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138.

「ええっと、ここでいい……んだよね?」

 時はずいぶんとさかのぼる。

 四月も終わったあたりだろうか。プリントアウトしたその用紙を片手に木戸は町中をさまよっていた。

 都会と言うほどの大きな町ではない。 

 なので別に迷っているわけではなく、その建物はすぐに見つかった。

 ちょこんと立っているそこは町中のクリニックだ。一応標榜しているのは皮膚科と内科。でも内科の方は掲げているだけで皮膚科がメインなのだそうだ。

 どうしてこんなところにと思ったそこのあなた。

 三年になってから外出が極端に制限されるようになってやってしまおうと思ったことが一つある。

 それは、髭のレーザー脱毛である。

 肌は綺麗といわれる木戸なわけだけれど髭が生えないわけではない。ルイをやるときは極力抜いているのだけどこれがまたとても面倒臭い。

 一日百本以上抜かねばならないというこの作業は地味に面倒だし、痛い。眉毛の毛を抜くのを想像していただければ痛さがわかるかもしれない。

 ただ他の男子に比べれば薄い方なのでそこらへんはありがたいところだ。普通ならあごや頬までびっしりというような子もいるし、そうなると抜くのにどれだけかかるのか皆目見当もつかない。そして抜いたそばから生えてくるとまでは言わないけれど、一日経つともっさりという人もいるのだそうだ。

 さて。そんなわけで、ルイとして活動できる時間が取れないのを逆手にとってしっかりと口周りの脱毛をしてしまえという話になったのだった。

 脱毛する場所はネットで調べればある程度絞り込める。エステにするか皮膚科にするかがだいたいのところだけど、エステはちょっとなという感じで皮膚科を選ぶことにした。

 そしてさらにレーザーの種類や出力、体験談なんかも調べて一軒のところに絞った。

 あ、もちろんお値段の方も大切だ。男女で値段はもちろん違うわけで、男性髭の脱毛は結構おたかめ。

 エステだと安いのだけど、永久性がきちんと担保されているのは皮膚科のほうなのでこっちにする以外になかった。

 そう。将来的に髭を生やす自分はまったくもって想像できなかったし、世間的には不潔に見られるだけでもあるし、やるなら永久に脱毛できてしまったほうがいい。将来的に生えてくることもあるというけれど、今より頻度が落ちるだけでもかなり助かる。

 ちなみに今日の格好は男子のそれだし、口元にはマスクをつけている状態だ。レーザー脱毛をするときは抜いてはいけないので、このような対処になったわけである。黒いのが浮かんでる状態で外に出るのはちょっと抵抗がある。

「ええっと、受付に行けばいいのかな」

 きょろきょろと周りを見回すと、すでに何人か並んでいて、待合室の方にもそこそこ人がいるようだった。

 ベージュ色の店内にモスグリーンの椅子が並び、観葉植物なんてものまで置かれていて雰囲気はかなり落ち着いている。木戸家のそばにある内科とは大違いである。

「こんにちは、初めての方ですか? ならこちらの問診票にご記入をお願いします。保険証はお持ちですか?」

「ああ、はい」

 ぺたりとカード状になっているそれを渡す。もちろん書かれているのは本名で、木戸馨の名前がしっかりと書かれている。

 問診票の項目は、皮膚科ならではといった感じで、どこが悪いのか人体の絵が書いてあってそこに印をつけて対応をしてもらうようになっていた。他にはアレルギーがあるかとか治療歴、他の病気をもってるかどうかなんて項目が並んでいる。

 そこにさらさらと記入をしていき、終わったので受付に出す。

「ありがとうございます。本日は……口周りのレーザー脱毛、ですね。保険はききませんがよろしいですか?」

「はい。それはもう調べてきているので」

 当然のことながら、レーザー脱毛に保険はきかない。他の腫瘍を取るとかだったらレーザーも保険が通るようなのだけど、これは美容目的なのでまったくもって自費なのである。保険証を出したもののまったくの無意味というわけだ。

「では保険証をお返しします。あとはこちらが診察券です。次回きたときはこれも一緒にお出しください」

 保険証は月初めての時だけでいいですよと言われつつ、同じくらいのサイズの紙で出来た診察券を見て、うあ、と一瞬声が漏れた。

「あの……これ、性別欄間違ってるんですけど」

「え……?」

 そう。保険証には性別欄はないわけだけれど、診察券のほうにはその項目はある。男・女と書かれてそこに丸をつけるのだけど、思い切り女の方に丸がつけられていたのだ。

 小さい頃内科に行ったときも確かにそんな反応をされたなぁと思い出す。

 でも、眼鏡をつけていてまでそれってどうなのと頭を抱えたくなる。今日は別段お化粧もしていないし普通の黒縁だ。最近髪を切ってなくて少し長いからそれのせいもあるのかもしれない。

「男の子……だったの?」

 問診票をちらりと見て、さらにこちらをじーっと見て、うわぁ、ごめんなさいと受付のおねーさんは謝ってくれた。そして診察券の性別の所をボールペンで×をつけてから改めて男のところに丸をつける。

