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106.

 予定よりちょぴっと遅れました。スミマセン。そして今回長いです。

「そんなわけで、あたしたちはお風呂にいってくるので、後はよろしくー」

 さくらが、こちらのむぅという恨めしい視線を振り払うように明るく言い放った。

 時刻は夕方五時過ぎ。まだまだ夏だと外は明るくて海に入っても申し分ないくらいではあるものの、そろそろ遊び疲れたし夕飯の準備にもはいらないといけない頃合いだ。

 そんなわけで、女性陣は近隣にある温泉に向かう最中なのである。

 浜辺に残っているのはルイとエレナとよーじの三人。千歳は最後までどうしようかと悩んだあげく、崎ちゃんが入っちゃえばいいじゃない、てあっけらかんという台詞に毒気を抜かれたようで、お風呂初体験をするらしい。問題にならないといいのだけれど。

「さて。じゃあボクたちも入っちゃおうか? ルイちゃんはあっちのコテージのお風呂つかって? 温泉引いてあるからゆっくり楽しむといいよ」

 こっちは二人で楽しみますと、よーじくんの二の腕をきゅっと掴むエレナの顔は幸せそうでこちらまでぽかぽかしてしまう。温泉に入る前からそういうのはやめていただきたい。

 さて。近場に温泉があるという話ではあるのだけれど、二組に分かれた理由は単純。ルイ達は公衆の入浴施設に入れないからである。千歳ほどであってもどうしようか悩むのに、それ未満の身としては入れて混浴までだ。

 そんな我らが使うお風呂というのが、このビーチに二棟あるコテージのお風呂だった。 

 そう。プライベートビーチということもあって、この砂浜にある建物は海の家ではなくてコテージなのだ。

 これは今回みたいに、多少大人数で来たときにばらけて泊まれるように配慮をした結果だ。

 通常は家族ごとにわかれたり、性別ごとに分けたりするらしい。

 ちなみに今日はというと……くじ引きで決める。らしい。

 というのも、せっかくだから新しい人達とも話をしてみたいという崎ちゃんの意見を通したからだ。

 よーじくんをどこにいれるのかは悩ましいところだけれど、彼女持ちということと、なんかしたらもぐと言っているので、若干隔離することを前提でそこに参加を許されている。千歳は女子カウントでOKと周りは言っているし、エレナに関しても彼氏いるくらいだし、男とは思わないという返事をいただいた。

 ルイに関しては……反応が微妙で、ルイとしてなら女子扱いでいい、という感じに落ち着いた。つまりはウィッグ絶対外すなよということである。むぅ。もしかしなくてもこの三人の中だと一番女子として未熟なランクなのが自分か、となぜかしょんぼりした気分になる。で、でもいいのだ。女装はあくまでも撮影のための姿なのだから。

 コテージで邪険にされても別に気にしない……もん。ぐすっ。

 そんなことを思いつつ、ルイにあてがわれた方のコテージに手をかける。時間的には遠征組よりあるのだが、バーベキューの下ごしらえ手伝ってねといわれてるので、入れる時間はそう長くはないのだが、ま。どのみちコテージに着いてる程度の部屋風呂である。それでいいかと、コテージの内装は豪華だなぁと思いながらも風呂場の入り口を開いた。

「ちょ、これって……」

 開けた瞬間普通に固まった。

 確かにね。コテージもオシャレだとは思いましたよ。ウッド調のいかにもコテージですっていうところで天井は高いし、くるくるなんか回ってるのくっついてるし、台所だって広くて綺麗。お昼にやきそばよろしく! っていわれて作ったのも隣のコテージで、そっちだって立派で調理スペースもいっぱいありましたさ。

 でも。いま見えている物はそこにあったか?

「これで、温泉……なんだよね」

 ごくりと普通に喉が鳴っていた。

 目の前に広がっていたのは、露天風呂のそれだった。もちろん外側は民家や道路に面しているのでそこそこに目隠しの外壁はある。けれどもそれは少しずつ隙間を作られた木材のそれで、光はこぼれてきてしっかりと開放感はあるし、露天という感じはまったく損なわれていない。おまけにコテージなのに温泉を引いているのだという。浴槽こそそこまで広くはないけれど、二人くらいでは十分はいれるだろう。一人なら十分に足を伸ばせるくらいだ。

