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134.

 冬の日差しは沈み落ちるのが早い。

 久しぶりに学校に遅くまで残っていると、斜めから差し込む光に教室全部が煌めいているように見える。

 ああ、この景色を写真に撮れないだなんて、というようなことは今日ばっかりは無かった。

 十二月の土曜日。二ヶ月に一回程度行われているあいなさんの講習会の日。

 ルイはこの学校の女子制服姿で首元にカメラをつって部活も終わった校内の風景を撮っていた。

 昼間は確かにそうピンと来るものがないところだけれど、夕日の写真はまた別だ。お気に入りの時間帯でもあるし太陽がすべてを黄金に塗り替えるので、どこか寂しい、けど美しい風景を撮ることが出来る。

「そんなに張り切りすぎると朝まで持ちませんよお嬢さん」

「えぇー、でも久しぶりに超長時間の撮影が出来るんだよ? バッテリーもしっかり持ってきてるし、ガンガン行かなきゃだよー」

「はいはい。ストレスたまってるのはわかるけど、本番は夜だからね」

 そういうさくらも思いきり写真を撮っているのは知っている。さきほどカシャっというシャッター音は確かに聞こえたのだ。きっと撮影をしてにまにましているこちらのことを撮ったのだろう。あとで確認対象である。特に今は髪型もかえているのでどういう風に映るか興味津々なのだ。ツインテールはよく小学生のころ姉にやらされたけれどこの年でちょっとどうなのかとも思っている。

「夜かー学校で合宿とかなんかちょっとわくわくするよね」

「布団がないのが難点だけど、若いんだしダイジョブとかあいな先輩も言ってたしね」

 むしろ自分達の世代はもっと劣悪環境で朝まで過ごしたりもしたと言っていた。かなり寒いところで朝の撮影などをしてきたのだろう。

 キャンプみたいなものは写真部はやったけれど、あれはあくまでも卒業旅行に近いものだから、厳密なキャンプとは言えないしかなりきれいな設備を使わせてもらったものだと思う。

「むしろ最近の子はどうして山に入り浸ったりしないのかーとかいってたよね。こっちに視線がきたけど、学外部員の身ではなにも言えませぬ」

 ひとえにルイちゃんなら狙った風景撮るために雪山とかにも籠るよね? おかしくないよね? ね? というような視線だったのだろうけど、さすがにそこまでチャレンジャーにはなれない。 

「ここのところ女子部員が多かったからってのもあるんじゃないかとは思うのよね。来年は男子の方が多くなっちゃうからどうするんだか。まっ、めぐあたりがうまく仕切ってくれるだろうけど」

「めぐかー」

 その名前をきいて少しだけすまねぇーという気持ちが持ち上がる。

 いうまでもなくこの前の男性恐怖症の事件のあとの話だ。

 あれから、一度彼女が教室に乗り込んできたことがあったのだけど、はいごもっともですとしかいうことはできなかった。

 どうしてまゆのことを任せたらあんなになっちゃうんですか。そりゃ男性恐怖症は治ったけど、逆ベクトルにふりきれちゃってるじゃないですかーと言ってきたのだ。

 もちろんそれをやったのは木戸なので、ルイにその感情が向くことはなく、先輩と撮影会っと大喜びなのだけどこちらとしては複雑な心境である。

「い、いまは忘れておく。考えたら敗けだと思っている」

 それにあたしがやったわけじゃないしーと開き直ると、あ、まぁそうねとさくらは苦笑ぎみだ。

「しっかしさくらさんや。この時期にもう受験終わっているとかどういうことなのでしょうか?」

 とりあえずな問題を横において、目の前でにまにましている友人に非難めいた視線を向ける。

 そう。目の前のさくらさん。十二月にもかかわらずもう、受験終了のお知らせなのだ。

「内申もそこそこだしねー。それに部活も頑張ってますから、そこら辺の心象もいいのですよ」

 どこかの誰かさんとは違うのです、と言い切られてうぐっとこちらの言葉がつまる。

 確かにさくらは写真部の部長だし、精力的に活動をしてきた。授業もそこそこきっちり受けているし、成績表を比べたりすると微妙にさくらの方がよかったりするのだ。もちろんそれは体育のせい。あれ抜きで考えるならルイのほうが成績はいい。男女差まじ勘弁だけれどそれをいうと、だったらやっぱりルイとして千歳ちゃんみたいに来ちゃえばいいじゃんって言われるに決まっているから泣き寝入りだ。

 それとさくらは何かの賞に撮った写真を応募したりもしていたのだという。特別大賞をとったとかはないようだけれど、そういうのも少しは推薦の足しになるということだろうか。

