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120.

 文化祭終了の放送が流れてから二時間が経ったくらいだろうか。

 その場での片付けを軽く終えてから、おのおのが校庭に集まっている。

 大きな物は後日片付けるにしても、ゴミ出しなんかはある程度片付けなければならないのだ。

 さて、文化祭自体は先ほどで終了してるわけだけれど、残っているイベントがある。後夜祭である。

 もちろんこれは自由参加で、三年はさらにいえば元から自由参加なので参加しようがしまいがどうでもいいイベントではある。

 実際、木戸は去年の後夜祭はでないで済ませた。

 去年の文化祭も楽しんだのは楽しんだけれど、崎ちゃんを仕事に送り出してから、エレナに、じゃーご飯いこーよ!って誘われて、おいしくもぐもぐといただいたものだけれど、今年はそんな二人もいないのでさあどうしようかといったところだった。

 今回も早めに帰ろうかなぁなんて思っていたのだけど、ちょいちょいとあいなさんに誘われるようにして連れてこられたのがここ、屋上だった。

 もちろん途中でさくらと合流して一緒にきているの、だが。

「良い匂いだねぇ」

 彼女は思いきり屋上の一角で、七輪の上でイカを焼いているのだった。

 ぱちぱちと火がはぜて、いい香りが周りに充満している。

「どこからそんなもんひっぱりだしたんですかっ」

 こちらが言うまでもなくさくらが突っ込みをいれてくれた。

 さすがに学校の屋上でやれるようなことではない。そもそも通常屋上は立ち入り禁止である。天体観測とか部の活動の一環でなければ解放されないものだ。フェンスは張ってるあるけれど、整備はそんなにされていないしベンチの類いもない。

「あー、写真部の備品だよー。どこかで途絶しちゃったのかな? うちらのときは普通に練炭もたんまりあったものだけど」

 予算をごまかしてちょーっとね、と笑う彼女に、うわーとさくらが頭を抱える。

 なにやってたんだうちの部はーとでも思ってるのかもしれない。

「うへ、そんな隠しアイテムがあったなんて知らなかったんですが」

「まー極秘だったし、あるのは伝えてたはずなんだけどねぇ」

 数年で情報は途絶か、あいなさんはとしょんぼりする。

 たしかにあいなさんと木戸の年齢差は七歳。それはそのままさくらに適応されるわけだけれど。

 あいなさんも今ではこんなんだけど今ですら生徒の憧れの星だ。

 当時の彼女がどうだったのかはわからないけど、その当時の自由度の深さについては、うわぁとしか思えない。

「まあ、ともかく後夜祭の風景を見つつ、まったりしようってわけでしてー」

 クーラーボックス代わりの銀色の保温バックを見せびらかせつつ、さー食べようじゃないか、とお箸とお皿を差し出してくる。

「海のBBQよりは面積狭いしゆっくりいただけそうですが……その食材はどうしたんですか?」

「一部は千歳ちゃんからの献上物。他はさっきの空き時間で近くで買ってきたの。けっこー買い込んでみたから、二人も一緒にって思って」

「屋上で焼き物……いいのかな、これ……」

 さくらのつぶやきを前に、涼しい顔であいなさんはビールのフタをかぱりと開けた。

「ばれなきゃいいのです。それに今日は電車で来たから運転の心配もないし大丈夫」

 ふっふっふと、ビールをあおりながらにやりと笑う。

「なんか、いろいろ幻滅なのですがー」

 さくらがその姿を見ながらがっくりと肩を落としていた。

「人間らしくていいんじゃない? そりゃかっけー写真を撮りまくる人だから、憧れみたいなのはわかるけど」

「っていうか、木戸くんは知ってたわけ?」

「んー、木戸くんっていうか、あたしは知ってたよ? 銀香で居酒屋行くこともあるし、家で酔いつぶれるみたいなのもあるし、わりと酔いつぶれる人だから」

 今日は勘弁してくださいね? とルイ口調で言うと、わかっとりますとあいなさんは焼き上がったイカにかぶりつきながら、ビールをあおってぷはっと息を吐いた。おいしそうである。

