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133.

8/16 新聞部のところが写真部になっていたので訂正。

 ちゅーとコーヒー牛乳をすすっていると、廊下の方がなにやら騒がしかった。

 三年の十二月ともなれば、もうイベントらしいイベントもあまりないので、ある意味のんびりしているはずなのだけれど、どうしてこんなに騒がしいのだろうか。

 ああ、木戸の学校はクリスマスパーティーなんかはないので、この季節は静かだといってしまって問題はない。次のイベントごとといったら、お正月やら冬期マラソン大会だろうか。場合によってはバレンタインあたりになれば周りの空気はもう少し黄色いものにかわるかもしれない。

「あのっ。先輩っ、あのあのっ」

 その騒乱の元は、なぜか木戸の前でぴたりと止まった。

 周りからは、かわいーとか、後輩だよね? とかいろいろな声が上がって、こちらに思い切り好奇の視線が向けられているのだが、はぁと木戸としてはかったるそうに顔を上げるだけだ。この前すっきした髪型になっているのも無視するくらいにその相手ははわはわと慌てながら、こちらの机の前に新聞記事を見せつけてくる。

 校内新聞というものは、もちろんこの学校にもある。新聞部員が不定期刊行をしているそれは、簡単に言えばゴシップである。その年の部員の質や顧問にもよるらしいけれど、ここ数年はゴシップを基本としたトンデモ記事が多いと評判なのである。掲示場所は学内掲示板三カ所と、それぞれ配布用のA4サイズのものが置かれていて、無くなった数によって読者の数がわかるという仕組みなのだそうだ。

「あああ、まったくもう。いくら俺が男の娘大好きだっていっても、そんな記事を持ってきてくれなくても大丈夫だぞ」

 慌てる千歳をつまらなさそう睨みながら、はははぁ、とわざとらしく笑って見せる。

 これだけでこのうっかりさんに意図は通じるだろうか。

 言いたいのはこれだけだ「下手に騒ぐなバカめ」。まったくもって、蠢といいこの子といい、そっちで生きるならきちんと自衛をしろよと言いたくなる。

「そう無下にしなくてもいいんじゃないのー? 今回の記事、私も読んだけどここのところで一番のミステリーだと思うわけさ」

 けれど、そこに介入してきたのは、ちょうど近くで日直の仕事をしていた佐々木さんだった。

 うぅ。これが斉藤さんあたりならむしろ協力してくれそうなものだけれど、彼女にはなんも話をしていないのでやりとりが難しい。打てるだけの札はあるにはあるけれど、さてどう話していこうか。

「ミステリーっていうか、ミスリードじゃね? いくらなんでも放課後、静寂に満たされた校舎の中で見知らぬツインテールの女の子が歩いていた……まではまぁ、いいとしよう」

 ぶれっぶれの写真がそこには掲載されていて、うちの女子の制服を着ているのはわかる。

 あとはツインテールがひょこひょこたれているくらいだろうか。

「その後もいろいろぶっ飛んでておもしろいと思うけどにー」

 にゅふふと佐々木さんが満面の笑みを浮かべているのだが、むしろそこから先はひどいの一言だ。

「そりゃ受験でつかれた我々に冗談は嬉しいけれど、これはなぁ……普通こういうのって、オカルトっていうかそっちにいくんじゃね?」

 それこそ先ほどの煽りの文章はまさに真夏の怪談もかくやという勢いだった。

 けれども、その先に書かれてある内容はまったくもって根性ひんまがってどうすればそうなるのかわからないネタなのだ。

「そうだけどねぃ。ほらー、ここの部員さん、男の娘大好きだしー八瀬くんのことししょーとか呼んでつきまとっちゃうくらいだしー、そりゃーこうなりますよねぇ」

 あー、木戸くんのことがちゃんと告知されてたら、その子もぅハイテンションまっしぐらだろうなぁーといやーなことを言ってくださる。言われるまでもなくその話も知っている。

 八瀬が年下の女子に追っかけ回されてるらしいという噂も聞いたし、男の娘の伝道師になるって息巻いてるっていう話も聞いた。それもあって文化祭の時の件は八瀬もその子には内緒にしているそうなのだが。

 女装すると実はかわいい、なんてネタがその子に、特に新聞部に漏れたらと思うと、今でも涙目である。

 そう。その記事の先にはこう続いているのだ。

「靴の色、リボンの色は三年生に間違いはない。けれど見たことはなく、転校生が入ってきたという話も聞いたことはない。そこで本紙記者は接触を試みようとしたが、その彼女はぴしゃりと使われていないはずの被服室の中に消えていった。被服室。そこで本紙記者はこう分析した。我が校の男子生徒が夜な夜な女子の制服を着て廊下をわくわくしながら歩いているのではないか、と。もしかしたら昼間そうして女生徒の中に紛れている男子がいるかもしれない。記者はその存在を夢見て取材を続けることにする……か」