「ぐぅ、二ヶ月自由に動けるのはうらやましすぎるー」

「まあそうなんだけどね。でもあんたのところだって、一月いっぱいくらいで受験は終わって発表は二月でしょ?」

 あんたならむしろ普通に就職でもいいんじゃないの? とさくらに言われても返せるのは力なく首を横にふる仕草だけだ。

「高等教育は受けるだけは受けておいてくれって話でねぇ。せめて専門っていわれてる。本命がダメなら三月の追加募集とかで行ってみようかと思ってるけど」

 もちろん本命を落とすつもりは全くない。

 やはり今のルイとしては技術を学ぶよりは、被写体の方を考えたいところだし、いろいろなことを知っておきたい。

「なら来月でばっちり決めるこったね。別に安全圏なわけだし、めちゃくちゃ難関校でもないんだから」

 まー大丈夫なんじゃない? 当日いい被写体が見つかって受験すっぽかさなければ、と笑われてしまうと、ありえなくはないかもと、少しだけ思ってしまうくらいにはまずいように思う。

「う。きちんと会場にいけるように、がんばります」

 ちゃんと会場にさえつければ合格する自信はあります、というと頼もしいことでと笑顔が来た。さっさと受験終わらせて撮影に行こうと言いたげである。たしかに本命の合格発表が二月の中旬くらいだから、それ以降縛りがなくなるのは正直かなりありがたい。卒業する前に撮影あそびに行こうという彼女の言い分も十分現実的だ。

 ぽふぽふと頭をなでられるとなんだか微妙な気分にはなるのだけど、そこで一つ、彼女に言っておかなければならないことを思い出した。今の髪型にも関係していることだ。

「さっきはかばってくれてありがとね」

 さて。今のルイは思い切り髪を左右で二つに緩く分けたツインテール状態だ。そこまで長いウィッグでもないのでふわっと分けてるくらいなのだけど、これをやられる時にひと騒動あったのである。

 一年の子が髪の毛をいじらせて欲しいと迫ってきたのである。

 その時、いろいろと理由をつけて断ってくれたのが彼女なのだ。もちろん今こうなっているので断り切れていないのだけど、それでもかばってくれたのには感謝はしておきたい。

 にんまりと笑顔を浮かべて見せると、さくらは、あわっ、あわわっと慌てたように手をぱたぱたさせた。さくらはこういう直接的な感謝に弱い。もちろんその姿も一枚写真に抑えておく。

「だーそこを撮るなぁー」

「だって、あたしばっかりツインテール姿撮られるのもなんだし、さくらだってちょっと恥ずかしい写真は撮られておくべきでしょ?」

「うっさい。それよりも、そろそろ時間よ。調理室のほうに向かっていただきましょうか、先生」

 ちらりとさくらが時計を見るともう五時だ。完全下校時間までそんなに時間がないけれど、今回の講習会は変則的に『夜景を撮る』ということで泊まり込みが許可されているのだ。実際の講習は七時半から。それまでは部活動しつつある程度自由時間にしててちょーだいと、あいなさんは機材のセッティングなどをしながらゆるく言っていたのだった。

「うぅ。どうしてこのメンバーで調理担当あたしなのか、訳がわからない」

 いつものことと言われてしまえばそうなのだけど、夕食の準備は思い切りルイに丸投げされている。

 あいなさんが、ピザとか頼んでもいいけどお金かかるし材料買ってきて学校で作っちゃおうよなんて言い出してこんな結果になったのだった。後輩は男子が多めだし、女子がいたところで、さくらがいたところで、まともに料理はできないだろうし、さぁ任せたといわれてしまったのだ。

 材料費はみんな持ちにしてくれたのでそこらへんはありがたい。

「それと、どうして調理室すんなり完全下校終わってから借りられるのかもわからない」

 そしてなによりありがたいのは調理室を普通に使えるということだ。

 放課後であれば羽田先生におねだりをすれば、バレンタインイベントの時のように借りることもできるけれど、彼女が帰ってしまっている完全下校後となるとまた話は変わってくる。

「あいな先輩と羽田先生なにげに仲良しだからねぇ。貸してっておねだりしたらすんなり通ったんだってさ。後始末と火の管理はしっかりしてくださいねってきつく言われてはいたみたいだけど」

「だったらさくらが作ればいいじゃーん」

「お米くらいはといであげるので」

 それで勘弁、と少し懐かしいやりとりをしながら彼女は笑う。

 一昨年合宿所に行ったときのことを思い出しているのだろう。

 そんな彼女に手を引かれつつ、今日のカレーは少し甘めにしてあげようと思うのだった。



 さて。時間は少しさかのぼる。土曜日の集合は二時くらいなことが多いのだけど、本日は夜が長いということもあって集合は四時だ。ここらへんは家から装備をそろえてくるのも大変でしょうというルイへの配慮という面が大きい。もちろんそれでも夕飯の食材の買い出しなんかもあったので時間としてはもう少しかかってしまっているのだけれど、他のみんなは寝床の確保だったり機材の調整だったりをしてくれているのだそうだ。

