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107.

「さっきからにまにましちゃって、ルイ先輩どうしたんでしょう」

「お肌もつやっつやしてるし。あれはきっと薄暗い海岸でエレナたんを独り占めしてあーんな写真やこーんな写真を撮ったのね」

 じゅうじゅうとお肉が焼ける香りが海辺に広がる中で、おおむね焼き係に徹しているルイを見てそんな声が上がっていた。

 彼女達からすれば、温泉に入れなくてしょんぼりしているだろうと思っていたくらいなのだろうが、はっきりいって今のルイはちょーご機嫌というやつなのである。肌だって温泉効果でもっちもち。そりゃにまにまもしてしまう。

 そしてこの立ちこめる香りである。

 仕込みということで金串に肉や野菜を通して一本に仕上げているのだけれど、お肉の質がやたらといいのだろう。ときおり脂がしたたりおちて、ぱちっと炭をはぜさせているほどである。

 魚介串と肉串と野菜串をそれぞれ人数分用意していて、あとは個別に食べたいものを焼いてくださいというような趣向だ。個人的には椎茸とシシトウを食べたい。もちろんお肉もだが。

 千歳に焼くのかわりましょうか? と言われたのだけれど、串のほうはやるよーと伝えてある。

 なにげのルイの周りにいる数少ない料理担当でもあるので、知り合えて本当に良かったなぁと思う。この手の会を催すとたいてい調理はお任せられてしまうので、そういう意味でも強力な味方である。

 そしてなによりエレナの存在は大きい。

 下ごしらえがすでに済んでいる食材を串にさしたくらいでそんなに手間もかかっていないのは、材料を手配したエレナがお屋敷ですでに下処理をしてきているからである。ここのところ、エレナの料理の腕はめきめき上がっているらしい。コスプレできないストレスをご飯作りに向けているのかもしれない。おまけに家にちゃんとしたシェフがいたりするのだから、そこから学んだりもできるだろうしすさまじく良い環境である。

 このバーベキューだって、ルイなら一般的なイメージ通り、金串に刺すのは肉野菜肉肉野菜みたいな風にしたと思うけれど、火の通り具合を考えてある程度同じくらいの時間でできるものをセットにしている。肉なら肉、という感じにしているのだ。さらに食べるときはかぶりつくのではなく串からとって小皿に移す。

 どうしても焼き鳥のイメージが強いせいで串から直接いただくのがいい、という感じもあるのだけど、女子も多いしそこはちょっと配慮しようという話になったのだった。ちなみによーじくんだけは軍手をしながらそのまま串つきでかぶりついている。ワイルドだ。

「薄暗い海辺の写真ってのも気にはなるけど、今はとにかく肉です。A等級の、しかもこのサイズのお肉なんて滅多にいただけないのです」

 貧乏とかじゃなく純粋にですと、千恵ちゃんとさくらに答えておく。

 だって、今ならばルイだってお肉くらいは買えるのだ。オーストラリア産だけど。

 バーベキューだってできると思う。けれども、今回の肉がゴージャス過ぎるのだ。

 そこに飛びついてしまうのは人間としてしょうがないことだろう。

「さぁ、どうぞ崎ちゃんもおめしあがりを」

「海辺でバーベキューは定番だけど、串ってどうして使うのかイマイチわからないわよね」

 イメージではこうなんだけれど、金串熱いじゃんとごもっともな意見をいただいた。

「肉の中まで金串を通して火を通すためなんだってさ。もちろん熱々になっちゃうから、串から豪快にいくならよーじくんみたいに軍手とか使うか、もしくは柄の部分を熱が伝わらない素材にするしかないけどね」

 いちおう長めな串を使ってはいるけれど、ルイも思い切り軍手装備である。

 お風呂にはいって着替えているので、見た目としてはおかしくはない。今の格好はかなりラフなTシャツとミニスカート姿だ。いうまでもなく下着もちゃんと着けている。胸がないからってブラをつけないという選択肢ははっきりいってない。夏場で薄着になっている状態で下着のラインがない(、、)のはさすがに常識的には駄目なのだ。せめて中学入るくらいまでしか許されないだろう。それに最近の下着は胸がなかろうとちょっとはあるように見せる効果もあったりするので、女子っぽいラインができあがるのである。

「なるほどね。たしかに肉厚だものねこれ。ちゃんと火も通ってるしやわらかいー」

 たまらぬと崎ちゃんはお肉をほおばりながらご満悦だ。

「はい、ルイちゃん、あーん」

「はいはい」

 エレナがつきだしてきたお肉にあぐりとかみつく。もちろん一口サイズなんてことはないので、そのまま自分のお皿にひきついで、もにゅもにゅとお肉をいただく。塩こしょうしかかけてないというのに、この甘み。肉を甘いと感じるだなんてもう、前代未聞ではないかと思う。