「今日はほろよい位の量しかもってきてないし、だいじょーぶよ。証拠隠滅もしつつちゃんと帰りますってば」

 ほれほれ、ホタテもそろそろ良い感じな焼けっぷりですよと、勧めてくるのでとりあえずいただいておく。ジューシーで身が厚いホタテである。

「では、そんなわけで女子会スタートです。今日の反省会からいっちゃいましょー」

 ほれほれ、二人とも出すがいいと、ちょいちょい人差し指でおねだりされて、はいはいとタブレットに流し込んだ今日の写真を表示させる。さくらも、ああそういうことと同じような反応だ。

 そして表示されたものをばーっと見ていっては、おぉとか、わぁとか、にまにましてはビールをあおっていく。

「意識としては、そんな格好でも木戸くん、なんだね」

「まあねぇ。今は女子会ってことだし、意識的にはルイの方が強いんだけど、昼間は周りの目もあるし結構セーブしたんだよ」

 写真を見るとわかるわーと、二人から言われてしまっては、認めざるを得ない。

 確かに今日は一日女子制服だったのだけど、意識はつとめて男子側だった。

 もちろんルイとの差別化を図るための行為だったのだけど、それでも撮る写真にまで影響がでるとはなんとも複雑な気分である。

「あ、でも、これってちょっとルイっぽいかも」

「どれどれ? ああっ、確かにねー」

 そこに写し出されていたのは、化学室の香水瓶だ。きらきらしていて背景も飛ばしてあって瓶の輝きがよりリアルに表現されている。

「綺麗なものを撮っちゃいました的な感じかなぁ。あれ? でもこれ……男子からもらったりしてないよね?」

「学園五大伝説とかってやつですか? 確かに男子からもらいましたけど、別にそれで恋仲になるとか、まずないですって」

「もらっちゃったか……いや、確かにその格好で一緒に文化祭回ったら勘違いする子も出ちゃうか……」

「え? なにかあるんですか?」

 さくらもなんのことだかわからないというような疑問符付きの声を浮かべている。

「男の子同士で渡すと、その渡した方の子は一生彼女できなくなるっていう裏伝説があってね……」

「うわっ、そっちだとオカルトになっちゃう」

 五大伝説の方は聞いたことありますが、それは初耳とさくらもちょうど焼けたイカをもにゅもにゅしながら答える。

「どーしてそういう話になっちゃうんですか?」

 いくらなんでも、表と裏で話の内容が真逆すぎて、どうしてこんな話になるのかと思ってしまう。

「だってさ、男女なら仲がいいでわかるけど、男の子に香水瓶を贈るってはっきりいって、おかしいから。レアケースだから。よっぽど思いが強すぎちゃって一途に思い続けるとかそういうことから来てるらしいんだけど」

「うわっ、こわっ」

 でも、今回の場合はさらに話は違うんじゃないだろうか。

「でもそれ、千歳の場合はどうなっちゃうんです? あの子ももらってましたけど」

「あーー、それもあるかぁ……でもあの子の場合はほら、女の子のほうなんじゃない? うちの弟がそんなに長く思いが保つのかわかんないけど」

 むしろかおたんに弟が香水渡さなくて良かったと、安堵のため息なんてものをつかれてしまった。いや、確かに青木からもらっても微妙以外のなにものでもないのだけど。

「どのみちどっちでも適応外じゃない? 二人とも特殊だし、なるようになるということで」

 なるようになる、というとーと、新しいホタテをアミの上にのせながら器用にあいなさんはタブレットをいじる。

「さっきは聞きそびれちゃったけど、かおたんがこういう顔するの珍しかったけど、あれは大丈夫だった?」

「あー、はい。それはもう」

 そこに写し出されていたのは、中学の頃の逆ギレ先輩と話をしてたときのものだった。

 むぅという不満げな表情を通り越して、あきらかに睨み顔をしている。滅多にこんな顔はしないというのは、自分でもよくわかっている。

「さくらには前に話したことはあると思うんだけど、眼鏡かけ始めたのって中学二年からなのね、周りから声かけられるし、告白されて断ったら逆ギレされたりってのもあって、もう嫌になっちゃって。前髪伸ばし気味にして、全体的にもっさりするような感じで」

「それで、もっさりな木戸くんが完成というわけか……ちょっと中学時代のかおたんは見てみたかったかもしれないけど」

 今でも可愛いから、まあいいかとあいなさんはくぴりとビールをあおる。

「そのとき、ふったとたんに、本当は趣味じゃねーし、この俺が声かけてやってんのにふざけたこと言ってんじゃねーよって、脅されたんですよ。壁ドンです、壁ドン。最近はやりのあれ」

