105.高校三年八月~
どこまでも続く海辺の青と、その反対にある空の蒼。
ほわんと浮かぶ雲をじぃっと見ながら耳には波音が心地よく響く。
はっきりいって海に来るのは四年ぶりくらいだ。ルイとして、というならば初めてとなるだろうか。
砂浜に素足で踏み出すと、その感触は温かく、すとっと少し埋まる感じになるのがおもしろい。しかも周りにいる人影はまばらで、ここらへん見渡す限り私有地だというのだから、三枝家すげーと改めて思わされてしまう。さすがに他の海水浴場よりはスモールサイズではあるけれど、これを占有できてしまうあたりが、セレブである。
「今日は日焼け止め、塗らなくて大丈夫ですか?」
そんな感触を味わっていたら、今日の参加者である千恵ちゃんが声をかけてくれた。
この前プールで塗ってもらったので、心配してのことだろう。
「うん。ばっちり。まー焼け跡に関してはそこまで気にする必要なくなったんだけどねん。体育教師の配慮ってやつで今年は見学でいいからさ」
「え。去年は出てたんですよね?」
彼女は怪訝そうにこちらを見上げる。今日の彼女の装いはワンピースタイプなわけだけど、胸はないのでこう見ると中学生くらいにも見えてしまう。スクール水着ならなおさらだったかもしれない。
「どっかのアホのせいで、あたしの美貌が大暴露されましてな。体育の時のクラスメイトやら隣のクラスのやつらやらが、とってもシャイな反応をして下さるわけで……それを見かねてね」
ちーちゃんの件もあるから、危ないかもって発想になってくれたんだと思うんだけどね、と影の功労者に密かに感謝しておく。普通ならいくらあんな騒ぎになろうとも、大したことではないと判断する教師が大半だろう。けれどもそれが通ったのは、前例があったからだ。
「ねーさんの場合は、入学するときに無理な条項の一つってことで先生達と話してますからね。周りには人に言えない特殊な事情がある、察してくれっていう感じなんですけど」
「でも、タック使えば入れるんでないの?」
女子扱いなら、水着もいけると思うけどなぁというと、たははと苦笑が聞こえた。
「今年なら大丈夫そうなんですけどね。でも去年の段階では危ないものには近づかないって方針でしたから」
むしろルイ先輩も女子として参加しちゃえばいいじゃないですかといわれて、ふるふる首を横に振っておく。
たしかに今の格好で十分、生存できる身としてそれは出来ない行為ではない。先日姉に見せて一騒動あったビキニを着ているわけなのだけど、お腹のラインもすらりとしていて申し分ないし、これでスクール水着を着たって特別ちょっとお尻が小さい子で、済んでしまうと思う。
けれど、だ。
「眼鏡つけらんないし、思いっきりあれってルイさんじゃんって、言われてしまうからなぁ。エレナにも申し訳ないし、そのあといろんな方面からいろんなアクションがあったりと、予想するだに恐ろしい」
卒業パーティーではゲストとして呼ばれてる手前、それが「実はこの学校の男子でした」となるといろいろと問題なのである。
「泳ぐの自体は嫌いじゃないんだけど、今年は泳法に関してのレポート提出で、あとは見学でいいってさ」
「いいなぁ。私もプールは見学が良かったです」
くすんと、なんの問題もなさそうな千恵が嘆き声を漏らす。
「私こー見えて運動神経ないほうなんです。それなのにみんなには泳ぎは得意だろうーなんて言われるし、失礼です」
彼女のうめきに苦笑が漏れる。たしかに胸があると泳ぎにくそうってからかわれるけれど、その逆でからかわれる子は初めて見た気がする。
「でも、本当に彼氏は連れてこなくてよかったの? 千歳ちゃん」
プールの時と同じようなへそがくっきり出た水着の千歳ちゃんに声をかける。せっかくの海、しかもプライベートビーチに彼氏を呼ばなくても良かったのかと思ってしまう。来たら来たでこちらは少しだけ地を出すのを押さえるしかないのだが、それくらいなら別にやってあげてもいい。
「それは、だってみなさんにご迷惑かかりますし。それに、先輩にご相談したいこともあったから」
「答えられることなら答えるけどね。あたしよりも適任はいそうだけど……」
答えられるならおっけ、と彼女に伝えておく。
適任者といえば、おそらく掛け値なくエレナだろう。
けれども今日は、性別無礼講という条件がある。実は男の人ですた、なんてことを他人の口から軽々しく言ってはいけないのだ。
