110.
「おや、馨くん。あんがい立食パーティーは慣れているのかな?」
「慣れてるってほどでもないですけど。経験自体はありますから。岸田さんは少し苦戦気味ですか?」
「自分で企画しておいてなんだけれどね、どうにも皿の持ち方がうまくいかない」
写真を撮りつつその合間で料理を突っついていると、新郎の友人代表の岸田さんが声をかけてくれた。
撮影者はご飯を食べないで撮るもんだと思っていたのだけれど、まぁ一緒に楽しんでいってよーとご飯に誘ってくれたのは彼だった。とはいえ撮影自体は続けているので割と忙しい。ちょっとつまんでは撮影をしてというような感じなのだ。
「グラスと皿を片手で力まずに持てるといい、って話みたいですけどね。とりあえずはあいてるテーブル確保しながら、自分のグラスを見失わなければ問題なし、みたいですよ?」
堅苦しくいかないのがこつです、と笑顔で答えると彼は、そうだよなぁとうなずいた。
特別不審そうな顔はしていない。ほら、別段最初にルイとあってなければ普通に違和感なく対応してもらえるではないか。目上の相手との話で丁寧な言葉で喋っていても大丈夫なのだから、木戸馨状態ならば問題はないのである。
「それで、撮影の方はどう? 順調?」
「楽しく撮ってはいるんですが、全員をカバーできてるかどうかはなんともですね。後で記念撮影の時間もあるみたいなんで、そこでなんとかなるとは思ってますけど」
ちょっと見てみますか? と背面パネルに画像を写し出す。
彼に操作を教えながら自分で映像をスライドさせてもらう。もう少し親しければ頭を付き合わせてもいいのだが、さすがに初対面の男の人とそれをやる気にはなれない。
「おぉっ。すげぇ普通にきれいに映ってるじゃん。しかも新婦さんめさくさかわいい」
「だって、ウェディングドレス……きれいでしたから」
先程のチャペルでの写真が数十枚写されているところに行って、彼はおぉーと驚きの声をあげた。
あれは、正直反則的な威力があると思う。今日は木戸できているというのに、ルイの部分がかすかに震えたのだ。もちろん自分で着る機会はないだろうし、それがあってもらっても困るとは思うけれど。
「おやおや。馨くんはそういうの興味あるんだ?」
顔にでていたのだろうか。のぞき込むようににやにや言われると、答えに困る。
確かにルイとしては衣装に興味はある。衣類にだって気を遣う。ファッション誌も割と見る方だ。けれどもそれは健全な男子高校生としてはさすがにイレギュラー過ぎる。
「被写体として好き。それだけです。それを言えばシフォレのデザートもきれいだし被写体として好きですよ」
もちろんこっちは食べる方もね、と言いながらきれいにカットされたラズベリーのタルトを皿にのせる。
シフォレは生地がいい。お菓子王子の受け売りだけれど、今回もその味は健在だ。指についた甘い蜜を軽くなめとってから、ちゃんとウェットティッシュで指をぬぐう。
「いいよなぁ。このケーキとかあいつは食べ放題なんだぜ。俺なんて彼女はおろか女友達もあんまりいないからさ」
「同じ部署の女の子誘って行けばいいんじゃないですか? 普通にシフォレならみんなついて行くと思いますけど」
実際、クラスメイトの女子とかを想像すると、喜んでついてくるだろうなと思ってしまう。だからこそ滅多な人は連れて行かないのだけれど。事情を知っている人が常連になるならいいけど、なんも知らないクラスメイトが溜まるようになると困るのだ。絶対あいつらルイを見つけたら声をかけてくるに決まっている。学校でコスプレやった影響はわりと大きい。
「残念ながら……同じ部署に女性職員がいなくてね」
「うわ。それは……だったら別部署でもオッケーですから」
岸田さんの職場を想像して、うわぁと頭を抱えそうになる。
彼の部署ということはいうまでもなく父の職場でもあるということだ。詳しく会社の話を聞いたことはないけれど、まさかそこまで男性ばかりだとは思わなかった。
