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113.

「おーい、木戸くーん?」

 机につっぷしてうとうとしていると、斉藤さんの声が近くでした。それこそ本当に耳元でだ。

 時は少しさかのぼって七月。テスト返却日の一日のことだ。エレナから渡されている夏用の資料映像を夜遅くまでみてる関係でここのところは本当に眠い。とはいえろくに授業もまともにやらない時期でもあるわけだし、今くらいは夏合わせで資料をしっかりと見ておきたいところなのである。

「ふぁ。どうしたん。なんか廊下が賑やかみたいだけど」

「文化祭の出し物どうしよーって話してるんですけれどねー」

 びくっと起き上がって目を擦っていると目の前に斉藤さんの顔があった。なんだかにまにましているけど、あまりにも顔が近すぎではないでしょうか。美人さんだしシャンプーの良い香りがしてみたりするわけだけれど。

 これで他のクラスメイトが居たならちくしょーうらやましいぜいと言われそうだけれど、教室の中にいるのは斉藤さんと木戸だけ。男子の多くは帰宅しているようだし、廊下からはなにやら女子の話し声が聞こえる。

「三年は有志で軽いものをやるって話じゃなかったっけ? 去年もそうだったと思うけど」

「まあそうなんだけどねー。とりあえずこれを」

ー変身、貸衣装パーティ(仮)ーー

 来客者に化粧と衣装を変えて別の自分になってもらって、写真を撮影してプレゼント。

そう書かれた文字を読んで一気に眠気が吹き飛んだ。これのどこが軽いものなのか訳がわからない。

 だからこそ七月なんぞから動いているのだろうが。受験は大丈夫なのか、みなさまは。

「ちょ、ちょこれ。けっこー俺の労力すごくね?」

「カメラに関しては隣のクラスと共同だからさくらとかも手伝ってくれる予定だよ? 大丈夫。君は一人じゃないー」

「って、そうはいっても。衣装は……山田さんがいるか」

 ああ、と貸衣装の品揃えとしてコスプレ衣装が幅をきかせていたのを見て、彼女の存在を思い出す。

 この学校には先生も含めてレイヤーさんは多いのだ。そこらへんのコネを使うのならば十分な衣装は集まるような気がする。しかも夏イベントに合わせて気合いを入れて作ったものがちょうど十月下旬という時期に借りられそうなのだ。もちろんその前までで作ってきた衣装でも問題はない。

 そして化粧に関しても、女子が全面的に協力するというのであれば問題はないだろう。男性メイクは特別やらないでいいだろうし、おまけに言えば女装メイクなんてのも計算にいれて斉藤さんは木戸に声をかけてきているのだと思う。

 けれども決定的な視点が一つ抜けている。

 男子が関わるのってこれ、難しいんじゃないかってこと。

「他のみんなはどうすんのこれ」

 いまから化粧技術を教えるのも、受験生男子の頭にそれが入るのも、世界的に嫌がらせだと思う。 

「みんなは、受験勉強をします」

「ま、まった。それって俺は受験勉強しなくていいってこと?」

「志望校は知ってますよー? この前の模擬試験で全部A判定もらってることも」

 ふっふーんと自信ありげに言い切る斉藤さんを前に、もう一度ぺたりと机につっぷす。

 うぐ。そういう情報はいったいどこから出てくるんだろうか。

「ご存じの通り、三年の文化祭参加は有志なわけよ。超難関校を目指してるのもいるし、その比率は必然的に男子が多くってね。あ、もちろん女子でも進学できりきりしてる子は除外よ。それで残った連中でなんかやりたいよねーってなって、やれそうなのがこうなったってわけ」

 人材的に不足するから二クラス合同なのですと、斉藤さんは言葉を続ける。

 確かに、男女での進学の度合いというか、そういうものを見ていると、男子のほうがやや難易度が高い所をチャレンジして、女子は専門だったり短大だったりと、すでに将来を見据えて手に職をつける傾向があるようではある。学力よりも経済性やら大学にいった際に得られるものなんかを精査した上での選択なので、受験自体はそこまで大変じゃないという子がそこそこいるようなのだ。