 めちゃくちゃ嬉しい。

「うう。まともにお風呂に入れない身としてはこれは嬉しいーー」

 こっちのコテージはいいっていうまで入っちゃダメねっていってた理由はこれを隠すためだったか。

 ルイとしては温泉に入れる機会なんていうのは、まったくない。去年の修学旅行だって一日は思い切りつぶされたくらいだし、普通の温泉となると貸切じゃないと無理なのである。

「あはっ、驚いてくれてなによりだね」

 いいところでしょ、とひょっこり顔を出すエレナに、ちょっともーと不満げな視線を向けておく。

 隣でお風呂といっていたのに、こちらの様子を見に来たのだろう。正確には嬉しそうなところを、か。

「ちなみに、改修したのはこっちだけだから、あっちは普通のお風呂なの。ここって海がメインだし、近くに温泉施設もあるしっていうんで、わざわざ二棟とも修繕しなくてもいいよねーって感じでね」

「びっくりした……まさか露天がこんなところにあるとは思わんかった」

 普通に景色も良いし、お湯もこれかけ流しちゃってて良いの? と聞くと、まぁ今日みたいな日は全然いいよーといわれてしまった。なんとも贅沢な話である。

 すでに湯は八割くらいたまっている。これならばすぐにでも入れそうだ。

「それじゃ、ルイちゃんはこっちでゆっくりしてってね。ボクたちはあっちで二人でゆったりしておくから」

 あっちもあっちでそこそこの広さはあるんだよーといいつつ、エレナはとてとてと隣のコテージに帰っていった。

 こうなってしまったらもう、すぐにでもここに入るしかないのである。

 むしろ、是非ともコテージのくじ引きはこちらを引き当てたいと思ったのは言うまでもない。




「本当にご一緒しちゃっていいんでしょうか?」

 ううぅ、と弱気な発言をしているのは、千歳だった。

 先ほどのやりとりもそうなのだが、やっぱりどこか遠慮というものをこの少女は身にまとっているように思うと、さくらは分析してしまう。

 遠慮なら……こんなメンツで温泉に来ている時点で木っ端微塵じゃんと言いたいのは、近くにきらきらしている珠理奈がいるからだ。被写体としては破格で垂涎。そして同い年の女子として身近にいるとなると、なんかこうもやもやする。かわいいなぁちくしょうめ。

 そんな特殊な環境なのだから、別段女子高生生活をすでにしている、ちょっと身体が違う子がいたとしても、さくらにはまったく気にならないのだった。

「そのために連れてきたのだし、それに。エレナさんから預かったこれね。小部屋を二時間貸切できるんだってさ」

 さすがはセレブはすごいわよねぇと、キラキラしている本人がまったくと呆れ声を漏らしていた。

 こちらとしてはむしろ、そのさすが(、、、)は「男の娘……に類する人がお風呂に入る場合の弱点」をしっかり把握していることにこそ向けたいものだ。あらかじめ千歳ががちがちになるのを見越して最初からハードルを下げて置いてくれたのだ。

 ルイあたりにいえば、あたりまえじゃん! って言われそうだけれど、見てわかんない相手に配慮しろっていうのが普通無理である。それくらい千歳は普通にちょっと気弱な女子としか見えないのだ。まあ、ルイたちみたいなバケモノに比べれば「普通の」女子という範疇になってしまうのだろうけど。

「個室……なんですか?」

「家族風呂の強化版みたいな感じなところだけどね。貸切にできるって話だから余所の目は気にしないで。そして。たぶんあたしたちは貴女を否定はしないと思う」

 っていうか、ルイって存在を受け入れてる時点で、もう否定とか無理な気がすると珠理奈は肩をすくめていた。

 厳密に言えばルイは千歳とは違うのだけど、だからこそ、より女子のほうに傾いている千歳ならオッケーなのである。貸切風呂ならばもう、一緒に入る人間が許可を出しているのだから、怯えずに堂々と入っていただきたい所だ。

「地方だからこそか……」

 そんな話をしながら訪れた温泉施設は、ででんとかなりの面積を誇るところだった。

 男女別の大浴場は、それぞれ数種類あるようで、お湯の温度が異なっていたりするようだ。

 貸切もいいけど、ひょっこり大浴場のほうによってみてもいいかもしれない。

「女性五名さまですね。はい。お部屋のご予約は承っております」

 受付の人に一個の鍵を渡される。ロッカーは自由につかってくださいということだった。ちゃんと鍵がかかるタイプのものである。

「それじゃ、こっちなんで」

 かもんと、珠理奈がみんなを先導していく。昼にこそこそエレナと話をしていたようだけど、どうやらここの情報をもらっていたらしい。

 そんな彼女の足は女湯とかかれた赤のれんを通り過ぎてしまう。

 そして到着したのが少し離れたところにある個室のお風呂だったわけである。

 カラカラと引き戸を開けると、すぐに更衣室が飛び込んでくる。その先には休憩のスペースもあって涼むこともできるようだ。五人どころかあと数人増えても十分な広さがあった。