 あほくさい、と新聞をぱらりと放りながらあーあと、ため息を漏らす。

「あほくさいはないよー! もし本当だったら、すごい可愛い子が放課後だけ顔を赤くしながらきょろきょろ廊下を歩いてたりするんでしょ? いじらしい感じで! 木戸くんみたいにふてぶてしく女装なれしてんぜ、とかじゃなくてひとけがなくなったところで、誰も見てないよね……大丈夫だよね、とか言いながら趣味丸出しなんでしょう!?」

 きらきらした視線を佐々木さんに向けられてしまうものの、なんだか申し訳ない気分でいっぱいになってしまった。

 この写真、ぶれぶれではあるけれど、誰が映ってるか木戸は知ってる。

 とりあえず今それをいうと佐々木さんがしょんぼりするだろうから、引っ張るだけ引っ張るけれど、今は千歳の方を安心させる方が先だろう。

「でも、これの男子生徒……さ、俺が知ってる中で、うちのがっこ、三人は男の娘できるやついるんだよ。その誰をかぎつけたんだろうか」

 普通に演劇の途中で女子の制服でうろうろということも澪ならあり得なくはないのではないか、と佐々木さんに伝えてみる。

「ああ、ちづと一緒に舞台出てたあの子かー。あれで男の子ってなると確かにミステリーかもしんない」

 あ、でも、と彼女はそこで何かに気がついたようだ。

「リボンと靴の色が違うじゃん。二年生だもん」

「じゃあ、八瀬なんじゃね?」

 すごく投げやりに、消去法でそう言った。三人のうちの一人は自分としてあとは澪、そして最後の一人は八瀬となる。むろんその中に千歳はいれるつもりはさらさらない。いいのだ、こいつは女子なのである。

 佐々木さんはえーという顔をしていたので、ちょっとだけ話の矛先を変えてみることにする。

 千歳も固まってしまっているのだし、少しはほぐしてあげないといけない。

「二年の演劇部の子は、もうべらぼうにかわいくてなぁ。あれはもうたまらんよー。そいで三年に二人いる。この記事は、いるかも? くらいな程度で確信ついてないみたいで、なんていうか、節穴? お目目がふしあーなーでーす」

「先輩、その言い方面白すぎ」

 ちょっと外国人っぽくいってみたのだが。少しでも千歳の堅さがとれてくれてよかった。

「この記事って、私は木戸くんのことだーってずーっと思ってたんだけど、なんかあるの? ミステリーの香り?」

 ほら、正解をさっさといっちゃいなさいよぅと詰め寄ってくる佐々木さんにまあまあと気を静めていただく。物事順番というものは大切なのだ。

「そもそもこの記事の書き方がね、なんか俺的に嫌なんだよな。君は暴き出せるかっ!なんてそりゃ誰もこんな与太話信じないと思うし、俺達のこと知ってる人からすれば、あーなんか誤解して誇大広告しちゃってるよーくらい思ってると思う。でもさ……」

 うーんと、小首をかしげて敢えて、佐々木さんに女声で問いかける。

「あたしがフルで完璧に女装して、佐々木さんと並んで、どっちが男ですか? と聞いたら、負ける気は、ないけど?」

 しれっといってやると、彼女ははぅうととても嫌そうな顔をした。

 この記事に対してわくてかしちゃったバツである。少なくとも佐々木さん相手だったら、見劣りするつもりも女子力で負けるつもりもさらさらない。彼女も魅力的でおもしろい子ではあるけど、崎ちゃんたちと比較してしまえば、普通女子である。

「まあ、にわかの俺でこんなもんだから、たとえホントに女子生徒として生活してる子がいるってんなら、むしろ超絶美人だったりとか、乙女チックすぎるとか、そういう感じなんじゃないかなぁ」

