128.
「んっふう。良い感じに紅葉でにまにましてしまうー」
十一月。少しだけ涼しいというより寒くなってきたこの頃、ここでこの季節を迎えるのも三回目だなぁなんて思いながら、もうすでに町中の風景を撮影してカードの中身はたまってきている。四季それぞれ好きだけれどやはり一番好きなのは秋。
真っ赤な山や森の風景はいつ見たって飽きないし、町の風景がなんだかしっとり艶めかしくなるというか。
夏のカッという日差しに輝く世界も好きだけれど、この時期も大好きだ。
それというのに、二週間に一回程度しか撮影に出られないだなんて、本当にどうにかしていると思う。勉強だってちゃんとやっているし、成績だってむしろ前よりも上がっている位で志望校だってA判定で教師からはもっと上を目指してもーなんていう話すら出るくらいだというのに、一回緩めたらあんたの場合はずるずる緩みっぱなしになるでしょう? なんてひどいことを言われてしまったのだった。
そりゃ確かに三年になるまではかなり外に出てたものだけれど、それでも成績落ちたら禁止と言われていたのもあって相当集中して勉強はやってきたつもりだ。体育以外の成績は割と良い方だ。そりゃ体育は……ちょっと激しいのは苦手だけど、それでもだいたい平均よりもちょっと上くらいはついている。
むしろもう少し回数が増えないと、酸素が吸えなくて溺死しそうである。カメラに溺れてないと溺死である。
そんなわけで、なかなか銀香にこれてなかった昨今なのだけれど、減っているのはこの町にくる機会だけでは当然無い。
イベントだって夏の大きなあれだったり、直近では九月の結婚式くらいなものだ。学校のイベントもあったにはあったけれど、あれをカウントしていいのかはちょっと悩ましい。そりゃ人はいっぱい撮ったけれど、一日中撮影だけをしているという感じでもなかった。
冬はどうするの? とエレナに言われてはいるのだけど、そっちはとりあえずお休みする予定でいる。
受験本番が近いというのもあるし、どちらかというと田舎での撮影を優先したかったのだ。
でも、お正月は一緒に合格祈願しようね? とあの可愛い顔で言われてしまっては、そのイベントには参加はするつもりだ。もちろん写真部の方でもお参りはするのでじゃあ一緒に行っちゃおうかなんて話にはなっている。あの子がうちの部員と絡んだことはほとんどないのだけど、後輩の男の子達の視線を一人でがっちり集めてくれるに違いない。
そんなことを思いながらうろうろと撮影をしつつ、よう久しぶりだねぇなんて声をかけてもらいながら商店街を歩いていると、なにやら見慣れない人達がずらずらと歩いているのが見えた。
みんな同じ方向に向かって歩いているようで、駅から下りてからぞろぞろと進んでいる。
「あれ……今日はちょっと空気が違う?」
普段は町の人しかいないというのに、この光景はどういうこと? と揚げ物やの前で首をかしげているとコロッケをいつもよりも多く揚げているおばちゃんが答えてくれた。
「あーなんだか、コスプレ? のイベントが野球場でやるとかなんだとかでね」
「えええ。この町でやるんですか?」
確かに集まってきている人の空気というかオーラというのはどことなくコスプレをやる人っぽいといえばぽい。
けれども、この町にこの人達を受け止めるような場所はあっただろうか。
野球場……どんなところだっけ? と記憶を掘り返してみる。ああ、確か少年野球をやるための野球場が確かにあった。立派とはお世辞にも言えないけれど、整備はされてあって広さも当然ながらそこそこある所だ。少し窪地になっていてそのまま周りの斜面から応援なりができるというような場所でもある。
「うちの娘も、こんな近くでやるなんて! て朝から大はしゃぎよ。さっさと準備して出て行っちゃった」
「あれ? コスプレの話って……オーケイでたんですか?」
親にばれたらあぶないようと泣き言を言っていたのがついこの前の六月だ。千紗さんもその後必死に説得したらしい。
「やるべきことはやるから、こっちは許してってね。確かに手伝いもするようになったし勉強もするようになったし、前よりもしっかりするようになったかなっていうのと」
おばちゃんがコロッケを菜箸でひっくり返しながら、こちらに鋭い視線を向けてくる。いつもほわほわなおばちゃんが珍しく真剣だ。
「コスプレっていうのにルイちゃん。貴女も一枚かんでるっていうじゃない? そんな話を聞かされた上に、あの子がやってることを否定しないでよなんて言われたら、うなずくしかないじゃない」
「えええ。そういう許し方なんですか?」
いくらなんでも、それは買いかぶりというものじゃないだろうか。
そうやって困惑していると、おばちゃんがふっと優しく目を細める。
「もちろん、人様に顔向けできないようなことだったら、やることやっててもおばちゃんは許さないけど」
ぽふり。頭に暖かい感触が乗った。