「むぅ。エレナさんはちょっとルイに構い過ぎだと思う」

 彼氏のほうにやってあげればいいじゃないと崎ちゃんが少しだけ不機嫌そうに言った。

「ええぇー、今日のホストはボクだし、ルイちゃんをこき使ってる身としてはちょっとでもーって感じなんだけどなぁ」

 焼いてるとあんまり食べらんないし、と言われてはいるのだが、とりあえずもうちょっと焼けば魚介串が終わる。そうすれば自分の分だって焼き終わるのでそこでお仕事は終了だ。トングもあるしあとは個人で好きなのを焼いていただきたい。

 そしてそんな光景をあいなさんがぱちりと撮ってくださる。

 さすがに今の状況でカメラを装備するのは無茶が過ぎるので今はすべて師匠にお任せだ。

 周りの景色はもうかなり暗く沈んでいて、明かりがあるのはコテージの脇のここらへんだけだ。

 果たしてこの暗さで火がじりじりついている状態でどういう絵ができあがるのか、夜の撮影をあまり得意としていないルイとしては楽しみである。




 夜。空を見上げると星空がちらちら輝いて見える。満月が思い切り輝いているからいくらかそれに隠されてしまっているものの、周りの明かりがまったくないから町で見上げる空よりもまばらな星々を見つけることができる。

 昼の町での撮影を中心にやってきた身としては、いずれは夜の星空なんかも撮ってみたいなとは思う。そのためには三脚を買って、レリーズも必要になるかもしれない。昼ならぶれないけれど、光量の少ない夜の撮影には必須のアイテムである。

 そして、視線を落とすと夜の海。久しぶりに見たけれど夜の海は存外怖い。ごっぽりなにもかもを飲み込む闇のように深い色をしているせいだ。

 だからこそ、その前に展開されている砂浜のぱちぱちと煌めく光点を見ているとほっとする。花火の赤い、あるいは緑の、まばゆい光が灯っている。

 ご飯を食べて終わったら、後のイベントは花火だけだ。そこそこいろいろなものを用意してくれているようだけれど、楽しみ方は人それぞれで、しゅーと吹き出すタイプをくるくる回している崎ちゃん達や、線香花火を仲良くやってる一条姉妹などもいる。

 そんなみんなでわいわいやってる風景を少し離れたところで見ていると思う。

 ここにいる人たちはみんなルイが二年かけて出会ってきた人たちなのだ。ルイじゃなければ会えなかったり、ルイじゃなければここまで仲良くなってなかったり。そんな相手がわんさといる。

「一人たそがれてどーしちゃった?」

 あいなさんが一人缶ビールをぷらぷら指先で持ちながら近寄ってくる。

「写真撮っててよかったなって、ちょっと思っちゃうんですよ」

「ルイってちょっとじじくさい」

 花火をしながら言葉だけのさくらの突っ込みにあうぅと力が抜ける。せっかくのいい場面が台無しである。言うにことをかいてじじくさいはさすがにひどい。

「でもま、カメラを持つってことは出会いをするってことでもあるからさ。ルイちゃんはちゃんとそれができて、つながってるってことだと思うよ」

 それにしても女の子に偏りすぎだと思うけど、とあいなさんが苦笑を漏らす。確かに今まで知り合ってきた人達の多くは女の子だというのは否定しない。

「お、男友達ならいるから、いいんです。あほで馬鹿な悪友ですが、いるからいいんです」

 ぷぃと、顔を背けつつ確かに男友達はあんまりいないよなぁと思ってしまう。それはルイとして男性とのつながりを持つのが難しいからというのもあるのはあるのだろう。木戸としての社交性は残念ながら皆無といっていいので友達なんてそうそうできるものでもない。

 それに。知り合うとたいていが女に化ける。ここだ。コレが一番問題なんじゃないだろうか。

「かといって、いまからあっちで社交性を磨く、というのもないし。それにいちおー学校でも写真うつりに関してはみんな喜んでくれてますから」

「まーね。kaoru kido名義でもおもしろい写真いっぱいあったし、あっちはあっちで私は好き。特に男の子を撮る時の絵が愉快というか楽しそうというか。結構遠慮がなくて好ましいなぁって」

 あそこらへんは同性の気安さがあるんだろうけど、と言われて確かにと思う。

 ルイでいるときは遠慮は確かになくなるけれど、男の人を撮るときは相手が照れたり緊張したりということが多いように思う。そして木戸状態の場合は圧倒的に女子を撮る時には遠慮をしてしまう。感情より計算が先に来ることのほうが多い。

