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122.

「そんなわけでこうなりました」

 となりにはちろりとさくらの姿がある。

 なんで彼女が来ているのかというのを説明しようにも、彼女はまったく困惑したようすはなく、今日はお願いしますねとぺこりと頭を下げていた。

 もしかしたら先に話を聞いていたのかもしれない。

「私服のほうが圧迫感がないです」

 そして木戸の私服姿をちらりと見渡して、彼女はおびえる様子もなくにこりと笑顔だ。

 男子の制服となるとさすがに黒いし堅いし、実際あのあと何回か会っているのだけど学校でも少し怖がられた。

 それが今日は、まあ男状態で着れる服があまりないという現状なので、結婚式の時に使っていたボトムスと、トップスはTシャツにジャケットという感じにしている。眼鏡はシルバーフレームだ。一応メンズもの……いやすまん、上は女子だった。でもっ中性的な装いなはずっ。これで女子に見える子はそうはいないだろう。

 いちおー男子には見える……と思う。性別不明って言われるかもしれないが、華奢な男子で通る格好だ。

 声に関しては少し出しにくい中性声を保っている。低すぎず、それでもルイほどは上げない。

「確かに去年の学外実習よりましとはいえ……もっさりオーラの根源は眼鏡なのかしらね……しかも男装っぽく見えるし」

「そうはいっても今日はシルバーフレームなのですが……」

 これでもっさりと言われてしまったのならどうしていいのかわからない。

 さくらの指摘にむぅと不満げに唇をとがらせると、そういう仕草はかわいいんだけどなぁと頭をなでられてしまった。彼女なりの手助けなのだろうか。男子怖くない的な。

「そうですよっ、いつもの眼鏡より柔らかい感じでいいです」

 かわいいですと、まゆはこちらを怖がる様子もなく、とてとてとついてくる。

 それに、と、彼女はじっと木戸の眼鏡を見ながら言った。

「視線の高さが同じくらいってのも安心できるのかもしれません」

 木戸の身長は162センチだ。彼女の方が少し低いにしても十分同じ視線の高さと言えるのかもしれない。男子の平均は170程度と言われているのだが……身近に180近いのが多いから、それが平均なのかイマイチわからない。

「背の高い女子の友達とかはいないの?」

 視線の高さでいえばそういう子も怖くない? と聞いてみると彼女はふるふると首を横に振った。

「あ。それは全然。圧迫感もないし大丈夫です。それにみんな話しかけるとき目の高さあわせてくれるし」

 でも男の人ってだいたい上から視線を向けてくるから怖いのだという。

 確かに身長高いやつらと話をしていても、わざわざ顔をつきあわせてというような感じにはならないように思う。こちらは上目使いだし、あちらは普通に見下ろしてくる感じだ。それこそ顔をつきあわせるのはエロ本を見るときくらいかもしれない。木戸は誘われたことは無いが。

「なんか男の人って別の世界を見ているんじゃないか、と思ってしまって……」

 声をかけられても怖いし、触れられても怖い。

 その気持ちはとてもよくわかる。あの状況でよく自分も男子と体育をやったなぁと思ってしまうほどだ。

「じゃ、竹馬にでものって少し生活してみるとか?」

 へへっとさくらがしょうもないことを言い始める。

 けれども、現実的ではないとしても、そこからの連想が頭に浮かんだ。視線の高さは作品にも影響を与える。なるほど。少し低い視線で撮る写真とか、逆に高いところから撮るというのも一つなのかもしれない。

「くっ。うちの子じゃ背面パネルがチルトじゃないからできないじゃん……」

「んっふっふ。チルトはいいぞー。ハイアングルもローアングルも撮り放題」

 何を悔しがっているのか一瞬で見抜いた遠峰さんが首につっていたカメラを頭上高く持ち上げてだいたい頭よりも二十センチ高いところでシャッターを切る。う、うらやましくなんかないんだからねっ。今日はコンデジしか持ってこれなくて悔しいだけなんだからねっ。