「あんたはそんなことはしないっておばちゃんは信じてるからね」
ずいぶんと信じられてしまったものだ。実の娘よりもこんなよくわからない写真撮影している子のほうを信じてくれるだなんて。回数を重ねると人は心を開くというけれど、まさにそれかもしれない。
「でも、こうやって人が集まってくると、うさんくさいって思う人はいるかもしれないねぇ」
「そんなにおかしくもないんですけどね。半年くらい前ですけどこの近くの高校で、こういうイベントやったくらいですし」
「へぇ。学校が許可を出しただなんて」
その元凶となったのは自分なのだが、その話はしないでおく。
学校という公的な場所も認めていますという事実の方がここでは大切なのだ。
「コスプレって変身願望とか、そういうのがありますから。役になりきって暴走しちゃう人も確かにいるかもしれないけど、基本みんな、いい人たちですから」
娘さんだってそうでしょう? と言うと、まぁねぇとおばさんの苦笑が浮かぶ。
外から見た場合、コスプレというものはある意味で、目を引く特殊なものだ。
そこに身を置くあいても、ちょっとおかしいものと周りから見られる可能性は十分にある。そして本当に時々だけれど、その世界に依存しすぎてしまって現実とに齟齬を起こしてしまっている人だっていないでもない。
そういう人達だけを見て、あの人達はおかしいだなんて流言が流れることもある。
けれど少しでもきちんと向き合って貰えるなら、みんなが大好きなことをやっているのが表情でわかると思うのだけど。残念ながらうわべだけで判断されてしまうのがこの世の中なのである。だからこういった人里でコスプレイベントをやろうなんて試みはだいぶチャレンジャーだ。都心の箱物の方が安全性という意味でもいいだろうに。
「でも、やるならちょっとお邪魔してこようかな。最近少しご無沙汰なので」
「いっておいで。それでうちの娘がいたら、写真を見せなさいと伝えておいて」
写真を見せたら見せたでどういうキャラなのかわからなくて困惑するだろうなぁと思いながら、とりあえず伝えることは了承して、イベントが行われている野球場へと向かった。
これ、お駄賃ねと渡された牛肉コロッケはほっこりおいしかった。
「む。小規模の……なんかの縛り付きなのかな。更衣室は野球するときの小さな小屋って、割とチャレンジャーだなこの企画」
全景をいっぱつ撮ってから、風景を眺める。
すでに着替えが済んでいる人が二十人というところだろうか。
グラウンドが広いからその一角を使ってと言う感じだけれど、着替える場所にあたるところはこの野球場についている更衣室兼物置だ。そんなにスペースはないので交代で着替えはしているらしい。
ある意味、箱物を借りた方がよかったんじゃないだろうか、という感じもする。窪地の外側、つまり町の方からは姿が思い切り見られてしまうし、胡散臭いとか思われてしまう可能性だってある。
芝生の斜面を滑り降りると更衣室から出てくる人たちがさらに増えた。
「これはっ。ルイさん!」
んがっ。いきなり周りの視線がその声でこちらに集まった。
なんだかんだでルイは有名だ。人数こそ少ないので取り囲まれるということはないだろうが。
「お久しぶりですルイさん。銀香でやったら来るかもって噂はありましたけどっ! 是非撮ってください!」
わいのわいの。
いきなり数名の女子に張り付かれて一瞬対応が遅れたけれど、スイッチを切り替える。
「はーい! みなさんお久しぶりですっ。今日はゆっくりしていくので、どんどん撮らせてくださいね!」
テンションをそちらに合わせるように強引にあげる。少し煽りのようにもなってしまったのだが、混乱するよりは絶対にいい。一瞬なにがあったのかわかっていない子もいたようだけれど、それはそれでかまわない。
カメ子さんたちは、おい、あれ、と指をさしてくる人たちもいる。たいていが男の人だ。
そういう意味で、女子のカメ子でコスプレをせずに撮影専門という人間はそこまで多くない。
それでこうなってしまうというのもあるのだろうが。一人でイベントに来たことがあまりない身として、今日のみんなのテンションの上がりっぷりにちょっと気後れしてしまう。
「みなさまっ! お静かにお願いいたします!」
人の群れを割るように現れたのは、九月にふらっと会ってしまった西王子はるかその人だった。あれ。でもイベントは十月って言っていたような気がするんだけれど。それとは別の企画なのだろうか。
なんにせよ今日のはるかさんはきりっとしていてかっこいいねーちゃんという感じである。日常の男性の姿よりも背筋も伸びていてかっこいい。
「イベントの主催として、お願いします。今日はあまり我らに免疫のない地での活動です。紳士淑女として礼節を持った対応をお願いいたします」
そうでなければ、異端の烙印を押されてしまうのだから。
ここは安全なホームではないことを彼女は告げる。
