115.
「あのさ、良かったら一緒に文化祭まわらないか? その……」
「別に約束もないしかまわんけど、こっちの格好でいいのか?」
そろそろ朝一の撮影時間が終わる十一時半ちょっと前に、お客が途切れたところで木村が声をかけてきた。
おそるおそるというか、遠慮がちなその声は誘っちゃって良いのかなぁという感情が乗っているんだろう。
こちらとしては特別今回は回る相手もいないのでその提案自体は問題はないというか……数少ないまともな男友達と回れるならそれはそれでありがたいといったところではあるものの。
女装男と文化祭回ってどうするんですかいと言いたくなる。
「それはむしろ、そっちの方がっ」
ぐっと前のめりで寄ってくる彼を見つつ、ああそういやぁととあることを思い出した。
「まあ、初恋の相手にそっくりだ、と定評でありますからなー」
ぷぷぷーと、口を押さえつつ笑って見せると、彼はうぅと何も言い返せずに顔を赤くしていた。からかいすぎたかもしれない。
「とまぁ冗談はともかく、何カ所か行きたいところがあるから、それ付き合ってくれるなら一緒でもいいよ?」
場合によってはかわいい演技もつけてあげようと、ここのところお世話になっているクラスメイトに提案をしてやる。なんだかんだで木戸の数少ない男友達の中では一番まともな相手である。体育の授業を激変させてくれたのもこいつだし、春隆が暴走したときだって真っ先に助けてくれた。
それでいて、初恋がもう木っ端微塵に砕けているというのが良い。
昔のトラウマみたいなものだが、木戸もルイも人様にモテると困ってしまうほうだ。その点もう砕け散っているのなら、意識もされまいというものである。こいつは体育会系だけれどきちんと配慮のできる人だし、安心感はピカイチである。
そんなわけで、さくらに引き継ぎを済ませてからは、男同士で文化祭を回ることになった。まぁ字面としては健全だと言えるだろう。男同士。いいではないか。まあ外向けには男女で一緒に回ってるように見えるだろうし、クラスメイトがいる教室とは違って完璧に声もつくるし、仕草も切り替えるからなおさらだろうけど。
そう。クラスメイト向けには女装している風に見せつつ、他の人には一般の女学生に見せたいのだ。この外見で男子ボイスとなると、通り過ぎた人がちりっとした違和感を元に、へ? え? とパニックを起こしてしまうので、混乱を回避するためにも事情を知らない人には女子で通してしまった方が絶対にいいのである。
「おま、仕事終わってもカメラもってんのかよ」
「へへーん。今日は公的にカメラを持ち歩ける日なのですよ」
もちろんSDカードは入れ替え済みですが、と注釈を入れたのだけれど、はて? ときょとんとされてしまった。何をいってんだこいつ、という顔である。
「あ、えとね。さっきまでは仕事で撮ってたから仕事用のメモリーカードで、今は朝の続きっていうか個人所有のメモリーカードさしてんの。朝撮ってきた写真とかも入ってるし」
「話には聞いてたが……お前ってほんっと残念美人だよな」
「へ? なんのこと?」
残念といわれたのは初めてだと心外そうに、ん? と首をかしげてみせると、あぁと木村は額に手をやって首を振った。
「いやさ、お前の場合、男かどうかってことよりも、そっちの写真馬鹿な方が恋愛対象としてやべぇって話」
この際、性別に関してはそんだけ可愛ければ別段どうということはないと断言する彼なのだが、なんだか新鮮な反応である。こちら側から断る理由の半分はそれなので、なかなか良い線をついているようにも思える。
「まー、それならそれで、友達とカメラどっちをとるかっていわれたら、カメラでつながれる友達をとるし、撮るよ?」
ほら、木村くんも撮ってあげようとカメラを構えると、ちょ、まてって、と顔を背けられてしまった。まったく、せっかくのイベントなのだから撮られてくれないと困る。
「それで、行きたいところってのは?」
「後輩のところと、漫研。写真部はパスで」
時間はあるようでないので、まずは漫研から行くのがいいと判断する。
写真部をパスする理由は簡単。とても見てみたいところだけど、さすがにルイとの類似点が多すぎる今の状態で見にいけはしない。ルイとしてこそっと遊びに行くとしても、その時間を演出するのにいったん登下校をしなければならないし、自身の文化祭を削ってまでルイとして参加することなど、ちょっと無理なのだ。
