動は音痴なほうだ。しかも木戸よりも体力がないもやしっこである。そんな相手でもきちんと育つようにいろいろ教えてくれる空気を作ったのは木村を中心とした運動できる人達だ。
「ええと……なかなかに想像しずらい会話なんだけど……初恋って? 男の子相手に初恋とかBL的なあれなのっ!?」
わくわくと千紗さんが会話に乗っかってくる。女はみんなBL好きとまでは言わないけれど、お前もかーというげんなりした気分にはさせられる。
「姉の友達の弟っていう間柄でしてね……中学の頃、さんざんその家で女装させられてたんで、そのときに、その、ね?」
「あー、うー、あー。やば、それ見たいっ。写真とかないの!? 幼いル……じゃない、かおたんを見てみたい」
前のめりになりながら彼女は、是非っ、是非にーと身体を震わせていた。
もちろん八瀬もである。
どうしたこの二人。そんなにあの頃の姿を見たいだなんて。
「っと、そんなことよりオーダーです、オーダー。90分制なのだし、ご飯をいただきたいのです」
いちおう、写真は、ある。
うん。それが届いたのはつい一週間前のことだ。姉に合格報告をしたら、なぜか野々木さんから合格祝いというタイトルでメールが届いたのである。もちろんパソコンの方のメールアドレスにだ。
そこには一個のそこそこ重たいファイルが圧縮されて入っていて、ウイルスチェックをしてから開いたら、ばーっと当時の写真がでてきたのだった。どうやらスキャニングしてデータとしていたらしい。なんというか、昔の自分ってこんな表情してたのか……とがくんと脱力させられた。これが合格祝いとかさすが野々木さんである。ひどい。
「ああ、はいはい。ご主人様ご注文をどうぞ」
ちぇ、と舌打ちが入った上でのご主人様呼びはどうなんだろうかと思いつつ、オーダーを伝える。
木戸は萌え燃えオムライス(辛いです)と、チョコサンデーを、八瀬はご主人様のためのパイ包みとメロンフロートを注文した。
「あと辛みは控えめでお願いします」
「ご了解であります。辛みは抑えるので絡みは多めで」
それでは少々お待ち下さいませといいつつ彼女は厨房にオーダーを伝えに行った。
この店は簡単な料理以外はちゃんとした料理人がつくるそうで、味には定評があるのだと八瀬から補足が入った。
「でも、かおたん。実際のところどーなんだよ。昔の写真とかねーの?」
卒業するまでには是非とも見てみたい、はぁはぁと言うので、とりあえずタブレットを取り出して一枚の写真を見せる。
「はい、昔の写真」
「ちょ、おまこれ、普通に町中の写真じゃねーかよ」
「俺が中学の時に初めて撮ってトラウマになった町の風景だな」
うん。昔の写真というのに間違いはない。何撮ってんだよくそガキって言われた時のあれである。
いちおうスタートということもあるので、タブレットには常時いれている。滅多に見返すことはないけれど。
「それじゃねーって。お前の、幼女なアレだよ、アレ」
「あー幼女はさすがになぁ。うちの両親カメラ駄目だったし。七五三とかはやったけど、幼女じゃねーしな」
さすがにそこまで悪のりする家ではないのですよと言うと、くっそぅと八瀬は涙目になっていた。そこまで絶望的な顔をしなくてもいいと思う。
「どうしてかおたんは、幼少から女の子として育てられてでゅふふふぉかぬぽうな展開になっていないんだよ! こんだけ最強なんだからそういうエピソードも追加しろよ、制作者!」
「って、どんだけエロゲ脳だよお前はっ。それと俺は別にゲームの登場人物じゃないからな。二次元と三次元はちゃんと切り分けろー」
「はい、ただいま戻りましたご主人様」
帰ってこーいというと、千紗さんが帰ってきた。
さすがにこれ以上じらすのは可哀相だろう。
タブレットに別のフォルダの写真を表示させて二人に見せる。
ちょうど夏の頃の写真は真っ白なワンピース姿で麦わら帽子をのせているアレだ。
