118.
「ところで、木村くん。この際はっきりさせておきたいんだけど、今日のこれって友達同士で学園祭回ったってことでいいんだよね?」
ほかほかのイカ焼きと焼きそばの香りがビニール袋からふわふわと漂っている中、教室に戻る途中の廊下で少しだけ責めるような視線を木村に向ける。
特別回る相手も居なかったから一緒に行動したし、楽しかったのは間違いがないのだけど、それでも一応確認はとっておかないといけない。
「そういうことで、いいんじゃないか? か、カップルだっていうなら、ほら、こういうとき男が荷物持ったりとかするもんだろうし、そ、そういうのしてないし」
「あからさまに目が泳いでるなぁ。もー五十メートルくらい泳ぎきっちゃってるなぁ」
「し、しかたねぇだろ……そりゃ、下心がなかったかっていわれたら、あったよ。あったさ。お前は残念美人だけど美人に違いはないんだし、しかも女子制服姿だろ。たとえ幻であっても最後の文化祭くらい思い出欲しいよ」
どーせ、彼女いない歴が年齢と同じですよと、彼はしょぼんと肩を落とした。そういやこいつも恋愛関係はあんまりだったような気がする。
けれど、どうしてこいつがもてないのか、というのはちょっと不明だ。スポーツがそこそこできる男子はモテる印象があるのだけれど。
「他の女子に声かけたりとかすりゃいいじゃん。マネージャーとかいるんでしょ?」
「そりゃそうなんだがな……なんかいまいち吹っ切れないっていうか……いろいろあんだよっ」
ぷぃと彼はそれで言葉を切ると、つかつかと歩き始めてしまった。
まったく、どういうことだ。
いくらなんでも、未だに小学生の頃の木村邸でのことを引きずっているのだとしたらさすがにいろいろとまずいんじゃないだろうか。たしかにあの頃の自分は姉たちの言いなりだったし、すさまじく素直だったので、男子から見ればインパクトはあっただろうけど、現実を見た方がいいと思う。
その後ろ姿を追うようにとてとて歩いて行くと、途中で声をかけられた。
「おお、カメラ持ってる子が……あれ? 写真部にいたこ?」
あれ? とカメラとこちらの顔を見て、彼女はぱちくりと瞬きをした。
えーと、確か。誰だっけ? 前に会ったことはあるはずなんだけれど、どこだったか。
そこで彼女が肩からつっているカメラを見て、ぴんときた。
一昨年、写真部の部長をやっていた方だ。面識はあんまりない。ルイとしてちょっとだけ会ったことがある程度だ。
「いえ、僕は写真部ではないですよ? 今日はちょーっと教室の方で出し物をやってましてね、カメラ係としてもってきてるんです。それで先輩はデートなのですか?」
あえて、男声まで落として対応をする。見た目は確かに完璧に女子なのだが、いちおうこの人はルイのカメラを見たことがあるし、同年代の女子が同じカメラを使っているとなるといろいろばれる可能性がある。
「へ? 男の……娘?」
「ええ、まぁ。祭りならではというやつです」
まったく悪びれる様子はなく、にんまりと満面の笑みを浮かべながら胸をはってみせる。
こういう場所なら開き直って楽しんでしまえという風を装っているのだ。
「おまえ……もしかして木戸か?」
そしてその連れがこちらの顔を見るなりなにかに気づいたようだった。
「先輩。ご無沙汰です。五年ぶりくらいですね?」
こちらもその顔には見覚えがあった。確かに成長はしているからわかりづらいのだけど、あの顔を木戸が忘れるはずもない。そう。一年の時に告白してきて逆ギレしてきた先輩なのだった。名前は覚えていないけれどあのときの印象は強いので、思わず身を固くしてしまう。
「おまえ、なんでそんな格好してんだよ……」
「趣味ってわけじゃないです。そちらの方に伝えたとおりです」
イベントの余興だってさとこそりと耳打ちされて、ほっと息を吐き出した。まさかどっぷりそっちのほうへとでも思ってしまったのだろうか。
「ちゃんと彼女ができてちょっと安心しました」
いろいろあったもので、とじぃと責めるような視線を向けておく。
いちおうアレが元で、木戸は眼鏡をかけていろいろ対策をするようになったのだ。
