119.
「で? あれもあんたの知り合いなわけ? どっちの? どういう知り合い?」
二人が部屋から出て行ったあと、八瀬が着替えさせている間にさくらに思い切り詰め寄られた。
かなり親しそうにはなしていたから、またかいといったところなのだろう。さすがにそろそろ新しい出会いをすること自体には慣れていただきたい。撮影家はどうしたって人との繋がりができるものなのだ。
「瑞季ちゃんは木戸馨の知り合い。んで、一緒にシフォレ行った仲だよ。そんときいづもさんがしれっと女装のことばらしやがりまして、仲良くなったんだけど……」
うーん。と胸の前で腕をくんでうなる。
「あの様子だと、俺が木戸馨だっていうのわかってないと思うんだわ。実際声だけは変えて聞かせたんだけど、すんごいあたしの声、へーぼんだし。っていうかへーぼんになるように調節しているし」
いたって先ほどの瑞季ちゃんの反応は初対面の人に対するそれであった。
彼女の中で木戸は男という認識の方がまだ強いのだろう。
そして今ここで出会った相手は、女子高生のおねーさんといったところに違いない。服装と髪型ってかなり大切なものである。
「たしかにねぇ。一般女性の声よりはちょっとハスキーだけどすっごいかわいい声とかってこともないし。外見とセットになると印象的なんだけど」
まーアレは変態的だからなぁーとさくらが失礼な台詞を言う。
「いちおーかわいい声だって出せるんですからねっ」
「うぶっ。ちづが言ってたのはその声か」
なんつーアニメ声とさくらが頭を抱えそうになる。声帯をぴんと引き伸ばしてだすこの声はテンション高いきゃーきゃーした声は出しやすい。
「その声だったらインパクトあったんじゃない? 前に修学旅行の時につかってたんでしょ?」
「この声でコスプレ撮影とか普通に相手緊張させるだけだってば」
撮影側は質素にいくものでしょ? というと彼女はうむむと理不尽だとうめいていた。それはこの声にたいしてなのか、それとも撮影する側の意識の方だろうか。
「それにさくらだってこういう声は出せるんじゃないかな? はずかしさとか取っ払って技術でいけば、こびっこびの声とか出せるよ」
だって声帯を引っ張って、ちょっと鼻に響かせながらしゃべればいいだけなのだから。はっきりいって男子で声変わりが終わっている木戸がやるよりもごくごく簡単なことのはずだ。
「おまちどう。撮影おねがいー」
さくらはそれからもなにか言いたげだったが、八瀬の台詞で仕事に戻る。
そう。あの二人が外に出てからほどなくして交代の時間になったというわけだ。
現在二時半ちょっとすぎ。三時から演劇部の舞台があるからそれは見に行かないといけなくて、さくらにあとはお任せという次第なのである。
「んじゃ、澪っちたちの舞台みてくるといい。あとはやっとくから」
「ありがとねー」
んじゃ、と八瀬にも視線を送って教室を後にする。
時間はあんまりない。廊下を歩いていると吹奏楽部の演奏の音が聞こえる。人工物の撮影が不得手なルイではあるけれど、吹奏楽部の楽器を撮ってみようという講座のときはそのきらめきにドキドキしたものだった。それらに息を吹き込む瞬間も撮影現場としては楽しそうだと、体育館に向かう廊下を歩いていたのだが、そんなところコスプレ衣装の二人組がうちの学校の生徒に声をかけられているところを発見した。
しかも三年。二人とも去年同じクラスだったやつだ。
とりあえずズームして証拠写真を押さえておく。
「はいはい。ナンパ行為は禁止ですよー。それも中学生相手にやっちゃー駄目です。コス衣装がいくら可愛くたっておびえさせちゃいけません」
ぴしりともめ事の渦中にはいってやると、不安げな顔の瑞季がこちらにすがるような視線を向けてきた。孝史くんはぽかんとしてしまっていてまだ思考が現実に追いついていない。
「先輩……」
あのとき電車で痴漢をされたとき以上の困惑顔である。しかも孝史くんの服の袖をきゅっと握ってるあたりが大変可愛らしい。怯えているのは可哀相だけれど、これはこれでいい写真に仕上がるのではないだろうか。