「それじゃ、各自着替えましょっか。ま、せっかくなんだから肩の力を抜いて」

 ね? と珠理奈にぽふぽふと肩を叩かれて、はひぃと逆に千歳は身体をこわばらせた。

 いや。ここまで彼女が面倒見いいと思っていなかったというか、普通に女王様みたいな感じを想像していたのだけど、意外に柔らかい対応だなぁとさくらは思う。もしかしたらルイにもなにか言われてるのかもしれない。なんだかんだで、こんなところに引っ張り出せちゃうくらいにルイと珠理奈の関係は深いし、思い切りお願いされたらこれくらいのことはやってしまうんじゃないかと思う。春の撮影だって二人で名所に行ったと言うし、なにやらカップル誕生な空気すら感じるくらいだ。まあ、あのルイに恋人がつとまるとはとうてい思えないが。

 そんなことを思いながらも、さくらもロッカーの一つをつかって衣類を脱いでいく。

 当然、ここには女子しかいない前提なので特別恥ずかしいなんてことはまったくない。まあスタイル抜群さんがいるから少し恥ずかしいといえば恥ずかしいかもしれないが。

 みんなも同じようで、特別遠慮なんかはまったくせずに着替えて行っている。千恵だけは姉のことが心配なのかおどおどしているようだ。

 そしてその姉のほうだけれど、とても居心地悪そうにうつむいてしまっている。ルイたちみたいにこういう場を避けないだけマシなのだろうが、居てしまっていいんだろうかっていう罪悪感みたいなのは強いんだろうなぁと思う。もちろん開き直られても、ちょっともやもやするけれど。

 前にルイに「あんたなら普通に女湯入れるんじゃないの?」って聞いた時は、「ついてる状態で入れる子なんてそうそう居ないし、落ち着けない」と答えられたのを思い出す。

「そういえば、さくらとは一年ちょっと前の三月に温泉のそばで会ったわよね? ルイはあのときぼへーっとしてたけど……あいつ、合宿に参加してたの?」

「ええ。まあ。あのときは卒業旅行にあてられて、在校生も旅行に行きたいねーなんてなって、撮影もかねて写真部で行ったんですよ」

 そのときにお風呂ももちろん入ってましたと、伝えておく。

 すばらしいアシストである。仲間もやってますという安心感を植え付けるための小芝居なのだろう。

「ルイ先輩もお風呂入ったんだ……」

「あー、まああいつが入れるのは混浴のお風呂だけだけどね」

 ん? 混浴のお風呂? と珠理奈が何かを思い出したような怪訝な顔をしていたのだが、とりあえず思い出しきれなかったようで、なんか引っかかるーと、下着姿であごを手に当てて悩ましい声を上げていた。

 ああ。そういえばルイのやつ、あのとき別の女の人が入ってきてゆだってしまったとかなんとか言っていたっけ。その相手が、たぶん、というか間違いなく目の前のこの人なのだろう。

 これ、ばれちゃったら後でぼこぼこにされそうだ。黙って置いてあげよう。貸し一つである。

「そして、今日のここは貸切風呂なんだし、ある意味混浴みたいなもんだから、あんまり気にしちゃお肌に悪いよ?」

 ほれほれ、ぬぎぬぎしようかーと、エロ親父風に手をわきわきさせると、千歳はひぃと言いながらも少しだけ笑ってくれた。緊張が少しほぐれたらしい。

 そして、準備が整ったところで浴室の方に足を踏み入れる。

「うわっあ。普通に露天風呂だ……これ貸切ってすごいかも」

 貸切露天ときいたときに、あんまり大きくないんだろうなと普通に思っていたさくらだったのだが、なかなかこれが馬鹿にならないどころか、すばらしいお風呂だった。風呂好きのあいつは絶対しょんぼりするだろうと思えるくらいだ。

