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130.

「あー、珍しく暇だなぁー」

「そうっすね。今日は納品少ないとかなんでしたっけ?」

 十一月三十日。夕飯を買いあさる人達の相手をしたらコンビニは一休みの時間帯に入る。

 通常ならこの時間に入荷と品出しがあるのだけど、明日は大雨の予報で客足が落ちるということで、少しばかり入荷をおさえているなんていう話は先ほど聞いたばかり。おまけにいつもよりも早めに搬入されたものだから、もうあらかたやることも終えてしまって、あとの時間は掃除やらに終始するくらいしかない。

 さて。

 誕生日は早く帰って誕生日会、だなんていう発想は我が家にはない。

 というか、そういうイベントがなくなったのは小学五年の頃からだろうか。

 ああ、今でもしっかりと覚えているさ。あの時のことは今でも忘れない。

 当時、仲の良かった子達が「じゃあ、お誕生会やろうよ!」なんて誘ってくれて、家で何人か集まって……なんて話になったわけなのだけど、そこにどどっと十人以上の子が殺到したのだ。さてその人数を収容できるだけのスペースなんてものは木戸家にはないわけで、近くのレストランを借りてのちょっと盛大な誕生会になってしまったわけだ。

 もちろん相手の親ともやりとりがあって、金銭的な面での負担はあんまりなかったようだけれど、もうやだ、と母親がさじを投げた。子供相手の人数が増えるというのは純粋にその親御さんとのつながりが増えるということでもある。こちらに来たならあちらにもなんていう話にもなり得ることだし、それからぴたっと「やりません」という結論になった。誕生日会そのものをしなければ、そういう家なのだということで周りも無理強いはしないだろうということだった。

 別段寂しいとは思わなかったし、誕生日のパーティー自体にそこまでの思い入れもないので、ないならないで別にいいのだけど、最近は「相手との交流がちゃんとある」パーティーは良いもんだな、という思いはある。

 今にして思えば、当時の子たちは木戸ともっと仲良くなりたいとかそういう思いで誕生日会に名乗りをあげたのかもしれない。こっちで誘ったのは本当に仲のいい二、三人だったわけだけど、なまじ笑顔でおはようなんて毎朝みんなにぽわぽわした挨拶なんてのをしてたので、勘違いした男子が多かったのではないだろうか。もちろん、中学のころみたいに告白がどうのという前段階の「興味がある」程度だったのだろうけど、ちょっとあの頃は興味もたれすぎだったと思う。

 ちなみに、言っておくけれど、リコーダーが湿っていたことはない。さすがにこれを男子の身でやられたらトラウマどころの話ではなく普通に登校拒否だ。いいか小学生達。好きな子のリコーダーは舐めてはいけません。もちろん嫌がらせもだめ。絶対。

「あの人、廃棄減らすのに神経すり減らしてるから、客足には敏感なんだよなぁ。まー自分の所の客足もまったくないようだが」

「それって、もてないってことっすか?」

 そうそう、と先輩は自分の冗談に満足げににやにやとしていた。 

 店長といっても雇われ店長ではあるのだが、ここを取り仕切ってるのは二十七歳の独身女性である。確かに結婚適齢期まっしぐらで男っけはまったくないのだけれど、客足がないはさすがに可哀相だ。

「でも密かに彼氏いるんじゃないですか? あれで干物って感じじゃないし」

「そうか? いかにもなんにもしてなさそうじゃね?」

 化粧とかマニキュアとか全然じゃんと先輩はいうのだが、見ているところがやっぱりちょっと違うのだろうか。

 確かに店長は化粧っ気がない。手だってそのまま。ネイルアートなんて縁がなさそうだ。

 けれども、素材自体はけして悪くないし、あれでお肌の手入れとかはしっかりしている。これだけ手洗いが多い環境で手荒れがないのだから、むしろ褒めていいくらいだ。もちろん木戸だって手荒れはまったくないわけだけど、そんなのしっかりハンドケアをしているからだ。

「ま、気づかないなら別にいいんですが」

 彼に聞こえないようにぽそっとつぶやいておく。そういうところに気づけないから貴方ももてないのですよと内心では思うもののさすがにそれは言い出せない。まあ木戸ももてないのでそこら辺が重要かは知らないが。

「あーあ。珠理ちゃんみたいな子が一緒に働いてくれてたらなぁ」

 そのとき流れたラジオの曲が崎ちゃんのだったのでそんな台詞が出たのだろう。新曲を出したから聴きなさいよね! とかこの前押しつけられたのでCDは手持ちであるわけだけど、女優をやりながら歌もというのはレッスンも大変だろうなと呆れてしまう。ドラマのタイアップで主題歌をとかいうのでそうとう力は入れたらしい。

