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127.

「そういや、おにーちゃん。男の人ってパソコンにエロフォルダがあるって聞いたことあるけど、ほんと?」

 エレナの写真集を見ている途中、木戸がトイレに立ったのを契機に楓香が兄に興味深げに質問する。

 馨のパソコンのデスクトップは本当に質素だ。背景は銀香の大樹だったりするのだけど、フォルダもデスクトップにはそう貼っていない。他のショートカットは一般的なモノばかりでブラウザやビデオのプレイヤーなんかがあるくらいで、きれいに整理されている。

 さっきクロキシを検索したときに、ちらっとショートカットがあったようにも思うのだが、それが消えているところを見ると見られたくないものも入っているのかもしれない。

 なんせ年頃の男の子だ。いくら女装が似合おうが隠したものがあるのかもしれない。

「割とホントだ。でもそこは見ちゃいけないぞ。知っていても黙っておいてあげるのが作法だ」

「でも、おにーちゃん。馨にぃのエロ趣味ってちょっと気にならない? あんなにかわいくなる人の秘めた趣味っていうか」

「う……だが、しかしだな。同じ男として……」

 興味がないか、といわれるとないでもない。健は割とこれでもそういうのは標準だ。二次元も三次元もそれなりに使用できる。ただあの、どこからどうみても美少女な馨さんが使用するエロ素材となると、どれほどのものかと思ってしまうのだ。

 想像がつかない。巨乳なのか。それとも。

 指先がマウスの生暖かい感触にふれている。

 そういうモノがあるかどうかは調べようと思えばできるだろう。

 ムービーか写真だからそれぞれの拡張子を全検索して、一覧からそれらしいファイル名をクリックすればいい。

 そう思って、検索の画面を開いたところでぴぴぴっと何かを告げる音が鳴った。

 それが警告音のように思われて、思わず腕の筋肉がぴくりと動いた。具体的にはかちりとマウスを叩いてしまって、その着信を許可してしまったのだ。

 すると画面の三分の二くらいをふさぐ程度のウィンドウが表示された。

 写し出されたのは、一人の少女の姿だ。

「あれ……? 馨ちゃんじゃ……ない」

 間違えてる? あれ? え? と困惑顔のエレナに二人ががちがちに固まる。でも、兄の方が先になんとか言葉を絞り出す。

「え、ええと。その……なんかごめんなさい。従兄弟がいま席を外していて、パソコン借りてたんですけどいきなりの着信に驚いてクリックしちゃって」

 それでつながっちゃって、その……ととりあえず事実を伝えるものの、とても場違いな感じで申し訳ないと思ってしまう。

 兄のほうにも、そして妹の方もその映像の相手が誰だかわかる。つい先ほどまで写真集を見ていた相手の姿がそこにある。

「あー、なんだクロキシくんじゃない。って、馨ちゃんの従兄弟? そんな話聞いたことなかったけど」

「お互い没交渉だったんですよ。家もそこまで近くもないし五年ぶりってとこです。町中でばったりあってたりはありましたが」

「あはは。馨ちゃんらしいっちゃらしいね。それで? 馨ちゃんは帰ってきそうな感じなのかな?」

「なんかおなか痛いっていってたんで時間かかりそうです」

「あらあら。女の子の日、かなぁかわいそうに」

 にこにこ冗談をいうエレナの今日の服装は、ふわっとした部屋着だ。お嬢様ですというくらいなフリルたっぷりなもので部屋の中だからか半袖姿だ。腕も申し分ないくらいに出されていて扇情的だ。

「お、女の子の日って……馨さんはお兄さんだから……その、そういうのは」

「ふふ。でもパソコンを借りるって話が出たってことは、ボクの男の娘コス写真集を見てくれてたりなんでしょ? それに壁に男物が掛かってるってことは、結構いま、かわいいかっこうしてるんだろうなってのがボクの推理だけど」

「た、たしかに馨さんいま、女の子にしか見えませんけど、にーさんなんですっ」

 ぷぅとむくれる楓香の真剣な顔を見て、エレナがあははと笑い声を上げる。

 からかい半分で言っては見たものの、ルイには本当にそれがありそうだと思ってしまうところあたりがいろいろまずいと思ってしまう。一緒にいる時間が長かったさくらあたりはうっかりやらかしているかもしれない。