どうにもルイを相手にしている反応を見るに、女性に少し免疫のないような父である。そういうところで少し安心なのかもしれない。まあルイにだけ微妙な反応をするだけかもしれないが。
「そーいうもん? ってか馨くんはシフォレ行ったことあるの?」
「えっと、その。僕はないですけど、女子はたいていスイーツ(笑)好きですよ?」
一般論ですけどねーと、言いつつもうひとつ今度はブルーベリータルトを取ってあぐりと口にいれる。甘酸っぱい舌触りに思わず、んーと声をあげてしまう。
目上の相手の前だと一人称を変えるのは、大人としての対応である。友達には俺で通すつもりだし、ルイをやってるときはあたしだけれど。エレナが時々つかう、ボクとはちょっとだけイントネーションと声の質が違うのだ。
「いま、語尾に(笑)って見えたけど。まぁ、そうだね、誘ってみるかな」
試しに行ってみるよ、と彼は少し困ったように言った。
これだけの式を企画するような人だ。それならばシフォレにいく相手を探すくらい容易なものじゃないかと思ってしまうのだが、彼は難問にぶち当たったかのような顔を崩しはしなかった。
ケーキ入刀、友人たちからの祝辞、余興が終わるとほとんど式の行程は終わりを迎える。それでも最後にあるのは残り時間いっぱいの歓談の時間である。すでにケーキの配布を新郎新婦でやっているので、挨拶は済んでいるわけではあるけど、これからは撮影がメインの時間というのもあって、木戸はてんやわんやしていた。
舞台でやられるイベントに関しては、こちらから撮っておけばいいわけだけど、この時間ばっかりは新郎新婦と一緒に撮影されたいという人がわらわらと出て、ひたすらお願いされる状態だった。
友達グループからも親戚グループからも声をかけられる。だいたい木戸の若さに驚いてよろしくーっと声をかけつつ、写真のできの方には満足していただけるようで安心だ。
「ま、新郎新婦のそばにいればいいわけだけども」
彼らが動いて感謝の言葉をのべつつ、写真をというのがパターンになっていて、目立った混乱はないようだった。
そして、新郎新婦のご家族にはなぜかそうとうかわいがられた。
「ぬおおぉ、愛しゃんの写真かわえぇのー」
「パネルにして飾りたいくらいじゃのー」
新郎新婦のおじいさまたちなのだろうか。写真はどうなっているのかということで、タブレットに何枚か移して見せてあげたら幸せじゃーと、お酒の入った赤い顔を緩ませて大絶賛してくれた。さすがに八十代の人にカメラの背面パネルはきつかろうと思ってタブレットに移したのだけれど、その行為自体もありがたいのうと感謝されてしまった。撮った写真がすぐにこのサイズで見れるだなんて最近はいいのういいのうなんて言っているのはちょうど彼らが子供の結婚式を取り仕切った頃の主流がアナログのカメラだったからなのだろう。あの時代もそれはそれで写真のできがどうなるのか、現像してみるまで宝箱を開ける前みたいなわくわくがあったのだと思うけど、今のこのスピーディーなやりとりもコミュニケーションをとる上でもかなり重宝する。
「その、たぶれっと、じゃったか? 割と簡単に使えるものなのかのう?」
今度ひ孫ができたらカメラデビューでもしようかのうなんて声が上がる。まあオートで撮れば機械に詳しくなくても十分だし、なんならコンデジでもいいようにも思う。むしろタブレットについてるカメラで撮影するのが一番素人の人が楽しむにはいいんじゃないだろうか。
「ちょっと、よして下さいよ父さん。初孫の姿を撮るのは我々の楽しみなんですから」
その会話に割り込んできたのはさきほどチャペルでバージンロードまで新婦を案内してきてた男性だ。こちらは六十前後くらいだろうか。まだまだ若いという印象の相手で、赤いちゃんちゃんことか似合わなさすぎる。
「えぇーお前は頻繁に会えるんじゃし、いいじゃろー、あんまり会えないわしこそ写真が必要なんじゃよー」
「なら、撮ったの送りますって。それこそタブレットがあればメールで送れますから」
「わしゃー自分で撮りたいんじゃよー」