 そこらへんいくと、さくらのほうがどっちに対しても遠慮がないかもしれない。

「とりあえず受験さえ終われば、また撮影しにいくんでしょ? そしたらおねーさんと一緒に撮りにいこーじゃないか」

「えー、いくらあいな先輩でも駄目です。私が先ですから」

 さくらが冗談まじりに消えてしまった花火の棒をふりながら言う。

「二人して取り合わなくても」

 じとめで崎ちゃんが割り込んでくる。さっきまで花火をやってたはずなのにしっかりこちらの話を聞いていたらしい。

「それに、写真撮るにはモデルがいるでしょ? あんただったらいくらでも撮らせてあげるんだから」

 感謝しなさいよと崎ちゃんが仁王立ちする。彼女もラフなTシャツ姿ではあるのだが、胸の膨らみが強調されていて女子ですよなーと言うシルエットだ。

「すさまじいハーレムっぷりですねぇ」

 うねうねと蛇花火のもこもこを、きもーいとはしゃいでいるエレナの隣にいたよーじくんが呆れ声を上げていた。

「そーなっちゃう気持ちもわかるけどね。私だってルイちゃんに撮られるの大好きだし。それに一緒に遊ぶの楽しいもん」

 気楽にいうエレナの言葉にあからさまに、よーじくんがほっとした吐息を漏らした。

 二人で話しているときの一人称は『私』で固定しているらしい。

「あー! よーじったらなんで? いまほっとしたよね?」

「だって、おまえまでルイさんになびいたらって思ったら俺は……」

「自信持ちなよ。大丈夫。あんなことまでしちゃってるんだもん」

 きゅっと二の腕を捕まれて、よーじくんが顔を赤くする。

 おや。

「えと、あんなことって……お二人はそんなところまで……?」

 それを聞いていた千歳ははずかしそうに恐る恐る尋ねる。興味はあるけれど聞いちゃっていいんだろうかという感じだろうか。ルイもちょっとその話は気になる。最近のエレナの乙女っぽさが上がった理由がそこら辺なのかもしれない。

「ああ。うん。千歳ちゃん、だったかな? つきあってもう半年以上だし、それなりにその……ねぇ?」

 ちらりと視線をよーじくんに向けながらエレナが照れた顔をする。

「よーじ先輩は抵抗とかって、なかったんですか?」

「ないわけでもないけど、しゃーないだろ、これは。好きになっちまったんだし。それにさ、あそこでハーレムつくってる美少女さんみたいなんもいるし、おまえさんもいる。別に特殊なことじゃないんじゃないかって俺は思うけどね」

「それは、ルイマジックというか、あの人の周りに仲間が集まりやすいってだけなような気も……」

 普通じゃまず同じ学校に性別を変えてる人間なんてそうそういない。いたとしても表に出られない。

「そうかな? うち男子校だけど後輩でエレナたちに負けないのいるぞ? 確か君たちの学校にも演劇部ですごいのがいるってエレナがいってたけど」

「実は社会的にいっぱいいるけど、目立たないとかそういうことなんでしょうか?」

 けれど、そうはいっても千歳はいままで同族といわれる人に実際に会って話をしたことなんてなかった。友好範囲が狭いせいだと言われればそれまでなのだけれど、それにしてもルイに出会ってからというもの、性別を移行ないし覆面している人がごろごろとでてくる事実に冷や汗がでる思いだ。

「それはなんとも、かなぁ。実際さ、ボクらは同族はある程度探知できるでしょ? それでセンサーに引っかかった経験ってあんまりないし、って立場上ボクは男子高に通ってるからなのかもだけども」

「そんなの私だってないですっ。同学年に一人いるにはいますけど、正直こっちも秘密をばらすわけにはいかないから……」

 コンタクトは取りたくてもとれませんと、くすんと泣き言がでる。自分で女子であることを望んで進んでこうなっているものの、やはり話をわかってくれる仲間がいるのはありがたいことなのだと、知らされた。彼氏ができたことよりもルイに会えたことが一番自分が楽になった原因じゃないかとすら思う。

