136.
原稿できてましたが、アップせずに寝落ちてしまってました……orz
そしてタイトルのナンバリングまちがってました! すみません!
晴天の空にゆったりした雲がながれている。
冬の空はどこまでも高いけれど、周りの人達の表情はしこたま暗い。
マラソン大会。冬期になぜか行われるこれは木戸の学校にもあるわけで。
「うぅ。どうして。どうして三年になってまで、冬期マラソン大会に参加しなきゃなんないのー」
体操服姿の斉藤さんが更衣室の前でへんにゃりしていた。
演技の入ったようなしょんぼりっぷりだ。普段ならすぐにでも校庭に駆け出すところなのに、ああ、行きたくないとどんよりオーラをまき散らしているのだ。
「しかたないじゃん。うち進学校って訳でもないし、昔から続く伝統ですし」
そのしょんぼりっぷりを見せられては、さすがに友人としては声をかけないわけにはいかず、いちおう男声で声をかける。
ああ、そうへんにゃりする気持ちはとてもわかりますとも。
基本うちの学校はマラソン大会まで体育は全部持久走になる。
もちろん男子だけということはなく女子もだ。このシーズンはもうマラソンないし持久走の季節と言って良い。
そりゃ、男女それぞれで体力差もあるので走る距離の合格点みたいなのは違うのだけど、「ともかく走れ」がこの季節のムーブメントなのである。
ちなみに男女での本番の走る距離の違いは二倍。男子が十キロで女子は五キロだ。
この距離の決め方ってなんなんだろうと、思わざるを得ない。
きっと体育教師に聞いても「昔から決まっているから」とかしか言わないんじゃないだろうか。
それとも男女の平均値に依っているのだろうか。
さすがに男子が女子の二倍の持久力を持っているというのは、なんか納得いかない。そう思うのはほぼ女子体型で、一歩の歩幅もろくに変わらない木戸だからかもしれないけれど、三倍のスピードで動けるのは二次元の赤いあのお人くらいなのではないかと思う。
どのみち、「基準値」を設定されて開かれるこのイベント、この距離は、平均体力よりも無い人間に向けての大拷問会という感じにならないだろうか。トップクラスの人たちは楽々こなし、中くらいの人たちはなんとかこなし、もっと体力ない人間はぜいぜい言いながらふらふらと行進をするようになる。
あたかもゾンビの群れ。極端にスピードを上げすぎたわけでも無く、普通に歩くくらいの速度でいっても十キロはいろいろ無理である。
そもそも、木村が頑張ってくれてるからいいようなものの、体育というものは、出来ないヤツにとっては見せしめでしかない。他の座学ならテストの点数を隠せるのに、もうそれがおおっぴら。文化祭に出ない奴らは笑われないのに、ここでは笑われるのは不公平というもんだ。
周りに笑われ、かといって自分ではそれを何とかしようとは思えない。
なんとかこの期間を乗り切ることだけを考えてみなさん生活しているのである。ほんとうにひどいイベントだ。
ちなみに木戸の大学受験はこの大会の三日後とかだし、センター試験だって練習中に体力削がれた子達がうける感じになる。進学校ならまずないだろうこんなの。
「でも、運動いまいちな子にとって五キロ走れって拷問以外のなにものでもないよ。得るものもないよ。こんなの酸素頭から無くなってハイになれる人しか幸せじゃないよ」
「それいえば、こっちは二倍走らにゃならんのですがね……」
「うぅ。だったらこっち側にまざっちゃえばいいじゃない」
へい、かもーんという彼女の目はうんざりの中にやっと喜びを見いだしたかのようだった。
そりゃ、体操服に着替えれば女子に混じれるだろうことはまゆの件で証明されているし、五キロで良いというのはありがたいけれど、さすがにそれは出来ない相談だ。
「それに木戸くんは体力あるからいいじゃーん。いっつも山歩きとかしてて足腰も丈夫でしょ? こっちは舞台での動き中心だからそこまでの体力はないよー」
「いやいや他の文化部よりは全然体力あると思うけど」
よく体力作りと称して走り込みもしてるじゃんというと、それでも全然なんですと彼女は首を振った。
「いっそ中止か縮小して欲しいものよね」
もう署名運動でもやってやろうかしら、なんていう斉藤さんと昇降口に向かうと、そこにはばばんと張り紙がされてあった。