「玄人として、怪しいと思う人は?」

「いません」

 断言。隣にいる千歳がその人間なのは知っているが、それでもしっかりと断言する。

 嘘といえば嘘なのだけど、千歳は厳密に言えば男の子ではないし、そのカテゴリに入れるのはよくはない。

「そもそもだよ、佐々木さん。君に、本当は男なんだろう? って言ったら、大変失礼だと思うんだよね」

「そりゃー傷つくかなぁ。なんかどうしてそんな話になったって思っちゃう」

 でしょーと、相づちをうつ。とりあえず誤解で女子にとばっちりが行く危険性をまずあげておく。

「これで俺は写真撮りまくってる人だし、出会いもあるし、名簿の写真なんかも見てる。それでこの人は絶対男子だ、っていう女子生徒を見たことはないよ」

 思えば、入学式の写真だって仕分けさせられたが、その時、千歳の顔はヒットしなかった。

 あれだけ遠い写真なら仕方ないというのもあるけれど、あれだけ隠れられるとまぁ無理だ。そして出てきたら出てきたで、彼氏ができて破格なかわいさになったのだから、ここまで自然な感じになったのなら、今回みたいなうっかりさんが無ければよっぽどの玄人でもなかなか見つけられないだろう。

「ホントに?」

「ほんと。演劇部の澪は男子生徒してるから違うんだろうし。俺も、八瀬もちげーもん」

 見ての通り学ラン暮らしですよ? というと、佐々木さんはそうだよなぁとふむんとため息を漏らす。

「そもそも、そういう人もいるかもねーで締めくくってるんだし、そうそうそんな話があってたまるもんですかい」

「えぇー、ミステリーが足りないなぁかおたんは。密やかに女子生徒として過ごす潜入系ってもう、たまらないっていうのにっ」

 ああ、女装潜入のこの四文字。聞くだけでテンションが、はぅ。もう想像するだけで……と佐々木さんが軽いショック状態だ。ミステリーオタクだったはずなのに、どうしてこの子はそんなに潜入系AVGアドベンチャーゲームの影響を受けてしまったのか。

 そのテンションの高さに千歳があわあわとどうしていいかわからずにこちらにすがるような視線を向けているではないですか。

「いや、さ。俺が言うのもなんだけど、学院生活を全部女子で過ごすっていうのは、俺なら願い下げなんだ。そりゃスキルはいろいろある。たぶんそれこそ別の学校に転入とかして、ってことであれば、女子生徒で通用する自信、あるよ?」

 女装潜入とかやってお姉ー様とか呼ばれてやんよ、と言ってもすでに木戸の女装スキルを知っている佐々木さんからはなんの反応もない。だから。

 でもね、と敢えて女声にして追加をつける。

「それをするには、じりじりとした苦労というか焦燥というかさ、そういうのたんまりなわけ。女子高潜入エロゲとか、見ていていたたまれなくなるからっ。あーまた、佐々木さんは、お前に男の心はあるのかどうかみたいな顔はしないっ。確かにすけべ心はないのだけれど、こまこましたところまでに気を配るって、案外大変っぽいよ?」

 もちろん習慣自体を女子のそれにしてしまうというのならば、うっかりミスはないと思う。千歳みたいな子がたちしょんをするということもないのだろうし、女子として女子と同様にするだろう。

 けれどもだ、気になりだすととても気になるわけだ。

 細かいところはたんまりある。体の構造の違いから発生する微少な差は、玄人になればなるほど気になるし、それを毎日突きつけられながら生活するのは、どうなのかと思うのだ。

 自分は女の子だって言い張ってる子が、男女差を埋めるためにその違いに直面しなければならない。それだけで精神的にかなりの痛手になるだろうし、さらにはしっかりとそれを見つめて改善をしないといけないのだ。それに輪をかけて、周りから男の娘はいねぇがーと注目されるかもしれないとなったら、こうやって目の前で震えてしまうのもわかるというものだろう。

「本当にいるんだとしたら、そっとしておいてあげたいし、騒がない方がいいと思うんだよ」

 千歳もそう思うでしょ? と聞くと、なかば涙ぐむようにして、はいと答えた。

 まったくそんな顔されたら頭を撫でたくなるじゃないか。くしくしなでると安心したようにあのときからの笑顔を浮かべてくれた。可愛い。撮影したい。

「あー、それと佐々木さん。一つネタばらしなのだがね。これ、この写真の正体な、写真部で夜撮影のための合宿やったときに来てたルイさんなんだ」

 さっき遠峰さんにも聞いたので間違いないと、しれっと嘘をついておく。基本あまり嘘はつきたくないのだが、今回はどうせさくらも写真を見ればわかるだろうし、そういうことにさせてもらう。後で、ごめんとルイバージョンでメールを送っておくっておこう。