女装を解けばあるいは行っても問題ないのだけど、クラスメイトから放課後まではその格好で! と言われてしまっているので逆らえないのである。斉藤さんからも、是非女子同士な関係でいこうぜぃと男前な台詞をいただいた。あーはいはい、女同士だと口調も砕けますよね、存じておりますとも。
「時間的にはまずは漫研かな。もう一個の方は屋台やってるところだからさ、お昼ご飯としてはもうちょっと遅い方がいいだろうし」
「へぇ。学校で後輩が居るっていうのは意外だな。お前いっつも放課後はぱっぱと帰ってただろ。喜一のじぃさまが号令だすとすぐに」
「そりゃまあ、バイトとか撮影とかあったけど、その……巻き込まれ体質なので」
なにげに後輩数人とは仲良しですと答えると、忙しいやつだよなぁと呆れられた。
「巻き込まれっていうと、木村くんと一緒に回るのはいろんな意味でありだと思いました。これであたしよーく男子から声かけられるから、男よけってことで」
絡まれたら彼氏ですみたいな感じで守ってね? とにこりと笑顔を向けると、うがぁと彼は耐えきれずにそっぽを向くと、落ち着け落ち着け、相手は残念美人とぶつぶつつぶやいていた。
「わ、わかった。ふりくらいならしてやろう。だが……町中だとお前どうなんだ?」
いつも、そういう格好してるんだろ? と言外に言いたげだがセーブしてくれるのはありがたいところだ。
「最近はあれだねぇ。断ってもだめならカメラ向けて、BL写真作るって脅します」
「うっは。えげつないなそれ」
「だって、断っても帰ってくれないならしょうがないじゃない? それにカメラ向けるだけで主導権はこっちになるし、その場を制御しやすいんだよね」
テンションだってこの通りあがるわけだし、と言いつつ視界に入った風景を一枚押さえておく。
文化祭の廊下の景色は人がいっぱいでしかもみんなわくわくしていて、楽しいっていうのが表情によくでる。ときどき楽しくなさそうに素通りする人もいるわけだけれど、そこらへんはある程度温度差があるのはしかたがないのかもしれない。
「うふふ。昼間の学校なんてそうそう撮れないから、今日は撮影にも同行していただきますよ?」
「なんか、やっぱお前本当に残念美人だわ……」
極上の笑顔を向けているというのに、木村氏はなにやら考え事をしているようで、疲れたようなつぶやきが漏れていたのだった。
「おっはろー。みさきっちゃん、おひさー」
カラカラと漫研の展示場に向かうと、見知った顔を見つけて声をかける。もちろんテンションはフルスロットルで、元気な先輩という感じだ。ルイっぽいといえばそうなのだけど、あっちが自然にはぁはぁするのに対して、ちょっと強引にテンションを上げてる感じである。
「どうして、そのテンションだよ、おまえ……」
「いやぁ、ここではほら、木戸馨ってことになっちゃうと、あのBL写真で有名のーってなっちゃうでしょーが」
「ああ。青木のアレか」
こそこそと耳打ちをしていると、美咲ちゃんはほほーとこちらの様子をまじまじと見つめているようだった。
「耳打ちの絵ってなんか怪しいというか、それで男同士だったら本当にうちの先輩方の餌食ですね」
ちらりと漫画の説明をしている他の部員さんの姿を横目に見ながら、彼女は肩をすくめる。コラージュなんてしなくてもおいしい仕草満開で困りますということなのだろうか。しかしながらこれをやるのはあくまでも女装で、であって男同士で耳打ちはあんまりしない。というかする用件があるときしかしないものである。
「それで? 展示やるって聞いた時は、え、なにをやらかしちゃうの? って思ってたんだけど、コラの方じゃないんだ?」
「はいっ、だっていちおう漫研ですからね」
パソコン使えるから在籍してるだけではあったはずなんですが、と彼女は自分の展示をしめして、こうなりましたと胸をはる。
そう。美咲はもともとコラージュのために部活を選んだ子だ。だから当然展示もコラージュ作品なのかと思いきや、あくまでも漫画の研究をしている建前があるので、風景のコラージュ作品の展示は無理だ。らしいといえば美術部などのほうがまだマシ。映像研究みたいな部はないし、情報処理系の部はコラージュよりはプログラムの方が中心になるから、やっぱり適さない。
「漫画とその背景における、現実世界との相違と同一点についての考察……って」
「かおたん先輩もご存じの通り、私は漫画にあんまり興味ないわけです。コラージュの人なので。でも漫画見てたらぽーっと背景が見えてきたといいましょうか」
