125.
「あれ? お客さん?」
文化祭を目前に控えた日曜日。近所に買い出しにいった帰りに玄関に見慣れない靴があるのを見て、不思議そうな声を上げる。木戸家は両親と馨の三人暮らしだ。たまに姉が帰ってくるけれど、ここしばらくは大学生活を満喫しているという話で家に帰る予定は聞いていない。
「お。木戸さん?」
するとトイレから出てきた男の子と目があった。
彼の方が少し身長が高いから見上げる形になる。のだが。
「あれ、クロキシ?」
なんでうちにいるの? と聞こうとしたところで、居間の扉が開いた。
「おかえり。前に話してたろ。俺の弟、健二が帰国するから今日くるって」
「あー、健二叔父さんかぁ。そういやそんな話も聞いたことあったけど、でもどうしてクロキシが?」
健二叔父さんは父の弟で、やりての営業マンだ。五年間海外の支部に出向していたんだけれど、ようやく帰ってきたとのことで会うのが楽しみみたいなことを話していた気がする。
でも、クロキシがいる理由はわからない。
はてな顔をしていると、は? お前は何を言っているんだと父の方も首をかしげる始末だ。
「おわっと。なにを言い出してるんですか、馨さん、おれっすよおれ。黒木健、ていうか……馨さんだってあんなことしてるのご両親にばれたらまずいでしょう?」
後半だけひそひそこちらに近寄ってきて、彼は馨にだけ聞こえるように耳元でぽそぽそつぶやいてくる。
ふむ。この前町中でばったり会った時の印象が強すぎてどうにも昔の記憶と繋がってくれない。
確かに従兄弟に健という一つ年下の男の子がいたのは事実だけれど、前に会ったのはもう五年も前の話だ。あっちは小学生だったしもっとずっと小さかった記憶しかない。町中で男子とつるんでナンパ行為にいそしむ子とはどうにもイメージが違うのである。
「いや、うちはほら、親、放任だから」
「公認じゃなく放任なのか……っ」
ががんと、上半身を後ろにのけぞらせながら彼は硬直した。漫画なら思い切り頭の上のところにガビーンとか文字が浮きそうな驚きっぷりである。
そう言われましても放任なのは事実だし、ルイの活動をする上では最大限の譲歩だと思っている。家族に隠しながらやらなきゃいけないとなると、着替える場所を確保したり衣類の保管スペースを確保したりとお金も時間も相当かかっただろうと思う。
「なに漫才やってるのよ。黒木さんからケーキいただいたから、さっさと手を洗ってらっしゃい」
そんなやりとりが聞こえていたのか知らないが、後ろから出てきた母が口を出してくる。確かに男三人で廊下で顔をつきあわせていても良いことなんてまったくない。
「はいよ。叔父さんがきてるならきちんと挨拶しないと」
小さい頃というとあれだけれど、叔父さんは馨と牡丹両方をよく可愛がってくれた。
そういや、でっぷりした鳥のぬいぐるみであるほめたろうさんを買ってくれたのも叔父さんだったような気がする。そしてそんな叔父と一緒についてきていたのが、目の前の健とその妹の楓香だ。
叔母さんはどうしていたかというと、病弱な人だったので入退院を繰り返していたらしい。今思えば、うちにくるのもお見舞いの後だったのかもしれない。
「それと、健は……なんかまるっきり印象変わっちゃってて、さっぱりわからんかった」
わるい、と言うと、いやいやと彼の方が首を振った。
「俺の方こそこの前町であったとき、苗字まで聞いてたのに馨にぃだってのわからなくて、その……あのことは黙っておいてください」
ぱしんと目の前で手をあわされてしまっては、さすがに町中でばったりあった設定くらいにしておいた方がいいだろう。従兄弟をナンパするとかどう考えてもアホすぎる。
「詳しい話はあとで、とりあえず手を洗ってくるよ」
ケーキ楽しみだしね、とこそりと彼だけに聞こえる女声で微笑むと、うわぁと言われた。
女声を出すトレーニングも手伝ってあげる約束はしていたものの、こちらも受験生なのでなかなか時間がとれなかったのだが、昔のよしみがあるのがわかった今、ちょっとくらいなら時間を作ってもいいのかなぁなんて思う。
とりあえず洗面所で手を洗ってから居間に向かう。
「ただいまー、です」
居間の人たちの視線がこちらに一斉に向いた。
我が家はそんなに広いリビングではない。
そこに二家族が入るとなると、窮屈というか割と無茶な感じだ。
牡丹が帰ってきてないのを考慮しても、テーブルに四人とソファに二人でみちみちである。