「からかいすぎたね。ボクは男の娘コス専門レイヤー、エレナ。クロキシさんとはイベントで何回か顔を合わせてるけど、そちらのお嬢さんとは初めましてだね。名前聞いてもいいかな?」

「あ、ふあ。はいっ。黒木楓香です。いま高校一年で男の人同士のちょっと行きすぎた友情のお話が好きです」

 急にきりっとした美しい顔を向けられてきょどったのか、楓香は思いきり自分の嗜好を初めての相手に白状してしまっていた。

「あら。お腐れさまですか。いいよねーボクも男同士の行きすぎた友情のお話は大好物。まーその中に男性×男の娘をいれるのかどうかというのは議論されるべきところだけれども」

「わ、私はショタっこの強気攻めとか、包容力受けとか。学校の同じ部活で自然にそういう雰囲気になるっていうシチュエーション大好きです」

「いいよね! 馨ちゃんが運動部だったら絶対、マネージャー差し置いて一人で全部の男の子から告白されて後ろから抱きつかれたりとか、その後いけない展開とかに」

 くふふふと含み笑いをすると、わ、わぁーと楓香も大喜びでその光景を想像してほおに手を当てていた。

「誰がマネージャーさしおいて、輪姦されてるだ、こら。エレナ」

 そこでかちゃりと部屋の扉が開いた。割と賑やかに話をしていたので先ほどのやりとりは全部廊下に筒抜けである。

 いちおう女装状態なので、声は女声なのだがそれでも口調はずいぶんと男よりで険しいものに切り替えて画面の先に居るエレナに問いかける。ちょっとトイレで苦しんだあとに部屋に帰るとこれなのだから、まったくまいってしまう。

「馨にー。これどういうこと?」

 そんな腐会話をどこか遠く聞いていた健は冷静さを取り戻したようで、なんでエレナからテレビ電話なんてくるんですかという具合だった。

「親戚さんなら、話しちゃってもいいんじゃないの? 前に必要ならそこまで隠さなくてもいいって言ってたじゃない?」

「そうなんだけどねぇ。ふーは、危なっかしい感じがしなくもなくて」

「危なっかしいって?」

 へ? とよくわからないという顔のエレナに補足を入れる。

「女の口に戸は立てられないといいますし、けれども……レイヤーの知り合いとかはあんまりいないみたいだし、いいもんなのかなぁこれ」

 ふむんと、腕組みをしながら楓香の全身を見回す。

 一般的な女子高生だ。どこにだしても恥ずかしくないほど普通。おとなしめといえばそうなるかもしれない。

 そんな彼女にとって、これはスキャンダルなんだろうか。

 女装の件はおおいに喜んでいたしスキャンダルにはなりそうだけれど。

「ね、健にも聞いておきたいんだけど、今日、クロキシの話ばれちゃったじゃない? あれって学校とかで拡散しちゃったりとかするかもーと、兄として思う? 口止めする?」

「う。確かに女装コスやってるっていうのは、嬉々としてしゃべりそうだが……でも言って聞かせればちゃんと秘密は守れるよ」

 な? と聞かれて楓香はいまいち何のことだかわからないで、きょとんとしている。

「いやさ、学校の連中とかに女装コスやってるっていうのばれたら気まずいんだ。絶対からかわれるし、下手するといじめの元になるかもしれない。割と女装ってシビアな問題なんだよ、馨にーほど振り切っちゃってれば、ふーんで済んじゃいそうだけど」