「あん? おま……木戸かよ。どこの女子かと思った」
悪いことをしているという自覚が少しはあるらしい。こちらの姿を見たとたんにびくりと萎縮して、見つかった相手が男友達というのを思い出してほっとしたらしい。女子に見つかるよりはずっと安心だろう。
「てゆーか、なんて格好してるんだよ。普通におしとやか系女子じゃん」
「あー、イベントで今日は女子制服着てるからなぁ。着替えるのめんどーだし今日はこのままいっちゃおっかなーって。さくらたちも是非そのままでーって言ってたし」
「しっかし……おまえ足めっちゃきれいなのな……」
じぃと、先ほどコスプレ娘達にむけていた視線が思い切り木戸の足下に向かう。
ここまで無遠慮に太ももを見られるという経験は初めてである。
もちろんルイ相手にこんなことをするヤツはいない。相手が男だとわかっているからこそ出来る芸当である。
だったら、ここは男だからこそ、あの対応をしてみようじゃないか。ルイ状態でやると多分さくらあたりからたくさんおしかりをいただくであろう、あれを。
「見ちゃ……や」
「うぉっ」
なんてご褒美ですかと、去年同じクラスだったやつは、カッと目を見開いた。もはや先ほどまで絡んでいた二人からは完全に視線は離れてしまっている。
「つーか、そういうのがあるから男性恐怖症になっちゃうんでしょー? もーね女の子の足をまじまじ見る男子はサイテーなのですよ? ていうかそれなら自分のふとももを鏡で映してにやにやするべきなのです」
「そっちのほうが変態臭がするんだが」
そう言われると確かにナルシストっぽい感じになってしまうだろうか。木戸は割と鏡を見る派だけれど、それは自分に見入るためではなく、周りからおかしくないかを把握するためだ。
「で? こっちの二人はおまえんところの店のお客?」
怖がらせてごめんよと、中学生二人に謝罪をしているのを満足そうに見ると彼の質問に答える。
「そ。どうよ。あたしと八瀬で仕上げた完全作品はっ」
「うわ、今、つむぐも女装してんの? うわ。それ見に行かなきゃじゃね?」
ちょっと作品を見せびらかす勢いでドヤって見たのに、お二人の興味は元クラスメイトの方に向かっているようだった。
「見とけ見とけ。クラス変わって君はほんとーに、八瀬ラブだものね」
「俺は、いまでも一年前の修学旅行の朝が忘れられないんだー! おまえのエロい声ももちろん忘れない。録音するからまたいい声だしてくれ」
うわー。なかなかなに嫌なことを思い出させてくださる。
アレは……な。不可抗力だった。だって指とかなめられたらそりゃ……
にしても、今日は録音させてくれ、がこれで二回目である。そこまでめちゃくちゃ可愛い声ってわけでもないのに、どうしてこうそういう台詞ばかりがでるのだろうか。
まあ女子にお願いしたらキモがられるのは間違いないので頼みやすい相手にただ言ってみただけなのかもしれないが。
「もぅっ。さっさか店にいかないと八瀬、着替えちゃうかもよ?」
「おっとそりゃいけねぇ」
というか、木戸自身キモくなってきたので、そろそろ二人を別の人達に押しつけることにする。
ぱたぱたと元クラスメイトは我らの店に歩いて行った。どうせだから八瀬の口車に乗って二人とも女装コスでもすればいいのだ。
「あの、さっきから何の話をしているのかさっぱりなのですが……」
はわはわと瑞季ちゃんがこちらのやりとりを興味深げに見ていた。
男女でやる掛け合いとしては十分に怪しい雰囲気たんまりだ。下手をすると彼氏彼女の関係なのですかと思われたりとかするのかもしれない。
「あー、今日君たち着替えさせたうちら二人も、男子生徒だ、ということなのですよ」
内緒だよ? と人差し指を口にあててウインクしてみる。
二人の顔が対照的で面白い。ぱぁと顔を明るくした瑞季ちゃんと、ぽかんと口をあけてる孝史くんと。言葉を出すとしたら「んな、ばかな」だろうか。
瑞季ちゃんのほうが納得は早いだろう。男同士だからああいう気安いやりとりができるということにもすぐに行き着く。