「はい。これが男の子の一般的視線。まー視線を向ける先に関しては違いはでるんだろうけど、そこまでかわんない……んじゃないかな?」

 うちらとしてはこの違いはおもしろいとは思うけど、とさくらが新しい発見に喜んでいる。

「男子の視線っていうと、一般的には女子のスカートの下を狙っていたり、かわいいこ探したり、らしいけど俺の友人の言だしあてになるのかどうか……」

「あー、青木氏はアホだからねぇ。そういうこと言いそう」

 彼女できてもぶれなさそうだもんねぇとひどい評価だ、可哀相に。

「んで、俺は普通に風景見ちゃうから、なんとも言えないよね。出かけても変わったモノとか、かわいいモノとかに視線いくし」

 ウィンドウショッピングだっていくらでもできるしなぁと困惑気味に伝えておく。

 普段遊びに行くのがエレナやさくらが多いから、なんとなくそれで問題なしになってしまうのだけど、普通に男子と放課後テスト勉強という名目で寄り道をしたときは、かなり浮いてしまっておかしいことなのかと思わせられたことがある。

「それ、男の子には珍しいよね」

「らしいよねー。一回、クラスの男子に誘われて買い物に行ったら、えっ、おまえら周りみねーの? って思ったもん。話に夢中になっててさ」

「それは、木戸くんが枯れてるだけだと思う。女子高生だって話に夢中になると周り見えないし」

 話に夢中になれない君が悪いといわれても、視線はこうやって話をしながらどこかを向いている。そういうものじゃないだろうか。

「むぅ。かわいいものとかに目が行くのはしかたないじゃん」

 ほら、あれとかかわいいよー! とぬいぐるみショップのディスプレイを指さした。

 ちょこんと浮かれているのはウサギのぬいぐるみだ。もふもふしていて、是非ともさわさわしたい。

 あの子はなでて欲しいとささやきかけているではないか。

 とてとてと自然に二人を置き去りにするようにしてファンシーショップに近寄ってしまう。

 一人先行していたせいか。

「君たちかわいいねー。どう、俺たちと遊ばない?」

 軽そうな男の声が背後からかかった。

「あの、申し訳ないんだけど男も一人混じってるんで。そういうのは勘弁して欲しいです」

 まゆがびくりと肩をふるわせている。それを庇うように前に立った。

 けれど、男三人はじぃと顔をのぞき込んでくる。確かに三人に囲まれたら怖いなこれ。

 年齢は木戸達と同じくらいだろうか。まだ幼さが少し残っているようにも見えるので、大人という感じはしない。

「男装するにしてももう少し、かっこいい感じに仕上げればいいのに。どうしてそんなにもっさい感じなのか」

「ぬなっ。男装……だと……」

 普通に愕然と一歩後ろにさがると、遠峰さんがそれをみて爆笑している。

「だから男装にしか見えないって言ったのに。男が混じってるとかキメ顔で言われても、ぷくく」

「あのな、遠峰さん。今日は確かに中途半端にハスキー声だしてるけど、それはひどくね?」

 もう一段声を落とすと彼らはさすがに気づいたようで、うおっと引いた。ここまで低音を出せる女子もそうそういないからようやく気づいていただけたようだ。なるほど、声のこともあって男装と思われたわけか。

「まじで男か。ほほぅ、これが今はやりの男の娘ってやつか」

 ほうほうと別の意味合いの興味を持ったようで、男のうちの一人がこちらをじっくりと鑑賞しはじめた。無遠慮な視線は女子をやっているときには気持ち悪いのだが、男子状態で見られても特別なにかを感じることはない。

