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104.

 ビールの空き缶がこてんとテーブルの上に転がっていた。

 お邪魔しているのは青木家の一室。この前の反省会もかねておうちにおいでよー! と言われたのは石倉さんの話をメールでした後だった。

 もちろんメールでもとことん心配そうな、大丈夫、ねぇ大丈夫、みたいなのが何度も来て、無事? 平気? ととことん心配されてしまったのだけれど、なにもないという話をしてもまだまだ、彼女の心配は払拭されないようだった。

 ちなみに青木は受験対策に入っていて、予備校なんてものに行っているので家にはいない。

 そして姉のほうはソファに座りながら新しく開けたビールをかっくらっていた。

 そのわきで、ルイはちょこんとソファに浅く腰を掛けている。青木家に来る時はもちろんルイのほうだ。今日は夏らしくノースリーブ姿。日焼け止めもばっちりだ。肩が気になるっていう人もいるようだけれど、ルイの場合そこまで気にしないで済んでいる。

「大丈夫!? なにもされてない? おねーさんはしんぱいよぅ。ルイちゃんってば、あの男色な兄弟子に道で呼び止められるとか、混ぜるな危険なんだよー」

「だーいじょーぶです。何もされてませんよ。そもそも男色家なのになんであたしにちょっかいかけるかもーなんて思っちゃうんですか」

 ぷんすかと怒ってあげると、あいなさんがわずかに視線を背けた。

 石倉さんと会っても別段つばをつけられたりはなかった。むしろ男状態で抱きしめられた時に少し長いことぎゅっとされたくらいなものだ。

「ああ、これなら……食指もむかない、か」

 んむぅと彼女はあごに手を当てながらこちらの全身を見回す。

「でも、においでわかるって言う噂も聞いたことが……」

 実際ルイちゃん自体は、同じ人達わかっちゃうんでしょー、と心配そうな声がかかる。

 確かに、同族は見た目でわかるけれど、男好きだからこそルイくらいになってしまえばわからないか毛嫌いするかじゃないだろうか。

「においっていっても、ちゃんとお風呂はいってますし、その日はその、朝からちゃんとシャワー浴びたし。他のにおいっていう意味ではお昼のお弁当作って、夕飯用に魚さばいて……ああ。女子のにおい=血なまぐさいですか」

 ぽんと納得したような顔をすると、あうあうとあいなさんが情けなさそうな顔をした。

「いい? ルイちゃん。それ他で言っちゃだめよ? 絶対怒られるから」

「そこまでですか!? 血のにおいって一般常識じゃないですかー。そりゃあたしはないですけど」

 あまりの剣幕にたじたじになりながら、軽く言った言葉を反芻する。そうは言っても、最近さくらと遊びに行くときはあけっぴろげにそんなネタもでているし、生理用品かし……ああ、もってるわけないか、すまん、と不憫そうな顔をされたりもあったので、割と普通な話題だと思っていたのだけど。

「血なまぐさい女子っていわれて喜ぶ人なんて絶対いないでしょー!? 貧血になりやすいーとかそういうことはいっても、血に関しては女の子のタブーなのっ。ルイちゃんでも言っちゃだめ」

「わ、わかりました」

 ずずいと近くで念を押されて、むしろきょとんとしてしまった。

 ルイにしてみれば、その手の知識はあくまでも保健体育やら生物の授業の生体構造としてのものでしかない。体感したこともないし、恥ずかしいとかっていう意識が極端に薄いのである。

「けど、それをいえば男の人のあれについての授業ってあんまり受けたことないのよね……さぁ、おねーさんにルイちゃんのすべてをお見せください」

「悪い顔してますけど、なにか狙ってます?」

 ひぃと、後ずさりながらあいなさんの出方を待つ。彼女は指をわしわしとさせながら、こちらに掴みかからんばかりだ。酒臭い息を吐きながらなので、そうとう絵面的には危ない場面である。

「じょーだんっ。弟の見慣れてるし、いまさらね。それにたぶん学ばなくてもどうのこうのってことなんだと思うよ。ルイちゃんだって、あえて学習しなくても知ってるんでしょ?」

 本能でわかるものだ、といわれて、うーんと考える。外形的なことやその機能については保健体育や、一年のころに回ってきたエロい本の影響や、八瀬提供のエロゲなんかで把握はしている。