「あんなのと一緒に働いたら休み無しですね。もう毎日ぐったりですよ」

 まったく、と本心をつぶやくと、いや、それは夢がねぇだろと言われてしまった。

「そりゃ確かに仕事しまくりだろうし、レギュラーも多いけどさ、そういうリアルな話じゃなくて、もっとこう、ロマンだよロマン。ああいう可愛い子にこう、耳かきとかしてもらいてー」

 うはたまらん、となにを想像しているのか、先輩はふにゃっとした。だらしない。

 はいはい、わかりましたよと掃除でもするかと思った矢先、彼はふと昔の話を持ち出してきた。

「そういやお前、一昨年の冬、珠理ちゃんとなんかあったのか? この店来たときにさ、ほらつゆだくで白滝買ってたろ、二個」

「アレはどっきりだったって話はしたはずですって。なーんもないっすよ」

 まあ、実際いろいろあったんすけどねぇ。目の前のこの人にぺらぺら喋りたくはないですよねぇと、ちょっと視線が泳いでしまった。

 だからこその追撃なのだろうか。

「え? 意気投合して二人で仲良く白滝食べたとかそういうんじゃないのか?」

「あの。俺が貧乏性なの知ってますよね? 期限切れたおでんもらうか、安売りの時しか買わないの知ってますよね」

 なんだって定価でおでん買えるとか思ってるんですかっと詰め寄ると彼は、うおっとなった。

 そう。奢ること自体がまずあり得ないことなわけだけど、それでも自分の分は節約するのが木戸流である。

 白滝は確かに安い方ではあるけれど、10円の違いは大きいものだ。塵も積もれば山はできる。

「わ、わかった。あくまでも撮影スタッフにちょっと差し入れしたってことか」

「わかっていただければなによりです」

 ふぅとため息まじりに肩をすくめると彼は興味を無くしたようで、週刊誌をぱらぱらめくり始めた。

 店長がいたら確実に怒られた上に店のもん三部買えと脅されるところだけれど、今日はもう帰宅済みということと特に木戸が一緒なので問題ないと思ってるんだろう、緩みっぱなしな人だ。他の店員ならチクられるとでも思うようだが、かなり舐められている気がしてならない。まあその分忙しくなったらちゃんと働いてくださいよと言っているし、実際フォローも上手くやってくれるので飴と鞭でいいと思っているのだが。

 ちなみに本日のその雑誌は先ほどすでに購入済みの一品だ。さすがにここのところ危ないと思って立ち読みならぬ座り読みはしなくなったらしい。

「あーあ、なんか珠理ちゃんに男がいて、にまにまメール交換してるとかなんとかいう話だったから、実はお前だったらすげーなって思ったんだけど違ったか」

「どうせ女の子相手とか、仕事関連のメールとかじゃないんですか」

 どうだすげーだろ、とはもちろん間違っても言わない。絶対内緒ねと言われているし、伝えるメリットが欠片もないのだ。

「いや、それがどうも……男っぽいっていうのが週刊誌に載ってたんだよな。メールの文面がちょっと固めだってさ」

「それ、携帯……じゃなくスマホか。それのぞき見した人がいるってことですか?」

 週刊誌の類いはあまりみたいのでわからないのだけれど、そんなニュースが流れてるだなんて知らなかった。

「いや、事情通とかっていうところからの話っぽいからなんとも」

 俺が知るわけがないといわれて、まあそうですよなと答えておく。

 崎ちゃんの男の影というで一番危ないのは、もちろん自分である。ただの友達だけれど、普通の友達としてでも世間はあーだこーだと噂したいのは知っている。だから崎ちゃんの学園祭の件以来、ルイとして遊びに出ることの方が多いのだけど、その前のうちの学校の文化祭に来たときの話が噂となっているのかもしれない。

 それともメールの方がいけないのだろうか。人様のメールをのぞき見するとは良い根性なのだが、一般人の中にはそういう失礼な人がいるのかもしれない。

 基本木戸のメールは、質素だ。そもそもメール友達というものがあんまりいないし、エレナとはテレビ電話ばっかりだし、必要なとき必要な情報を送るためのツールとしか認識していない。

 そこのところで、顔文字いっぱいとか絵文字いっぱいとか、砕けた口調で喋りまくるとか、無理なのだ。だからこそちょっと無骨なメールとして捉えられがちだ。まあ、それで彼女から苦情が来たことがないので、そのままここまできてしまっている。 

 ただ、メールまで盗み見られるのが彼女の生き様なのだとしたら、ちょっと考えなければならないかもしれない。登録名はカオルになっているからべつにそれでどうのこうのはないだろうけど、ちょこっとルイっぽい感じの口調にした方がいいだろうか。いいやむしろルイとして再登録してもらった方が……