「最近の若い子はほんともー中性的でどっちだかわからない子多いわね」

 脱毛っていうからてっきりと、改めて診察券を渡してくれた。なんか女子じゃ無いです的な診察券に仕上がってしまった感じである。

 そしてそれからの待ち時間は人間観察だ。

 待っている人も多いし、少し時間がかかると言われてしまったので、椅子にぽふりと座りながら周りに視線を向ける。椅子はクッションがきいていてかなりふわふわだ。

 一見するだけではみなさんとても元気そうに見えるけれど、服の下はすごいことになっていたりするのだろうか。

 あとは年齢層がやや高めではあるものの、美容目的という人もいるようだった。明らかにおしゃれさんなのである。

 そんな彼らが診察室に入っていき、状態を見てもらって割とぱっぱとさばかれていく。

 処置まで必要としない人達は状態を見るだけの三分診療だ。的確にその状態にあう薬を選択していく。切ってしまったとか膿んでいるとかそういう場合は処置室送り。

 基本的に二人の医師で回しているおかげなのか、待合室にあれだけいた人達はどんどんといなくなり、代わりに新しく来た人達がその席を埋めていく。こんな姿を見てしまうと皮膚病にかかっている人は多いのだなぁなどと思わせられる。

 そして、しばらくすると木戸の名前が呼ばれた。

 処置室にどうぞ、といわれたのでそちらに向かう。

「おはようございます。今日はレーザー脱毛を希望ということだけど……マスク外してもらっていいかな?」

 二十代だろうか。若い白衣を着たおにーさんが椅子に座っていて、まずはその前に通されて診察を受けることになった。医師というとおっさんという印象が強かったのだけど、どうやらここの人は若い人で構成されているらしい。

「はい」

 どれどれと、鼻の下あたりにぷつぷつ浮いている黒い点々を見て、ふむと彼は頷いた。

「前に抜いたのはいつ?」

「二週間前くらいです」

「けっこー立派に生えてるねぇ。女の子でここまで行くとなるとホルモンバランスとか気にした方がいいかも。ダイエットとかしてないよね?」

「ええっと……すみません。男子なので」

「えっ、あ、うわっ。ホントだ、ごめんよ」

 あんまり肌が綺麗なんで、女の子だと思ったと普通にカルテを見ながら彼はすまんすまんと苦笑を漏らしていた。受付でもやられたけれどどうして眼鏡かけた状態でそうなってしまうのか、訳がわからない。

「レーザーの仕組みはだいたいわかってるかな? 黒い部分に光が収束してそこに熱を持たせて毛根を破壊、だからしばらく抜かずに剃ってもらうしかないわけだけど」

「それは、はい。こちらのホームページ見ましたし」

「なら話は早い。それと口の上だけでいいんだよね?」

 では早速やっちゃおうか、と処置室の奥にある機械の前のベッドに横にならされた。

 そしてゴーグルのようなものを渡される。顔の脱毛をするときはレーザー光が目に入るとまずいのでそれを防ぐための対策なのだ。もちろん眼鏡ははずしてそれをつける。視界は真っ暗で何をしているのかはよくわからないけれど、いくよーという声とともに、ぱちんと何かにはじかれたような痛みが口周りに走った。

「痛み大丈夫? 輪ゴムではじかれたような痛みってよく言われるんだけど」

「大丈夫です。どんどん行っちゃってください」

「ああ、もうおしまい。口の上だけだったらそう何発もやらなくても大丈夫だし」

 あとはこれで少し冷やしといてねと、でっかい保冷剤のようなものを口周りにあてられた。ひんやりして気持ちいい。

 それにしてもこれで終わりとは、ずいぶんとあっけない。

「太ももとか面積広いところだと時間かかるんだけど、ほんともう一センチ×八センチとかそれくらいの範囲だしね。あごとか頬とかまでもっさりだとすんごい大変なんだけどさ」

 特に密集した髭はレーザーの出力上げるとやけどするし大変なんだと彼は気楽に笑う。その点君の髭は薄いし密集してないしで大助かりだとのことだった。

「しばらくしたら焦げた毛が自然に抜け落ちるんで、それまでは下手にいじらないようにね。見た目気になるようならマスクつけておいて」

 次の施術は六週以上あけてからね、と彼はいい、痛みが引かないとか赤みが引かないとかあったら早めに来てもいいと言い置いて診察室の方に戻っていった。忙しい人である。

 でも、そんな彼はひょっこり顔だけだして最後に一つだけ、と、眼鏡を外した状態の木戸にこう言ったのだった。

「ほとんど女の子の口周りと同じ処置しかしてないから、女性料金でいれとくんで」

 割引しちゃいますよーと、彼は言い置いて次の患者さんに向かっていった。

 口周りの脱毛はもちろん男性の方が高い。回数も多くなるというし、大変だといろいろなところで書かれていることだ。それが女性料金になるのはありがたいのだけど。

「安いのは嬉しいけど、なんなんだろうこの感じは……」

 うぅ、一応男子なのですけれどね……と思いつつ、ひりひりする口周りに押し当てる保冷剤にきゅっと力をいれるのだった。

 手を抜く宣言通り今日は短めです。

 レーザー脱毛は男性髭の場合は通常十回くらいかかるもので、友人は二年かけてやってました。木戸君は四回くらいで終了予定です。毛が薄いので! それでも地味に半年はかかるのですよね……濃い方の場合定額制のところもござります。

 焼き炭になった毛が抜け落ちるまでだいたい一週くらい? それがとれた時が一番肌状態としては綺麗になります。


 さてと。そんなわけで明日はちょっと本気だします。ドヨウは休みなので更新は朝じゃなくて昼くらいになるやも。バレンタインの話いきますので。

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