ちなみにルイに関して言えば、今日の参加者全員知ってますというような状態だった。
参加者は、よーじくんとエレナ。崎ちゃんに、学校関係からさくら、千歳、千恵。そしてあいなさんが参加している。あんまり大人数でも大変なのでこれでも人数の制限がかかってるくらいだ。木戸=ルイを知っている人間だけが集まっているので、こちらとしてはかなり気が楽である。
先に浜辺にでていた三人で話していると、背後に気配ができた。
「くぉう。さっすが三枝家のプライベートビーチ。うちとは違って広いしきれいだしさいこーだぜ!」
「あのう。よーじくん? すでに、うちのーって比較する時点で君もそっち側ですからね?」
にこりと言ってやると、うぐと彼が口をつぐむ。すでに彼も水着姿で男らしい上半身をさらしていた。まあ確かにコレが男の胸ってやつだよな、と野々木さんの悔しそうな顔を思い出しながら苦笑が漏れる。
「それと。今日は男の子、よーじくんだけですから。変な気おこしたら、きっとエレナがもぐから」
「にこにこ言わないでくださいよぅ。痛みはわかるでしょうに」
よーじくんが股間に手を当てながら、顔を青ざめさせながら言う。とはいえ、いちおうは釘を刺さなきゃいけないところなのだ。見た目的には周りは全部女子。しかもきれいどころがそろっているというこの状況は、よくあるハーレム物に通じるところがあるのではないだろうか。まあそのうち半分は肉体的に男子なわけだけど。
「えーなんのことかわかんなーい。エレナならちゃんと、麻酔とかかけてから熟練の医師たちが」
「わーー、やめてー。まじそれ怖い。ってか子種なくなったらエレナが……あ」
そこまでいって、よーじくんが我に返る。子種があったところで、受け入れる卵は残念ながらないのだ。
「いやっ、それでもっ! ないと困るからっ。エレナをその……」
あわあわとよーじくんが恥ずかしそうに頬をかく。まあ男の子というところなのか。
知識だけはあるので、わかるにはわかるのだが、君たちはそこまでの仲におなりということなのでしょうか。初々しいエレナさんを見ているとまったくもってそういうのとは縁が遠そうなのだけれど。
「みんな若くて元気な子たちばっかりね。ルイちゃん、紹介してもらってもいいかしら?」
あいなさんがずんと水着姿で立つとそれだけで迫力がある。うちの姉に比べれば胸は小さいのだけれど、それでも大人の色香というものが確かにある。
隣にはちょこんと崎ちゃんの姿もあった。この前の撮影の時はあんなに大胆な水着を着ていたというのに、今日はなぜかワンピースタイプで露出がとても少ない。彼女の直接の知り合いはルイとあいなさんとさくらと、あとエレナたちもか。千恵ちゃんたちとだけ初対面である。
「まだエレナが中で準備してるみたいだけど、そっちは後回しで軽く紹介しときましょうか」
その提案もあって、集まった人の紹介をとりあえずしておく。
顔見知りもいくつかあるけれど、初対面という人もそれなりにいるのだ。
ルイとの関係性を主軸にして、こんな人ですという紹介をいれていく。さすがに崎ちゃんのことはみんな知っていたけれど。
「さて、最後に飛び入りで申し訳ないんだけれど、写真家のあいな先輩。私の写真仲間で師匠で、そして」
ちらりと千歳を見る。
「将来、貴方のお義姉さんになるかもしれない人ですっ」
きゅっと手をとられて、千歳のほうがはわはわと慌ててしまった。そして千恵ちゃんから責めるような視線がこちらにくる。どうしてそんな重たい相手を連れてくるのですかーというやつだ。
「しかたないじゃーん。この前おうちにいったらさー、青木さんのやつ、ちょっと不安そーにしてて、それでおねーさんのほうから今日のこれに参加したいようって泣きつかれたら、旧知の人の窮地に力を貸さないわけには」
「きゅーっとして血を吐かせますよ! いきなりおねーさんなんてハードル高すぎじゃないですかっ!」
千恵ちゃんがぷすんと頬を膨らませる。千歳ちゃんの方は完全に青ざめてしまっている。うーん、うちの姉などは彼氏を家につれてくるのは平気だったわけだけど、人によっては相手と家族ぐるみのつきあいをするのは勇気がいるのかもしれない。
「だいじょーぶよ。別に弟の相手がどんな子なのか見たかっただけで、引き裂こうとか干渉しようとかそういうことはないから」
むしろ、と彼女は表情を苦々しくゆがめながら話を続ける。