 そうなると必然的に女子側だけで高校最後の大きなイベントを成功させようと考えるのもわかるような気はする。

「まあ当日の撮影だけなら協力しないでもないけど」

「せっかくだから、木戸くんも化粧担当で。特に男の人のをお願いしたい」

 わしりと手を握られてお願いをされても、そもそも男の人の化粧というのがどうなのかと思う。男子用貸衣装は男物の比率の方が当然多いのだろうし、そっちにまでメイクはしないと思いたい。それともあれか? 顔に特殊加工をするような役とか。隈取りとか?

「あああ、もちろん女装コスのよ? 男性衣装でザ・歌舞伎みたいなのはさすがにちょっとあれなんで」

「女装コス向けの化粧なら、今じゃ八瀬の方がうまいよきっと」

 おっとすまねぇ言葉が足りなかったと斉藤さんはてへりとうっかりさんを演じてくれる。かわいいにはかわいいが少し芝居がかっているような気もする。

 そもそも学校のイベントで女装もオッケーっていう人がどれくらいいるものだろうか。服のサイズやらの兼ね合いもあるし、男性用の女装コス衣装までそろえられるものだろうか。小柄な子なら女性用でもいけるかもしれないけれど、胸囲は肋骨の関係でどうしたって難しいだろう。ゆったりしたローブ系の衣装ならばあるいはいけるかもしれない。

「実はオーダー候補なのですよねぇ。しかも八瀬くんなら胸のあたりとかなんとかできる技術を持ってそうじゃない?」

 ほら、ちょっと大きめのおにーさま方を綺麗に変身させてくれそうと、斉藤さんはにこやかに言ってくださる。

「え。八瀬をフル女装させたのって、俺なんだけど?」

「……またまたぁ。声の件は知ってるけど、体つきなんて木戸君全然いじらないでああじゃないの」

 八瀬君も小柄だけどそれぞれのパーツはそこそこ男の子してるよ? という彼女の言はもちろん知っている。けれどもその特徴を上手く消しつつ衣装選びのポイントなどを教えたのはもちろん木戸である。あの廃工場の事件はさくらにしか言っていないし、彼女が知らないのも無理はないので、アニメにはまりすぎて独自に女装コスをやりこなしたとでも思っていたのかもしれない。当日はそれこそこちらはルイをやっていたしその出来については、褒めはしたけど、気安い掛け合いというのはできなかったのである。

「あんましいじらなくて行ける身体はしてるけど、知識がなくていい理由にはなんないって」

 確かに水着で問題ない程度の骨格はしているけれど、知識としては十分入れてあるし、女子として大丈夫な身体のラインだったりを保持するために努力はしているのだ。及第点だと判断するためにもしっかりした知識は持っていないといけない。

 骨盤だけはどうしても自力では無理で、お尻小さめな子という扱いで通しているけれど。

「え、まじ?」

 きょとんとされてしまったので、こくこくとうなずいておく。

「っていっても、実際どこまでやるのか想定しておくのは山田さんと相談じゃないかな。正直一日で骨格をなんとかするのは無理だし、大ぶりのを数着用意しないと」

 着たがるかどうかはわかりませんがね、と付け足しておく。

 イベントだから、衣装を変えてみたいという人はいるだろうけど、それが女装でしかも長身となるとどうなんだろうか。ネタとして内輪でやるならいいんだろうが、ネタ女装は木戸の美学としてはちょっと適さない。やるなら綺麗にしてあげたいし、これが僕? とか言わせたい。