「あのときのことはお前にも悪いことをしたと思ってるよ、でもな……」
彼女の前で言うのをためらっているのだろう。彼は弱々しい声で続けた。
「罰ゲームみたいなもんだったんだ。ちょっとしたお遊びっていうか賭っていうのかな。すでにあのときお前は十人以上から告白うけてて、全部ぶった切ってただろう? それで俺ならいけるのではないかなんて話があがって」
そりゃ当時は周りからも持ち上げられてたし、サッカー部とかやってたしなびかせる自信がありはしたんだが……とバツが悪そうな声を上げる。なかなかにひどい話だ。
「それで、上手く行かなかったから逆ギレだったのですか。それだとしても見通しが甘いというかなんというか」
普通、それで行けると思う人なんていないのではないかと思う。
「だな。反省してる。でも、そのおかげっていうか、あれがなかったら俺もっとだめ人間だったかもしれん」
挫折を経験したことのないリア充。確かにそれはだめ人間だと言えるだろう。けれどもその挫折ははっきりいってこちらとしては迷惑以外のなんでもない。
「先輩のせいです。僕が眼鏡をかけ始めたのは全部先輩のあの一件からなんですよ? いわば人生を変えちゃったんです」
人は人に影響を及ぼし会う。出会いもそうだしこういう事件だってそうだ。その結果人は行動を選び、縛る。
木戸が眼鏡をかけ始めたのは身を守るための自衛行為だ。そしてその原因を作ったのは確かに目の前の彼に違いなかった。アレさえなかったら、どうなっていただろうか。ぎりっと手に力が入る。
そんなおりだ。
なぜか彼の後ろから、少し離れた場所からシャッターの音がなった。
「怒ってる木戸くんの顔なんてレアだからついうっかり」
「って、あいな先輩!?」
いやぁお久しぶりですーと、その険悪な雰囲気のなかに乗り込んできたのは、あのあいな先輩だった。本日はお日柄もよくとか言いつつ、今度は去年の写真部の元部長さんを中心に撮影をしていく。その彼氏もセットだ。
急に撮られて、えっええ、と困惑してしまっているのだが、それも場の空気を変えるための手段のひとつなのだろう。
「いやぁ、いっつも俺は世の中のことにはきょーみねーって顔をしちゃってるのに、そんなに怒るだなんてホント珍しいよねぇ」
何があったのかしらと、少しだけ心配そうな視線がこちらに向けられる。
そんなやりとりを見つつ、写真部の元部長さんがいまだ驚きに満ちたままあいなさんに問いかけた。ルイが参加している講習会がいつからやっているかはわからないけれど、少なくともこの人も一緒に講習に参加していたから、あいなさんとは顔なじみだ。
「って、先輩、女装のことは驚かないんですか?」
「あーだって木戸くんの女装の話なんてもう、有名過ぎてどうしようもないもんねぇ。うちの弟からも聞いてるけど、メイドさんやってみたりとかっていうじゃない?」
その写真もきっとかーいいのだろうなぁと、悔しそうにくぅと服を握りしめているのだが、あのときの写真はなしである。金髪メイドさんは確かに可愛かったけれど。
「というか、どういう知り合いですか」
そこで一人話に混ざれない木村が声をかけてくる。こちらのやりとりを聞いて足を止めてくれたらしい。
「そっちは……やだ、かおたんの彼氏さんですか?」
けれどどうやらそれでよりいっそうややこしくなったらしい。あいなさんはキラキラ目を輝かせながら、ほら、ツーショットツーショットと盛り上がりすぎである。
「クラスメイトの木村くんです。いちおー弟さんのクラスメイトかつ、まあまあ仲が良さげな、卒業して電車でばったりあうと、おぅひさしぶりーみたいな挨拶を交わせるくらいの関係の方です」
「なかなか微妙な関係性ね……」
自分で言っていても微妙な関係と思いつつも、絶妙な答えなんじゃないかと思う。
青木と木村は親友ってわけではない。一緒につるんでいるわけでもないし、かといって知らない仲でもないと言った感じである。
「こちらは青木深月さん。写真家での名前は相沢あいなさんです。青木のよくできた姉です」
残念じゃない方の姉です、と紹介をすると、彼女はちょっとだけ照れながら、いやぁと頬を掻いていた。
「よくできたーなんて言ってもなにもでないよー?」