「弟の方が粗相しないか、あたしは心配で心配でならないのっ。あの子、とっても残念だから……」
「そ、そんなことないですっ。青木さんには、優しくしてもらってるし、その。変なことしたりとかも……」
「それなら、よしっ」
さすがに、この前のアレであいつも懲りたということだろうか。
「え。でもチューくらいはしたんじゃないんです? どうなんです?」
げっへっへとおやじっぽい声を上げてみせると、恥ずかしそうに千歳ちゃんが顔を伏せた。
想像して恥ずかしいなのか、しちゃったから恥ずかしいなのかがわからないのが難しい。
「それはおいおい聞くとして、今は」
ぱしゃり。水着にカメラという姿のあいなさんがシャッターを切る。恥ずかしそうなその顔を切り取っておきたいということなんだろうか。
「照れ顔一枚いただきましたん。はぁ。かーいいなぁ。ルイちゃんもいいなぁって思ってたけど、いい顔見せてくださる」
「わーわー。それはひどいですっ。消してくださいー」
あうー、と千歳があいなさんに手を伸ばす。
「えー。こんなにかわいいのにぃ」
ほらほらー見てごらんよーと、背面パネルに写し出された表情をみて、くぅと千歳はうめきをあげる。
まぁそうなるよね。普通に撮られた写真とは違うのだ。
「さすがはルイ先輩のお師匠ですねっ。姉さんのこんな顔……むしろ私が欲しい」
横からのぞき込むように千恵ちゃんはうっとりした声を漏らした。
「みなさんお楽しみのようでなによりです。今日はここら一帯の砂浜は貸し切りなので、羽を伸ばしてくださいね。それとなにかわからないこととか足らないものとかあれば用意させますので」
ビーチにあるコテージから一人遅れて出てきたエレナは、とびきりの笑顔でみんなに挨拶をした。
すでに水着に着替えていてその上にパーカーを羽織っている状態だけれど、息をのむほど愛らしい。
ビーチサンダルが包んでいる足はルイよりも少し小さく女子としても平均以下。色も恐ろしい白さで、それはそのまま比率的に長いふくらはぎ、太ももを経ても代わりはしない。北欧の血が入っているせい、といわれるとそうなのだろうなというところだ。青と白のストライプの水着に白いパーカーをひっかけている姿は、普通にかわいいのだけど、彼女曰くこれも男の娘コスらしい。徹底していらっしゃる。
ルイは慣れているが、慣れていない人がみたら、それに硬直くらいはするだろう。
たぶん一番衝撃を受けているのは千歳に違いない。
「エレナ先輩、おきれいですっ! えっとどうすればそんなになるんですか?」
千恵ちゃんが興奮したような声を上げる。
しかも。今の髪型はショートカットの女の子といった感じだ。よーじくんとつきあいだしてから伸ばしている髪は誕生日の時に会ったときよりもさらに長くなっていて、さらさらと風にながれている。
「んがぁ。あたしだけウィッグか。海でこれって割とマイナスだ」
「別にあんたも取っちゃえばいいじゃない。別に短くても女の子に見えるんだし」
それはそれでどうなのかと思いつつ、それでもふるふると首を横に振る。
いくらプライベートビーチだといっても、完全に隔離されているわけでもないのだ。崎ちゃんと一緒に女装男がいた写真なんていうのがネットに拡散したらさすがに今度こそいろいろ危ない。
「ルイの対応できっと間違いないですよ。それにこいつが地毛で女の子やるのに慣れちゃったら、いろいろまずいですって」
さくらが隣からちょこんと顔を出して嫌そうな顔をしてみせる。気持ちはわからないでもないのだが。
「そりゃもっともだけど……そうよね。ちゃんと作り物って感じがした方がまだ安心っていうかなんていうか」
「エレナちゃんはもう作り物感が全然なくなっちゃってますもんね。これは本当は女の子派大勝利ですよ」
「確かに。かわいくなったよねエレナ……」
かしゃりとエレナとよーじくん二人の絵を撮る。はにかんだ笑顔は前に見せていたものよりも数倍愛らしくて、まずいくらいにかわいらしい。しかも今日この場においてはキャラを演じることなくあれなのだ。
「あんたの両目をつぶしてやりましょうか」
崎ちゃんがぎんと鋭い眼光をこちらに向ける。
「確かに去年あったときよりも、あの子、かわいくなってるしどうしようもないけど! 男じゃないの! なんであんたがそんなでれでれしなきゃなんないのよ」
「へ? でれでれは全然してないよ? 客観的に見てかわゆいなーってだけ」
「むきー」