 修学旅行の時のみんなで入ったお風呂の半分くらいではあるのだけど、それでも石で作られた浴槽にこぽこぽと温泉が流れ込んでいて、湯気がたゆたっているのは幻想的だし、まだ落ちきっていない夕日は空を橙色に染め上げている。もう少し時間が経てば一番星が見え始めるんじゃないだろうか。

 洗い場はさすがに三つしかないので、交代で身体を洗ってからちゃぷりとその中に足をつける。

 ゆるやかな波紋が広がってさらにどぷんと水面が揺れる。ああ。すごくいい温度だ。熱すぎないのがいい。

 みんな一様に緩んだ顔をなさっている。こういう場面も撮れるといいなぁと思いつつ、まー無理だよねーとがっくりきてしまうのはルイの影響を受けすぎているからだろうか。

 そしてちろりと千歳のほうに視線を向ける。バスタオルで身体を巻いてしまえという意見はさすがに却下で、下半身だけ隠している状態だ。たしかにこう見てみると、骨格の感じとか男子といえばそうなのかなぁとも思う。たとえば乳首のあたりとか……あたりとか?

「ええぇっ!?」

 さくらとて男の乳首はまともに見たことはない。ないけれど、男女で形状が違うのは有名なお話だ。

 それが、うっすらと女性よりになっているのはどうしたことか。おまけにちょこっとだけ胸が膨らんでるようにも見えるのだけど。

「ああ、おねーちゃん中学でるころにはもうお薬始めてますから、むしろいつ追い越されるのか……」

 しゅんとする妹の胸の方は確かに残念なくらいにない。よく寝てよく食べると育つというけれど、それを外部から強制的におこされる薬があるというのだが、恐ろしい。普通に女子の胸といっても通ってしまいそうだ。

「でも、アンダーは千恵の方が細いし、うらやましいよ」

 もうちょっと早く治療が始められていれば、とコンプレックスなのか彼女は胸をこそりと隠した。

「男女の骨格だと、どうしても肋骨が違うものね。外側にひらいちゃうからアンダーもちょっと太めになるっていう」

 あいな先輩が写真家らしい分析をいれてくれる。あれだけ撮影をしていればそういうところにも目が行くようになるわけか。

「でも、ルイの胸回りはそうでもないじゃない?」

 珠理奈の疑問にみんなの視線が中空をさまよう。みんな昼間の水着姿を思い出しているのだ。

「あれは、ルイ先輩の体型がおかしいんです。骨盤のあたりはたしかに男子ですけど、あの胸から腰のラインは反則ですって」

 あれで、ドーピングなしだなんて二人ともうらやましいと、とろけるようなうっとりした声を千歳は漏らした。お風呂効果もあるのだろうけど、緩い顔もかわいい。

「コルセットでぎじぎじ締め付けてみるとかは? 案外ルイも努力家だからそういうのやってるかもよ?」

「まー普段はカメラカメラーって、ぽやーんとしてますが、メイクとかは半端ないしなぁ」

「コルセットか……」

 ちょっと探してみますと千歳は素直に頷いた。肋骨まわりに相当なコンプレックスがあるらしい。

「さて。それじゃー、せっかく女同士集まったわけで、ここいらで、ルイちゃんについて話し合いしましょー」

「お。それはおもしろそうな」

 あいな先輩の一声にみんなの声が少しだけ弾んだ。

 いちおう自己紹介は済ませたし、海で遊んだりもしたのだけど、結局まだみんながどういう風にルイと知り合ったのかは話していないのだ。

「じゃあ、一番手は私からでー。ルイと知り合ったのは、学外実習の時に見つけた木戸くんに粘着して、そのあとしぶしぶ年明けに一緒に撮影に行こうと言われて。初めての時は本当に驚きました。そして後日学校で会ったときはくらくらきました。あれが同一人物とかありえん」

 もっさり眼鏡を外したら美少女でしたなんて、そんなのどこの少女漫画ですかといいたいほどの変わりっぷりである。

「確かに、アレがアーなるとはわかんないわよね。あたしは銀香で撮影しているときに偶然会ったのが初めてで、そのあとコンビニでバイトしてるところにロケでいったときに偶然会ったのも初めてっていうおかしな話に」

