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114.

 そして文化祭当日。窓の外に視線を向けるときらきらとした木々のきらめきが見えた。一日雨という天気予報は見事に外れてくれて、朝までにあらかた雨雲は過ぎ去ってしまい、今はしめった木々が朝日を浴びて良い感じの被写体っぷりである。もちろんいうまでもなく、学校に来るまでに撮影はした。

 そう。カメラ係である本日は学校にカメラを持ち込んでも違和感がないのである。ああ、通学のこのときに撮影ができるだなんてなんという幸せか。本日は三十分も前に家を出てしまったくらいだ。

 ちなみに通学はさすがに学ラン姿で、電車の中ではカメラはしまっておいた。電車のガラスに映った表情が緩みきっていて、ちょっと近くにいたおばちゃんにどんびかれたりもしたのだけど、それもしかたがないことだ。

 そりゃ、あいなさんの講習会の日だって、着替えプラスカメラを持参はしている。

 しているけれど、さすがに通学中の景色というものは撮ったことがなかったのだ。

 電車から降りて高校に向かうまでの道の最中で、わふーと少しテンションを上げすぎながらも光と水のあふれる景色を撮りまくってきた。さすがに時間がそんなにないのでせいぜい五十枚程度だけれど、普段の道がまったく別物に見えるのだから不思議なものだ。いつもなら見過ごしてしまうような場所にもしっかりと視線がいく。

 着替えを済ませる前にそんな話をさくらにしたら、やっぱりアホだこいつ、と冷ややかな視線を向けられてしまった。

「まっ、ガッコの中じゃーそれなりにセーブはしますよ」

 そして今では着替えを済ませて教室で待機だ。文化祭当日は三年のみ自由登校とされているので出席はとられない。なので十時のスタートに間に合うように準備をしなさいというしばり程度しかない。

 普段が八時半くらいから始まるのに比べれば少し遅めなのは、ぎりぎりまで準備に追われている生徒達を考えてのことなのかもしれない。

 準備期間はあっという間に過ぎ去ってしまった。七月末から打ち合わせをしつつ、八月九月と、準備をすすめてくれていたのは他のクラスメイトなので木戸はまったくもって苦労もなかった訳なのだが、こちらだってイベントがあったり従兄弟の絡みがあったりといろいろあって、暇なんて欠片もなかったほどだ。その高校三年の夏にいくら受験がないからといっても、文化祭にそこまで気合いをいれるのはどうなんだろうかと思ったりはする。そりゃ女の子同士で学校に集まってわいわいやるのは楽しそうだなとは思わないでもないけど、木戸的には撮影を減らしてまでやるべきかといえば、まあNOだ。そこらへんはここに集ったレイヤーさんたちもある程度は同じなようで、夏の真ん中に鎮座するあのイベントを中心にすえて動いていたから、前半はまったく活動をしなかったそうだ。

 そうして完成された部屋は、一般クラスを二個連結して作られたちょっと特殊な感じの仕上がりだ。

 広い特殊教室は一、二年に使わせてあげるのがこの学校のルールでもあるので、三年の有志の場合は空いている一般クラスを振られるのが普通なのだけど、やることがやることなので、一部屋では足りないと相談したらこうなったのだ。

 ベランダの出入り口を通行路として、受付と撮影をする部屋と着替えと衣装選びをする部屋とで分けている。あちらは基本廊下側のドアは開閉禁止で、あくまでも受け付け経由で行くような手はずだ。廊下側に通路を作ってもよかったのだけど、廊下の半分を占拠してしまうのも良くないと言うことでこうなった。外もそこまで暑くも寒くもないし、簡単に布で覆っただけで通行路は完成していたのだった。

 そして、両方の部屋の壁には用意してある衣装の写真がばーっと一覧で貼られている。それぞれがA6くらいのサイズだけれど、男女別、ちょっと大きめの女子服と分けられていて、レンタル中のものには印をつけておくシステムだ。開始時間とともに貼っておくのでどの程度でその衣装が戻ってくるのかもある程度わかるという仕掛けだ。