一人、崎ちゃんが地団駄を踏んでいるのだがしらない。理由はしらない。
砂浜を蹴っても、地面は軽く砂を巻き上げるだけだというのに。
「男って……へ?」
千恵ちゃんとあいなさんが同様に疑問符を浮かべた。おや。あいなさんには写真を見てもらったこともたくさんあったのに、気づいていらっしゃらなかったのか。ルイの時は写真の撮り方で同一人物なのを見分けたけど、男女の見分けはさすがにつかないのか。
「エレナ先輩、あたしと同じ、だよ」
さすがに同族。わかってらっしゃる千歳だけはその正体をしっかりと認識していた。
でもこれでは性別無礼講がさっぱりじゃないか。
「しかもあいての人もわかってるんだ……いいなぁ」
「ま、エレナは学校では男子制服だしね。全部わかった上で今があるから」
そういう意味では大変なのは君の方だと付け加える。
「そこっ! 今日は性別無礼講っていったのにー。なんでばれちゃうのー?」
ぷんすかとかわいらしい甘い声が向けられる。もーちょっとひっぱろうと思ったのにーという声はとりあえず無視して、膨れた顔も撮影しておく。
「無礼講にしても、わかっちゃう人にはわかっちゃうーっていうの、もーうちらはたくさん経験してるよー?」
今更むりむりーと言ってやると、あうぅとエレナが肩を落とした。
「で、でも写真じゃわかんないもんっ。ルイちゃんならうまく撮ってくれるし、他のカメ子さんだってわかんないーって」
「はーい、くやしそーな顔一枚もらいまーす」
かしゃり。笑顔で撮影をすると、隣でさくらがくすくすと笑った。
「なんかそのやりとり、懐かしいかも」
「さくらは写真撮らなくていいの? しょーじきものすごくおいしい被写体がわんさかいるよ?」
「自制が効かなくなりそうなので」
げっそりしながら、彼女は言った。確かに大好きなエレナちゃんの水着姿で演じてない姿でおまけにデレ顔である。
さぁさぁと喜んで撮りまくるだろうことは間違いない。
そして、崎ちゃんに関しては……撮りたくても肖像権がどうのっていうので二の足を踏んでるのだろうね。
「まっ、その分あたしとあいなさんで撮るから、今日はたっぷり泳いでくれたまえよ」
数歩下がってさくらと崎ちゃんのツーショットを撮る。今日は二人ともなぜかそろってワンピースタイプの水着だ。どうしてこう、女子はワンピで、男子はビキニなのかと。
「それと、崎ちゃんはてっきり春先の時のビキニなのかと思ってたのに」
「肌を焼きたくないし、それに……あんたも含めて、露出多すぎる男子が多すぎだろうなって思ったからこれにしたの! 変に比べられたら嫌だもの」
「むぅ。そうは言うけど、ワンピタイプでこの体型だとお尻とか胸とか、弱点隠せないんですよ? それならばばんと出せるところ出しちゃった方が絶対にいいんですっ」
攻めこそ最大の防御だと言わんばかりの勢いだ。エレナの言葉に千歳もうんうんと納得するようにうなずいている。その言葉にはルイも全面的に賛成だ。
「まっ、いいわ。これだけのプライベートビーチなんて滅多に味わえないんだし、今日はゆっくり海を楽しみましょう」
気にしたら負け負け、と崎ちゃんは朗らかに笑って気持ちを切り替える。
たしかにそう。今日は性別無礼講だと最初に言ってある。だからこそ比較したり引け目を覚えたりという必要はいっさいない。そのままただこの場所で楽しめばいいのだ。
「ああ、そうそう。いちおー伝えておくけど、今日の予定はお風呂入ってからバーベキューで、花火とかやれたらいいかなーって感じです。お昼はルイちゃんが焼きそば焼いてくれるので、アレルギーがあるとかっていう人は言ってください」
材料は用意してあるから、よろしくねーと、エレナにぽんと肩を叩かれて期待に満ちた顔をされてしまうと、はいはい庶民の味をご提供しますよと答える以外にない。
なんにせよ、今日と明日は、このメンバーで海を満喫なのである。
海回ですが、プールの時と違ってエレナさんがいるため、余人を交えずにプライベートでございます。ナンパネタはこの前やったし、こっちはじっくりと遊んでいただきたい! でもあんまり遊ばせると……って感じで。
メンバーは絞ったけど、半分近く女性水着を着こなす男子っていうのは滅多にないんだからね! って感じです。
次回はBBQと温泉の予定ですが、温泉の方は作者ちょっと無茶をします。でも、現実的には……できなくない話だと思うので。やっていいかは別としてね!