 けれども、その発言の方には反応せざるを得ない。何が今はやりのどれだというのだろうか。

 呆れた視線を彼に向けたのだけど、その声に反応したのは木戸だけではなかった。

「この程度で男の娘とか!」

 三人のうちの一人、一番小柄な子がそう言い放ったのである。小柄といっても木戸よりは身長は高いのだが。

「なにをそんなに熱くなってんだよ黒木」

「だーからー、こんなにもっさい格好の相手をつかまえて男の娘っていうのは無理がある」

 むしろ冒涜だ! と頭を抱えて彼は言い放つ。ずいぶんと言葉に情熱がこもっているものである。

「いや、黒木さんとやら、そもそも男の娘の定義というのは、ショタっこから始まっているはずだ。まあ自分自身をショタっこというのも抵抗はあるんだがな」

 格好はどうであれそれでも女の子に見えてしまうのが男の娘だというものだと木戸はさんざん教わったものである。おおむね八瀬に。だからこれで男の娘でも別にかまわないのだ。

「くぅ。女装してない状態で男の娘とかそうのはどうかと思うよ。その中途半端感! やるならきっちりとやっていただきたい」

「いや、だから男の娘を目指してる状態ではなく、今はわけありで声のトーン高めにしてただけでね……」

 別段、これで全力だといわれるとさすがにちょっとなーという感じだ。

 こんなもん、男オーラを少し軽減しているだけに過ぎない。

 しかし、この黒木くん。どうしてそんなに男の娘にこだわりがあるのか。

 あ。そこでちょっと頭にひらめいた名前が浮かんだ。

「黒木氏。どこかで見た覚えがあったけど、ああクロキシか」

 ぽんと手をうちならしたいほど、その名前と顔が一致した瞬間だった。

 いうまでもなくこの人もコスプレイヤーである。普通の男性コスのこともあれば女装コスのこともあるという人で、両方ともに作り込みがすごくて数少ない男性レイヤーの中でも有名な人だ。