この頃はことさらワンピばっかり着させられた気がする。むろんキャミワンピもありで真っ白な肩が惜しげも無く出されていたりするものもある。
「って、あるじゃねーかよ。って……ちょ」
「普通に可愛いし表情が……ああ、おねーさん鼻血吹きそう」
やばい、やばいやばいやばい。と二人は一枚の写真を見ながらタブレットにかぶりついていた。次の写真に行って良いの、どうなのと二人で牽制しあってるくらいだ。さっさと他のも見たけりゃ見ろよといいたい。
小学生の高学年から中学にかけてのものがそこには入っている。枚数としては二百枚程度と少ないのだけど、よくよく考えると三つ上の彼女達だって当時は中学を卒業するかどうかというくらいなのだから、金銭的にそうばしばし撮影することもできなかったのだろう。それを思うと本当にデジタルカメラはすばらしいと思う。
「あの……木戸くん、これ、データこぴらせて……」
うるっと千紗さんがメイドさんらしく座り込んだかと思うと、上目づかいできゅっと手を握ってきた。
本来演技でやるはずのその仕草は思いっきり素のようで、そんなに欲しいのですかという感じだ。
とはいえ、これはレア写真である。あんまり拡散はさせたくないし、木戸とルイの関係性についてなにかの憶測を呼んでも困ってしまう一品だ。まあルイの小さい頃の写真だ、と言い切ってしまえばそれで済んでしまうような気もするけれど。
「タダでというのはなぁ……いちおー自分の中では黒歴史だし」
別に普通に可愛い写真だと思う。第三者として見るならば申し分はないだろう。撮影技術がちょっとと思わないでもないけれど、それでもいろいろな表情が見れて面白い。
けれど、それをやっているのが自分か、と思うとがくんと黒歴史なのである。
どうしてこのときはこんなに無邪気な顔をしていたのか、昔の自分に文句をいいたいくらいだ。
「大丈夫。俺達ならそれを正式な歴史として刻んでやる」
くっと八瀬までもが肩にぽんと手を置いてくる始末だ。周りから視線が集まらないかとひやひやしてしまう。
けれど、もともとメイド喫茶でメイドさんがこういうことをやるのは日常なのであんまり目立ってはいないらしい。他のテーブルでもメイドさんがひざまずいている状態だ。
「あーもう、わかりました。じゃあこのお店のサービス一個ご提供します。普段は四千円くらいするんでそれで」
「それって?」
おぉ、四千円か、と思いつつ彼女の瞳がきらんと輝くのが見えた。なにか企んでいるらしい。
「いうまでもなく体験メイド、撮影つき、です。さぁさぁ、これで手を打っちゃいましょう」
さぁお嬢様もメイドさんをやるのです、と嬉々として言われて千紗さんが着ているメイド服に視線を向ける。
確かに正統派メイド服という感じで、関西でやったときのものよりも十分におとなしめだ。
「すばらしいっ。メイドさん最高だっ」
ぐっじょぶと八瀬がなにか言いながらサムズアップをしている。
ははぁ。そういうことなら、こちらも条件をつけてあげようではないですか。
「千紗さんばっかりに条件つけるのもあれなんで。うん。八瀬? 行ってみようか?」
「はい?」
えーと。と二人の表情が一瞬固まった。
なにいっちゃってんのという不審そうな視線である。けれども八瀬の方は少し早めに復活する。
「ここは空気を読んでかおたんがするべきなのでは?」
「へぇ、データ欲しくないと? いいよ別に。こっちは撮る側だしあんまり撮られた写真は配布したくないし」
「ぐぬっ……わ、わかりましたとも。やらせていただきます」
こうして八瀬は、メイド服デビューをすることになったのだった。
絶対間に合わないと思ったけど、間に合いました。メイド喫茶で合格祝いであります。小学生~中学生のルイたん写真は誰しも欲しいものであります。
あ、「う」に点々は大切かと。
そしてこの話、明日も続きます。八瀬たんもかわいくしてあげますからね、ふふふ。