テーブルには木戸の父母、そして叔父さんが座っていて、ソファーに健とその妹の楓香が座っている。あの年頃の兄妹となると仲が悪いことの方が多いって話もきくけれど、そこそこ仲良くやっているらしい。いいことだ。
「ずいぶんと……もっさ、いや男の子っぽくなったね、うん」
久しぶりだなぁと健二叔父さんは手招きをしてテーブルのあいている席を勧めてくれる。一瞬顔を引きつらせたような気もするのだけど、五年ぶりで戸惑っているのかもしれない。
叔父さんの顔はちゃんと覚えているし、当時とあまり変わらないようだ。いや、少し痩せたかもしれない。
「前に会ったのっていつでしたっけ?」
その勧めに従いながら腰を下ろすと、お茶とケーキを母が出してくれる。地味にシフォレのチーズスフレだったりするわけだけれど、叔父さんがむしろどうやってこれを入手したのかが気になってしまう。
「俺が外国行く前だったから丸五年前だったかな。出立前にちょっとしたパーティー開いてもらって。あの庭でバーベキューしただろう」
覚えてない? と言われて、やったような記憶がちらりと頭をかすめる。
中学生にはなっていたけれど、まだ眼鏡をかけてない頃だったろうか。その頃の姿を想像していたのなら、先ほどの一瞬の硬直も理解できる。黒縁眼鏡の力は偉大だ。
「そういや、健くんとふーちゃんって、いままでどうしたんです?」
黒木家は現在父子家庭である。叔母さんは五年前に亡くなっているし葬儀にだって参加した。それなら単身赴任で海外に行っていた間、子供達はどうしていたのだろうか。
「それは、ほらうちの親父のところに預けてたんだよ。再婚の予定もしばらく、ていうかまったくないし」
んで、高校に入るのを機にこっちで一人暮らしというか二人暮らしというか……と二人に視線を向ける。苦労をかけてすまないというような空気がたんまりだ。
「そういや、じーちゃんとこもしばらく疎遠だけど、うちってなんで里帰り的な行事ないの?」
チーズスフレの欠片を口に入れてほんわかしながら、両親に尋ねてみる。前にそういうイベントをしたのは確か小学生の頃だったような気がする。それ以来まったくもって連れて行ってもらっていない。ほどよい田舎で今なら撮影場所としても魅力的な町なのだけど。
けれども父はうぐぅと苦虫をかみ砕いたかのように顔をゆがめて。
「純粋に遠いからな」
しれっと変な情報をいれてくるが、さすがにそれではないだろう。目の泳ぎっぷりが半端ない。
「あー、兄さん、親父に勘当くらってんの。たぶん馨くんが里帰りした記憶って親父がぎっくり腰で入院したときに、母さんがあんまりにも孫の顔を見せにこいってうるさかったからじゃないかな」
そのときは確かうちらも行ったんだったよなぁと叔父さんは昔を懐かしんでいるようだった。
うちにそんな事情があったなんてまったく知らなかった。親戚関係は親が交流するの面倒なだけだと思っていたのに。
「そ、その話は子供の前ではやめてくれないか」
「だってさー、もともと静香さん、おれの嫁さん候補だったんだよ? 横からかっさらわれちゃってさー。相手の家との兼ね合いもあったし、とんだ面汚しだってなって。でもま、今じゃ子供世代だと和解してるし、俺も……まあ納得はしてるよ。子供にも恵まれたし」
今でも静香さん見ると、あーきれいだなーかわいいなーって思うんだけどねーと、なぜか意味ありげな視線をこちらに向ける。けれどそれはふいとなにかを諦めたように退けられた。
確かに母さんは昔はモテたとか、あんたは私に似て可愛いとかいろいろ言っては来ていたけれど、実際兄弟で取り合いとか、結構ドラマティックな話である。
「まあ、どっちにしたって今仲がいいならそれで」
どうでも良いんじゃないと言いながらお茶を飲んでいると、くふっ、その大人っぽさで可愛ければなおさら申し分ないのにと叔父さんは残念そうにつぶやいていた。
「馨おにーちゃん……」
「はい、なんでしょうか楓香ちゃん」
親世代が居間でしゃべっている間、楓香の提案で木戸の部屋に子供世代は移動していた。
いちおう片付けてはあるものの、従兄弟を部屋に呼ぶというのはいささか緊張する。
ベッドに楓香が座り、木戸はパソコンチェアに腰をかける。確か従姉妹の楓香は二つ下だから高校一年か。肩くらいまである髪をツインテールにしているので、身長の兼ね合いもあって実際よりちょっと幼く見える。五年前に会った時は同じくらいの身長だったはずだけど、今では十センチくらいは差がある。