「今度の写真展でちょろーっと入場券分けてもらえればいいです」
なんか出してくださいというと、まーそれくらいなら受験のごほうびで出してあげるよーとゆるーい返事がくる。 こんなことをおねだりしなくても毎回、やるときはおいでよと誘われるのだが、あえて木戸でおねだりしたところにこそ、意味があると思っていただきたい。
あいなさんとルイとは交流がある。けれども木戸馨とあいなさんとなると関係性がややこしい。あくまでも友人の姉に過ぎない彼女にどこまでの要求ができるのか、というところはうまく考えていくしかないのだ。
「さて、そんなわけであたしは写真部の方に顔を出してこようと思うけど皆さま方はどうします?」
「もちろんあいな先輩についていきます! いろいろお話聞きたいです」
元部長さんは、やったーあいな先輩と一緒に部にいけるーと彼氏そっちのけになってしまった。
「あー僕のほうはそろそろ仕事はいってるんで、ここらへんでどろんでございます」
「あーどろんしちゃってよー。なんか面白い出し物やってるって信から聞いてるし」
最後の文化祭を楽しむがいい、といいつつ彼女はカップルな二人を連れて写真部の展示がある部屋を目指して歩いて言った。
「あれ、実はそうとう仲良しなのか?」
十分離れたところで、木村から質問がでる。
「まあ、ルイの師匠っすからね。それなりに週末に遊びにいったりとか、おうちに泊めてもらったりもあったし、何人かで海にいったこともあります」
「うおっ、あんな年上のおねーさまとそれって」
お前の社交性はいったいどうなってるんだよ、と彼は目を丸くしている。
けれど、社交性が高いのはルイであって木戸ではない。
「ただのお友だち。っていうか先輩だよ業界の。そういう目で見たことは一回もないんだからね」
「それにしても、さっきの先輩? もすっごい尊敬の視線を向けてたけど、そんなすごいのか?」
「まあねぇ。時々学校で講習なんてのもやってたし、写真部の面々からすれば憧れの相手だよ」
すっごい綺麗な写真を撮る青木の姉。受験が終わったら撮影に行こうねと誘われているのが、今から楽しみで仕方ない。
「まっ、それはともかく、お仕事戻らないとね」
そろそろ時間まずいし、と言うと、頑張ってこいやと激励の言葉が飛んだ。
そう。仕事に戻るのは実は木戸だけなのである。
「さて、第二部気合いをいれていきまっしょ」
すちゃりと構えるカメラに入っているSDカードはすでに私用のものからイベント用に切り替えてある。
時刻は一時すぎ。さくらは疲れた顔をしながらもやりきった顔をしていた。お腹が鳴っていたのを聞いた時は申し訳なくも思ったのだけど、とりあえずこれでも食べてくだせぇとイカ焼きをあげたら、木戸くんから物もらうなんて明日は雷かしら、いいえ、血の雨と槍が降るんだわーと、普段ろくに使わない乙女口調をしてくれやがった。ルイのノリならここでつっこむ所だけれど、さすがに今日はできない。ガマンガマン。
メンバーは先ほどから入れ替わっていて、メイクの子が数名。衣装のアドバイザーは山田さんがやっているようだ。いろいろな服があるからどういうのが似合うかなんていうのがわからないときにおすすめする役である。
「イカ焼きうまぁーーー、あぁ、こりこりしてて染み渡ります」
たまらぬーと、もにゅもにゅ部屋の隅っこをかりてイカ焼きを堪能しているさくらを見ているとついつい苦笑しながら写真を撮ってしまう。
いちおう着替えた人の写真を撮るのが基本ではあるけれど、せっかくカメラがあるのだから教室の風景も一緒に撮っておくのは悪いことではない。場合によってはイベント写真として学校のサーバーに上げてしまっても良いのだ。
「それで? 八瀬は遊びにいかないの?」
「んー、シフト的には遠峰さんの時に女装させる人ってことでいたわけなんだけど、これが……来なかったのです」
がっくりとうなだれるように、男の娘大好きな彼はうなだれた。
女子のコスプレは可愛かったけれど、男の娘をやるような人はまったくなしだったというのだ。
「でもそれ、あたしのときもだよ? 男女のカップルとかはいたけど、さすがにそこまでやれる猛者はそうそういないみたいで」
