131.
「誕生日おめでとー!」
「ありがとー」
目の前にずらっと並んだケーキを見ながら、わーいとチーズタルトをお皿にのせる。
約束通りシフォレでの誕生日会という運びになった我々は、今回は予約という無茶ぶりをせずに夜時間を狙っての参加ということをしていた。ここに来るまでに一日中エレナをモデルに町中ポートレートを撮っていたというのもあるにはあるのだけれど、なにぶん知人の多くが受験生だったりで人が集まりにくかったのもある。よくあるようにエレナと一対一での誕生日会となった。
崎ちゃんからは、別にあんたの誕生日なんてしらないんだからっ、とか当日にメールがきていたけれど、アレはアレで祝ってくれてるのだろう。
「ほんとここはいいよね。甘すぎず優しい味で、大好き」
自分でもイチゴのタルトをとってエレナは幸せそうにそのかけらを口に入れていた。
今日は誕生日企画というのもあって、ミニケーキの盛り合わせを用意していただいた。普段のものよりもちょっと小さめに作られたものがずらりと20種くらい並んでいて、さぁどうぞというような形である。いづもさん曰く女子はこういうの好きでしょ? とのことだが、確かに欲張り女子に人気がありそうに思う。
まだ試作段階で今日は特別メニューで試しに出しているようだけど、そこそこ需要はあるようで特別な日でなくてもオーダーする人はいるらしい。
カットで形を変えられるものはいいとしても、モンブランなどは特別小さく作らないといけないようで、数の調整は今後の課題なのだそうだ。
「これで並ばずに入れるといいんだけど……まあ夜じゃしょーがないか」
昼の空いている時間を狙えばそれなりにすぐに座れるけれど、日曜の夜ともなるとさすがに難しいと言ったところだ。
「でも、夜は夜でほんのり光がともっておしゃれだよね。こういうのかわいいなぁ」
「そうだねぇ。たいてい昼にしかこないから、このライトアップはあたしも知らなかった」
店は淡い黄金色に染まっている。もともとランプが各場所にあるのは知っていたけど灯るとこうなるのかという絶妙な明るさを演出している。心なしか回りの客層もがっちりスイーツを食べますと言う女子ばかりな空気よりもゆったり異性とというカップルが多いように思う。男同士で甘いもの食べている人たちはさすがにいない。ルイたちは見た目女子なので女の子同士である。
そうやってもくもくケーキを味わっていると、隣の席が空いた。隣といってもしきりはあるしそこそこスペースも開けられているので、聞き耳をたてたり覗きこんだりしないと様子はうかがえないようにはなっている。半個室とまでいってしまうと大袈裟だけれど、デートスポットとしても使うなら、この席の配置はありがたいものだと思う。
そんなお隣さんはルイ達が店に入ったころには食後の紅茶を飲んでいたようなので、わりと入れ替わりになったらしい。
ささっと愛さんが食器を片付けてテーブルを拭くと、外で並んでいた方を案内してくる。
けれども、そこに通された人を見て、一瞬目を見開いてしまった。
しきりはあっても立っている人の顔は見えるのだ。
「あれ、はるかちゃんじゃない?」
こそっとこちらにだけ聞こえる声でエレナが言う。
コスプレ仲間というのもあって、それなりに親しくしている間柄だから、顔を見ればすぐわかるといったところだろうか。今日のはるかさんは、その……すごく気合いが入っていた。何かのキャラをやっているというわけではないけれど、肩くらいまでのウィッグをつけて、お嬢様っぽい感じの装いだ。パーティーとまでは行かないけどオシャレさんである。
「あー、うーん。男の人と一緒みたいだから、ちょっと他人の振り、しておこう?」
そしてもう一人の人影。そちらは当然岸田さんだ。日曜日に二人きりとはなかなかやるではないですか。
紅茶で少し乾いた喉をいやして、無意識に隣のテーブルの会話を盗み聞きしてしまう。聞き耳を立てれば一応聞こえるのである。
「ここがシフォレか……確かにすっごくいいなぁこれ」
岸田さんがこちらに気づかずに店の中をぐるりと見渡している。
九月にあんな話をしたものの、結局会社の同僚の女の子は誘えなかったということだろうか。
たしか先月のイベントの時にはるかさんはここの話をしていたから、彼女自身ははじめてではないのだろうけど、デートとしてははじめてなのだろう。めちゃくちゃガチガチになってしまっている。
岸田さんみたいな仕事できそうなにーちゃんならば、わりとすぐに女の人をひっ捕まえられるかなと思っていたのだけれど、三ヶ月経ってまったくそれができないというのもどうなのだろうか。
ちょっと声をかければほいほい着いてくる人はいると思うのだけど。
「お褒めいただき光栄ですわ。いらっしゃい岸田さんと……おや。その彼女さんってことでいいのかしら」
女装の人はいづもさんが直接オーダーを取るのが決まりになっているのだろうか。
いつのまにか隣の席の脇についていたいづもさんがぱちりとウインクをする。そのウインクにはるかさんはいくらか緊張を解いたようだ。