こういう漫画を見ても、言うまでもなく背景画もあるわけなんですよー、と彼女はぺらぺら週刊誌をめくってみせる。
「それでどうやって背景描き込んでるのかなーって、いろいろ調べてみたわけですよ」
研究結果には参考にした本十冊において背景の出所を紹介していた。比較絵などもあって案外おもしろくまとまっている。
漫画の背景は、実際の町をそのままトレースして使っていることも割とあるのだという。いわゆる聖地といわれるところだ。それ以外でも近所の風景なんかをトレースしてたりということもあるようで、あとはそれっぽい風景を想像で描くなんてこともあるらしい。
「なんか、私、やっぱり生み出す側じゃなくて、いじる側なんだなーってしみじみ思っちゃいました。こういう元々の物を比較したりっていう作業はすっごい楽しかったです」
「楽しかったのなら何よりね」
黒髪ロングな先輩として、少しおねーさん口調で褒めながら展示物にじっと視線を向ける。
割と良く調べてあると思う。
漫画のコマ割りの風景と、実際の風景の比較とかもやっていて、うわ、そっくりなんてのもわりとあって、漫画すげーと思わせられるくらいだ。
そして風景の写真の方もずいぶんと綺麗な構図で撮られている。好ましい写真である。
「でも、背景か……実はあたしの所にも背景として参考にさせてください! ってメールが来たことはあったっけなぁ。無名な人だったけど」
「あー、確かに先輩のは、田舎ーって感じのところをばしばし撮るから、そういうの舞台にするなら断然ありですよね」
行ってなくても行った気になる感じですし、といいつつ、彼女はほれほれと手を差し出してきた。
はて。その仕草の意味はなんだろう。
「とりあえず、握ってみよう」
シェイクハンド。きゅっと手を取ってみると彼女のひんやりした指の感触が感じられた。木戸より一回りくらい小さい手は可愛いといわれるだろう。
「って、そうじゃなくって。せんぱーい、どうせ今日もいっぱい撮ってるんですよねー? 風景の写真をプリーズなのですよ」
ほれほれ、カードをよこしな、と少しガラ悪く彼女は空いている手の方でちょいちょいと催促してくる。
しかたないと思いながら、カメラからカードを取り出して彼女に差し出した。さっさとコピーするといい。
「いっぱいっていっても、通学路だよ? 美咲ちゃんが好きそうなのはそんなにないと思うんだけど」
「いいえっ。私は最近目覚めたのです。日常風景もコラージュ対象です」
自然も好きは好きですが、日常にあらわれる非日常みたいなのも楽しいですと彼女はどうも一歩を踏み出したらしい。
少し二人で盛り上がりすぎてしまったので、木村は大丈夫なのかなと思ってちらりと様子を見ると、ヤツは展示をみてうわぁと顔を赤らめていた。
他の展示がどうにもだいぶまずい物らしい。まああれだけBLをでーんと表に出されたら引くよなぁ。これで展示を許可した顧問は大丈夫なんだろうか。いやきっと同じ穴の狢なのだろうけど。
「ううむ。これはあくまでも、描写表現の研究です、他意はありませんって、便利な言葉だなぁ」
参考にした本を元に、あーだこーだと表現法についてそれらしく描いているのだけど、明らかにBL絵を公開したいだけとしかとれない展示になっている。
「って、かおたんお前はこういうの……大丈夫なのか?」
ぎちぎち首を動かしながら、こちらに問いかける彼の顔は真っ青だ。男子から見るBLと女子から見るBLは、いろいろと印象が違うもんなぁ。
「大丈夫もなにも、女の子だったらたいてい一度は見てるだろうし、男の子同士のちょっと行きすぎてしまった友情って、女子から見ると夢の島って感じ」
夢の島の意味合いの中には宝島とか良い面もあるけれど、旧夢の島のような意味合いも当然含まれている。都市のゴミだめとか、腐っておられるとかそういう意味合いである。
「それにほら、女子としては実害もないわけで……」
「お前の場合、実害しかないんじゃないかと思うんだがな……」
去年を思い出して冷静になれと言われてしまったのだが、もうあのコラージュ写真の件は綺麗さっぱり片付いたことである。青木はちゃんと彼女ができたし、いまさらこちらにふらふらくることもないと思う。
そんなやりとりをしていると、お客さんが一人帰ったようで、三年の子がこちらに近寄って来た。
「まぁまぁ。男の方が漫研に足を運んでくださるだなんて、夢のようです。展示はいかがですか?」
「いえ、俺もこいつにつれて来られただけで、そんなにそのこういうのに興味があるってわけではなく」