そんな彼女はベッドで足をぱたぱたさせながら、少しませたような視線をこちらに向けた。ほめたろうさんをダッコしているのが可愛い。
「うぅ、馨おにーちゃんがもっさいオタクになってるだなんて……楓香はもう涙目ですよう。どうして!? なにがあったんですか」
せっかくイケメンに育ってるであろう従兄弟に会うのを楽しみにしてたのにーと、思い切り前屈みになるとほめたろうさんがむぎゅっとお腹のあたりで潰された。
「そうはいっても、イケメンになるっていうのは大変なことなんだよ。うん。そうだろ?」
勝手に本棚を物色している兄のほうに声を投げる。
残念ながらうちの部屋にはカメラ関係の本ばかりでそこまでおもしろいもんもないんじゃないだろうか。ちなみに参考文献としてのエロゲーや漫画は夏のあわせが終わってからは返却済みだ。しばらくは受験に集中なのである。
「いや、俺イケメンじゃないからわかんないっす」
カメラ関係ばっかりだなと健は本棚を見るのをやめてこちらを向いた。なに言ってるんですかととぼける気満々だ。
あんた美少年キャラとか普通にやってるじゃないのと言いたいものだけれど、さすがにさきほどの約束は守ることにする。
「健にーちゃんもオタクだし、どうしてうちの親戚はオタクばっかりなのかー」
「そもそも眼鏡かけててもっさりしているだけでオタク認定ってのもちょっと」
うん。この発言自体は間違っていないと思う。最近のオタクさんはかっこいい人も当然いるし、逆にもっさりしていてもオタクじゃない人もたくさんいる。おまけに木戸的にはいわゆるアニメオタクではない。カメラオタクではあるけれど。
「でもさっき、ブルーレイが山ほどあったの見ましたよ。健にーと同じでアニメ録画して焼いてあるんでしょう?」
うわ、健はそんなことをやっているのか。確かに資料としては一時停止したりもするだろうしそれは必要なことかもしれないが。
「いんや、うちのブルーレイは全部写真だから」
アニメとかではないのです、と言ってもまたまたそんな冗談をと言われてしまった。
たしかにずらりとならんだブルーレイ全部が写真というにはあんまりないことかもしれない。一枚25GBで、だいたい1000枚くらいは保管できるわけだけれど、それがずらっと見出し込みで30枚くらいは軽く並んでいる。
けれど一月活動すればそれくらいはすぐに貯まるもんだ。今は制限がついてるせいで二ヶ月程度はかかるけれど。
「それにゲームとかアニメ楽しむのは男子高校生として普通だから。女の子は卒業しちゃうんだろうけどさ」
そうだよな、と健に同意を求める。うんうんと彼は思いきりうなずいた。
それくらいなら常識の範囲内であるし、その程度でオタク認定をされるのならばほとんどの男子高校生はオタクということになってしまう。
「おにーちゃんはコスプレイヤーなんだし立派なオタクよ。これをオタクと言わずとしてなにをオタクって言えばいいの?」
「へ、へぇ。コスプレとかするんだ、健くんは」
ほほぅ。としらじらしくはなったもののしらばっくれることには成功だ。
なるほど。兄がコスプレイヤーイコールオタクという認定をして、この妹さまは従兄弟に白羽の矢をぶっさしてたわけだ。前にあったときはそれなりに可愛い年上のおにーちゃんっていう感じだったし、それがカッコよく育ってて欲しいと思うのもわからないではない。
けれども、クロキシのあの姿自体を見ていたらこのオタクが、とか冷たい視線向けるなんてないと思うのだけど、彼の写真を見たことはないんだろうか。
「や、それは……そのう。妹にはばれててことあるごとに揺すられるのです」
「ええと、楓香ちゃん。お兄さんのコスプレ姿は見たことあるの?」
「いえ。何か怪しいことやってるってことしか」
コスプレっていったらアレじゃないですかーと楓香が嫌そうに顔をしかめる。しかも今時男性レイヤーだなんてと言い出すのだから、見たことはなくてもそこそこの知識はあるのだろう。それも偏った知識が。
「見せてあげればいいんじゃないかな? 意外にちょーすごいかもしれないよ?」
クロキシは近年まれに見る人気男性レイヤーだ。
エレナほどではないけれど固定のファンもついているし、過疎化がすすんでいる男性レイヤー業界の若き星である。
「無理、無理無理。絶対無理。こいつキャラのこととか全然わかんねーし」
叩かれてボロくそいわれて終わりだーと、頭を抱える従兄弟の頭をつい軽くなでてしまった。
