124.
「どうでしょうか?」
鏡を見ながら地毛での初女装を眺めつつ、扉から入ってきたいづもさんにおそるおそる声をかける。
「だいじょぶじゃない? 印象いつもと違うし、うちの人たちは女装に慣れっこだし」
「いやいや。みんな気づかないレベルの人しかきてないじゃん」
むぅと髪が短いことに不満げに唇をとがらせていると、背後に立っているいづもさんが、これだからJKはと肩をすくめて首を振っていた。
ウィッグくらいこの店にはあるだろうって? あるよそりゃ。男の人でどうしても入りたい場合に、女装しちゃう? みたいな流れになるそうで、一式それらは揃っているのだ。
でも、それを使うとルイとの差別化も図れないし、有料ですっの言葉にそれを拒否するしか無かったのだ。ロングウィッグでもあれば、いくらでもそれらしくなったというのに、もう。ショートな地毛での女装とか心臓に悪い。
「あんただって十分気づかないレベルよ。あんたいっつも自分は素はそうでもないっていうけど、ドーピングなしでそれってレアだからね? そりゃ、エレナっち見ちゃうと天然と養殖みたいに思うんだろうけど、あれこそ異常だから」
ほんと、不公平な世の中よねと、綺麗に顔を作ったいづもさんの顔が目の前にあった。
言いたいことはわからないでもないのですが、やっぱり女装するときはお化粧していないと不安というのはある。アイメイクなんかも全然していないし、ショートカットでの装いはどうなんだろうか。そりゃ美容院代をけちる意味合いでも少し最近は伸びっぱなしなのだけど、女子としての髪型かといわれると少し悩ましい。ケアをしてるだけあって髪質はいい自信はあっても、それがどれほど安心感に繋がるかは謎である。
そんな不安感を少しでも晴らしたくて、身にまとった衣類のほうに視線を向ける。
「しっかし、毎度思いますがいづもさんの趣味って割とメルヘンですよね」
「だってどーせだったらかわいい方がいいじゃない。うちお店もこだわりあるのよ?」
へっへーといづもさんが子供っぽい笑顔を浮かべる。ほんと好きなんだなぁこういうの。
不安要素はあるけれど、服装の方は確かに可愛らしい。
メイド服を少し簡素化したようなデザインで、スカートはふわっと広がるような作りになっている。そして一般的なメイド服が黒なのに対して茶色をベースとしているので少し明るい感じになっているのだ。せめてヘッドドレスがあれば髪が短くてもそれっぽくなるのになぁとは思うものの、ここはメイド喫茶ではないので仕方ない。
「そいじゃま、そろそろハニトも仕上がるし、席に帰っておいで」
「はーい」
とりあえず、それでオッケーとサムズアップがくる。
けれど最後にもう一度だけちらりと鏡をみる。
うーん。いいんだろうかこんなんで。
けれども、ここでうだうだしていても仕方ない。ハニトが冷めてしまわないうちに帰らなければ。
従業員用の更衣室の出口から周りをちらちら見ながら、こっそりと席に向かう。周りから視線が向けられているのがよくわかる。うぅ。着替えイベントは時々いづもさんがかわいい男の子に提案する企画のようで、常連さんたちは今日の子はかわいーと大絶賛なのだった。目立ちたくないのに。
「うわっ。これはまた……」
「ううぅ。めっちゃ見られてる……」
くぅ。さくらの隣にちょこんと座ったら、みんなの視線が一気に集まった。
「そんなに見られると……さすがにちょっと。うわっ。クロキシさんちょっと熱視線すぎー」
「いやいや。女装でそれってパネェだろ。てか仕草が……」
ああ、座るときのスカートの処理とかだろうか。そんなの普通にやることだ。いまさらそんなことを言われても、いまさらの話だと思う。毎週末には必ずこんな仕草である。
「慣れてますもん。普段仕草の研究とかしてるしね」
やや一般的な男子高校生としては危ない発言だろうか、そうはいっても今まで培ってきたものは、どうしようもなく身近にある。クロキシとはそこまでルイとして面識はないし、声も敢えて変える必要もないので、いつもの呼気をつかった発声だ。
「やっぱり、先輩……女の人?」
まゆがきょとんとした顔でこちらを見つめていた。
こー言われそうだったから中性を保っていたのだけれども、ここまできてしまったのならば仕方ない。
そう見せるだけの技術、そう見せるだけの技能がこちらにはある。
三年近く、歩いてきた軌跡がある。