 もちろんルイも今日は三脚とレリーズをちゃんと持ってきている。折り畳みができるのでそこまでかさばらず持ち運びだってできるものである。正直夜の撮影を避けていたので今まで持っていなかったのだけど、こんなに軽いならもっと早くに買っておけば良かったと思っているくらいだ。

 先に荷物の搬入をしてから買い出しに行って食材を冷蔵庫に詰めてから部室に戻るころには、今日の参加メンバーはすべてそろっていた。三年で来ているのはさくらとルイの二人だけ。あとは後輩なのだけれど、改めて見ると男子ばっかりだなーとしみじみ思わせられる。

 二年が男子二人女子一人、一年は男子三人に女子一人だ。

 三年になってからもあいなさんの講習会だけは参加しているので、一年生ともそこそこ面識がある。まあ二年の二人と違って一年男子からは少しだけ遠巻きにされてる気はするけれど、こればっかりは仕方がないのかもしれない。コスイベントで学校に来てたりとか認知度が高い状態での出会いとなるとそれなりに躊躇もされてしまう。ものらしい。

 さくらには、どうしようもないんでないのと、と白い目で見られたものだけれど、別にそんなに近寄りがたい雰囲気を出しているわけではないのだが。ルイとして特別自分がそう変わったとも思っていない。

 実際。

「せーんぱいっ。今日も可愛いですねぇー。同じ制服着てるっていうのに、もーその色っぽさはたまらんです」

 きゃーんと一年の唯一な女子である、天音ちゃんはこんな感じにぱたぱたしっぽを振ってこちらに近寄ってきている。同性だから気安いというのもあるかもしれないけれど、一年男子はこれの半分も見習ってもう少しフランクに付き合っていただきたいものだ。

「今日は時間もたーっぷりありますし。先輩の髪の毛、いじらせてくださいっ」

 わくわくと、目をきらきらさせながら胸元でこぶしを握ってこちらに詰め寄る姿は、情熱いっぱいで好感が持てる。

 最初に会ったときに高らかに宣言した通り、スタイリスト兼カメラマンという、着飾らせた上で写真を撮れる人になりたいという野望はいまだに健在のようだ。

 対人の場合、その相手の表情までもを作り上げる必要があると佐伯さんなんかはよく言っているけれど、それを衣装やメイク込みでやってしまえというのが彼女の目標なのだそうで、カメラの技術はもとより人間観察とメイク術には並々ならない努力を見せている。

 今日も実はうっすらとメイクをしていたりするくらいだ。昼間はさすがに教師の目があったとしても今日ならいけると思ったのだろう。彼女から見たら自分のメイクはどうなのかなぁと少しばかり心配になる。

 そう。ルイもいちおうたとえ学校でもすっぴんは滅多にやらない。もちろんアイメイクやチークなんかの目立つものはつけないけれど、ナチュラルに見えるようにはしているのである。

「ちょ、天音たんそれはダメよっ。ルイはその……髪型いじられると、こう……ねっ」

 そんな天音のハイテンションに、さくらが割って入ってくれる。今までは時間がないのを言い訳にしていたけれど、さすがに今日ばかりはたっぷり余裕があるのでその言い訳は通用しない。

「ルイの髪の毛に触ると末代まではげるっていう噂がっ」

「うはっ。言うに事欠いてそれは……」

「でもぉー」

 さくらが、それはまずいでしょーと困り果てた顔をしている。

 んー、まぁ心配してくれるのはありがたいのだけど、これ以上はさすがに無理だろう。

「んじゃ、やってもらうとしても……男子の前で髪をいじられるのもちょっと抵抗が」

 ちらりと部室を見回して提案する。もちろん関わる人が少なければ少ない方がいいからである。

 けれどその提案は彼女としては、まーそうですよねーと納得できるものだったらしい。

 実際、メイク中は男子に見られたくないっていう女性は多いだろうし、それは髪をいじるのも同じだ。

「それじゃ被服室いきましょう! あそこなら鏡もあるしっ」

 ぜひっ、と手を引かれると、ひやりと彼女のてのひらの体温が伝わってくる。華奢な手だなぁと毎回思うものの相手はどう思っているのだろうか。別にルイの手は大きすぎはしないのだけど、女装コスをする人達はみなさん手のサイズを気にしていたりするので、どんなもんかなぁと思ってしまう。