「うっわー、珠理奈さん男の時と女の時でそれぞれ会っちゃったんですか? 学園祭の時とか普通に木戸くんと話してたけど……」

「あー、あのときはまさか同一人物だなんて知らなかったのよ。ネタバレしたのこの前の二月。まったくあいつったら」

「まあまあ。その件はお詫びもかねていちおう終わったんだからいいじゃないですか」

 まったくもうと、膨れている珠理奈をあいなが宥める。あの件の一連の流れを知っているのは彼女だけだ。

「そういえば、カメラマンさんあのとき、ルイの頭なでてた! 貴女はいつ知ったの?」

「んー。私はほら、いちおうルイちゃんの師匠だし、去年の夏前にはなんとなーく気づいてたかなぁ。写真の撮り方って……まぁ、あの子の場合男女で変わるけど、根本は同じなわけだし」

 ちなみにみなさんは、どっちの写真が好き? と話を周りに振ってみる。

 千歳たちの話はなんだかんだで、いろいろ昼に聞いてしまっているので、話題を変えてしまってもいいかと思ったのである。

「うぐ。悔しいけどルイの方……かしら。インパクト強すぎだし、最初に見たのがあっちだったから」

 そりゃー、馨状態で撮った写真も数枚は見たことはあるけれど、と珠理奈がつぶやく。そもそも絶対数が違いすぎる。ルイとして撮っている写真の方が遥かに多いのだ。

 他のメンツもこくこくとうなずいている。

「満場一致かー。木戸くん可哀相に」

 まあ無理もないけど、と苦笑が漏れる。

「あーあ。ほんともーこんな状態ならちゃんと放課後にうちの部室にexif情報を残していただきたいものです。女子制服持ってるんだから」

「そうよねぇ、学校の部活でしか味わえないものもあるんだけど……まあ、今のスタンスは変えないんじゃない?」

 さくらの、もうどうしようもないですぜという投げやりな口調に、あいなはまあまあと宥めつつぽふぽふと頭をなでる。

「え。あいつ普通に学校にまであの格好で行ってるの?」

「ああ、いちおう学外部員だから、そこまでは。ただあいな先輩の講習にだけは参加してますけど、バイトが忙しいとかで放課後は寄ってくれないんです」

 後輩も楽しみにしてるのにーと、残念そうな声が上がる。

 今年入った一年生も、当然のことのようにルイ先輩ラブ状態だ。五月と七月にあった講習会でのあのテンションにいろいろかっさらわれたのである。今年は女子二人の男子一人という構成だけれど、男子はいうまでもなく女子に関してもきゃーって感じで目がハートマークになっていたりするのだ。ルイ自体の知名度のせいもあるけれど、ここのところ色っぽくなったりもあって、きれいな年上のおねーさんとして映ってしまうのだった。まったくもって現部員の立つ瀬がない。

「気持ちはわかるけど、あの子は外でうろうろしてるほうが似合ってるわよ。部室の中に収まってるような子じゃない」

「それもわかってるんですけどねー。でも、たまには部室にも顔を出して欲しい」

 むしろ女子として登校しちゃえばいいのに、というさくらの訴えに回りは微妙そうな顔を浮かべる。なかばできてしまいそうと思っているからかもしれない。

「あたし的には、馨状態でいてくれた方がいいかなぁ。メールの返事とかマメだし、せっかくのメル友をルイに盗られるのは困る」

「ええっ。メル友なんですか木戸くんと?」

 えっ、えええと周りから声が上がった。この中で珠理奈だけは出会い方が特殊なのもあって、木戸よりルイのほうがいいということもないのである。出掛けるときはもっぱらルイとになってしまうけれど、むしろたまには男装状態の彼とも出掛けたい。

「他のやつだと、こー有名人と知り合いになりたいとかミーハーなのが多いけど、あいつああだし、そういうところがすっごくありがたい」

 これでも友達は少ないのでと、珠理奈がしょんぼりした声を漏らす。

「それならっ、我々ともメアド交換しておきましょう。ミーハーな気分がないとは言わないけど、同年代のお友だちということで!」

 ラインはなしね! とさくらが注釈を入れる。こういうタイミングで作るメーリングリストやラインの仲間というのは大抵ぐだぐだになって誰も発言しなくなって終わるのである。それなら個人の連絡先を持っていた方がいい。

「私たちもその中にはいってしまっていいんでしょうか」

 千恵はあまりの話にあわあわと姉の顔を見たり周りの顔を見たりしている。有名人と一緒にお風呂に入ってるだけでもいっぱいいっぱいなのにその上メールの交換なんてなったらどうなってしまうのだろう。