ふんわりした髪質は父方の遺伝なのか彼も木戸と同じような髪質をしている。
「……なっ。なななんとっ。そのままっ。そのままで」
カメラカメラっ、と彼女はあたふたしながら、ああぅぅ、とうめいた。その仕草を確認するために木戸は少しだけ冒険をする。
「こんな感じにすると鬼畜受け、かな?」
どうでしょ? と悪そうな笑顔をして身長が低いにもかかわらず見下すような視線を作る。見ている先はちょうど股間あたりだ。手は頭から胸元のシャツのあたりに移動させて軽くつかむ。
「ぬぁわああ。なにそれなにこれ。従兄弟と実兄とでなにやらかしてくれちゃってるんですかぁー。カメラが、カメラがここにないのが惜しい」
「ふーちゃんは腐っておられるか。そうかそうか」
健から手をはなすと、にこりと従姉妹に極上の笑顔を向ける。
兄がコスプレで妹が腐女子。いい間柄だ。
うちは姉がおっぱいで、弟が貧乳だ。いい間柄だ。実際女だったらそうとう腐ってただろうな本来の意味で。
「く、腐ってなんかな……やっ。そうじゃなくてっ。腐るとかよくわかんない」
あわあわと否定とごまかしを行ったり来たりするところにだめ押しをする。
「じゃあ、強気攻めで」
くいっと健のあごに手を添えてきりっと上目使い。割と男装コスの二人組とかを撮る時にやってらっしゃるポーズである。
「くうぅ。もーだめぇ。なにそんな眼鏡攻めですかあぁぁ。馨にぃさんの意地悪ー。もっと熱っぽい視線を、はぁ。おにーちゃん顔自然に背けるのとか、ぐっじょぶ。そのままめくるめく二人の世界にっ。きゃーん」
「高校一年の娘さんがこのあと期待しちゃ駄目、です」
はぁ。すさまじいテンションだ。コス写真を撮っている関係で腐っておられる方々とのコミュニケーションもそれなりにとっているけれど、カプの話になると本当によくしゃべるのだよね、彼女達。鼻息荒くなるというか。その空気にこの従姉妹どのはよく似ている。
「って……ふー。おまえ俺のこと散々オタクだなんだってけなしてたくせに、おまえだってオタクじゃねぇかよ」
「ち、ちがうもんっ。あたしのは崇高な創作活動であっておにーちゃんみたいなオタクとは違うもん」
妹に詰め寄られて、兄はすごくつかれたような、どうしたもんかと困った様子だ。
「あー、それいえばお兄さんのも十分崇高な創作活動の域だよ。パソコンあるしやっぱし写真みせたげれば? ネット公開許可な人でしょ、君は」
「いや。でもさ……ぜってぇわかんないって」
どうせキモいとか、ひょろいとかいろいろ言われるだけだと兄の方は諦め姿勢だ。けれどあれだけの人気がある人なのだから、もうちょっと自信を持っていただきたい。
「前に王子様やってたろ。あれ腐業界でも鉄壁の受けっていわれてるからわかるんじゃないか?」
すんごいかわいいショタっこだったよなぁとあのときのことは思い出せる。去年の冬のイベントの時だから、もう半年以上前のことだ。言うまでもなくかなりの枚数を撮ってつやつやさせていただいた。
「ぐぬっ。わかりましたよ。馨にーがそんなに言うなら見せます。けっこーうぷってる人いるだろうし」
パソコンを起動させて、ブラウザを開く。
そこに「クロキシ、画像」といれて検索をかける。
「へぇ。お兄ちゃんクロキシっていうんだ。あれ? でもこれどっかで聞いたことあるような……」
「まーイベントとか行ってるなら名前くらいは聞いてるかもな。有名だし、クロキシ」
そしてずらっと画像が公開される。もちろん選ぶのはルイが撮影したものだ。
あのときの王子の姿だ。ショタ王子ではあるけれど、身長はもう少しあるから育ち盛りの男の子の色気というか、妙な感じがある。
「これ……セリス王子? あの下僕受けで有名な……」
下僕受け……王子なのに? いやきっと王子だからだ。
カップリングにはギャップ萌えというものが少なからずある。リバの利点はまさにそこだ、と知り合いに熱弁されたことがかつてあるのでその手の知識も自然についてしまった。
「ぬあっ。なにこの相手の人……近習のアセリアと合わせてる!? 獣のアセリアとお兄ちゃん何をやってるの!?」
くあっとパソコンにかぶりつくように楓香はぎらぎらした目で画面を見つめていた。
その写真、アセリアやってた女の子が鉄壁の腐女子で、全力でセリス王子に迫ってたやつだ。ルイがキャラの説明聞きながら撮影するスタイルだからすごくはあはあしながら、かわいいよ王子……みたいなことしてた気がする。って、あれ?