「ていうか、瑞季ちゃん。いい加減気づいてくれないと。おねーさん怒りますよ? 一緒にケーキ食べた仲なのに」
ぷぅとふくれて見せると、え。と彼女はかわいい声を漏らす。ようやく思い出していただけたらしい。
「あんときは声だけだったけど、本気出すとこんな感じなわけ。まーこれで全部ってわけでもないんだけど」
ルイをやってるときの自分の方が圧倒的に社交的でかわいいのはわかっている。この状態だとまだ封印が残っている状態というのが正しいだろう。別キャラを演じられてるつもりはあるけれど、テンション自体はそこまで上がっていない。木村あたりに言わせるとテンションも十分だし、校内で撮影しまくりでつやつやしてるとか言われそうではあるが。
「その、学校でそんなにやってしまって大丈夫なものなのですか?」
瑞季ちゃんがおそるおそるといった様子で心配そうな声を上げた。
いちおう自分も女装する人だから、まずそこは気になるところなのだろう。
「お祭りの日は、みんな仮装してもおっけな空気あるし……んー。汚装じゃなければ大丈夫なんじゃないかな。まー毎日女子制服で通学っ、ていうのはさすがにどんびかれるとは思うんだけど」
こんだけクオリティ高ければうちの生徒さんは特にきもいとかはいいませんと言い切る。
別の意味で、あんたはきもいと言われるけれど、それは褒め言葉だろう。
ちなみに毎日女子制服で来ると、今の状態なら周りは心配したり生暖かい目で見てくれるような気がしなくもない。プールの授業もあんなことになったし、千歳の存在があるから、お前もかみたいな扱いを教師達はしてくれるだろう。実際はそこまでの感情はないのでなんだか申し訳なくも思うのだが。クラスメイト達に関して言えば、女子からはそっちのほうがむしろ似合うよーなんて話になる。というか今日の時点ですでになっていて、明日からもそれで!なんて冗談が飛ぶくらいだった。
「むしろ瑞季ちゃんこそよく友達の前でやらかしちゃってるよね。それ大丈夫なの?」
「んー。一緒にっていうので勇気でました。それに……ここまできれいに仕上げるなんて……女装すっげぇて孝史がいうんです」
こちらのやりとりを聞いている彼は、うんうんとうなずいていた。そのたびにウィッグの髪がはらりと落ちるのだけれどそれを指で直す姿はちょっとだけ女子っぽい。もちろん全体的な動作はがさつさがあって男の子っぽいのだけど。
「女装は素材の良さと努力の足し算だからねぇ。あとは身のこなしや話し方とか、声とかみっちり仕込めば女子にしか見えないようになるよ?」
女装は笑いを取るための道化。そんな側面は確かにある。
あるのだけれど、そうじゃない側面だって当然あるのだ。
突き詰めてやればいくらでも綺麗になれる。特に性徴途中の中学生ともなれば、その潜在能力の高さは言うまでもないほどである。
「あ、そだ。三時から体育館で演劇部が舞台やるんだけれど、良かったら見においでよ。女優を目指す男子高校生が混じっているからさ」
果たして誰が男の娘の女優さんなのか、当てられるかな? と冗談交じりに言うとなら着替えなきゃですかね、としょんぼりした声が漏れた。一時間制にしているのはいろいろな衣装を着るための手段だ。
だから、ここで一つ提案をすることにする。
「今から教室に戻って、別の衣装を着てみるとかどう? 可愛いのけっこー用意してあるし」
「えっ、そんなことしちゃっていいんですか?」
「いいのいいの。むしろあたしが可愛い格好みたいだけでもあるし」
きっと他のみんなも、見たいってハイテンションになるよきっとと伝えると、そんなことないです、と瑞季ちゃんは照れたような微笑みを見せてくれたのだった。
せっかく瑞季ちゃん出てきたので、あれだけで帰らせてしまうだなんてもったいないということで。祭りは人をちょっとだけ大胆にさせます。
男の娘のふとももは良い物だと作者は考えております。だいすき。
さて、そして明日ですが。後夜祭を予定です。全面書き下ろしになるので、果たしていけるのやらっ。ドヨウの日なのできっと行けると信じております。