「いや、ふーんで済んじゃうことのほうが多いけど、いちおうは死活問題よ?」

 腐女子なのがばれる程度にダメージはありますと言うと、うぐっと楓香の表情がゆがんだ。なるほど。隠れ腐女子さまということなのか。

 画面の先のエレナはにこにこしながらだまって画面の先の光景を見ている。

「なら、いっか。健もこれから見ることは内緒に。むしろ健こそ内緒にね? これからイベントで会うこともあるだろうし」

 当然、楓香も内緒にしなきゃだめだよ、と前置きをして、眼鏡に手をかける。

「そんなわけで、クロキシさん。お写真一枚撮らせていただいてもよろしいですか?」

 机からカメラを取り出して、定番の台詞を言い終える頃に、なにがどうなったかわかったらしい。

 健は普通によろよろ脱力してぽすんとベッドの上に腰掛けてしまった。

「ない。ないない。なにこれ。女装の口封じとかそれ以前じゃん。俺ちょっとやばい秘密しっちゃったんじゃね」

「おにーちゃんどうしたのよ。別に馨にーがルイさんだったって話でしょ? さっきのホームページのところの写真とか、エレナさんの写真集とか綺麗だとは思ったけど、別にもう完璧な女装見せてもらってそのとき驚いてるんだから、どうってことないじゃない」

 兄妹の温度差が半端ない。妹の方はあまりにも普通すぎる反応というか無反応というか。

 ルイとの接点がほとんどないから、別に眼鏡をとっただけとしか思っていないらしい。

 それなりに写真に見入ってくれたものの、あくまでもそこ止まりということだろう。

「狂乱のルイっていったら、俺たちにしてみればすごい人なの! 普通カメ子さんがレイヤーさんの周りに集まるんだけど、この人、逆なの。独特な撮影法でレイヤーさんが是非とも撮られたいって集まるんだよ。俺だって何回か待って撮ってもらったことあるけど、特に女装写真は破格の綺麗さで撮ってくれるんだ」

「そりゃルイちゃん自分で女装のノウハウあるから、見せたくないところとか外して撮ってくれるもん。ほんと写真の腕と女装の腕だけはここ二年ですっごく上がったよね」

「他が上がってないような言いっぷりはどうなの? これでもあたしもいろいろ成長してるんです」

「たとえば胸のサイズとか」

「それ変わったら怖いってば」

 画面の先と掛け合いをしていたら、健があこがれのような視線をこちらに向けてきた。

「まさか従兄弟がこんな……おいしい。とてもおいしいポジションに俺はいまいる。神様ありがとう」

「って、いちおう言っておくけど、ルイはコスプレ撮影オンリーな人じゃないからね? 本来は町の風景とかとってる写真馬鹿なんですからね」

 クロキシが優先的に撮ってもらえるかもと、うるんだこびっこびの表情をこちらに向けてきたので釘を刺しておく。受験さえ終われば一日撮影会なんてのをやってもいいけれど、一線は引いておかないといけない。

「なら、ルイさん。他の写真ってあるんですか?」

 楓香がなぜか丁寧な言葉遣いでこちらに向き合う。少し距離のある年上のおねーさんに話しかけるみたいだ。

「あるよー。パソコンの、これ。写真一般ってところ。町歩きとかも散々してきたし、山とか湖とか自然あふれる感じなのです」

 普段はデスクトップにショートカットつけてるんだけど、さすがに二人にそれを見られるのは嫌だったんで、とピクチャのフォルダを表示させた。いちおう見られてはまずいモノは鍵付きにしているけれど、それでもまず部屋に他人を入れない馨としては、全部をそうしているわけでもない。

「写真・極秘ってのは?」

「ああ、仕事受けたことが何回かあるから、そのときの写真。肖像権の絡みとか使用に注意がいるから鍵付きでしまってあんの」

 いくら二人でもそれは見せられないかな、ごめんね、と悪びれず謝っておく。

 中にはエレナの男子制服姿なんかも入っているし、崎ちゃんについていったときの写真もある。

 HAOTOのあのムービーはさすがにSDカードにいれて隔離してあるけれど、見られちゃマズイものも結構あるのだ。

「一般の写真……なんかさっきまでのと全然違う」

「撮り方はあんまりかわんないんだけどね、話しかけてそんな中で撮影して」

 どんなキャラかとかは聞かないけど、基本は許可を取ってから撮る。

「あとは引きで撮るなら、風景と併せて瞬間を狙う感じ。風景だけなら気が向いたところシャッターきるって感じだね。まー大量に撮り続けるからそこからさらに選別して、さらに良さそうなのは公開」