 その写真の撮影? もちろんそれは十月に入って衣装がそろってから、さくらと手分けをして片っ端から撮った物だ。服だけを見せたいのでモデルはおらず、被服室のトルソー(胴体だけのマネキンみたいなの)に着せて撮影をしている。

 羽田先生からは、きちんと着せてあげて撮りなさいとだめ出しをいろいろいただいたのだけど、それもあって型崩れしていない写真が仕上がった。

「どうよーこれ。すごくない? たった三ヶ月でこんなに衣装そろえられるとかって」

 そんな衣装一覧のボードを眺めていると山田さんがえっへんと胸をはりながら近寄ってきた。

 まあ確かに一学生がそろえられる衣装の量ではないし、隣の部屋は衣装部屋もかくやという勢いで服が並んでいる。全部で確か73着だったか。合わせの衣装とかもあるし、バリエーションもけっこうある。サイズに関してもそれなりな範囲でフォローしているようだった。

「はいはい、すごいですよー。ちょっと古めのキャラも多いけど、これ知り合いに声かけて集めたんでしょ?」

 あえて女声にはせずけだるい木戸ボイスで彼女に答えておく。

「うくっ。古いとかあっさりいわれた。でもそーです。最新のは冬のイベントで使い回したいって子も多くてね、汚されるのはまあ仕方ないにしても破損は怖いって言われてしまってさ。それに……」

「十分なんじゃないかな? 普通の人にはフォルティア王国の姫、サラフィの衣装じゃなくてただの姫服だし」

 うんっ。と素直に言い切ると、彼女はかくんと肩を落とした。

 彼女が言いたいことを先取りして言っただけなのだけれど、恨めしそうな視線を向けられてしまった。

「どんだけ詳しいのよあんた。って、まあ詳しくなっちゃったんだろうけど」

 そうは言われてもルイとして撮影に行っている以上は詳しくなってしまうのは必定というものだ。

 もちろん物には限界があるので知らないキャラだっているのだけど、ここ二年で見てきたものはだいたい覚えている。

「八瀬の方が詳しいんだけどな。あいつなんだかんだで男の娘キャラオンリーってわけじゃなく作品ごとまるっと好きだから」

 あいつのほうが根っからのオタクだからな、と男声で付け足す。今日は朝からこんな感じだ。

 もう完全に着替えているけれど、声と仕草は変えていない。

 服装は九月に話し合った結果、スタッフはみんな制服を着用ということになった。ただしスタッフとしての名札だけはつけている。これは誰がお客で誰がスタッフかを一目でわからせるためだ。スタッフの名前まで入っているのがどうなのかと苦情を言ったのだけど、お客さんの呼びかけのためのアイテムですよーと、ゆるーくかわされてしまったのだ。呼びかけ用だから偽名もありということで、みなさまあだ名とか好きな名前を書いていたりするわけだけど、木戸のプレートは斉藤さんがわしゃわしゃと可愛い文字で書いてしまったのだ。まったく、かおたんはやめて欲しい。

 最初はスタッフもコスプレすりゃいいんじゃないか、という話もでていたけれど、あくまでもお客さんが主役だからこっちは裏方に回ろうという趣旨でこれでおちついたのだった。

 ちなみに木戸と八瀬の女子制服はもちろん羽田先生からの提供である。春先にあった男子制服騒動のときと同じくらいのスカート丈のものを用意していただいた。そして足元は紺のハイソックスを装備し、ウィッグはなんと今回は、ロングの黒。しかも腰くらいまであるものを装着済みだ。撮影の邪魔になるのでカチューシャまでつけていたりする。知的美人という印象が強く出る装いだ。