「へ? ねーさん。同学年にいるって?」

「文化祭で演劇やってた子いたでしょ? あの子……たぶん男の子」

「へ? えええ。じゃ、じゃあねーさんみたいに、いや。ちがくて」

 千恵ちゃんが混乱した顔を浮かべる。どっちがどうでどうなっててというのがややこしいらしい。

「肩書きの違い、はそれぞれあるみたいだね。ボクはいうまでもなく学校じゃ男子生徒。っていっても最近は男装女子だろうって噂がわんさとでているけどね」

「ラブレターもわんさと来てるよなおまえ」

 よーじくんの悲痛なつっこみに、後輩二人の哀れみの視線が注いだ。

「そいで、千歳ちゃんは女の子として学校に行ってるんだよね? で、演劇部の子は女優を目指してる男の子でね。普段は男子の制服着てるみたいよ。将来どうしたいかは別として、女優さんってものに惹かれてるんだってさ。俳優さんではなくてね」

 つまり、女役を、アクトレスを目指すというようなことだとエレナは説明した。普段の姿も見てはいるのだが、舞台の上と下とで、あの子はかなり変わる。女子っぽい所もあるけど基本の生活は男子の範疇を超えない。

「でもさすがだね。ボクもわかったけど、あの会場であの子が実は男の子だってわかる人、いないって思ってたんだけどな」

「そりゃ、同類のシンパシーってやつですよ。見ればわかりますって」

「え、でも、最初にルイ先輩と会ったとき、おねーちゃん気づいてなかった……よ?」

「あ」

 あのときのことを思い出して、千歳は口を開けたまま固まった。

 確かにあのときは、いづもさんに会わされるまで気づかなかった。もちろん周りを見ていなかったというのもあるけれど、あの明るいテンションにすべて強引に持って行かれて、ポジティブな人だなと思っただけだ。

「あはは。それを言えば、ボクも半信半疑だったなぁ。こっちのこと気づいたなって思って、声かけたら自分もそうだっていうんだもの。正直、最強の男の娘キャラコスプレイヤーを自負してたから、少しショックはあったけど」

 エレナは昔を思い出して中空を見上げる。

「でも、あの子に撮られてたらなんかね、他のカメ子さんと違うっていうか、すっごい気持ちよくて。できた写真もきれいだし、すっごく女の子よりも女の子って感じで撮ってくれるから」

「それわかります。ルイ先輩に写真撮られてたら、しこりがとれちゃいましたから」

「あれはいい絵でしたよね。ねーさんが外でちゃんと笑えるなんて思ってなかったから嬉しくて。でも、まさかあんなぼーっとした感じの男子生徒がああなるとは思ってませんでした」

 千恵がこちらの写真を褒めつつも、割とひどいことをさらりと言う。普段の木戸馨は確かにぼーっとした影の薄い人だけれど、そこまでいわなくてもいいと思う。

 エレナもそれには苦笑を浮かべた。

「最近は別人格なんじゃないかって思ったりもするよ? それくらいかっちり変わっちゃうし。声ももちろんだけど撮影スタイルも変わるし、性格だって男の子の時とは全然違うから」

「わかりますっ。男子の時の先輩ってなんていうかとっつきにくそうっていうか、暗いというか、印象薄いですもん」

「ちょっとぶっきらぼうな男の子って感じ、だよね。でもルイちゃんやってるときは見ての通りで」

「じゅくじょきらー、ですね?」

 あいなさんたちと談笑していたせいか、わりと失礼な単語が耳にはいった。

「こらぁ、言うに事欠いて熟女キラーはないよー。たしかに銀香のおばちゃんたちとは仲良しだけどさ!」

 遠方から失礼な言葉が聞こえてきたので、キッと強めの苦情をいれる。

「やっぱりマダムキラーじゃないですか」

 千恵がほらみろと笑う。むぅ。周りに味方がいないのがなんともである。みんなそう思ってるらしい。

「もう。マダムキラーでいいですぅ。そんなこという子には千歳ちゃんのエロかわいい写真はあげません」

「あああ、それはどうかご勘弁をー」

 どっと笑いが海辺を満たした。

 どうか今後もこんな日々が続きますように。

 そう願いながらルイは薄暗い景色の中で集まっている人達に向けてシャッターをきった。

 



「やっぱ、温泉は三回入らないとね」

 ふふふっ、としっとりした肌さわさわしながらコテージの一階部分で身体をぬぐう。まだまだ火照った身体からは汗がこぼれてくる。この状態でウィッグをかぶりたくはないのだけど、約束なので仕方ない。

 コテージの二階部分がロフトみたいになっていて、そこにベッドが並んでいる。すでにみんなは寝ていて、すーすー寝息を立てているころだろう。

 なるべく音を立てないようにしてサンダルをつっかけて外に出る。

 少し身体を冷ましたいという思いもあって、散歩しようと思ったのだ。

 もちろん遠出はしないし、砂浜では危険もないので、一人でも問題はない。プライベートビーチなので青少年なんたら法令もここでは適用されないだろう。

 そんなことを思ってとてとて歩いているとその闇の中に人影があった。満月に照らし出されたその姿はわさわさとカメラの装置を設置している。三脚に、かなりのサイズのレンズを装備しているカメラだ。