「あー、うん。いいんじゃない? むしろカメラマンさんだと仕事繋がりできちゃったりがあるかもだけど、あなたたちならたぶん接点はできないだろうし」

 普通に何気ない話とか愚痴とか言えそうな気がすると珠理奈は笑う。実を言えばメールの相手は誰でもいいというわけではない。木戸はあんなんなので絶対安全と思っているけれど、届いたメールをそれこそネット上で公開してしまったり、新聞社に売り込んだりというようなのもいるのである。

 その点千恵と千歳はうってつけだ。人柄まで信頼しきってはいないものの、こちらははっきりとその秘密を握っている。その状態でこちらに害をなすようなことはしでかさないだろうと思うのだ。

「カメラマンというと……このまえの写真集は見事でした」

 おやっさんもいい写真が撮れたと喜んでいましたとあいなさんが営業スマイルをわざと浮かべる。

「こーゆーふうに、プライベートで仕事が絡んできちゃうんだもの。ぎょーかいとかの話ばっかりじゃなくて、普通の女子高生トークをしてみたいのよ」

「そういうことなら、おねーちゃんと彼氏のべたべたっぷりをメールしてみる、ということで」

「おおぅ。そういやそんな話も聞いたような。まあ、お互い言いたいことをばんばん言いましょう」

 もちろん馨の情報はオールウエルカムです、と付け足すところがちょっとかわいい。

 そこでちょっと身体がゆだってしまったので、さくらは外にでて涼むことにする。

 日が落ちて、少しだけ周りの気温も落ちてきているけれど夏だけあって寒いということはない。

 本当に、魅力的な被写体がそろっている旅行だ。

 エレナをはじめとして、珠理奈も撮らせてはくれないだろうがさすがはプロの芸能人さんだ。キラキラしている。

 自分はそれを前に、どうしているというのだろう。

 撮りたい。それはある。でも逆に思ってしまうのだ。撮ってしまって良いのか、と。

 ここにはルイはおろか、あいな先輩までいる。良い写真は間違いなく撮れるだろう。

 カメラは持ってきている。けれど持ち出すのが少し怖くなってしまって、結局ここまで遊ぶだけで撮影はしていない。

 そんなことを思っていると、浴槽の方から怪しげな声が聞こえた。

「プライベートな話なのですがっ、珠理奈さんに是非お願いがっ」

 えっ、と思ってそちらをみると、あいな先輩はにやりと欲望まじりの視線を珠理奈に向けていたのだった。

「プライベートであとで撮影させていただけませぬか? おやっさんと自分でどれだけ違うのかをチェックしたいので」

 ホントもう、おやっさんの作品としての写真集はきれいすぎて困ると被写体様にお願いをし始めた。

 こういうところを見ると、あいな先輩もルイと同じ類いの人間なのだなぁと実感させられる。遠慮なんてしていたらいけないのかもしれない。

「まあ、時間が空けば別にいいけど、あくまでもプライベートですよ? プライベートをスッパ抜く系は無しですよ」

「だいじょーぶですって。新聞社へのコネはいくつかありますけど、それをしてしまっては、ルイちゃんの師匠として申し訳ないですし」

 怒らせる真似はしないので。と、あいな先輩は緩やかに押し続ける。ここでルイの名前を出すのはなんとなく卑怯だなと思いつつも、撮りたいんだろうなぁというのはよくわかる。