 いままでここまでの長さの物は使ったことがないので、ルイとの差別化という意味でもありがたい。黒髪ロングは一度は憧れる髪型だーというものらしいけれど、伸びるまで時間がかかるしケアも大変だし、夏を乗り切るのはしんどいしということで、あんまり見ない髪型である。

 ルイを作る上でロングを選択しなかったのは、ある程度スポーティーな感じにしたかったというのと、純粋にお値段の問題なのだった。ロングウィッグは高いのである。静電気でぺたついたりするので耐熱化繊のものを選ぶようにしているのだけど、ぽんぽん買えるようなものでもない。

「でも、木戸くんその格好で男声はなんていうか……ちょっと違和感あるよ? そんなんでいいの?」

「いいんでない? お客くるまでは全力でだらけるつもり。それにほら、あんまり飛ばしすぎて変な目で見られんのも嫌だし」

 これくらいのぐーたら中途半端っぷりでいいんすよーと、ゆるーく答えておく。

 確かに男子はほとんど受験対策で今日は参加していないし、青木は彼女のところに遊びに行っているのでここにはいない。千歳のクラスは数少ない食べ物系のお店を引き当てていて、どうやら屋台をやるらしい。しかも一個だけではなく縁日風に三軒だそうだ。イカ焼き、お好み焼きなどの焼き物系、チョコバナナ、リンゴ飴などのお菓子系、あとは綿飴の屋台がでる。接客する女子はみんな浴衣姿だという話で、千歳達がどういうのを着ているのか今から楽しみだ。夏の花火大会の時はこちらが身動きとれなくて一緒に行けなかったのでなおさら見たい。

 そして他の女子はというと、隣の教室の方で衣装を見るのに夢中になっているところだ。受付のほうのこっちにいる子はあまりいない。

 けれども、人がいないわけでもない。朝から何回か絡まれているし、かわいいねーなんてテンション上げてくる女子も多かった。そこでこのぐーたらである。見た目完璧だけど動きは男の子だねーなんて声があがり、男子からも普通に男声で安心するわーなんて声があがった。

 そう。完璧に女装することは、たやすくできる。けれど、それができる自分というのは周りからどう映るのか。そして安易に女装ができることが世間的にわかってしまえば、ルイとの関連を見破られる可能性がある。中途半端なくらいのほうが印象として「女装ってやつはやっぱり無理があるんだぜ」というものが残る。

 そうすれば完璧に女に見えるルイは、女装ではないという印象操作ができるという寸法だ。

 春隆はなんだかんだで、今日は用事があるとかでお休みなのは聞いている。それでもあんまり女の子っぽく振る舞い過ぎるのはいろいろとよろしくないのである。

「お客が来たらテンションマックスの方がむしろ変なんじゃないの? しゃきっとしよう」

「本当にしてもいいの?」

 ん? と首をかしげてにっと笑顔を向ける。声ももちろん完璧な女声だ。

「うっ。スマイルがきらきらしておる……」

「って、そんなにきらきらしてるつもりはないんだけどな……」

 だってそんなんしてたら、被写体が緊張するじゃん、と男声に戻して言ってみても、彼女はふるふると首を横にふった。

「してるってば。いっつも会場でさ。あれとおんなじ」

「あー、それはあいつのせいだと思うな。きらきら元は別におります」

 こういう場所なのでさすがに名前までは出せないのだが、コスプレ会場で周りの視線を集めるのだとしたら、それはルイのせいというよりはエレナのせいなんじゃないかと思う。

「おぉぉ、かおたんおはようっす!」

 そんな対応をしていたところで、からからと後ろの扉が開いた。

 今回は有志の参加なので、登校はあるていど時間に自由がある。木戸や八瀬は着替える関係上少し早めに登校する必要があったわけだけど、他のメンバーはゆっくりでも大丈夫なのだった。余所の出し物はそれこそ前日残って作業していたりという、文化祭っぽい光景が展開されていたようだけれど、さすがに七月から用意している我々としては当日の朝になってバタバタするなんてことはないのだった。