「って、おま、大丈夫か? 眉間にしわがよりまくってるけど」

 少し考え込んでしまったせいで、ひどい顔をしていたらしい。彼の指摘にははは、とあいまいな愛想笑いを浮かべておいた。

「いいえ。メール一つで大騒ぎだなって思って。それだけです」

 見られる仕事をしているとはいっても、誰と交際しているだとか誰と連絡を取っているだとかそんな私生活までばっちりと撮られてしまうのは不憫だなと思ってしまったのだ。

 そもそも見てもらいたいのは崎山珠理奈の「すべて」ではなくて、「演技や歌」であるはずなのに、彼女全部に無遠慮な視線が向けられるのはイライラする。

 こんなむかつきを感じるのは、自分も撮影をするものとして作品よりも撮影者の方に注目が集まっているからなのかもしれない。レイヤーの人達は写真を見た上で自分を評価してくれて、それを元に集まってくれる。

 それ以外の場合は、去年の騒動を覚えていて、ああ、あのとなることが多いのだ。

 一度崎ちゃんにその話をしたら、見られるものの宿命ということで仕方ないとは思ってるけど、となんだかもごもごその後は聞き取れなかった。

 彼女がそれでいいなら頑張れとも思うけれど、メールの件に関しては今度打ち合わせをしておいた方がいいかもしれない。

「それだけ注目されてるってことだしな。はぁ、珠理ちゃんと一緒にデートとかしてぇ」

「デートの前に先輩はまずトイレ掃除してきてくださいよ」

「ったく、お前はあと一時間で上がりだから良いだろうけど俺は明日の朝までなんだよ。暇なんだしちょっとくらい夢を見させてくれって」

「枕の下に本をしいて寝ると、良い夢みれるみたいっすよ」

 雑学を披露しながら、まったくこれだから男子はとちょっとルイよりな考えが頭に浮かんでしまう。

 ちなみにその雑誌の巻頭特集は連続殺傷事件の話だから、きっと珠理ちゃんとラブラブな夢ではなく、誰かに追われて息も絶え絶え逃げ惑う夢が見れることだろう。

「そうなるとカメラ雑誌を枕の下に置くと良い夢が……」

 そんな馬鹿なことはないだろうと思いつつ、今晩試してみようと改めて決心してみる。

「お前も高校生男子としてもうちょっとこう、女子に興味持ってもいいと思うんだよな。あんがい可愛い顔してるんだし、その気になればそこそこ女子が集まるんじゃないか?」

「今年は受験もありますし、それにモテる男子の条件に身長ってのがあるじゃないですか」

 おや? 彼の台詞を聞いていて少しだけへぇと思ってしまった。眼鏡をかけているともさいだのなんだの言われることが多いのに、可愛いだなどとおっしゃる。もちろん彼がいうそれはあくまで男子として可愛いほう、という意味ではあるだろうけど、そこに気づくとはなかなか侮れない。

 あれか。女子のことは恥ずかしくて凝視できないけど、同性のことは見れるとかそういうことか。

「まぁな。高身長の男子のほうがモテるのはモテるみたいだが、小動物系の王子様キャラもいけるらしいぞ」

 がんばれ、と笑いながら彼はトイレに消えて行った。

 ふうむ。どのみち誰かと付き合うつもりはさらさらないのですが。

 そんなことを思いながら、深夜客用の揚げ物の準備をしはじめる。

 作りすぎはよくないから押さえるものの、十時までの残り時間をただ過ごすわけにもいかないのである。


 後日、メールについて崎ちゃんに聞いてみたら、せめて文字だけでも男でいてくださいと泣きつかれたので、いつも通りのメールの文面で送ることになった。スキャンダルについては事実無根だし、メールに関しては他人に見られたりもないから気にしないでいいということだった。

 それからわーっと、週刊誌ひどい、なんていう愚痴が続いたし、別に付き合ってる人とか全然いないし今まで通りで! とか力強く言われてしまったのだけど、もとよりそのつもりだと連絡を入れたら、うぅ、となんとも言えない返事がきたのだが、意味はよくわからなかった。


 崎ちゃんのもごもご聞き取れないあれは「馨とデートできないのは仕方ないと割り切れない」とかそんな台詞がその後には続いていたのですが、彼がそれに気づくことはないのです。

 そんなわけでコンビニ回ですがテレビスタッフが来たときにいた先輩さんと一緒です。今は大学生バイトになっています。

 外に出歩くときは常時ルイとになったあげくにメールまで女口調となると、崎ちゃんのSPは枯渇寸前だ、になります。可哀相に。

 どうにもルイが男の子にもてる自覚はあっても、男子状態でもてる自覚がさらっさらない木戸くんも、ある意味残念なのやもしれません。


 さて。恒例な次回予告ですが! 少し遅い誕生日会です。シフォレでどんなものを食べさせるのかに今の作者は興味しんしんであります。

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