「なるほどね、じゃーそこは相談してもらうとして。八瀬くんもお化粧係ってことで確保ね」

 さくらがカメラやるときに当番になってもらいましょうと、おおむね確定事項であるかのように、メモ用紙に名前を書き込んでいく。本人の許可は取らなくていいんだろうか。

「どーせだったら、八瀬にもコスプレ先にしておいてもらえばいいんじゃね? 嫌がるだろうけど」

「嫌がらせとは木戸くんもえげつないわー。でも三月の時のイベントもすっごい綺麗に女装してたもんね。あれなら怖がらなくても大丈夫だと思うんだけど」

 八瀬たん人前だとあんまり女装しないよねぇと斉藤さんがなんでだろうと不思議顔だ。

 そこらへんは確かに木戸も謎で、さすがにそろそろ外にでてもいい頃合いじゃないかと思う。三月にやって以来、外での女装というのを彼はしていないのだ。室内だと時々やってるという話ではあるけれど。

「そこらへんはポリシーの問題もあるからなぁ。俺みたいに毎週外に出てるっていうやつばっかりじゃないし」

 身近にこれでもかというくらい、女装して外をうろうろしている人達がいるので、感覚がおかしくなってはきているのだが、いちおう世の中としては女装は日常的にほいほいできるものではない、らしい。

 家の中だけでという人もいるだろうし、時間限定という人もいる。逆に千歳みたいにフルタイム、どころか女装の範疇から出るような人もいる。どこまでやりたいかという意思と、どこまでできてるかという成果でそれらの行動は決まるような気がする。

「木戸くんはとーぜん、女装してくれるのよね? シルバーフレームモードで」

「う……ん。まぁ、やっても良いのは良いんだが……」

 別段女装するのが恥ずかしいだとか、そういうことを言うつもりは全くない。ええ、いまさらですよ。

 けれども別の問題が一つある。

「でも、カメラ握るとなると……なぁ。学校で女装でカメラって、割と危険だと思うんだけども」

 少なくともルイとしてそこそこ接点がある山田さんなんかにはばれるんではないかと思う。

 というか、ルイ=木戸という事実は、女装を始めた当初はともかく最近ではなるべく隠したいことだ。

 学校であんなイベントまでルイとして参加してしまっている以上、いまさら同一人物ですというのも言い出しづらいし、ばれた瞬間、暗い半年を過ごさないといけなくなるのは目に見えている。肯定的に受け止められ過ぎて学校でも女子制服っていう方向になってもきっと両親からめちゃくちゃ叱られるだろう。

「ああ、そういうこと。なら」

 おぉと斉藤さんはひらめいたように、かもーんと廊下の方に声をかけた。

 やってきたのは山田さんだ。ちょいちょいとドアを閉めるような指示まで出していてぴしゃりとそれが閉められるとかなり廊下の雑音は聞こえなくなる。それを確認した斉藤さんは、木戸君ちょっととちょいちょい人差し指で寄ってくるように指示を出してくる。もちろん断る理由はないので反射的にそれに乗ったのだが。

「ほい。紹介するよう。こいつルイね」

「んなっ」

 いきなり眼鏡をとられて視界がぼやけた。

 そして聞こえるのは山田さんの息が詰まったような声だった。

「やっ。なんばしよっとですか」

「うわぁー。ほんとだ。ルイさんこんな近くに居たんかぁ……」

 髪短いけど確かに……と、眼鏡を外しただけなのにすんなり彼女は目の前の相手をルイだと認識したらしい。

「はい、これで解決。やまっちなら別に騒がないでしょ? 先に言っとけばばれるばれない気にしないでいいじゃん」

 斉藤さんはやってやったという顔だったけれども。

 山田さんは相変わらず、口をぱくぱくさせているし、こちらも視界がぼやぼやしている。

「たしかに秘密にはするけど……うわぁ。うわぁ。あのルイさんがよりによって男子でクラスメイトとか、その想像はなかった……」

「え。えええ。そ、そんなに? やまっちがほっぺた押さえるとかよっぽどじゃない」

 ええー、とその反応に困惑している斉藤さんから眼鏡を奪い返そうとしたのだが、絶妙な指使いで離されてしまった。周りに人がいないから大丈夫だろうとの判断だろうが、早いところ返して欲しい。

「ちづはわかってない。まじでうちらの業界でルイっていったら伝説級なのよ。HAOTOの件をさっぴいてもかっちりした撮影技法と、再現度はピカイチだし、なんていっても女子カメ子の存在はうちらとしてはすんごい貴重なんだもの」