「そこでだ! こんなの作ってみました」
じゃんと、彼が取り出したのはA4用紙を2枚使ったポスターだ。
「どんだけ暇だったんだよ、おまえ……」
思わず男声が漏れるほどのポスターだった。
色マジックをつかってカラフルに描かれたそれは、貴方も女装しませんか!? からはじまって、女装コスについての熱い思いが描かれていたのである。いままではコスプレというのを全面に押し出していたけれどそっち方面はあくまでも、やりたい人が自発的に言ってくればやるというくらいだったので、どうしたって集客が悪かったのだ。
よくよく考えれば、いくらコスプレ体験やってますって言っても、女装コスができるとは普通は思わないだろうし、やれると思うのならそうとうの玄人ということになるのかもしれない。
「ボクの文化祭は、女装客のためにあるのです。だからここにいちゃ、だめ?」
可愛らしく上目使いをしてくる八瀬は普通に違和感なく女子である。眼鏡を外しつつというのも大きいけれど、仕草の研究に余念がないのかもしれない。普段の印象とは全く違う。服装はいうまでもなく女子制服を着こなしているけれど、木戸とは違ってミニスカートだった。しかも羽田先生の趣味なのだろうが、足下は前時代的なルーズソックスというやつである。むしろまだ売っていたのかといいたくなるほどにレアである。
「別に手伝ってくれるなら、それに越したことはないけど……さすがに普通の女子のお化粧は無理っぽい?」
「さすがにそこまでは出来ないかな……かおたんはやったん?」
「こっちはあくまでもカメラメインだからねぇ。やってやれないでもないし、時々さくらのメイクいじったりもあるから、慣れてはいるんだけどね」
別に抵抗はないというと、かおたんすげーと、変に賞賛されてしまった。
「ううぅっ、なんかあたしのメイクがだめみたいじゃんそれ……そりゃパーティーの時にやってもらったけど、今じゃいじらせないんですからねっ」
イカ焼きを食べ終わって少し満足していたさくらが話に割り込んでくる。
「仲がいいことでなによりです。さくらねーさま」
「えっへん」
この一時間半で何があったのだろうか。隣のクラスなのであまり面識がなかったはずの二人がやたらと親密そうである。
「それで? さくらのほうはどうすんの?」
あいなさん来てたよと伝えると、おおぅと彼女は目を輝かせた。
「そりゃ写真部の展示いくしかないっしょー。かおたんは……いけないか」
後でどんな展示だったかは見せたげるよといいつつ彼女は外に出ていった。
「ほんとお前ら仲いいのな……」
ぽそっと男声で八瀬がつっこんでくるのだが、気安い写真仲間という感じでの仲の良さである。
そんなやりとりをしていたら、コスプレ希望の人がご来場。
衣装を決めて着替え終わってからがこちらのお仕事だ。撮りますよーとゆるーく声をかけてポーズをとってもらってから数枚写真を撮っておく。ちょっと緊張してる子に対しては最初数枚撮ったものを見せてあげて緊張を解く。これだけちゃんと出来てるとわかれば、表情は緩むのだ。衣装のできは良いのだしそれを着ている自分、を見れば気分も高揚するだろう。
もちろん更衣室でもある隣の部屋には鏡も置いてあるのだけど、写真となるとやはりひと味違うのである。
「くぅっ、あと一歩が踏み出せない……」
そんな作業をしている間も、八瀬は拳を握りしめながら外に貼ったポスターに食いつく人を待っていた。何人かは足を止めてそれを見てはいたのだ。やだー女装だってーなんていう黄色い声も聞こえた。
そのたびに女子じゃ意味がないのだよと、嘆きの声が聞こえて激しくうざいのだけれど、こちらはこちらの仕事をするだけだ。
男子達がお前やれよー、えーさすがに無理だろーなんて声が聞こえた時には、満面の笑顔を浮かべて、こいっ、はよこいっなんてやっている八瀬の顔はもちろん撮っておいた。
そうして一時間が過ぎたころだろうか。
そこに二人組の男の子が入ってきて、おぉと正直テンションが上がった。