それで、馨しゃんや、たぶれっとはどうかのう? と言われてちらりと視線をおじさまに向けておく。
経済事情やら方針があるだろう。そう安いものでもないのだ。
「いちおうタブレットでも写真は撮れますよ? まあ僕としては滅多にやらないですけど」
どうせ普段からカメラ持ちなので、タブレットや携帯のカメラ機能は滅多なときしか使わない。
けれども、二、三歩移動して角度を調節すると、タブレットの方で焦点を合わせてぴぴっと一枚。
「ほほー、確かにわしじゃー、が、こんなに顔赤いかのう?」
「おまえさんの酔った顔がそのまんま写っとるのう」
「なんじゃ、お前さんこそ顔が赤いぞ」
じいさま二人はやたらとハイテンションで、たぶれっとすごいのうと言い合っていた。
「しかし、こんなに簡単に写真が撮れるようになったとは、すごいのう。馨しゃんみたいな中学生でもちゃんと撮れるとは」
「ええと、いちおう高校生なんすけど」
うぅ、童顔とは確かにいわれるけれど、さすがに中学生扱いはあんまりな気がする。長老というような年齢の方からすると中学も高校もあんまり変わんないのかもしれないけれど。
「中学生呼ばわりは失礼じゃよ……確かに胸はないかもしれんが、こんなべっぴんさんじゃ。大人の色気もちょっとずつ出始めてるじゃろう」
「あ、あの、父さん? 馨くん男の子だから」
もうろくしないでくれと、おじさまがフォローしてくれる。
ちょっとまて。眼鏡装備で男声で喋っていてどうしてそこで女子だと思われるのだ? 確かにジャケットは女子用を流用しているし、身体のラインは女性的にでているのはたしかだけど、男としての動作やらはしっかりしていたはずなのだけど。
「そ、そうなのか?」
「そ、そうですが」
声も男子ですが? というと、酔っ払いすぎじゃったかーと、彼は目をぱちくりさせていた。ちょっとかわいいので一眼のほうでその顔も撮っておく。削除するかどうかはクライアントに丸投げである。
「そろそろ頭を冷やしに行きましょう」
馨くん引き留めて悪いね、と申し訳なさそうにおじさまはこちらに謝りながら、少し酔いすぎた二人にソフトドリンクを勧めていた。さすがにひどい勘違いをしたのがショックなのか素直にオレンジジュースを飲んでいた。
もう一人、新郎側のじいさまも最近の子は中性的だからのうとフォローを入れながらも自分も酔いすぎてると自発的にウーロン茶を飲んでいるようだった。タブレットの話は中途半端だが、明日になっても興味があるなら家族の方に話を振るだろう。パソコンよりは操作もしやすいし、案外お年寄りのほうが上手く使いこなすかもしれない。
そんな彼らに苦笑を浮かべつつ、新郎新婦のそばに再び寄っていく。
通常ここまでカメラマンが声をかけられることはないのだろうけど、会場で親族以外で最年少ということもあって悪目立ちしているのか、こんなふうに写真のできについて聞かれることも、写真を撮って欲しいとせがまれる声も多かった。
ちなみに親戚筋の方では、それなりに子供の参加もあるにはある。姉の子供とか従兄弟の子供とかそういう感じである。
小学生よりも下という子はさすがにいない。けれど中学生くらいの子が何人かいた。お金がないのは新郎新婦だけのようでみなさまそれなりにドレス姿だったりきらびやかである。
そんな中の一人が、こちらに興味を示してきたのは正直、参った。
「おにーさん。是非私を撮ってくださいな」
本日これで何度目だろうか。そう身長が高くない木戸と同じくらいの彼女はまだまだ育ちきっていない顔によそ行きの笑顔を張り付けると上目使いでそう言った。
新郎の姪に当たる子だということだけれど、少し自意識過剰な年齢かなぁと内心で苦笑する。
中二病というやつではないけれど、自分をアピールしたくてしょうがない時期とでも言うのだろうか。
「はいはい。でも新婦さんたちメインだからね」
何枚か撮ってあげて、そこで切り上げる。すると彼女は拗ねたようにほおを膨らませた。少し子供っぽすぎやしないかと思いつつ、木戸だって中学の頃は……いや、それを思えば十分中学生らしいのかもしれない。