「は?」

「ルイさん……か。なるほど。どうしてそういう状況になったのか……までは先輩に聞いても無駄ですね」

 千歳がわしゃわしゃする手をぎゅっと握り込みながら、こちらにあわせてくれる。

 顔にはもちろん、あとで説明詳しく、なんですかそのイベントはというようなのが見え隠れしている。

 髪型をツインテールにしていた理由までも含めてあとで説明するしかないだろう。 

「そういえば、さっきまですこんと忘れていたけど……」

 じぃと木戸と千歳の手の状態を見ながら、佐々木さんは首をかしげた。

「どうして二年生が木戸くんのところに?」

 とりあえず、女子として男の子が通っているというミステリーを片付けた彼女は、どういう繋がりかなぁと聞いてくる。思い切り興味がそちらに向いたようだった。

「ああ、青木の彼女だよ、こいつは」

「はぃ?」

 さすがにそれはないわーと、佐々木さんがぽかんとなった。

 そうだろうそうだろう。それは痛いくらいによくわかる。どうしてこんな可愛い子が青木と付き合っていまだ続いているのかは彼女の言葉を借りるなら本当にミステリーである。

 けれど佐々木さんとしてはそんな青木の彼女が、どうしてその友人とはいえ木戸が先輩として慕われているのかも気になるらしい。

「あー、ほら修学旅行とかでいろいろあっただろ。そこらへんの話もあって意気投合して、いまじゃ先輩後輩の関係です」

 青木があほやったら泣きついておいでっていってあるんだというと、佐々木さんがあきれた顔をして言い放った。

「なんだかそれって、女の先輩の立ち位置じゃないかなぁ?」

「別にいーじゃん。青木被害者友の会みたいな感じで」

「って、先輩それはいま付き合ってるわたしに失礼です。きちんとしてるしいい人だし。すっごくいま幸せなんですからね」

 青木談義を佐々木さんとしていると、今の彼女である千歳はぷぅとふくれていた。まああれで青木は女子には紳士的なのだし、ちょっと言い過ぎたかもしれない。

「はいはい。存じておりますよ。女の子相手ならへたれだしな、あいつは」

おっと、王子さまのご帰還ですよ? と言ってやるとすぐに、どたどたした音を鳴らしながら青木が教室に戻ってくる。そう。千歳が飛びつくなら通常青木のほうなのだけど今日はちょうどタイミング良く青木がトイレに立っていたのだ。

 時間がかかっていたから、大きい方だったのかもしれない。

 彼が戻ってくるのを見つけると、千歳はぱぁと顔を明るくして、彼のもとに近寄っていく。

 とりあえず新聞の内容の方に関しては安心してくれたようだ。

 一応は、こちらでも手を打っておこうと思う。八瀬に上目使いでおねだりでもしておけば、写真部の問題の子はなんとかなるだろう。あと、あのぶれぶれ写真撮ったやつ。三脚の使い方を教えて差し上げたい。

「ちょっと寂しそうな顔をしている?」

「うーん。まあ取り残された感はあるよ。身近にカップルになる連中が多くてさ」

 どこもかしこもカップルだらけ。そんな中にいると自分はどうなのだという気分に多少でもなる。

「それは木戸くんが全力でフラグを折り続けてるからだと思うんだけどな」

「自覚はとてもあるけれど、彼女か、あるいは彼氏か どっちにしろ面倒くさくてな」

 崎ちゃんとは年に数度あうからいいのであって、それが毎日となると、毎日べたべたとなるととても面倒くさい。毎日撮影ならそれはそれでいい被写体だけれど、デートの想像の一件からしばらくその手のことはいいやと思ってしまっている。

「にははっ。たしかに恋愛は甲斐性がないと続かないっていうもんね。そういう意味では木戸くんには永遠と恋人とかできなさそう」

 むしろできたら、ミステリーと言い置いて佐々木さんが去って行った。

このお話か、実際の夜撮影のあいなさんの講習会とどっちにするかすごい悩みましたが、まずはこっちからで。

破綻はないかしら、とかすごく心配ではあるものの、今回は千歳メインのお話です。

トランス行為は疑心暗鬼から始まります。全部が敵。道中の犬すら自分を見ているような……いえ、実際小学生から指さされたりとか、しっ、見ちゃ行けませんとか、って千歳はその段階は越えてますけれど!

 そりゃ、この学校に、そういうのいるかもって言われたら怯えもします。

 ルイさんは男だろうと女だろうとどうでもいい感じですが、あれは普通例外だと思います。あんましうちの話でこのてのやらないんだけど。

 高校卒業時に、いづもさん中心にしたトランス話をねっとりといきますので、楽しみに……する人がいるかはわからんけど、よろしくです。みんなで季節外れのブッシュドノエルを作るのだ。


 はい。明日。朝間に合うかっていうか、無理くさいけど、今回と悩んだ「夜景撮影の講習会」ネタ行きます。今の写真部は男子も半分くらいいるのでそこら辺の処理も楽しいです。

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