その二人は中学生くらいだろうか。私服姿はもちろん男子のそれなのだけれど、片方の子はべらぼうに細くて華奢な体つきをしている。身長こそ木戸より高いけれどそれぞれのパーツがほっそりしているのだ。
「ぜってー似合うって。ちょーかわいいコスプレさせてもらいなよ」
「やだよー。そんなに似合うわけがないじゃない」
ふわっとした声音は男子の服を着ていたところで替えていないらしい。
そう。そこにいたのはつい先日あったばかりの瑞季ちゃんだった。あのときは電車の中で思いきりスカート姿だったわけだけど、本日はかなりボーイッシュである。あの太ももを表にさらさないだなんてなんともったいない。
「では、お友達同士お二人でお試しになってはいかがです? お嬢様がた」
にひりと笑いながら中学生二人をお出迎えする。
あからさまに挙動不審な顔をする瑞季とは対照的に、連れの男の子は年上のお姉さんに声をかけられて嬉しそうだ。
まあ、中身はお兄さんなわけだが。
「って、俺も女装しろってことっすか。それならせっかくのコスプレ。二人で男女コスでペアみたいにするのが一番では……」
「そうかなぁ。二人とも全然似合うよ? っていうか中学生? なんだよね。その頃が女装は似合うし楽しいし、育った部分はおねーさんが技術の粋を集めてなんとかしましょう」
八瀬。と手が空いて暇そうにしている彼に声をかける。
「八瀬はこっちの子やってあげて? あたしはこのこやる。技術的にチャレンジしがいがあるからね」
まかせた、というと彼は一気に表情をぱぁーっと明るくして瑞季ちゃんをじろじろと眺め回していた。
エレナほど洗練はされていないけれど、十分な素質をもつおどおど系男の娘である。八瀬からすれば一目見ただけでぞっこんになってもおかしくはない。
むしろおかしくなりそうなので、一言いっておこう。
「八瀬さぁん? いくらかわいいからって握ったら、あとでお仕置きね」
「はいはい、わかっていますよ」
八瀬がこっちにおいでと瑞季ちゃんを連れて行く。すんなりと彼女は八瀬についていった。
そして、こちらも。
「え。マジでやるんすか」
「ええ。マジですとも。君だってあの子のかわいいところ見てみたいでしょ? それなら自分もリスクをおかさないと」
ね? とほほえみかけてあげると、その子はうぐっと言葉を詰まらせる。
それからはもう木戸の独壇場だ。かっちりメイクを施して髪型をいじる。
「八瀬ー、終わった?」
「おっけ。いやぁ手間がかからないったらないねこれ」
「そうでしょうともそうでしょうとも。ふふふ。楽しみー」
さぁご対面、という感じで二人の手を引いて会わせる。
「うわ、マジで瑞季か……」
「そっちこそ……孝史がこんなになるなんて」
二人とも驚いた顔をしているけれど、まだ鏡を見せていないのでお互い自身がどうなったのかはわかっていない。
孝史くんのほうは特に自分がどうなっているかまるでわからないだろう。
「そいじゃ、撮影タイムいこー? おねいさんはわくわくが止まらないのですよ?」
さぁさぁ撮影スペースにどうぞどうぞと二人を並べる。
「うふふふ。さぁでは二人ともスマイルスマイル」
カシャリと写真を撮っていく。他の人は数枚だけれどこの二人はもういつものルイばりにばしばしと撮っていく。
「じゃー、今度は二人で向かい合ってぎゅって手を握ってみようか」
指示通りに二人は向かい合ってためらいがちに手をつなぐ。男子同士で手をつなぐのに少し躊躇したようだけれど、まあいいかという気にはなってくれたようだ。
「かわいいよー、さぁ、瑞季ちゃんちょっと上目づかいでいこう。うん。そんな感じ。いいねぇ。キャラ設定的にも姉に憧れる妹キャラだしねー」
さぁおねーちゃんは、妹の頭に右手を置いてみよう? と伝えるとそのままとろんとしたまま、妹の頭に手をのせる。投げかける言葉はそれこそ魔法みたいなものだ。二人とも熱に浮かされたようにぽぅっとしている。
「こらっ。時間おしちゃうから、撮影モードに入るな、あほんだら」
大喜びで撮影をしていたら、どげしと首筋にさくらの平手がチョップされる。
割と痛い。
「あぅ。ひどいよさくらぁ。っていうかあんたがいるなら撮影してくれればいいじゃない」
「まだ時間じゃないもん。早めにきたらあんたがいかがわしいことしてただけで」