「まっ、こちらも勉強の一環ということで少しなら。いちおう明日の帰りまでならモデルになってあげても、いいかな」

「やったぁー」

 ひゃっほーと、いつものあいなさんの落ち着いたイメージが消し飛ぶほどの勢いでざばんと浴槽のまわりが水浸しになる。

 いくらなんでもよろこびすぎーという周りの視線の中であいな先輩は、わくわくするーと、思いきり笑顔を浮かべていたのだった。

 弟子の一人としてここまでいかないとダメなのか、と少しばかり気むずかしい顔をさせられたのはいうまでもない。




「しっかしまさか珠理奈さんが許可するとは思ってなかったですよ」

 いいお湯だったとお風呂からでて、牛乳をくいとあおっている珠理奈に声をかける。

「それはどっちの話?」

「どっちもです。千歳ちゃんの件とあいな先輩の件」

 スキャンダルになっちゃうかもしれないのに、というと彼女は、いやまぁ、とバツが悪そうにいうのだった。

「エレナさんにちょっとね。あの子の場合はボク達と違うし、ちょっとお手伝いして欲しいって」

 あんな顔でおねだりされたらもう、断れないわよと珠理奈は言う。

「それに。もし実際に男っぽさがあるっていうなら、こういう所にいれてしまえば本性もわかるってもんでしょ? あたしの裸を見て魅了されない男なんてこの世に居ないもの」

 まあ、馨は別だけど、アレは男じゃないもの。とごにょごにょ言い訳がましい言葉が続く。

 そりゃ、あの木戸くんならなぁとさくらは苦笑をもらした。きっと裸体の美しさを見ながらどうやって撮ろうかなんて話をするにきまっている。そんな相手だからこそ、この人も惹かれているのだろうけど。

「そして、カメラマンさんのあれは、ちょっと気持ちわかるからなぁ」

 口の周りの牛乳を手の甲でぬぐって、彼女はにんまりと笑う。

「あたしらで言えば、いい役をもらってる先輩の脚本をなんとか手に入れて真似してみてどこが違うのか比べたいっていうのと同じことだなぁって。佐伯さんは確かにきれいな写真を撮ってくれるし、なら、同じ被写体でなにをやれるのかって燃えちゃうのは、弟子としては当然のことなんじゃない?」

 どうやら、夜景の中で撮ってくれるみたいよ、と、彼女もわくわくした様子だった。夜の撮影はそれなりの腕がないと駄目だし、そういう所もチャレンジしようというところなのだろうか。

 あれだけのものが撮れるのにそれでもまだ先に進もうとするその姿勢に、少しだけ恐れと、どきどきを抱いてしまう。

 いろいろ萎縮はしてしまったけれど、ここは言っておかないといけないところだ。 

「あのっ。私からもお願いがあって」

 夜の撮影は自分には無理だ。そもそも旅行なのもあって三脚の用意がない。ならば明日の朝に是非とも付き合って欲しい。

「私にも撮らせてください! 明日の朝とかでいいので!」

 お願いしますとぺこりと頭を下げる。 

「火がついた姿を見るのは好きだから、いいけど。どうして馨はこーならないのか」

 まったくあいつったらーと、ほほえましそうにこちらを見下ろす彼女は、今度はまったりとフルーツ牛乳を飲み始めていた。

「うへへーっていいながら写真撮りまくってるだけだから、あの子の場合はライバルなんてものはいないのかもしれません」

 少しだけ寂しそうにしゅんとさくらが呟く。

 実際、あいつは誰かと競う写真を撮らない。というかそういうもんだと思っていない。コンテストの関係も全然興味がないし、ただにへらとしながら、楽しく写真を撮っているだけだ。

 それで、見ていて引き込まれるものを撮ってしまうのだから、自分の努力はなんなのだろうと時々思わせられる。

 あいなさんにも、佐伯さんにすら目をかけてもらえるやつなのだ。

 努力という言葉とは少し違うベクトル。欲望でカメラにすべてを注いでいるのはわかる。他のすべてをなげうっているのもわかる。けれどそれはさくらだって同じように撮っているつもりだ。それはもちろん努力に根差したものでしかないのだけれど。

「だとしても。ですよ。撮らせてもらえるのなら、私はそれに食いつきます。楽しい写真をつくる天才は確かにいるけど、私は私でちゃんと頑張りたいですから」

「へぇ。対抗意識ちゃんと持ってるって思ってなかったけど、いいじゃんそれ。ルイのあほんだらをけちらす写真家になってちょーだい」

 がんばれ、と珠理奈さんに笑顔を向けられるとどうしたって気分が高揚してしまう。

 明日はきちんとカメラを握ろう。さくらはそう思いつつ、コーヒー牛乳のボタンを押した。

今回はルイはコテージでお留守番。他のメンツの座談会でした。千歳は高校に女子として入ってるくらいなので15からホルモン補充療法やってます。でもその前のGnRHaは使えてないので、身長、声、骨格なんかは男子よりっていう設定です。リュープリンめっさ高いし、保険通らないし涙目なんすよね。

そして、当初はさくらの一人語りがこんな結末になるだなんて、思ってなかったです。いちおールイ:さくら、あいな:石倉っていう対比で将来お話が少し動くので、その前哨戦です。がんばれ、さくらサン。


明日は、書き下ろしが今回になっちまったので、修正でいけるんですが……夜間撮影なんかもやっちゃう予定です。もしかしたら明日も夜更新かも……

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