 知識としては当然あるけれど、ちょっと気合い入りすぎな装備である。

「あら、ルイちゃんも……って、撮影じゃなくて散歩かー」

 カメラを持っていないのを見つけて、彼女は少しだけしょんぼりする。仲間がいると思ったのかもしれないのだが、ルイの本領は朝である。というか夜の撮影を想定していないので三脚なんかの装備がいまいち足りていないのだ。

「もしかして月の撮影ですか?」

「ふっふー。明日にみんなに見せてあげるからねー」

 これだけ暗いときっと綺麗なの撮れるよーと、目をきらきらさせながら話されてしまうとこちらもうずうずしてしまう。なるべくがっちりホールドして夜景の撮影をしてみようかという気分にもなる。おそらくぶれるだろうけど。

「もうお酒は抜けたんですか?」

「そうねぇ。あんまりいっぱい呑んでないしね。それにレリーズ使えば多少手が震えても大丈夫っ」

 それもどうなのかと思いながら彼女が手に持っている機材に視線がいく。

 レリーズ。ようはシャッターを押すその動作でカメラが動いてぶれるので、それを回避するために使う、遠隔シャッター装置だ。別にどこぞの魔法少女の封印解除(レリーズ)との関連はない。

「日が落ちてからもカメラ設置してましたよね。あっちはどうなってるんです?」

「んー。あれはほら、露出時間長くして夜の空を撮影しているのですよ」

「ああ。理科の教科書に載るようなヤツですね」

 この人はいったい何台カメラを持ってきてるんだろうかと、少しうらやましくなってしまうのだが、用途によって使い分けられるようになる必要もあるのだろうなとは思わせられる。もちろんコンデジでもいい絵は撮れるけれど、機材を選ぶという腕も必要になるのかもしれない。普段の仕事でもこんな風に使い分けているのだろう。

「いちおー弟の彼女と初めて会った日だし、記念にね。飛行機とか飛んじゃうと台無しなんだけど」

 ちゃんと撮れてるといいなぁといいつつ、空をちらりと見上げる。

 止まって見える星空の瞬きは、北極星を中心に回っている。それは地球が回っているからなわけだけれど、その光を拾い続けておけば、線のような絵ができあがることは小学生でも知っていることだ。

 バルブ撮影自体はルイの使っている機種でもできるけれど、固定をするという行程ができないので、いままでは試してみたことがなかったのである。

「あ。ルイちゃんも夜景の撮影に興味でちゃった? 三脚はいま二台とも使っちゃってるから貸せないけど……小さいのでもいいから一個あるといいかもね。うーん、今度の講習は夜景講座にでもしてみようかなぁ」

 次は九月か、と彼女は検討に入る。そうはいっても夜景を実際撮るとなると合宿みたいな形式にしないといけないようにも思う。

「三年生は受験もあるし、三月あたりで合否が決まってからにしようか。もちろんちょこっとずつ講義はしていくけど」

 数は少ないけどバルブ撮影できないデジタル一眼もあるしなぁと少し思案するようにあいなさんはあごに手をやる。それを言えばレリーズがつけられない機種だって多くある。

 そこらへんはセルフタイマーでなんとかできるとも言うけれど。

「でも、花火の撮影とか夜のイベントも割とあるから、三脚は是非っ」

 大切なことなので二度言ってみましたと、笑いながらカメラをのぞき込む彼女をみながらも、わくわくしている自分に気づかされる。受験勉強しなきゃいけないというのはわかっているけれど、どうしたって気持ちはカメラの勉強の方に行ってしまうルイなのだった。

 海編最終話。まったりした日々で作者は大変満足です。特にバーベキュー描写は全面的に書き足しまして、A等級のおにきゅはいいものだなぁと、じゅるりとしてしまいました。ちなみに作者引きこもり気質なのでバーベキューとかリア充経験は少ないです。


 さて、夜間撮影ですが。これからの季節花火とか撮るために作者も三脚買おうかと思っています。バルブ撮影もレリーズもつかない機種ですが、スマホの遠隔でレリーズ代わりにして……みたいな。


 さて。次回ですが、オープンキャンパスとその帰りです。半分書き下ろしなので、どういう展開にしたものかと…… 

(*諸事情により、オープンキャンパスのみになりました。その帰りー部分は後日別枠でお送りします。時系列的な矛盾がでてしまいまして)

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