きらきらした笑顔を浮かべられたせいか、木村はきょどりながら、俺はノーマルだと弁解を始めた。
「あら……そちらの方は…タイの色からして三年生ですよね。あまりお見かけしたことはないですが……」
そして視線はこちらに向かってくる。
「美咲の知り合いですよ? 見たことないのは今日はウィッグかぶってるから普段と印象違うだけだと思います」
あと、クラス離れてるから、それもあるんじゃない? と伝えると、いや、でもーと彼女は悩み始めた。
「いや、貴女くらいな清楚系美女となると、噂くらいにはなるじゃない? 謎の転校生がいるなんて話も聞かないし……」
「ウィッグと服装でだいぶ変わるものですよ。たとえばスカート丈だったりを変えるだけで清楚系になれる、みたいな」
是非お試しを、といいつつ今相手にしている子も清楚系だ。それがBL大好きの腐女子だというのだから、世の中ままならない。
「まあ、どこの誰かというのはどうでもいいです。それより展示のほうはいかがです? かおたんさんもこういうのはお好きなのでしょうか?」
わくわく、といった様子で彼女は前のめりにこちらに聞いてくる。同志がいないかというのも併せて展示をしているのかもしれない。
「そこそこ詳しくはありますが……あくまでもコスプレの参考文書という扱いですね。強気攻めとか弱気攻めとか、へたれ攻めとか、いろいろ表情とかの研究用です」
木戸が……というよりルイがBLキャラに詳しいのは、あの粘着撮影による情報提供のたまものである。とにかくひたすら彼女達のキャラ愛がBL知識をたんまりと植え付けてくれたのである。一般の少年誌のキャラであっても、腐ってる方々の場合は、コスプレをしつつそのまま通常ではありえないポーズをとってみたりして、脳内で想像した姿を現実にしたがったりするのだった。
「きゃあ。攻めとか受けのバリエーションにまで精通しているとはっ。いいオトモダチになれそうですっ」
きゅっと、手を握られると彼女の体温が感じられる。美咲に比べると温かい手だなぁと思ってしまう。女子の手はどうしてこう、ぷにぷにとやわらかいんだろうか。
「私は、そこに至るまでの気持ちの揺れなんていうのも重視しているんですが。お話を作る上ではこの要素は大切だと思うのです」
人によっては本番だけでいいだなんていう方もいますが……とおそるおそるというようすでこちらを伺ってくる。そう言われてもそこまでこっちも詳しいわけではない。
撮影相手のキャラなら、その場面だけでいいのだが。
「物によってはですが、お話はしっかりしてるに越したことはないですね。ちなみに男性×男の娘はBLになるんでしょうか?」
「そこは悩ましいのよね……男の娘っていってもいろいろいるでしょう? BLのスパイスとして女装を無理矢理させられてるだけっていうのから、心まで女の子っていうのと。もしそっちだとしたら、BLっていうよりは普通の男女の障がいものって感じだし」
こればっかりは登場人物達の考え次第じゃないかなぁと割と柔軟な回答をしてくれた。
そのとき、カラカラと扉が開いてお客が入ってくる。彼女はその相手を見た瞬間ぴんと背筋を伸ばしつつ思い切り明るい顔をした。くっ、美咲ちゃんにカードを渡してなければ絶対一枚撮っていたというのに。
けれど彼女がそんな顔をした理由もよくわかった。去年卒業した先輩が見に来てくれたらしい。彼女がこちらとあちらをちらちら見比べてあうーと言っていたので、さぁさぁどうぞどうぞと彼女を送り出す。
「先輩さすがです……まさか一年でここまでどっぷり腐ってしまわれるとは」
そんなやりとりを見ていた美咲ちゃんは、じぃとこちらに複雑そうな視線を向けてくださる。中身を知っていればそういう対応にもなるのだろうが、先ほどの会話で腐認定はしないでいただきたい。
「あーのねー、美咲ちゃん? そんなこというなら写真の提供減らしますが」
「うぅっ、それは勘弁なのですー」
もっときれいな元データが欲しいのですと、彼女はデータを吸い出したSDカードを返してくれた。
そんなやりとりを新鮮そうに木村はじっと見ていたのだった。
諸事情により文化祭二話目分割です。思ったよりやりとりが多くなってしまいました。掛け合いしてるとすぐに文字数が増えてしまう。
本日、千歳たちも出る予定だったのですが明日に繰り越しです。ほとんど全面書き下ろしだけど、明日休みだしきっといけるはず。
あ。あと作者肝臓の再検査の結果がきました。日々の節制って大切なのねと感じました。