 残念ながら隠しサイトになっているのだけど、とさきほどのサイトの右したの点をクリックする。

 最小フォントで隠しているそこはTABで調べればあっさりとわかる隠しサイトで、黎明期にはやったお遊びだ。

「うわ、ぜんっぜん印象違うページに……」

「あっちは室内、こっちは室外みたいな感じ」

 HPデザインのコンセプトは美咲にやってもらった。コスプレは室内のイメージ、それ以外は外のイメージというのは確かにそうで。どこかコスプレというのは特定の場所で行うという感じがするものだ。それに比べて普段のルイの外まわりの写真はどこまでも広がる晴天というような感じだ。

「個人的に好きなのをアップはしてるけど結構な量になっちゃってね。それをいうと普段の写真の数がひどいことになってるんで、最新の二ヶ月とお気に入り以外はブルーレイに焼いているのです」

 さきほどもちらりと触れたけれど、ずらりと並んでいるブルーレイはここ二年半で撮ってきたものだ。それを全部見るとなるとそうとうになるのだけど、初期の作品と今のものを比べるというようなことも時々している。

 もちろん失敗作も「没作品」として専用フォルダを作って入れてある。

「節操がないというか……なんかもう片っ端からというか。こんなに撮るもの?」

「割と普通なんだけどな。昔はわからないけど今デジタルで取り放題なんだもん。そりゃー撮るよ」

 何を当たり前なことを聞きますか、という風に答えると二人はぽかーんとしてしまった。でも大好きなモノってのめり込めばこうなるものではないだろうか。

「そういや銀香のルイっていうと、ナンパするとカメラ向けてきておつきあいするなら写真撮るよって断ってるって噂だよな」

「割と事実ではあるけど。ナンパ回避が面倒なんだってば。しょっちゅー声かけられるんだよねぇ」

 最近はそんな回避が手っ取り早いのですというと、二人とも複雑そうな顔をした。

 確かにこのビジュアルならモテるだろうけど、そこまでやらなくてもと言いたいのだろう。

「なら、男として外に出てればいいじゃん」

「そりゃねぇ。そうなんだけどねぇ……うぅ」

 なんというかもう外出の時に女装するのが普通になってしまって、いまさら辞めるとか無理すぎる。

 それに今日もだけどちょっとした用事ならば男子姿で外出もする。撮影の時にルイでいるというだけなのである。それでも町中に出ると声をかけられることが多いのは今が春だからだと思いたい。実際は秋だけれど。

「くぅっ。なにこのかわいい生き物はっ」

「かわいいよねぇ、ルイちゃんほんと。どうしてこんなかわいい子が撮る側で私みたいなのが撮られる側なのかわからないよねー」

 画面の先から静かに成り行きを見守っていたエレナが、ようやく口を挟んでくる。にまにましているのが目に見えてわかるくらいだ。

「いやいや。エレナさんや。君は十分に撮られる側。っていうかなんでこう女の子ってみんな、自分は自信ありませんーみたいな顔してへこむんだろうねぇ。もーちょっと自分に自信をもつといいんじゃない?」