けれども、今は。それよりも男性不信を何とかするためのリハビリを優先である。
「んや。男子だよ? ただ徹底はしてるから自然に女子っぽく見えちゃうだけで」
ほら、と男声をちらっと聞かせる。
それを聞かせてもまわりの反応は今ひとつだ。
「あたしも最初見せられたときは、どんびきました。でも今日の女装は70点かな。すっぴんでそれは反則だけど、こんなもんじゃないもんね」
おまけにさくらから注文がついた。
確かに女子の目からすれば、いつものルイの方がかわいいよね、とは思う。メイクだってかっちりやるほうだし、普段の方がアイメイクの兼ね合いで目がぱっちりしてるように見えているはずだ。
「いやいや。正直……フリスビーやってるときもめっちゃ好みだったけど、まじでこれ……好きになりそう」
ごくりと男子二人が喉をならす。いやいやって貴方たち反論する気じゃなかったんですか。
そんな熱い視線を向けられても、出せるものはそんなにないのですよ。
「あーもー。そういうところ出すとまゆがおびえるのでやめてくださいー」
「はうぅ。やっぱり男の人怖いですー」
ぎらぎらといろいろむき出しな男子の視線を受けて、彼女は怖いと肩にしがみついてきた。この手の彼女欲しいオーラをずっと感じてきたのだものな、いきなりこれでは怯えもするだろう。
「はいはい、怖くないよー。いきなり手を出してきたりとかもないし、だいじょうぶだいじょうぶ」
なでなでと子供をあやすように頭をなでてあげると、彼女はくすぐったそうに頬を緩める。
さくらは、またやってらぁとあきれ顔をしているのだが、まあ気にしたら負けである。
「ほんわかご飯食べて、まったりいけば男の子怖くないって思えると思うし」
そんな話をしていたところで、ようやくデザート類が運ばれてきた。
ケーキ系は早めにサーブされるのだけれど、今回はハニトやらパフェやらが多かった関係で少し時間がかかったようだ。あえて時間をそろえて一気に出してきてくれたらしい。
「そうそう。危ない男はいるけど、それが全部じゃないし、みんなが君を取って食おうって考えてるわけじゃないよ」
それらを受け取りながら、男子達から下手なフォローが入る。安全ですというアピールなのだろうが、先ほどの熱視線と落差が激しくて大丈夫なのかと思ってしまう。
「実際、まゆちゃん、だっけ? 君より俺は断然木戸さんの方に声かけるし」
「えーとぅ? その比較で私はさらっとスルーなのですか?」
さくらがぶーと文句をいうと、いやいやとクロキシが答える。
「だって、さくらんは彼氏つくんねーもんさ。絶望的なカメラ中毒ってのはさっきこいつらにも伝えたし、なにより二人の方がかわいい」
「うぐっ。いたい……心が痛い……ねぇ馨ー。ハニトのアイスちょっとちょーだい」
「はいよっ。女心に甘いアイスをすり込んであげるよ」
まだ湯気がたっていて、しかも上にぱかんと盛られたアイスは冷え冷えである。
ほいとスプーンでアイスをすくって口に放りこんであげる。それだけでさくらは、あまうまーととろけそうな顔になった。ちょいと蜂蜜を多めに絡めてあげたのもよかったのかもしれない。
「うっわ。ごく自然にそれできる木戸さん、すげー」
「いや、ほらだって女同士ならわりとするよ? 味見とかってかんじで。あとはむしろしょんぼりしてる子には甘味をつっこみます」
シフォレのケーキはホントおいしいから、だいたいみなさんとろけそうな笑顔してくれるんですよーと、にんまりいうと、さくらがはぅんとほおをとろけさせながらこくこくとうなずいている。
さくらもかわいい顔すると、すんごいかわいいんだよね、これが。写真に撮ってしまいたくなるほどに。
「でも、男同士ってあんまりシェアってしねーけど……」
「そうかな? お弁当のミートボールとかよく強奪されるんだけど……」
確かに木戸は外で男子と遊ぶという経験がほとんど無い人だ。エレナは男子の範疇には入れない。けれども学校でお弁当を食べていると、おかず交換的なモノは発生するものなのだ。
「それって、木戸さんにちょっかいかけてるだけなんじゃ……」
「まあ、今はあいつも彼女できたし、お昼は別なのですがね」
そんな話をしていたら、さくらがあんたらはそんなことをやっていたのか、と複雑そうな表情をしていた。
そうはいっても、青木に弁当わけていたのはそれこそ一年とか二年の中盤くらいまでである。
「そんなことより、さっさと食べようよ。温くなると可哀相なので」