「そうはいっても、今回はあの二人の結婚式だからね」
そんなときに、新郎新婦がこちらに近寄ってきた。すかさず彼女は新郎の手を取って。
「じゃあ、三人ならいいでしょ?」
二人を両サイドに据えてちゃっかり自分は真ん中に陣取る。もう少し身長が低いと家族や親類という感じで収まりがいいのだろうけど、これはこれで彼女の顔立ちがまだまだ幼いので友達というよりは親戚というような雰囲気はよくでているようだ。
「悪いね、馨くん。こいつちょっと最近こんなんで」
「実はアイドル目指してますとかそんな感じですか?」
「この前は書類審査で落ちちゃったけど、きっちりした写真があればきっと通ってたと思うのよ」
全部写真が悪いと言わんばかりの彼女はさあさあ撮って撮ってとおねだりをしてくる。
いや、いくらなんでも結婚式の写真は使えないだろう。
「ま、でも謙虚なアイドルって見たことないし、がんばれるならがんばってもいいんじゃないんスか?」
そんな彼女を中心にシャッターを切りながら、気楽に、ゆるーく肯定してみせる。
「ちょ、馨くんやめて。あんまり甘やかすとこいつまたつけあがるし」
「ごめんなさい。でも、やりたいことをやろうってできるのは学生時代くらいだっていいますしね」
自分で好きなことやってるから、あんまり強くはいえませんと新郎のほうに伝える。最初に挨拶をしてからというものの、ずいぶんと彼とも打ち解けたと思う。もちろん下の名前で呼ばれるのは係長の息子さんだからなわけだけれども。
「でも、実際アイドルも売れなかったり、地味な努力してたり、逆に売れれば忙しくて私生活もぼろぼろみたいな、そんな感じで、きらびやかに見えるだけだったりするから」
見てるだけの方が圧倒的に楽だよーとゆるーく、伝える。頭に浮かぶのは崎ちゃんや蠢の姿だ。あれから蠢とのやりとりはそんなにないけれど、テレビでちらちら顔は見るので、これでばれないとかすげぇなぁとしみじみ思うほどだし、崎ちゃんからはあのくそ監督がーとかメールが来るので、宥めつつ返信をするようにしている。本当に大変そうではあるものの、それでも自分で選んだ道を進んでいる二人は楽しそうだ。
「まるで、芸能界に知り合いがいるみたいな言いぐさじゃない」
「それは秘密です。さて、それじゃ、ちょっと不満げな顔一枚」
ぱしゃり。カメラがいい音を鳴らすと彼女の顔が切り取られる。
「んもぅっ。そんな顔消してください」
「それは新郎さんに丸投げです。助けてください」
にやりと視線を新郎さんに向けると、はいはいと苦笑が漏れる。
「加世子。さっきのは責任を持ってにーさんが消しておくから、いつまでも不機嫌そうにしないで。せっかくの結婚式なんだからもっと笑っていてよ」
「ほら、加世子ちゃん。シフォレのシュークリーム食べよう。ちょっと皮の感触が普通のと違うからさ」
不服そうにシュークリームを持たされて、それでもあぐっとそれをかじる。
一口、そして二口。そこで驚いたような顔をする。そこをすかさず一枚。
そして。シュークリームを食べきって指まで舐め終えて、顔が緩んだところをしっかりと一枚。
もう加世子ちゃんはカメラの音を気にしていないようでシュークリームの虜のようだった。
そう、それでいいのだ。
「さすがはいづもさんのスイーツってところですか」
また女の子となにかこじれたら使わせてもらおうと、しみじみと実感した木戸だった。
じーちゃんずは今朝の即興です。じじい口調は書いてて楽しいんだけど、実際ご老人達の接客をしている身としては、あんまりこーいう話し方する人いないんだよなぁと思ってしまったり。ちなみに六十くらいだと全然若いです。
そして岸田さんがやっと出てくれた。二十代後半の仕事できる系兄貴。父の職場ネタはまた今後もありますのでお楽しみにっ。
むしろ明日は父の会社が舞台です。受験生こんなに外にでてて大丈夫なのでしょうか。