『持久走の距離の縮小を』
『走るの好きなら独自でやりましょう』
普段置かれていない机には紙の束が置かれてあり、ご署名をお願いしますというお願いが書かれている。
「なんか考えることはみんな同じなのな……」
すでに署名の欄にはかなりの名前が書き込まれている。
クラス名と名前と。当然木戸もそこに自分の名前を書き込む。
「木戸くんって文字も案外きれいだよね。昔書道とかやってた感じの人?」
「習い事ってことで昔いかされてた時期はあったかな。まー読める字を書くくらいはできるし、割と文字がきれいだと助かることも多いよ」
「丸文字とかは書かないの?」
斉藤さんも署名をしながらそんなことを聞いてくる。
「丸文字はないかな。というかすっかりブームも終わっているし、敢えて可愛い文字をという感じにはならないって」
敢えてかわいいキャラを演出するのではなく、どちらかというと高嶺の花美人という感じの字がいいのですよと答えておくと、彼女は確かにすっきりした印象の文字かも、とペンを置いた。
「さて、これで少しでも本番が短くなるといいのだけれど」
「あんまり期待するとへこむから覚悟は決めといた方がいいって」
ああ、普通の体育の授業が恋しい、と斉藤さんは再びへんにゃりしながら、女子の集合場所の方にとぼとぼ歩いて行った。
そして大会当日。
「結局びた一枚距離が減ってないとは、どういうことか」
「ひでーよな。あんだけ呼びかけたのに」
文化部や帰宅部に属している人間だけではなく、運動部の一部からもそんな声が上がっていた。
彼らからしても長距離走はしんどいということだろうか。
それこそ嬉しそうな顔をしているのは体力に自信のある人間やら、ランナーズハイを感じられる一部だけだ。
彼らにとっては晴れ舞台だろうが、大半の人間にとってはやはり拷問でしかない。
コースは簡単。校庭を走ってから学校周辺を走って折り返し、さらには裏側に広がっている森の区画を進んで行く。歩いて散策する分ならば楽しいだろうけど、一応は走らないといけないのではっきりいってげんなり以外の何者でもない。
「森に入ってちょっとで折り返しとか……女子うらやましすぎる」
「だよな。こういうときは女だったら、と思ってしまう」
体力無い組からはこんな声まで漏れる始末だ。
そんな彼らはスタートが他の生徒よりも早い。ゴールで大差がつくのを防ぐためのもののようで、三十分早くスタートするのである。
今までの体育でやってきた成績を元に、先行組が決まるわけだけど、正直に言ってこれは見せしめみたいなものなんじゃないかと思う。
どうせ先にスタートしても、途中で先頭組にごぼう抜きされるのだし、みんなと一緒にスタートするビリの方の人達とゴールでどうなるかといったくらいにしかならないのだ。
ちなみに木戸はさすがに先行組ではない。体育は苦手だし持久走も得意ではないけど、山歩きをしているおかげで体力だけは多少はあるのである。
「木戸先輩っ。今日は調子はどうですか?」
そんな中。声をかけてきたのは千歳だった。彼女は当然ながら女子組の方で一般スタート組だ。まだスタートまで三十分以上あるので、準備運動をしているといったところだろうか。
「あんまり良くない。というか調子よさげな人が周りにあんまりいない」
ホントまじ勘弁して欲しいというと、千歳はご愁傷様ですと笑顔を浮かべていた。
くぅ。半分でいいからってうらやましくなんかないんだからねっ。
「でも、とりあえず今日が終われば解放されるし、とりあえずたらたら十キロ走ってくる」
そして間を置かずに先行組のスタート。男女それぞれ運動が苦手と言われている人達が一斉に走り……走ってるんだよねという速度で動き出した。
「わたしが男子だったらもしかしたら先行組だったかも……」
さすがにあれはしんどいと、千歳が涙目だ。女子で良かったと言わんばかりである。
身体能力的には彼女はどうなっているのだろうか。
ちょっと薬も入っているというし、筋力的には女子よりなのだろうか。
肺活量とかそこら辺も気になるけれど、訓練した女子よりはさすがに低いだろうとは思う。
「ずるしてる、とは思いませんけど、ちょっと罪悪感はある……かも」