前にも来たことがあるとか、いろいろ余計なことはいいませんというアピールなのかもしれない。
もしくは女装なのわかってますけど内緒にしますね、なのだろうか。いづもさんならあれだけばっちり着飾っていても見抜いてくるだろう。雰囲気で。
「彼女っていうか……会社の同僚ですよー。ここ、女性同伴じゃないと入れないっていうから、無理を言ってきてもらいました」
いや、無理しすぎだろうという突っ込みを入れたくなったけれど、チーズタルトの濃厚な味でそれをかきけす。
「あらあら。それならもーたんまり召し上がっていただかないとね」
ふふふと楽しそうに二人に視線を送る。いつもより三割増しで笑顔なのは、いづもさんの趣味の一つである女装の人が目の前にいるというのと、その相手がやたら恥ずかしがりながらちらっと岸田さんを見上げたりしているからだろう。
むしろルイとてその表情は写真に撮りたいくらいだ。この状況ではさすがに無理なので泣く泣くイチゴムースをあむりといただく。美味い。
「そうそう岸田さん。あの後いただいたアルバム、すっごく素敵であの子も喜んでました。写真もありがとーって。馨くんに連絡とれるようなら、是非伝えてあげてください」
「そうですね。それならお父上に話しておきましょう」
直接本人に連絡もできるけれど、その方がいろいろといいでしょうしと、岸田さんは不思議な配慮をしてくれた。たしかにメールアドレスは教えてあるので連絡はつくけれど、そこで敢えて父の方に話を持っていくあたりがありがたい。
いうまでもなく木戸父はあんな感じである。写真への造詣はまったくなく、適当に撮ればいいんじゃないかなんて言っちゃうくらいの人なのだ。だからこそ木戸がどの程度できる子なのかもわからない。せいぜい遊び回ってるくらいしか認識していない。
まあ、女装して遊び回ってるのは事実なので半分は言い返せないけれど。それでも仕事の成果でこれだけ喜んで貰えるのだということは是非父にも知っておいてもらいたい。
「さて。それでオーダーはどうします? ああ、彼女さんの方はアップルティーとアップルパイのセットですね。リンゴづくしはうちのおすすめですよ?」
「リンゴかぁ、他のはなにかあります?」
「洋なしとブルーベリーのタルトとかいかがかしら? もしくは欲張り女子二十種ミニケーキとかもありますが」
「二十種はさすがに多いかな……じゃあ洋なしとブルーベリーのタルトとコーヒーを」
かしこまりましたーと、いづもさんはオーダーを済ませると隣のテーブルを離れた。
厨房に戻る、かと思いきや今まさに洋なしとブルーベリーのタルトを口に入れたこちらに近寄ってくる。
「聞き耳たてちゃ、だーめ」
ぽそりと耳元でささやかれて、はぅっと体を震わせてしまった。
「でも、ですね。でも、ですね」
はわはわと興奮気味に手をぱたぱたさせていると、いづもさんはまあ気持ちはわかるけどねーと苦笑気味だ。
「興奮はわかるけど。人の恋路を邪魔すると、いろんなことがおきちゃうらしいわよ」
ふふんとそれだけ言い置いていくと、彼女は厨房に入っていった。
完全に聞いていたのがばれていたらしい。
「とりあえず詳しい話は後に聞かせてもらうとして……」
エレナは楽しそうに小首をかしげながら、イチゴのタルトの欠片をこちらに向けて、さぁどうぞと微笑むのだった。
「はーるかさんっ」
お相手の岸田さんがトイレに立ったところを狙って、ひょこっと仕切りから顔を出してはるかさんに声をかけておく。あちらも先ほどまでアップルパイやタルトを食べながら、幸せな空気を出していたところで、会話こそ聞くのを遠慮したけれど、幸せオーラは十分に感じられた。
しかし残念なのが、あーんという甘いアレが無かったという所だろうか。
せっかくデートできているのだから、あまあまべたべたな顔も見せていただきたい。というか撮らせていただきたい。
そんなことを願うのは少し酷だろうか。はるかさんからはラブラブなオーラが出ているのに岸田さんの方はどちらかというとケーキの方に夢中という感じなのだ。もちろんそのために女子を捕まえてきているので、正しいことではあるのだろうけれど。
「はわっ。ルイちゃんに、エレナちゃんまで?」
全然気づかなかったとはるかさんは驚いた表情を浮かべた。
エレナもぽわぽわした顔をしながら手を振ってる。もうカップルさんをみて、このこのうというような状態だ。
「男の人のお手洗いはちょっぱやですから、手短に。このまま知らない人のふり、しといたほうがいいですか?」
「も、もちろんです。岸田さんにあのことばれたら……さすがにその」
うー。とうめいてしまう彼女の心情はよくわかる。
コスプレそのものへの偏見に加えて女装という要素まで入ってしまっては、もう手の施しようがないだろう。今日の女装自体は岸田さんがお願いしたからやっているとしても、それが普段からやっているとなるとやはり印象は違う。