「ぐ。狂乱め……さすがにこれはアップしてないと思ったのに……」
「いや、しょーがないでしょそれ。ふーちゃんも、うっとりしちゃってるほどいいできだよ」
アップしないとかあり得ないことだよと内心で思いつつ、さきほどちらりと浮かんだ懸念をしっかり晴らさないといけない。健に面と向かって、一つはっきりさせておく。
「君、モテないとか言ってたけど、クロキシっていったらすっごい人気のあるコスプレイヤーじゃん。いまの業界ほとんど女の子ばっかりだし、それにちやほやされるんだから十分もてもてじゃん」
「そうだよっ。おにーちゃんモテモテ。男の人にもてもてーやん」
おいしい素材いただきましたと、妹のほうに危険な輝きが浮かぶ。
男の人にもそこそこもてもてだとは思うけれど、女子との方のお付き合いとかないのか聞きたかったのだが。
「ま、まてまてまて。俺は別に……だな。男同士のちょっと行きすぎた友情の話はあんまり……」
慌てた彼はかちりとクリック。
ルイの写真館は基本的に、半分がエレナの写真で、他のはイベントで撮影させてもらった公開OKと言われたものを載せている。
そしてレイヤーさんごとに専門ページを作って公開をしている。
人によってはこの写真はちょっとというような指定があることもあるので注文はしっかり受け付けるけれど、クロキシの場合はそういう制限をされたことがないから、何百枚ととった写真から好ましいものを選んでいる。
クロキシ専門のページに小さい写真がサムネイルとして表示され、それをクリックすると拡大写真が写し出されるという仕掛けだ。
だからその彼のクリックで選択された写真は紛れもなく彼のコスプレ姿の一つに違いはなかった。
「ば……かな」
がくんと楓香が地に膝をつく。かくんと崩れ落ちる感じだ。
そして四つん這いになって、なにやらうめき始めた。
「実の兄が、実の兄が女装してる……しかも相当かわいい……」
「クロキシの女装は割と業界では有名らしいね。ポイントしっかり押さえてあってすごいよねーって解説もされてるよ」
その解説を書いたのは木戸本人なのだが、まー女装系にコメント多めにかいてしまうのは、エレナの場所を借りている手前正しい行為に違いない。
「お兄ちゃん! どうしていままでこんなおいしいこと黙ってたの!?」
「おいしいって……おまえがオタクな兄はちょっとって避けてたんだろうが……」
「そりゃそうだけどぉー。まさかこんなにかわいくなるとは……今度イベントいくときは連れてってください」
おにいさまーとさっきとは打って変わってあまったるい声を出し始めて、健くんがこちらに助けを求める視線を向けてくる。
さっきの意趣返しだ。こちらもぷいと視線をそらす。
「ぐぬぬ。そうだっ。俺なんかよりもっとすげー人いるから、ほら、エレナちゃんっ。このサイトの主催っていうかメインヒロイン」
「へ? 女の子……でしょ?」
ほれほれ見るがいいよとかちかちマウスをいじって、このサイトのメインの人の写真を表示させる。
それが写ったとたんに何を馬鹿なことを言っていますかと、妹の目が細められる。
まーエレナの写真を見るとたいていの人はそう言うよね。貧乳さんごちそうさまですと。
「男の娘専門コスプレイヤーは、性別不明だ。俺は男だと思ってる。馨にぃは?」
「あー、俺も男の娘派かなー。まーどっちでもいいとは思うけど」
彼氏いるしなー、こいつなー、とエレナの幸せそうなはにかみ顔を思い浮かべて内心で呟く。
私服もかわいいし、本当にどこに出しても恥ずかしくない乙女である。
「おおぉ。馨にぃもかっ。これはおおいに男の娘派大勝利だな! 実際に会うと欠片も男くささがなくて、ふわーんとしてるんだけど、だからこそ俺はコスプレの時に見せる男の娘らしさを信じている!」