その一喝だけで周囲は静まりを取り戻す。年配者ということもあるのだろうけど、その声に宿る力強さにみなさま素直に従うようだ。その姿はこの前会った弱気な相手とはまるで別人だった。
「まったく。来てくださるのなら一言ご連絡いただければよかったですのに」
困った人ですと、そのキャラの声音ではるかは言う。
ややハスキーなその声はルイやエレナと比べるといささか男っぽいのだけれど、ハスキーなかっこよさをうまく引き出せている。話し方もあいまって柔らかい感じはしっかりと出ているのだ。
「すみません。ちょっと不注意でしたね。でも銀香でいきなりイベントやってるって聞いちゃったら来たくなっちゃって」
「はい。貴女のホームですものね、ここは。もしかしたら来るかもなぁなんて頭の片隅では思っていたのです」
苦笑交じりに肩をすくめる仕草まで柔らかい。まったく。
それだけキャラクターになりきれるということに、素直に関心してしまう。
「それで今日は、なにかしら野球系に縛りが入ってるんですか?」
そして周りの着替え済みの人達の装いを見て、そんな疑問が頭に浮かぶ。
今のはるかさんだって、思い切りチアリーダーといった装いだ。ミニスカートだけれど足がほっそりしているのですさまじくきれいだ。他には何種類かの野球部のユニフォーム姿の子達がいる。みんな丸坊主なんてことはなく頭はそれぞれウィッグで、短い子からはたまらロングの子までいる。あれっていちおう男性キャラ、だよね?
「その通りです。野球マンガ、小説、アニメ、それらの登場人物のキャラコスオンリーで」
「はるかさんが野球ってちょっと意外ですね。応援のチアとかは似合いそうですけど」
というか、今でも十分似合ってますけどと、何枚かその姿を写真に収めながら苦笑を漏らす。
彼女ならファンタジーとか時代ものとかちょっと現実と離れたものの方が多いと思っていたのだけど。
「これでも中学生まで野球やってたんです。ああ、ソフトボールですけどね」
おっといけないと言い直すのは、女子野球部が一般的ではないからだ。
下投げをする印象のほうがやはり女の子には似合う。
そして。いちおーはるかさんの性別については気づいていないことになっているので、彼女も隠しているといったところなのだろう。初期は女装レイヤーとして活動していたというけれどルイがこの手のイベントにくるようになってからはもう今みたいな感じだ。
「へぇ。じゃあ体力テストのハンドボール投げとかも割と得意なほうなんですか?」
「あれは筋力っていうよりも慣れですからね。もちろん男子の遠距離投げるレベルとなると筋力もいりますけど、ルイさんは苦手ですか?」
「はい。割と球技は駄目で。ハンドボール投げは特に鬼門ですね。まっすぐ飛ばないでたいてい脇にそれて、そのあげくに距離も飛ばないという……」
ちらりと女子もハンドボール投げやってたよね、と記憶を掘り返して内心で頷いておく。
大丈夫、確か全然飛ばないって嘆いてた女の子達がいたはずだ。そもそもあんなでかいボールを握ること自体がしんどい。握力が足りなくてぷるぷるしてしまう。バスケとかは両手で持って良いからまだマシだけど、ハンドボールばっかりはどうしてもだめだ。授業で何回かやったけれど守ったりはじいたりするのが精一杯だった。別に握らなくていいっていうけど肩もそう良い方でもないし、慣性がどうのっていうほど速度が出る前にすっぽ抜ける。
「あははっ。あんなに愛されてるルイさんも野球となるとからきしですね。でもま。写真部とかで野球部おっかけてて必死に応援してくれる、みたいなキャラは似合いそうです」
「舞台に上がるよりは、観客でいるたちですからね。しかし野球系キャラですか……私の専門が割とファンタジーとかばっかりでスポーツのキャラはあんまりわからないので……ま、お話ししながら撮影させてもらいます」
いつものように、というとどうぞどうぞとはるかさんは微笑む。
そう。ルイの同人の時の撮影スタイルの一つはこれだ。当然、キャラクター全部を把握することはできない。だから撮影をしながら決めポーズをしてもらって、どういうキャラなのか話してもらうようにしているのだ。こちらもそれによってどういう角度から狙うか変えることができる。
「そんなわけで、まずははるかさんのキャラクターはどんな感じなんですか?」
くすりと微笑を浮かべながら、問いかけると作品とキャラについて熱く語ってくれたのだった。
銀香でのお話が久しぶりに登場です。とはいっても珍しくイベントごとをここでやってしまえというお話。田舎でコスイベントとか結構偏見強そうって感じなのですが、ルイ効果はしっかり作用しております。
ちなみに作者もボール投げ系はぜんぜんだめです。ていうか球技が駄目です。肩の弱さっぷりったらないのです。
さて次回は、銀香で女子会です。
まだまだ未成年なのでお酒はナシですけれどね!