いちおう、弁解はしておくけれど、木戸の周りの人間関係が特殊なのであって、普通にほいほい女装をできるようにはまだなっていないのだ。特に年齢が高くなればなるほど偏見は強いし、父親世代となると木戸家ですら放任までであって、積極的に認めてくれているわけではない。
週末のあそこらへんの趣味が岸田さんに伝わってしまったらどんな冷たい目で見られるかという風に怖がっているのだ。もちろんだからこそ会社ばれの話であれだけ恐れおののいていたのである。
「そういうことなら、了解です。我々はもうちょっとで出ますし、お二人でごゆっくりと」
ふふっと誤解されるように、微笑してみせると西さんの顔がみるみる赤くなる。
ああ、可愛い。もうカメラは手持ちであるから撮影してしまおうか。いや、しかし駄目か。くぅ、せめて一枚だけでも。
「こらっ。ルイちゃんだめだよそういうの」
手をわさわささせていたらぺしんとエレナにおでこをはたかれてしまった。
さすがにこの状態は撮影禁止ですとでも言いたいのだろうか。できればツーショット写真とか撮ってあげたいのだけど。岸田さんはともかくはるかさんはめちゃくちゃ喜びそうだ。
けれどもその前提として、胡散臭くならないレベルで岸田さんと出会わないと行けない。木戸馨としては知り合いだけれどルイとしては初対面の相手な上に、はるかさんとは初対面を装わないといけないという、とても複雑な状況である。
「私ははるかさんのこと、応援しますっ。その、いろいろ不安になったりとかあると思いますけど」
自分のこともあるからなのだろうけれど、エレナが胸元できゅっと拳を軽く握りしめてとてもまじめな視線を向けていた。むしろこういう方が相手には重そうな気はするのだけれども。
「え、えーと。別に今日はデートってわけじゃなくて、その、先輩がシフォレ行きたいって言うから、その」
「その割にはおめかしっぷりが半端ないですよねー」
「だ、だってここ女性同伴じゃないと駄目っていうから、がんばらないとって」
その言い訳は確かに筋が通っているけれど、実際は岸田さんにかわいい姿をこのさい見てもらいたいってところなんだろう。いくら同伴が必要といったって、女性用の小さな鞄まで用意するというところあたり、トータルでコーディネイトしているし、いささか気合いが入りすぎだ。
「はるかさんなら普通に問題なく入れると思うんだけどな」
ね? とエレナに同意を求めると、うんうんと頷いてくれた。そもそも前にも来たことがあるんじゃなかっただろうか。そのときまで気合い入りまくりだったとはさすがに思えない。
「まっ、そんなところで。帰ってきちゃいそうですからね」
後で、どーなったか教えてくださいよー? と含み笑いをしながら伝えると、からかわないでようとはるかさんの情けない声が漏れた。かわいい。
そんな姿を堪能しつつ、ガトーショコラを突っついていると岸田さんがその直後に戻ってきたようだった。
ああ。普通におねだりしてみた二十種詰め合わせは、本当に食べ応えがある。量は確かにあるしカロリーもあるのだけど、こんなに一気にいろいろな種類のケーキを味わう機会は滅多にないだろう。ケーキバイキングもかくやという勢いだ。
最後に残ったプチモンブランの栗を口に放り込むと甘くてねっとりした味わいが広がっていった。
「それじゃ、ごちそーさまです。エレナも今日はありがとね」
「いえいえ、こちらこそ受験勉強の合間に息抜きできてよかったよー」
ちょうどエレナもプレートを食べ終えて食後の紅茶をいただいているところだった。満足ですと顔に書いてあるのが良くわかる。とてもずっしりと食べた感のあるいいメニューだ。確かに欲張り女子には人気がでそうである。
ちらりと隣のテーブルを見るとはるかさんはアップルパイを食べながら、表情をどうだそうか模索をしているようで、まだまだ欲張り女子とまではいけないらしい。さっさとそのタルトちょーだいとか甘えた声を出せば良いというのに。
「それではまた、お茶をしにくるということで」
今日は出ましょうと満足げに席を立つと、もうはるかさんの方は一切見ずにお会計を済ませることにした。
二十種プレートはさすがによいお値段がしていたのだけれど、そこはエレナお嬢様のおごりなのでありがたい。
あの二人が仲良くこういうものをつつき合える日が来るといいなぁなんて思いながらルイ達はシフォレを後にしたのだった。
シフォレの二十種プレート(仮)書いていてとても、自分で食べたいのですがとか思いました。二人でシェアする形式だけど、さすがにすごいカロリーになりそう。
はるかさんは、やっぱりかわいいなーとか、ややこしいなーとか、ルイさんが一番ややこしいですよ貴女ーって感じの回でした。
今後も岸田さんたちは、おいしいシーン満載でお送りいたします。受験終わるまではこのままなのですけれどね。
さて、次回ですが。そろそろ受験本番。願書を出さねばならないわけですが、そこで必要になるもの=顔写真というわけで、美容院にいくお話です。ほぼ書き下ろしになるので、どうなるかな……いいや、書けるっ。私なら書けるはずっ。