 そんなわけで、少し歩いて被服室に到着。まだ完全下校前なので施錠はされていないけれど、他には誰もいないようだった。裁縫系の部活もないしいつもここは閑散としてしまっている。空気も冷たくてひやっとした感じが心地よい。

「ふっふっふ。ようやくこのときがっ。待っていました! 天音は待っていましたともっ」

「おわっと」

 ルイせんぱーいと、彼女は思いきり腕を引っ張って鏡の前にルイを座らせる。

 案外力が強くて驚いてよたよたしてしまった。

「ああっ、どんな髪型にしましょう。パーティーまきとかも似合いそうですが……」

 ツインテールとかポニーとか、どうしましょうとテンションが最高潮である。

 けれど、そこでふと彼女は真顔になった。

「でも、先輩。それウィッグですよね?」

 きた。

 ひやりと首筋を触る彼女の手の感触が、ぞくりと身体を震わせる。

「ああ。うん? 気づいてたんだ」

 けれどここで動揺なんてしてやらない。否定する必要はまったくもってない。だってこれ、ウィッグだし。

 前々からこの手のことが起きるだろうことは想定済みのことだ。

 ウィッグであることは認めた上で、どうしてそれをつけているのか。そこの所の説得力をどうもたせるのか、問題なのはこちらである。

「ずっと不思議に思ってました。いろいろ使い分けてるおしゃれな人ってわけでもないですよね。いつもその髪型だし」

 そりゃ私も私的にウィッグ使って長くしたりはしますがーといいつつ、ルイの髪型にじぃと視線を向ける。

 そこまで長い訳ではないので、付け毛で印象を変えたりという範疇には入らない。

 これで毎回会うときにウィッグを変えているというなら、まだ髪型で遊んでいるオシャレな人で済むのだろうけど、ルイのウィッグは基本これだ。他にも何個か持っているけれど、あっちは変装用という意味合いの方が強い。

 変わらないなら地毛を伸ばせばいいじゃん、とみんなから突っ込みを入れられるに決まっている。

 それを出来ない理由。そこのところを男であるからという理由以外でひねり出さないといけないのだった。

「普段との切り替え……なのかなぁ。ほら、敢えてこうやって他の学校きてるくらいだし、いろいろあんのよ。銀香とかでぷらぷらしてるのだって、あんまりみんなと一緒にいられないからだし」

「先輩……」

 なんで敢えてこの学校の学外部員なのか。高校に通っているなら自分の所で写真部として活動すればいいじゃないかとたぶんみんなは薄々思っている。そしてそれができない理由もあるのだと思っている。

 だからこそ、敢えてルイとしての時間を特別なものにしたいのだということを強調しておく。ついでに言えば豆木っていう苗字が偽名なのはみなさんご存じだ。

 大好きなルイになれる時間を大切にしたい。これは紛れもなく嘘ではない。そして普段の自分ではこうはいかないということも嘘ではない。別に木戸馨としての生活を嫌っているわけではないけれど、全くの別人として外で活動すること自体はどっぷりはまり込むほどに楽しいのだ。

「そこらへんの理由はゴメンね。あんまり言いたくないから」

 すんませんと手を合わせると、彼女は身体をぷるぷる震わせて、せんぱーいと抱きついてきた。

 彼女の中でどんなストーリーが出来ているかしらないけれど、彼女の華奢な身体が密着してすんと鼻に淡いスミレのような香りが入ってきた。

 香水とかももしかしたらつかっているのかもしれない。ルイももちろん匂いには気をつかっているけれど、高校一年でとは、ずいぶんおしゃれさんである。 

「じゃあ、改めてウィッグ、いじらせてくださいっ! ああ、外さないように注意するんで」

 さぁ鏡の前にどうぞ、と言われたところでほっと一息、つくわけもなくてとりあえず髪をいじられている間は緊張しっぱなしにしておく。今のウィッグの下はちょうどこの前髪を切ったばかりなのでかなり短めなのである。しっかり天音ちゃんはウィッグを外した状態は見ちゃいけないものだと思ってくれたようで、丁寧に作業をしてくれた。

 なるべく嘘はつかない主義だけれど、この学校の写真部の面々にまで正直にすべてを明かす気にはさすがにならないのだった。

夜合宿スタート。まずは本番前の状態からお届けです。

一年生の天音ちゃんはテンション高いなぁと思いつつ、いつかは出したかった「ウィッグ見破れる人」です。女装潜入系とかでときどき取り沙汰されるけど、見る人が見ればわかるかもっていうアレですね。

 無事に正体はわからなかったわけですが……ルイならウィッグ外してベリーショートでも可愛いからどうとでもなるような気もします。


 さて。明日ですが、夜景の撮影とか星空の下でとかそんな感じと、豆木さんの手料理を男子が喜びます。あやつら幸せ者だよね。ほんと。

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