「かおたん言うなーって、あれ、木村くん? 今日一番のプリント係って、君だったんだっけ?」

「おうよ。かおたんの活動時間に併せて仕事振ってもらったんだ」

 その方が、いろいろ安心だろうしな、と彼はそっぽを向きながらぽりぽりと頬をかいていた。いや、最後の文化祭なのだから、思い出に残るように他の出し物でも見に行けばいいのに。

 ちなみにプリント係は一時間半で四交代制、カメラの方も連続で撮り続けるのはきついだろうということで、一時間半でさくらと交代になる。最後の時間帯で演劇部の公演とかぶるからどっちが最後やるかで少し話し合いもあったのだけど、どうせ澪の生演技みたくてたまんないんでしょということで、さくらが教室の担当を引き受けてくれたのだった。

 たしかに今年の演劇は是非とも見てみたい。演目は春のあの一件から少しおちついた脚本の子が頑張ってオリジナルを書き上げたらしい。ダブル主演の恋愛物だそうで、斉藤さんと澪とでメインを張るのだと言う。もちろん両方とも女子役で、しかもいわゆるL物、女性の同性愛をやるということらしい。脚本の子の本音がダダ漏れっぽい気がしないでもないのだが、そこらへんは良い物に仕上がっているなら責めないでおくのがいいのだろう。

「あれ? そういや木村くんって……かおたん見てもあんまり驚かないところを見ると、前に見たことある感じ?」

「んっ。いちおう彼も知ってる人っていうか、彼の姉が私の女装スキルのベースを作ってくれた一人です」

 少し人が集まり始めているので、声を潜めつつさらに言葉にしてはまずい言葉は使わないで話をする。知っている人はわかるけれど知らない人はわからない曖昧な表現である。

「へぇ。そう言われれば四月に春っちに絡まれてたとき助けたりとかしてたっけね。そうか……そりゃ助けるかぁ」

 大事になってしまうものな……と、山田さんは遠い目をして言った。

 そして、お互い内緒にしましょうと、しぃーと人差し指をぴしりと立てて口に当てる。どこかのキャラがやりそうなポーズである。

「しっかし、かおたんがこの状態だっていうのに、春隆も八瀬もいないだなんて、なんだか不思議な感じだよな」

「セットみたいに言わないでよね。それと八瀬きゅんはまだ着替えで手間取ってるみたい。メイクがきまらんってメールきてた」

 肩をすくめながら思い切り女声で先ほどもらったメールの内容を伝えておく。

「木戸くんがやってあげればいいのに」

「それでもいいんだけどねぇ。どうにも自分でやりますっていうから、置いてきたんだけど」

 時間もまだあるっちゃあるし、と時計の針を見ると九時半近くになっていた。

 もう少ししたら、今日の参加者が全部集まって最終確認とシフトのチェック、そしてお祭りのスタートを待つ状態になる。

「っと、そろそろ人来るからぐーたらしとくわー」

 十時になったら本気出すといいつつ、男声に戻す。

 その切り替えっぷりに二人はきょとんと顔を見合わせながらも、今日はよろしくなーと声をかけてくれたのだった。

そういや文化祭って通常学内向け、学外向けで二日じゃなかったっけ? と思いつつ、去年も当日しか書いてないし、当日でいろいろやらせればいいやとなりました。ついに、木戸くんとして女子制服で教室というシチュエーションが作者的には、ついにきたー、って感じです。中途半端な仕上げは仕方ないのです。

しかしながら、明日は文化祭まわりますし、明後日は一時半からの撮影タイムですし、イベント盛りだくさんで……思ったほど土日で筆が進まなかったので、いけるんかなぁと、心配になります。加筆がかなりになるので。

けれども、いろいろ妄想しながら、したいことさせたいことをやらかしてみようかと思います。千歳ちゃんの浴衣姿が今から楽しみです。

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