「だってー。そりゃ不安になるよ。よーじのやつがね、昨日ね他の女子と歩いててさー」

「マジですか。あのよーじくんが」

「ほんとだよー。もー受験の忙しい時に」

 見せつけてくれちゃってもう、とエレナさまはぷっくりほおを膨らませている。かわいい。

「で、実は親戚のおねーさんでしたとかそういう落ちなんでしょ、どうせ」

「うぐっ。そりゃ……そうなんだけど」

 問い詰めたら確かにそんな話だったんだけど、でもーとまだ自信なさげな様子だ。

「いつも一緒にいるんだし、お弁当も一緒でしょ? そんなラブラブしてるんだったら自信もとうよ。受験でノイローゼになってるんじゃないの?」

 でもーとか、ルイちゃーんとか、不安げな顔を見せるエレナの前で従兄弟二人はうわぁとなっていた。

 本当にうわぁと。

「ときに、エレナさん? いっつも二人はこんなやりとりなんで?」

 けれどもなんとか持ち直したクロキシが話に混じる。

「撮影中もこんなんだよね。女同士でいるときはだいたいこのノリだけど……」

 それがどうかしたの? とエレナがきょとんと小首をかしげる。

「あ、いや。この前、馨にーの男バージョンと町中で会ったんだけど、割とこうテンション低めのさえない男ーって感じでしょう? そんときはどうしてるのかなって」

「そりゃもう……ぱたぱた動く彼女と、ぶすっとした男子って感じだけど、割と雑貨屋とかいくとテンション上がるし、女子同士って感じになっちゃう、よね?」

「うぐっ。そこで同意を求められるのはいささか抵抗があるけれど……ま、エレナと一緒だとそうなることが多いかな」

 いつもエレナのテンションに引きずられるというのが正しいだろうか。趣味がなんとなく似ているというのもあって、自然とテンションがあがるのだ。

 けれど、エレナと、と強調したところを彼女は気にしたらしい。

「さくらちゃんと一緒の時はそうでもないってこと?」

「んー、写真の話とかが中心になるし、あの子自体はそこまでかわいいモノ大好きーって感じじゃないもん。どっちかというとかっこいいの方が好きでしょ。コスだって大人っぽい人狙って撮ってるし」

「確かに、さくらんのほうが大人っぽいかも。ルイさん言っちゃ何だけどちょっと少女趣味だよね」

 かわいいけどな、とフォローが入る。いや、でもショタも撮るし魔法少女も撮るし、好きな系統がかわいい方によってしまうのはしかたがないと思う。もちろんキリっとした迫力ある美人ってのも好きだし撮るけれど。

「さくらんって? おにーちゃんの知り合い?」

「あー、ルイちゃんのっていうか、馨ちゃんの同級生で、学校で仲のいい女友達だね。コスプレイベントだと錯乱と狂乱なんて呼ばれててね。仲がいい二人組、しかも珍しくカメラ専門の女子カメコってことで有名なんだよ」

 片っぽは厳密には男子なんだけど、みんな絶対気づかないしねーとエレナが自分のことのように嬉しそうな声を上げる。

「確かに女の子にとっちゃ、ファットな若旦那集に撮られるよりも、同年代くらいの女の子に撮られた方が気持ち的には楽だよな。俺も女装のとき、ほら、もっとパンツ見せてとか、どうせ男同士だからいいだろうとか、失礼千万なことを言われたことも多いし」

「おにーちゃんが、なんか激しくきもいんですが」

 じとーと、楓香が目を細めて健を見下ろす。女装や男同士の行きすぎた友情には肯定的なのに、実際に兄が三次元の男子から辱めを受けてるとなると心にくるものがあるのだろう。

 しかたないだろうこっちのせいじゃねーよと彼は言い訳をする。それには大変同情したいところだ。

「おにーちゃん美人さんだから、ちょっとタガが外れちゃった人に狙われちゃうんだよ」

「ま、でも男の娘キャラなら、ざけんなよ、くそ豚が、とか見下し目線で足蹴にすりゃ事足りるんだけど……」

 ふわふわしてるエレナの声が、台詞のところだけ低めにだされて迫力が増す。

 こんなところで演技しないでもと思うのだけれど。

「あんたがそれやると、なんてご褒美を、ありがとうございますっていって、足蹴にされにやってくるでしょうが」

「そのためのルイちゃんとさくらちゃんだもの。怖い顔して引きはがしてくれるじゃない」

 いつも感謝していますとふわふわと笑う姿は、本当に無防備でかわいい。

 こんなエレナたんに足蹴にされるのなら、みなさんきっと鼻息を荒くしてしまうに違いない。こっちは引きはがすので息が荒くなって飲み物を飲む感じになるのはカンベンして欲しいのだが。

「そりゃ……危ない後輩を見張るっていうか、見守るっていうかそんな感じで」

「うげ、やっぱりオタクの男の人はきもいです」

 楓香のしめくくりの台詞に、それは一部の人たちなんだけどねーとその場の全員からフォローが入った。

 マナーは大切。相手のことを思いやって活動しましょう。



「えぇ~馨くぅ~ん、もうさっきの格好はしてくれないのかーい」

 夜はせっかくだから近所の個人経営のレストランにでも行きましょうという話になって、ちょっと薄暗くて雰囲気のある所にきてみたのだけれど、お酒の入った叔父さんはそれはもうハイテンションで、こちらに絡んできていたのだった。