 全然違う意味だけどね、と心の意味で付け足しておく。

「いやいやいや、男の子相手にそんな逆ギレしてもねぇ。いやま、冗談交じりで声をかけたら割とまじめにお断りされて恐慌状態だったのかもしれないけど、トラウマになっちゃうのはわかるわー」

 それさえなければ、眼鏡かけたもっさりな木戸くんは誕生しなかったというわけか、ともさくらは思う。

 そうなってたらどうだっただろうか。男子制服姿であのかわいさで、はわはわ言いながら写真を撮っていたとしたら、それはそれでいろいろ目に毒な気がする。きっと今くらいだからこそいいのだろう。

「で、眼鏡かけ始めたら、くそガキ扱いされる、と」

 そんな内心はとりあえず隠しつつ、にへらと女装を始めた理由を笑ってやる。

「そっちもトラウマなんだよねー。だいぶこっち……っていうか、あっち? 男子状態でも撮影はできるようになったけど」

 焼き上がった椎茸に醤油をかけて、噛みちぎる。香ばしさが口の中に広がっていく。秋の野菜もほくほくおいしくて網焼きは楽しい。

「でもまだまだなのよねー。硬いというかなんというか」

「確かにルイ状態で撮った写真の方が私も好きかも」

 イカ、うまっ、といいながらさくらも便乗してだめ出しをしてくださる。技術的には同じはずなのだけど、どうしてか、男女でそれぞれ絵の出来方が変わってくるのだ。

「まー、ちょいちょい木戸馨としても撮影してるみたいだし、どっちでも撮れるようにしておいた方がいいかもね。ずーっとルイちゃんでいるならそれはそれでかまわないけど」

 果たしていつまでできるのかしらね、と嫌な問いかけが来る。

 たしかに、何歳になっても女装ができるか、といわれると悩ましいところだ。千歳やいづもさんみたいに薬漬けという状態なら問題はないだろうけど、さすがに二十歳を過ぎたらだんだん男っぽくもなるのではないだろうか。もちろんはるかさんみたいなのもいるので、技術でなんとかできなくはないのかもしれないけれど、いつまで出来るのかはわからない。

 そのときに写真が撮れなくなると確かに困る。

 まいっちゃうなぁとつぶやきながら、竹串にさされたタマネギをいただく。炭火で焼かれたそれは甘くてうまい。

 ちょうどそれをこくんと飲み込むころに、校庭の方は少し賑やかになっていた。

「これより、フォトコンを開催いたします」

 有志のバンドの演奏が終わったあと、そんなアナウンスが流れたのだった。

 フォトと言われてそこに注意を向けないわけがない三人は、ちらりとフェンス越しにその光景に視線を向ける。

「へぇ、うちらの代から始まったフォトコン、まだやってたのね」

「なんですか、それ」

 去年も一昨年も後夜祭でてないからわからないというと、あいなさんが丁寧に教えてくれた。

 文化祭を通して撮影した写真を文化祭終了時刻までに募集して、それを掲示し、気に入ったものに投票して後夜祭で発表しようというのがフォトコンのあらましだ。場合によってはそのモデルにも登場してもらうこともあるらしい。

 外の会場ということもあってある程度写真は大きくなくてはいけないから、プロジェクターで入賞したものは表示されるのだそうだ。

「あれ? 木戸くんなら絶対知ってると思ってたんだけどなぁ」

「こいつ、コンテスト的なことは疎いからそれでだと思いますけど」

 さくらのおっしゃる通り、そこらへんの情報はまったくもって目に入ってなかったし、友達から聞くこともなかった。友人たちはもうすでに知ってるはずのものだから敢えて言わないということだったのかもしれないが。

「けっこー写真部以外からも集まってね、投票もそこそこあったし仕分けは大変だったわけだけど……まぁ司会やんないでいいのは正直助かる」

 今回の司会は次期部長のめぐにやってもらってますと、さくらがゲソ焼きをおいしくいただいていた。口ぶりからすると去年の司会をやったのはこの子なのかもしれない。

 めぐ、というのは一年下の、去年澪のボイトレにつきあったときに、キラキラした視線をルイに向けてきた子だ。夏紀めぐみ、でめぐと周りから呼ばれてる。木戸状態でそっちで呼ぶと馴れ馴れしく呼ばないでくださいとむっとする子なわけだが、ちょっとあわあわしながらも司会はきちんと務められているようだ。

