012.一年目のバレンタイン
久しぶりに馨のターンです。ジャンルが学園だけど少ない学園描写的な悩ましさが。後半にもなればがんがん学校で女装できるんですけれどね……
昨日からのそわそわは、今日はざわざわになっていて。
ああ、そういやそういう時期かとカレンダーを見るまでもなく思い出してしまう。
世の中はバレンタインである。
史実では、バレンティーヌスが殉教した日、ということだけれど日本では恋人たちがチョコを贈られたり、義理で渡して倍返しを狙ったりという争いの日である。殺伐っぷりといったらない。
「まっ、そんなもんは関係ないわけだが」
今日は平日。男子の状態の木戸としては別段チョコを用意する必要もない。
もらう算段としては、すでに母親から義理チョコをもらっただけでおしまいだ。姉は家に帰るのが面倒とのことであえてチョコをくれたりするようなことはない。一緒に住んでいた時はむしろおいしくいただいていた板チョコをよこせと、ぶんどっていったくらいであった。
そう。木戸は割とチョコ好きである。ときおりあいなさんと撮影しているときにクレープをおごってもらったりもするのだけれど、生クリームよりチョコの方が好きなのである。
高いチョコは食べない。安いのでいい。
けれど、この時期は女の子がチョコに群がるから買いに行きずらいし、ルイとしてチョコを買うというのも自分のためなのにどことなく女の子イベントに巻き込まれてる感じがして心がしんどい。
学校でもらえないか、といえば。
「なんであたしがあげねばならないのかっ。むしろ友チョコをルイに渡すのはありでも、木戸くんに義理を果たす意味がありません」
さっきバレンタインの話を遠峰さんにしたらこんな返事が返ってきた。
はいはい。もとから期待していませんよ。
このテのイベントは、はっきり明暗が別れる。人気がある一握りの男子はたんまりだし、他の大半は木戸も含めて残念組だ。その残念組の中でも木戸みたいにどうでもいいやぁというのは少数派で、今年こそはと期待をして灰色になっているやつらは割と多くいる。もてるための努力を怠っている上に自分自身も見えていないという残念な感じなのだ。
そう。机の前で放心して灰色になっているのは青木である。
「平日にバレンタインがあるなんて最悪だ」
周りをはばかることなく、全力で机にへばりついてこいつは情けない声をあげた。
もう五限がおわった休み時間である。ここまでくれば最後の逆転があるともなかなか思えない。
「日曜でもお前は残念じゃないのか?」
「まわりにいる幸せそうな顔を見るだけで嫌だ」
だったら日曜日でもさほど変わらないような気がする。どうせ日曜日だったらデートしてそのあとに渡したりするわけだろう。市場に出回るのは本命チョコばかりで、幸せな雰囲気も倍増だ。休日がバレンタインだと義理チョコを渡す機会がぐっと減ってありがたいなんていう話もよく聞く。
「それはそうとお前はチョコもらったりしてねーの? 裏切り者」
返ってくる答えがわかってるとでもいいたいのか彼は定番の裏切り者という語尾をつけながら恨めしそうにこちらを見ていた。憐れである。
「いんや。家族からもらっただけ。っていうかおまえだってねーちゃんいるんだからそこからもらってないのか?」
「みづ姉は昨日から撮影で泊まり込みだからな」
「みづ姉って?」
はて。おそらくあいなさんのことなんだろうけれど、なるほど。本名は別にあるということなのか。兄弟で名字が違うというのは深い事情でもあるのかと思ったらそうでもなかったらしい。
「青木深月、俺のねーちゃんだ。写真バカのな」
おまえとおんなじと言われて、ほほうと息が漏れた。
「うちの卒業アルバムもその名前になってるはずだ。写真家のときは別の名前使ってるけど、あれはおやっさんの趣味らしい」
「じゃあ、佐伯太陽ってのも本名じゃないってことか?」
「下の名前は違うらしい。俺も詳しくしらんけど」
不思議な習慣もあったものだ。佐伯写真館の人達はみんな、ペンネームならぬフォトネームみたいなものを持っていると言うことだろうか。
「あーあ。みづ姉はともかく、日曜だったらルイちゃんあたりならチョコくれそうなのにな」
しっかりしてるし、こっちを立ててくれるし、もうまじ天使と言われて、木戸の背筋に寒気が走る。
悪いが青木の前でルイが控えめなのは、ばか騒ぎするようなやつじゃないからというのもありながらあまり飛ばすと青木のバカに正体がばれるからだ。すっかり一歩引いた状態で話をする癖がついてしまっている。
それに、青木はルイにどんな幻想を抱いているかは知らないけれど、基本的に写真バカなのである。遠峰さんと一緒のときはテンションが高いし、けして控えめということはない。
「女に幻想を抱くといいことはひとつもないぞ」
しかたない、と木戸は鞄にいれておいたチョコをひとつ取り出した。数日前におやつとして買ったもので、一日一個ずつと決めていただいているものである。
「愛情の欠片もこもってないが、せめてもの情けだ。一個だけくれてやろう」
十二個入っているあれのひとつを青木の口にいれてやる。
「くぅ、あまいぜ」
ほとんど涙目になりながら、青木は一粒のチョコレートを噛み締めていた。
男同士でバレンタインの日に手ずからあーんするなんて、客観的にみたら我々にとってごちそうですよね。ま、この二人見かけはフツメンでありますが。