 この店に来るのはもう何年ぶりくらいだろうか。結婚記念日かなにかに一回家族で来たっきりな気がするけれど、それはおおむね馨が家に寄りつかなくなったせいでもあるのかもしれない。たいてい土日は撮影に出てしまっていたし、ぼたんがいないというのもあって、改めて来るというようなことがなかったのだ。

 もちろんルイとしてここに来たこともないので、そこらへんでの配慮はまったく必要ない。

「健二おじさんさすがにちょっと、飲み過ぎなんじゃないですか」

 グラスに注がれた白ワインはこれでまだ二杯目。それでぐでんぐでんとは父や姉と比べるとだいぶお酒に弱いのかもしれない。

「父さん、コレ。なんとかなりません?」

「あー、それなぁ。半分以上おまえのせいだしなぁ」

 父さんが遠い目をしていた。まだそんなに酔っていないはずなのに、酔ったフリまでしてふいと視線をそらしている。もう自分の弟なんだからきちんと向き合っていただきたいものだ。

「そうよそうよ。母さんあれだけ駄目って言ったのに、ふらっと姿見せちゃうんだもの」

「不可抗力ー。これはたけとふーがいかんのです」

 ちらっと斜め向かいに座っている二人に、もうと視線を飛ばすと二人とも肩をすくめて首を振った。

 あんな姿をさらす貴方のせいですというのが顔に書かれている。

「なら全部、ルイさんの写真がいけないってことになりますね」

 つい見ほれてしまったしーと、裏の意味も込めて二人が言う。両親はともかく事情を知らない叔父さんはほほーと興味深げだ。子供二人が興味を示すモノに多少は気が回るらしい。

「そもそも、叔父さんはうちの母さん好きだったんなら、目の前にいるでしょ。ほらだったらアプローチをほら」

「いやー、さすがに兄ーさんのお相手を盗るマネはできんよー」

 でも、といいつつ、彼は木戸の太ももに軽く手を伸ばす。

「ひっ」

 普通に、女声が出た。いくらなんでもこの酔っ払い、早くどうにかしないと。

 そう思っていたら、母さんがその手をぴしりとはたいてくれた。ありがたい。

「ほれ、うち母さん早めに亡くしてるしさ、それで昔なくした青春を取り戻したいなーって」

「いい加減にその話題はなぁ、勘弁してくれよ。それに馨は息子。おまえの甥だからな。間違っても手を出すんじゃないぞ」

 親父がフォローしてくれるものの、すでに手は出ているのです。ズボン姿なので直接なで回されないだけマシなのだけれど、それでもきもい。

「手を出すだなんて人聞きの悪い。ただ、ちょーとこうかわいい格好で、おじさま、あーんとかしてもらいたいわけなんだよ」

 父の目がこちらに向いた。馨、やるなよ、というのがバレバレだ。言わなくてもそのつもりだ。何の得があってそんなことをやるというのだろうか。

「それなら実の娘にやってもらえばいいじゃないですか」

「そんなのやーよ。高校生にもなって父親にそんなんできるとしたら、おにーちゃんくらいなんだから」

 ねっ、お、ね、い、さ、ま、と一言ずつ区切って隣の兄の肩にもたれかかって甘くささやく。目の前の酔っ払いに聞こえない絶妙な声量だ。クロキシのあーんなら、どのキャラがいいだろうかと頭の中でいろいろと想像してしまう。