 発音は黒騎士くろきしのほうだ。黒木氏とは少しイントネーションが異なる。

「あーークロキシ君だ。ほんとだ。町中で会うなんて奇遇ねぇ。こちとら男性更衣室には入れないから元の姿見るのははじめてかもー」

 さくらもその名前に心当たりがあったようで、聞いただけで大はしゃぎだ。レイヤーさんの撮影を中心に行う彼女のほうがクロキシとの交流もあるのだろう。

 その仕草に、うげとクロキシはうめいた。誰に声をかけたのかようやく知ったらしい。

「んげ、さくらんじゃん」

 思い切り後ずさりながら、嫌そうな顔を隠そうともしない。

 さくらってそんな風に呼ばれているのか。ほほう。今度その名前でからかってやろう。

「その通りですよ。この前のイベントはどうも。でもいい加減その錯乱って呼び方やめません?」

「いやいや。だって君たちは錯乱と狂乱だろ。どうしたってあの二つ名は払拭できない」

 まわりを置いてきぼりにしながらすすめられる二人の会話に、あちらの男子の友達もぽかんとしていた。

 レイヤーなのは隠していたのだろうか。まったく話についてこられていないようだ。

「くぅ。これもなにも全部ルイのやろーのせいよ。あたし一人で撮ってるなら全然そんなこと言われなかったはずなのに」

「ええと、さくらさんや。念のため聞きますが……狂乱って誰のこと?」

「あ? もちろんルイにきまってんでしょ」

 ですよねぇ。まったく。ルイの二つ名は銀香のルイなはずなのに、どうして狂乱なんて呼ばれなければならないのか。まるでおかしい人みたいじゃないか。

「あの人はなんかこう、男から見るととっつきにくいというか、高嶺の花というか。くったくなくてすんげーかわいいんだけど、カメラ持つと人間かわるからな」

 やばいよなぁ、あれはなぁとまったく見知らぬ人からド直球な批判がきた。

 ぐふっ。ルイったらそんな風に見られているのか。銀香にいるときはそうでもなかったのに。

「それは、さくらもでしょうに……」

 ルイだとわからないだろうというレベルで問いかける。

「だから、二人は錯乱と狂乱なわけ。って、いうか……」

「おい。おまえこの子と知り合いなのか?」

 ちょっと熱くなってしまって周りが見えてなかったクロキシが明らかに友達二人に熱い視線を向けられて一歩引いた。

 会話の内容はたぶん、あんまりわからなかっただろう。明確にコスプレがどうのというのは出していないのだし。

 けれども、親しく話しているというのはわかったはずだ。

「いや。さくらさんとは知り合いだが他はしらん」

 ぷるぷるっと首をふりながら関係を否定する。言い方が錯乱からさくらさんになっているところを見ると、彼がクロキシであることは内緒にしておいた方がいいんだろう。というかそれも狙ってこのハンドルネームなのかもしれない。黒木氏。クロキシ。発音は異なるけれど違和感が少しでるだけで決定的な違いにはならない。

 そんな様子を見つつ、まゆに視線を向ける。こちらのやりとり云々以前に、腰が明らかに引けていたようだ。

 なんだってそんなに普通に話をしているんですかいという具合だ。

 さすがに男三人に囲まれるのは怖いらしい。

「うちらは同じ学校の人間で、今日はこの子の男性恐怖症をなんとかしようっていうんで町中にでてみたんだけど……さすがに男の子三人に囲まれて萎縮しちゃってるなぁ。無理もないけどな」

 ぽふぽふと頭をなでてあげると、少しだけ震えるような視線をこちらに向けてくる。

 うーん。今日はこの程度であきらめた方がいいのだろうか。

 ゆっくり慣らしていくのが大切というところもある。

「ならさ、三対三で遊びにいかね? 俺たち無害だってのを証明すりゃいいじゃん」

「いやいや、それハードル高すぎでしょう」

 さくらがまっとうに拒絶をしてくれる。うーん。どうしたものか。

「密室じゃなければ……あるいは大丈夫かなぁ。まー俺は男なんで三対三はどうなのかと思うけど」

 むしろクロキシこっちがわくればいいのにと内心思う。女装コスだって十分こなすお人なのだから。

「じゃー、こうしよう! 我々遠巻きからみなさんの姿をウォッチするので、公園とかでじゃれてください」

「うわ。これまた無茶なふりがきたなぁ」

「だってー、ナンパするくらい暇だったりするわけでしょう?」

 クロキシ以外の二人が苦笑を浮かべているので、女声に切り替えて追撃をかける。

 声の抑揚だけで魅力的な女の子の演出くらいは簡単にできる。

 眼鏡をかけていても、姿が男子としてももっさりしてようと、そんなものを帳消しにするくらいにかわいい声が出せるのである。

「うおっ、めっちゃ可愛い声。やっぱ男装なんじゃね?」

「違いますー。三対三をご希望みたいだから、ちょっとハイトーンにしただけ」

 別に驚くほどのもんでもないでしょと、言うと、ま、まぁそうかと素直に納得していただけた。後からきいたことだが、両声類についての知識はあったのだそうだ。クロキシが動画を見せたこともあるとかないとか。いつかばれたときの予防線なのだろうな、それ。

「それで? じゃれてくれるつもりは、あるのかなぁ?」

 普段よりも少しこび入りの声で上目使いをして見せる。じっと見られた相手は、うぅと左右の仲間に助けを求めるように視線を向けつつ、ようやく決断をしてくれたようだった。

「くっそ。わかった。わかりました。でも公園でじゃれろっつってもどうしろと?」

「あれ、どうかな?」

 視線を向けた先にあったのは百円ショップの軒先にぶら下がっていたフリスビーだった。

男女で出かけてるはずなのに……木戸くんの男子イメージがアレなのでこうなってしまうのはある程度しかたないことなのかと。

そしてついにクロキシくん登場です。前に名前だけ一度でてきた子です。

こいつとはとある事情で大学に入っても仲良しですし、出番もそこそこございます。その関係性は数日後に公開予定でございます。


フリスビーって意外と楽しいですよね。

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