「そもそも、どうして馨にーは、兄の女装を知っても驚かないの?」
「あー、だって町中でこの前ばったりあってな。クロキシだってのはわかってたから」
クロキシなら女装はあたりまえじゃん? と続けるとおにーちゃん実は有名人!? ときらきらした瞳が兄に向けられる。楓香ですら聞き覚えがあるとか言ってたほどなのだから、実はもなにもなく有名人である。
それが照れくさかったのか彼は、絞り出すようにあの話を持ってきた。
「最強の女装っていうと、馨にぃのがかわいいじゃん」
ああ、そうだよな、と嫌なことをいいやがる。彼にはシフォレで七割くらいの力の女装を見られている。ウィッグメイクなしというあれである。
「俺だけいろいろばらされるのは不公平だし」
もう一蓮托生ですよと捨て鉢な感じである。
「どうせ、ここらへんの隅っこに女物の服が隠してあるんでしょう」
そうら、男の欲望を見せるがいいと、盛大に健はクローゼットを開けた。
「うあぁ。なんぞこれーー」
「いちおうさっきも言ったけど、親放任だからな。隠す必要すらないんだよ。姉からは時々便利な合コンの補充要員に呼ばれるし」
そこにずらりとならんだ女物の服の種類は八割を越える。
それを前にして、楓香のぽかんとした瞳に色が戻る。
「ちょ、馨おにーちゃん、これ春の新作だよね。これは……どうして女物はこんなにハイセンスなのにいつもがそんなにぬぼーっとした感じなのかっ」
「だって、男の服はなんかねぇ。物足りないといいますか、かわいくないといいますか。それにイケメンやるより美少女やってるほうが楽しいし」
「ぬぬっ。自分で美少女って言い切っちゃうとか。それなら馨にー。是非ともしてもらおうじゃないですか」
流れ的にそう来るだろうとは思っていた。この二人の前なら別にちょっと着替えるくらいはしてあげてもいい。
「別に見せる分にはかまわんけど、その間はこの扉は開けてはなりませんよ?」
「くぅ。楽しみだなっ! この前であんだけ化けてたし」
「あれはシフォレの制服かわいーってのもあるとは思うけどね」
さぁ、居間にいておくれ、と二人を追い出して女装を開始しようとしたところで、楓香から質問を挟まれた。
「馨にーさん。このおうちのWIFI借りてもいいですか? パケット節約したいので」
「あー、いいよ。スポットとパスワードこれな」
ささっとメモをして渡すと彼女はありがとうございますと嬉しそうにそれを受け取った。
黒木家は携帯の制限が厳しいらしい。木戸もガラケーを使ってる身としてはなんとも言えないのだが、従姉妹どのは低額のスマホを使っているようなのだ。
国内のメジャーなところはパケ放題でごっそりお金がかかる。学割と銘打っていても無料になるのは基本料だけでオプションはかかるのだ。
それに比べて、上限は設定されてしまっても半額以下になるサービスもあったりする。長電話はできないけれどちょっとした連絡をしあったり、というくらいなら電話もできる。長電話するなら家の電話を使うかPC経由かにしなさいといったところだろう。
「ありがと。さっきの他の写真も見てみたくて」
それじゃー期待してまってますと彼女は居間に戻っていった。
そこまで期待されてしまってはこちらも全力を注ぐ意外にありますまい。
じーちゃんフラグがやっと立った! 実際いくのは再来年の一月なのでだいぶ先なのですがあの町もかっとんでるので、今から楽しみデス。
さて、ご自宅に来ていただいたのは、クロキシさんでした。彼は特別という話はしていましたがなんとご親戚なのです。いままでそっち系まったくやってなかったので、ご登場。ちなみに健も楓香も一人暮らしや二人暮らしをしているので家事全般できたりします。父子家庭だし。珍しい家事スキル持ちの女子です。
そして明日は居間で女装でござる。まだまだクロキシ話は続きます。