 エレナは素でかわいいけれど、クロキシはキャラをやった上での輝きが良いのだから、なにかしらのアニメキャラでのあ~んを想像した方がいいだろう。

 あぁん? なめてんのか、こらなんていうキャラもいると言えばいるのだが、さすがにそれはナシだ。

「なっ、そこで俺に話ふるかよ。いくらなんでもないだろ。てか、絵的にシュールだろ」

 今のこの状態でやるのか? まじか? と健はわざとらしく今の姿を強調した言葉を選んでいる。父親には女装のことは内緒らしい。

 今の姿のままでやるなら確かに彼の言うとおりにシュールに違いない。

「なら、おまえより一個上の俺はどうなるよ……」

 そりゃそうだと、みんなが渋い顔をしたが、おじさんだけは、ほらほらーかもんとノリノリだ。

 どうやら脳内でさっきの女装の木戸の姿と交換して想像しているらしい。今の見た目はどこからどう見てももっさい眼鏡男子であって、みんなの反応の方が正しいだろう。

「ここに牡丹ちゃんがいれば、きっと……やってくれるに違いないっ」

 周りの増援が期待できないと悟ったのか、叔父は今はここにいない姉に白羽の矢を立てることにしたらしい。

「確かにねーちゃん可愛いけど、母さんとはちょっと違うというか……」

 木戸の母はあそこまでのおっぱいさんではなく、全体的にバランスのいい人だ。いい年だというのにお腹がでてる感じもなく、穏やかな和風美人という装いなのである。

「ぐぅ、前までは時々帰ってきてくれてたのに最近は……牡丹んーー」

 その名前に反応したのは言うまでも無くお酒が進んだ父である。まったく激しくうざい。

「中年男性が激しくうざいテーブルはここでいいでしょうか?」

「なんか、お互い大変だな……」

 クロキシに思い切り同情まじりの声をかけられてしまった。うちの父も姉のことになるとしょんぼりする人だ。

 案外似たもの兄弟なのかもしれない。

「じゃあ、ここは、父さんが叔父さんにあーんってことでいいんじゃない?」

「ふぐぅっ。息子世代がみんなでいじめる。叔父さんもう泣いちゃう」

 こくりとワインを飲み込みながら健二叔父さんはぐすっと鳴き真似をする。そんな彼が放っておけないのか、父はほれほれ泣くなと肩に手をおくと。

「ほら、あ~ん」

 プチトマトをフォークにさして、差し出した。だめ押しである。

「うわっ。中年男性二人があーんって、さすがに三次は惨事だわ……」

 ぽそりと楓香が嫌そうにうめいた。さすがに男性同士の行きすぎた友情も、兄弟で中年となると危ないらしい。

 いろいろと危ない景色の中で、切り分けた子羊のソテーを口に入れる。

 うぅ。普通に美味い。ちょうどデザートのプリンを出してくれるオーナーさんに満面の笑顔を浮かべていると、眼鏡かけてるからって油断しちゃだめよ、という母のお叱りが入った。

「眼鏡かけてても可愛いって、なんかもういろいろ末期だよな、馨にー」

 あむりとプリンをほおばりながらも幸せそうに頬を緩めている健にそっくりそのままお返してやりたいと思いつつ、確かにプリンはうまいなぁとつやつやの黄色いそいつを口に入れる。そんな仕草を楓香にキラキラした視線で見つめられてしまったものの、おいしいモノを食べれば誰でも表情は緩むのだから、カンベンしていただきたいものである。

 後半のディナー部分が入ったのでちょっと今日は長めです。

 今回は叔父さん大暴走ですが、なにぶん独り身になって五年です。ただたぶんみなさんが想像していたよりはましな感じなのではないかなと思う。うん。

(今までいろんな人を爆走させてきた作者的にこれくらいはまだまだな感じ)

 静香かーさまのおかげであります。


 エロフォルダはないですが、極秘の写真の中にエレナの寝顔とか入ってるといいなぁとしみじみ思います。うちのデスクトップはテキストばっかりばんばんはっているので整理法は見習わなければ。


 クロキシさん達は無事に情報共有が出来たので、イベントごととかでヤキモキさせたり、「後輩」であるが故に大学に入っても高校イベントとかに参加できるというオプションつき。健と楓香は同じ経営者がやってるまあまあ良いところの私立の男子校と女子校に通ってますので、今後が楽しみです。


 さて。次回は銀香でのお話です。ああ、このお話でだいたい作中丸二年の時が経っております。いろいろあったなぁとしみじみ。。

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