 写真がどんどん会場に表示され、コメントをつけていく。

 本当に文化祭の残り火をここで燃やしているというような感じ。

 一日の締めくくりには良い風景だ。

 その中に、千歳ちゃんの写真が入っていたのだけど、浴衣姿は割とインパクトがあったらしい。

 かおたん状態で撮ったアレは千恵ちゃんに上げるとしても、改めて撮影させて欲しいくらいだ。

「で。さくらさんや……どうしてあたしの写真があんだけ出てるわけですか?」

「えーと、まー、写真撮った人の腕がよかったから、投票で上位に食い込んじゃったんすよ……」

 そんなことを思っていたら、不意打ちでかおたん状態の姿がプロジェクターで映し出された。たぶん化学室に向かっている最中だろう。お祭りの風景を撮影しながら木村に引っ張られてる時のものだ。見ようによっては彼氏とじゃれ合ってる女の子っていう風にも見える。普通に可愛い。というか表情緩みすぎである。

「だってほらー、なんか移動している最中もにまにましながらカメラ構えて、しかも男の人と一緒っていう状況だもの。楽しそうにしてるなーって思ってついばちばち撮っちゃったのよね。邪魔しちゃ悪いと思ってそのときは声をかけなかったんだけど」

 ちゃんとカメラは写さないで置いてあげたのだから感謝して欲しいですとあいなさんに言われてしまうともうなんもいえない。 

「うぅ。あんまり男状態の写真は撮って欲しくないんですけどねぇ」

「あはは、ごめんごめん。でも、撮りたいって思っちゃったんだもの。それで撮ったら見せたいって思っちゃうじゃない?」

「特別めぐもなにもいってなかったし、あんたとルイとのアレそれはまったく気づく気配はないわよ」

 そこは心配しなくていいとさくらがフォローを入れてくれる。

 確かに同一人物だと言われてショックを受けるのは関わりも多い写真部の面々だろう。

 けれど、その点に関してはそこまで心配はしていなかった。

「先月の、男性恐怖症の子の件のときに、めぐにちょこっと中途半端な中性声とか聞かせてるし、別に被写体の名前とかわかっても、ああ、あの人ならできるだろうななんて思ってるんじゃないかな」

 名前がわかってないなら、それはそれでまったくの別人と思うのではないだろうか。

「ああ、被写体の名前に関してはわかんなかったみたいね、謎の大和撫子なんて言われてる」

 少し離れた校庭を見下ろしているわけだけど、そのステージの周りを取り囲む人達からもかわえーという声と、どこの誰だ、あんな子いたっけ、とざわめきが起きていた。

 女子の方は、ああ、コスプレのところの子だと、お客になってくれた子たちは言い合っている。けれどもかおたんって誰だってところで情報は止まっているらしい。

「もー、諦めて女子高生として半年過ごしちゃえば? イベントらしいイベントってもうあんまりないけどさ」

「むぅ。受験とかどうすんのさ。私はあいなさんの講習だけ参加できればそれでいいんです」

 夜の撮影の講座は楽しいんですからね、とさくらに言うと、またふられたーと残念そうでない声が漏れた。

「まっ、何はともあれ、文化祭おつかれさま。これから受験ばっかりになっちゃうだろうけど、たまには息抜きで三人で撮影に行きましょう」

 あいなさんは締めくくるようにそう言うと、缶に残ったビールを飲み干した。

 そして。もう一缶のふたをかぱりと開けたのだが、それに特別なにかを言える二人ではないのだった。


まだまだ呑むよ! というわけで。

後夜祭終了です。さくらとあいなさんと一緒に屋上で七輪。学校で作者がやってみたかったことをやらせてみました。七輪憧れです。しかも学校でとかどきどきします。調理室とはまた異なった趣があります。


さて、今回のお話でもちょっとだけ出ましたが、次回からは男性恐怖症の子の件です。時間は少しさかのぼって九月のお話。というか、再開してあっという間に一ヶ月すぎてしまった……

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