ハニートーストを切りわけて、少しアイスを絡めてぱくりといただく。うん。安定したおいしさだ。トーストの温かさにアイスの冷たさが絡まって幸せである。
「たしかに、おいしい……すごい」
そんなこちらの横顔を見ながら、まゆもアップルパイに手をつける。
一口食べるだけでほわんと幸せそうに顔を緩める。
「すげーな。ケーキとか何年ぶりって感じだけどこういうもんだったっけ?」
「こういうもんです。おいしいでしょ?」
ハニトを切ってぱくつきながら、はぅんと木戸もほっぺたに手を当てる。シフォレのお菓子はいつ食べてもおいしい。
「ちなみに女性同伴じゃないと入れません。だから見ての通りここは女の子ばーっかり。もしくは彼女連れみたいな感じ」
華やかでしょ? とお店を見渡してみる。言った通りに男性客は目の前の三人をいれても十人もいない。今日に関しては女装の人はいない。
「幸せ……」
ぽへーと、クロキシさんが女装モードのほうでぽつりとこぼす。声はハスキーだけれどトーンが柔らかい。
いいのかな、これ。
「だな。俺ぜってー彼女つくってここ、こよう」
けれども二人はそんな些細な変化には気づかないようで、うまうまとケーキを食べては頬を緩ませていた。
「さて、宴もたけなわなわけだけど……どう? 男子ってこう見るとかわいいでしょ?」
フォークをもてあそびながら隣に声をかけると、まゆの肩からは少し力が抜けているのが見えた。
いくらかは緊張も取れているらしい。
「たしかに……」
この姿を見てると安心しますと彼女は目の前でケーキやパフェに身をゆだねている男子達に柔らかな視線を向けている。どうやら作戦は成功のようだ。
「それと、なんかわかっちゃったんです」
けれども彼女はそのまま言葉を続ける。
「男の人は手玉にとればいいってことですね?」
「えー、そっちにいっちゃうの!?」
思わずフォークを取りこぼしそうになってしまった。いくら何でもその発想はいろいろと危険が危ないのではないだろうか。
「だ、だって馨先輩がいままでやったのって……ねぇ?」
その問いかけにさくらがうんうんと呆れ混じりに深く頷いていた。ばかな。
「俺、木戸さんになら手玉にとられてぇー」
「だよな、もー男の娘さいこー! さっきはちょっと上から目線で同じ場所にいてもいいなんて言っちゃったけど、むしろこんな子が同じクラスにいたらたまらん」
「お、俺はやらん……こうはならん……」
ふるふると三人のうちの二人と一人で温度差がかなりあるのだが、クロキシには少しばかり無茶を強いているのかもしれない。こうして会ってみると彼はレイヤーとしてキャラになりきってるときはいくらでも艶めかしい顔を出してくれるのだけど、普段からはさすがにスイッチは入れられないらしい。
「と、とりあえず怖くなくなったのなら、いいんじゃないかな? あとは普通に接していればきっと感じ方も変わるだろうし」
うんうんと冷や汗を流しながら言うと、先輩を見習ってもっと強くなりますとまゆはにこにこ笑顔を浮かべている。別に手玉にとってるわけではなくって、男の子の無害さをアピールしただけだったのに。
「なんか別の騒乱の種が芽生えちゃったみたいですけどねぇー」
うぅ。さくらの一言があんまりにもざくざく胸に突き刺さるので、自費でアップルパイを追加オーダーしてしまった。
甘い物でも食べていないとやっていられないとはこのことである。
ついに80万字突破! 長らくのご愛顧感謝でございます。
原稿用紙にして2000枚のこの文字数はちょっと思い入れがありまして。だいぶ前に同人でノベルゲーのシナリオ書いてって誘われたことがあったのですが、そのとき提示されたシナリオ量が2000枚から3000枚だったので。私生活忙しくてお断りしちゃいましたけれどね。やってたら絶対男の娘ものにしたに違いない。
さて。シフォレで声だけサービスしたあとは、ウェイトレス服……だんだんエスカレートする木戸くんは、店の人にルイだと見破られないのかちょっと心配になります。次来るときはルイとしてですが、こうシフォレが学外の拠点として安定してしまって、最近銀香の影が薄いなぁなんて思ってしまってます。次の次のお話で行きますけどね!
さて、それで明日のお話ですが。木戸家にお客さんが来ます。時系列的にちょっと九月十月もりもりなのですが、あんまり冬にイベントができないので、ここら辺は手厚くなっちゃいます。