ぽてぽて進んで行く先行組はちょっと走っただけで息を切らしていて、ようやく校庭から外へと出て行ったくらいだ。あそこに自分もいたのではないか、と思うと確かにいたたまれない。
「むしろスタートみんな一緒にしちゃって、後で待ち構えてる方がまだマシだと思うよね」
とっぷり日が暮れて最後まで走りきるみたいな方がまだいい絵になるのではないかと思う。感動のフィナーレだ。
「こらっ、相変わらずお前は千歳とべたべたしすぎだろう」
そんな会話をしていたら、乱入してくる男子が一人。そいつはぬぅと大きな体を直立させてこちら二人の距離を開けるように威嚇してくる。
はいはいと、一歩離れると青木は千歳を守るようにその間にはいった。
「今年こそは負けんっ。千歳にかっこいいところを見せるんだ」
きらりと勝負者の視線をこちらに向けてくる。去年のようなどこか物欲しそうな視線とは明らかに違う男の顔である。
まったくここ一年でこいつもずいぶん変わったと思う。彼女ができる効果というのは大きいのかもしれない。
けれど残念さは相変わらずだ。男女混在で一斉スタートするので、かっこいいところが見れるかどうかはなんとも言いがたい。もちろん女子が走る距離は半分なので先にゴールして応援するということもあるけれど、場合によっては女子の後半集団だと抜かれてしまうこともある。千歳に限って言えば大丈夫だろうが、自分を見ろというよりは休んでいてくれと言ってほしいものだ。
「一緒に並んで走ったりはしないのか?」
「千歳に無理はさせたくないしな。それに基本男女で一緒にゆっくり走るのは禁止だ」
「まじか」
それは知らなかった。たしかにカップルで仲良くなんてなったらぐだぐだにはなるか。別の学校ではスタートをばらばらにするところもあるというし必要な配慮なのかもしれない。
「じゃあ勝負だっ。俺が勝ったら、千歳のことは諦めてもらう」
「諦めるもなにも元から単なる友達、先輩後輩って関係だって」
「いや、でもお前やたらと千歳と仲良いし、お前に本気出されたら心配で」
しょぼんと自信なさげに青木は肩を落とした。これから勝負だというのにいきなりなテンションダウンだ。
「本気だしたらって、俺どういう奴だと思われてるんだよ」
「だってお前、斉藤さんとかとも仲良いだろ。そんな相手が熱烈アタックなんて始めたらと思うと」
ああ、不安だ、俺の千歳が取られてしまうーと青木は頬をこけさせていた。
まったく失礼な、彼女たちとはあくまでも友人関係だ。それ以上の付き合いとなると無理ですといわれるだろうし、こっちも言うだろう。あのさくらだって男子状態だと冷たいし、あくまでもルイとしての友達だったり、女子扱いで仲がいい子が多いだけだ。
「二人ともそろそろ時間です。バカやってないでいきますよ」
まったくお二人は仲良しさんなんですから、と千歳が苦笑混じりに木戸と青木の両腕をひっぱる。
そんな姿をカシャリと押さえるカメラの音が聞こえたのだけど、それを撮っていたであろう写真部の部員の姿は近くには見当たらなかった。
そして大会の結果は、青木の僅差での勝利に終わった。
走り込みなんかも空き時間にしていた彼と、外出を制限されている木戸とではそれなりに一年で体力差は縮まったらしい。千歳がとてとて近寄ってタオルを渡している姿がほほえましくて、つい指でフレームを作ってしまったくらいだ。
もちろんそんな自分にも千歳はタオルを渡してくれて、青木が、おまーと苦情を言ってきたのだが、それにはもちろん無視を通したのだった。
マラソンネタです。作者の母校では男子が9.5kmくらい、女子が4.5kmくらいだったように思います。切りが良くなかった記憶だけはある。
チームプレイなものよりただ走ってる方がまだマシな作者でも、長距離走はもうマジ駄目なので、9.5だろうが4.5だろうが、もう涙目です。
まあ、震災のとき五キロとか普通に歩いたし、20キロ自転車で走ったけど、必要性なく長距離走るのは一部の幸せな人でいいと思っています。マジ冬期マラソン大会消滅しろ。
大学のジェンダー論で、性差よりも個人差が大切っ!とか言ってましたが、当時の私は喧々囂々な討論とかできなかったので、あの機会をいかしきれませんでした。