「再現度の大半はエレナに任せてるけどねぇ。まーこう撮られたいんだろうなってのはわかるし、キャラクターがぜんっぜんわっかんないから聞きながら、話しながら撮影してたらあんなことになっただけ」

 ルイの撮影法は少しばかり他のカメ子と違う。

 それは自身にオタク知識がほとんどない人だからというのが大きい。

 たいていのカメ子さんは自分が知っているキャラを探して撮りに行く。けれどルイはもう片っ端からなのだ。

 そういう意味では一般的に人気がないキャラでも撮影対象になりえる。

「でも、よりによって木戸くんか……きわどいアングルとかけっこう撮られたような気はするけれど」

「んぅ。そういうのあるから隠しておきたかったんだけどなぁ」

 男子の制服でその仕草をするのもどうかと思うのだが、眼鏡が外れると自然とルイのスイッチが入るのだからしかたない。だからこそ学校で女装するときも眼鏡は外さないようにしていたのに。

「まっ。いいわ。そんなしょんぼりした顔しないで。ルイさんのことあたしは大好きだし。なんならそこについてるいらないものを切ってくださればもう」

「ひぅっ……それは……」

 勘弁してーというと、山田さんがくしくしと頭をなでてくれる。

 なんだかんだで女装していないのに、そんなやりとりになるのは新鮮だ。

「他にもたぶん貴女が会ったことがあるレイヤーさんは何人かいるだろうけど、うちのクラスにはいないしシルバーフレームの眼鏡かけておけば大丈夫だと思うよ?」

 他のクラスにはいるけれど、あえて学校でコスプレして写真撮られようとするようなのはいないと彼女は断言した。

 そう。ルイが懸念していたのはまさにそこだ。

 シルバーフレームをかけた女装はルイとは別の印象に仕上がる。ウィッグももちろん変えておけばなおさら遠目には気づかないだろう。ただしそれはカメラを向けたらどうなのかといわれると、なんとも悩ましい。

 カメラは一般的なリーズナブルな一眼だし同じ機種を使っているだけと思うだろうが問題は撮影法だ。

 撮られ慣れている人であれば、あ、この撮り方なんか覚えがある、となる。

「そういうことなら協力はするけど……むしろ衣装集めるの、大変じゃないの?」

 眼鏡を取り戻して男声にもどすと、山田さんに心配そうな声を送る。

 出し物の内容を先ほども見た通り。さらにそこには衣装の貸し出しも含まれていた。着付けから一時間という縛りはあるにしても、外にコスプレの人がでてしまうとなるとそうとう衣装がないと成り立たない。

「んっふっふ。あの季節はわりとイベントもないしそこは私の人脈でなんとでもしますよう」

 まールイさんが声かければみんなわんさと協力してくれるんだろうけど、そっちはあてにしないでおきますーと山田さんは言い切った。

 そんな姿をみて、斉藤さんが一言。

「ルイ、恐ろしい子……」

「演劇部だからってそのネタはさすがにどうかと思います」

 ぽつりとつっこみに対するつっこみを入れて、とりあえず文化祭の計画の初期段階は終わったのだった。


学園祭準備回です。時期的にはハルくんと八瀬のバトルのちょっとあと。

カメラ持たせれば学校で女装させるのもチョロいと言われてた件ですね。思い切り乗っていますけど、そりゃ一日学校で撮影ができるとなったらやってしまうよね。

制服にするのかコスにするのかは作中の八月で話し合われるようです。結果的に羽田先生から借りるみたいですヨ。


そして普段は良い子の斉藤さんが今回は悪のりをしてくださいます。割と澪の件とかでさらっとバラされてるので、そんなに秘密にしてないもんだという思い込みがこういうことを生んでしまうのですよね。情報の更新は大切デス。


さて、次回は学園祭その1です。何話やるかは決めてないですが、お祭りは好きなので、いろいろと遊んでいただきたいものであります。

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