まったく、女の子二人侍らせてなにやってるんだかと、さくらに問われる。時間を見ると交代予定の十分も前だ。
「だ、だってさぁ。だってだよ? この二人だよ? テンションあがるよ? そりゃ素だって出ちゃうってばさ」
ほらほらとできた絵を見せると、うぐとさくらも息をのむ。二人の絵は普通にコスプレ会場で見るのと遜色のない魅力に満ちていたのである。
「あの……もうおしまい……なのですよね?」
瑞季ちゃんが少し残念そうなかわいい声をあげる。もう着替えた瞬間からキャラにはいっていて柔らかい乙女声だった。
もともと高い声なのだが、つやというかしゃべり方を変えられる子なのだ。
「うぅ……流されるようにいろいろポーズとったけど、どういう風になってるか不安すぎる」
孝史くんがこれ大丈夫なのと不安声をあげていた。
それを晴らすためにも、データを公開係の方に回す。
基本的に木戸がやるのは着せ替えと撮影だ。一人にかかる時間はせいぜい十五分程度。
今回は撮影でタガが外れたが、わりと一人にさける時間というものはないのだ。
「ぱねぇなこれ。なんだよいくら男の娘大好きでも、ここまで行くと普通に作品じゃねーか」
そこに写し出された写真を見て、公開係の男子はすげぇと無意識に声を上げていた。
公開係のお仕事はSDカードから取り込んだデータをパソコンに表示させて、それをお客に見てもらって印刷してもらいたいものを選んでもらうことである。
だいたいの人がコスプレの写真が十枚程度。そのうち何個かを印刷して、依頼があればデータのコピーも渡している。
もちろんそれにはスマートフォンなどの大容量の記録媒体を持つ人限定なわけだけれど。
それがこの二人の場合、あっさり五十枚ほどになってしまったのは、どんなに言い訳をしようとルイとしての部分がうずいちゃっただけのことなのだ。
「そうですよー。二人とも可愛いからそりゃもう。ね。孝史くんも見るといいよ?」
「あ……う。これ……俺ですか」
それを見た孝史くんは百合っけたっぷりの二人の写真の前で固まっていた。
まーそうだろう。自分とエレナも時々やっていて、うわぁと思うことはあるのだが、男同士で百合百合しいのは、割とダメージが大きいのである。エレナの方は大喜びだったけれど。
「そ。いちおー衣装のレンタルも一時間ならOKなんだけど……どうする? ちょいとそのかっこでお祭り回る? それとも着替えちゃう? まーそのかっこで瑞季ちゃんは声も問題なしだろうけど、孝史くんはちょっと無口な子にならざるをえないもんね」
ボイトレやっとる時間はないしな、とさらっと付け加える。
けれども、彼らはそれについてはあまり興味はないようだ。
「あの……あと三十分くらいだけど、一緒にこっちのかっこで回っちゃ、だめ、かな?」
瑞季ちゃんが見上げるような視線で孝史くんに迫る。
あーあ。身長差もあるしもともと瑞季は美人さんだ。理想的な少女ともいえる。美しさよりも可愛さのほうが強いけれど、それでもあの目で見つめられたらたいていの男子は落ちる。というか中学生男子にはあまりにも酷だといえる。
孝史くんがこくんと喉をならしたのが見えた。
「し、しかたない。でも、三十分たったら着替えるんだからな」
「はぁい」
やた。と小声でいう瑞季ちゃんはとても可愛らしくって、プライベートということでその横顔を思い切り激写したのは言うまでもない。
道中と撮影中。あいなさんも出したいし、中学の頃の先輩も出したいしってことで考えた結果、カメラに活躍してもらいました。ほんとカメラはいいものですよね、切り込んでいける感じです。
そして瑞季ちゃん再登場。友達の前でフル女装をしてしまえる若い子に軽い嫉妬を覚えますっ。なんていうといづもさんみたいになってしまうけれど。
中学生はいいと思います。
そして、書いてて作者は激しくイカ焼き食べたくてたまりませんでした。いかん。ダイエット中だといいますのに。
それと作者花火大会のためにミニ三脚買ってみました。これで手ぶれせずに夜景が撮れるに違いないっ。今年は流れるような花火の写真を撮ろうではないですか。