 ただ、あいなさんだって冗談を言ったのだから、こちらも返しておこうではないか。

「それくらいわかりますよ。おしっこが出るところ、でしょ?」

 冗談混じりにうぶな生娘を演じてみる。もちろん左手がどうとかそこらへんはいまいち理解ができないのは確かだけれど、いくらなんでもねんねな回答である。

「ってぇ?! ええぇ!?」

「だから、排泄器官。おしっこのでるところ、じゃないんですか?」

 きょとんと言うと、あいなさんが不意打ちをくらったような目でこちらを見る。酔っぱらってるのもあってからかいがあるなぁ。

「な、なるほど、そういうのも併せてあいつの目をごまかせたのか。ピュアな高校生に涙目だわ。でもだからこそ、ルイちゃんはそんなに、女の子だってことだもの」

 まーそのままで居て欲しいけどもーとあいなさんが涙目になる。さすがにからかいすぎただろうか。

 そんな風に話をしていたら、ただいまーと玄関が開いた。

 青木が予備校の講習から帰ってきたらしい。 

「ああ、弟よ。ちょうどいいところにきた」

 そんな彼はあいなさんが居るのを知ると、びくりと体を硬直させる。なにか悪いことでもされるのではないかという予感が働いたのだろう。

「ルイちゃんにさ、男の子の大切なところについて、教えてあげてくれないかなぁ?」

「ちょ、ちょまて。姉貴、おま、なんて」

 そしてこちらの顔を見て、どひゃあと後ずさる。彼女が居ても、いや居るからこそか、他の女子とそういう会話をするのに抵抗があるのだろう。せっかくだから弟の方もからかっておこう。いままでいろいろやったあげくに他に彼女を作った罰だ。

「いいじゃーん。保健体育の授業の補習だよう? ちょこっと触らせてあげたり、その後どうなるかーって教えてあげて欲しいんだけど」

「えっと、ルイさん?」

「へ? あ。えっと。おかえりなさい。男の人の……その、それって」

 なにか、特別なことでもあるんですか? というと、すさまじく青木が気まずそうにうつむいた。

 姉の邪悪な顔とは裏腹に、きょとんとした顔をした乙女の前では、言い出せないような内容らしい。すまんな。でちゃうーとかって描写はよく薄い本で見るけど、男側って描写されないからあんまりわからぬのだ。どうするかは知っているけれど、どうなるか実際に見たことはないのである。

「嫁入り前のお嬢さんになんてこと言わせるんだよ、姉貴は! それに俺には彼女がいるのっ。そういうのは……って、昼から呑んでんのかよ」

 うげ、と嫌そうな顔をする脇で、姉の方はにひひと缶ビールをあおっている。

 昼から飲むことは滅多にない人だが、今日はルイが石倉のところにいった、という話題になってから急に飲み始めたのである。

「これがしらふでいられますかーってんですよ」

 心配で心配でもー、たまらぬ。と彼女は新しい缶を開けていた。どの程度の強さなのかは知らないけど、缶ビール三缶目は危険なのではないだろうか。いくらなんでもルイのことを心配しすぎである。

「すみませんね。ちょーっとトラブルで」

 にひひと苦笑を浮かべると、青木も、そ、そか。と怪訝な顔をするだけでそれ以上は何も言ってこない。

「それよりも、恋人さんとはうまくいってるんですか?」

「おかげさまで、な。今日も予備校終わってから千歳と会ってきたところ。でもちょっとこう、最近おかしいというか」

「おかしいって?」

 千歳が? と思って少しだけ踏み込んだ話をする。千歳がおかしいなら、先輩としては少しでも手助けをしたい。

「それがわかんないんだよな。少しだけ表情が陰るっていうか」

「それって、ちょっとっ。青木さんが千歳に手をだそうとかってとこじゃないですか?」

 むすっとした顔をしながら言うと、ばつのわるそうな顔をする。どうやらあたりらしい。

 そうだとしたら、理由は簡単だ。千歳は自分の体に触れて欲しくないだけ。いや、きっと触れては欲しいんだろうけど、触れられたらばれるかも、と怖がっているのだ。あの子自体は自分の身体がごつくないかとか、骨格がどうかとかそうとう心配しているし、骨張ってると思われるのは確かに嫌かもしれない。

「だとしたら、それはちょっと、待ってあげたらいいんじゃないかな。嫌いってことじゃなくてきっとそれは、いろんな準備が整ってないだけだから」

 秘密を抱えたまま、そのまま青木とつきあっていていいのかを糾弾したのは木戸だ。たとえ千歳の中身が女の子だとしても、体のことはどうしたって伝えなければならないだろう。少なくとも彼氏にだけは。

 だからそんな後輩の手助けのために一言を付け足す。

「同級生さんにしちゃったみたいに、無茶しちゃ、めっ、ですよ?」

 まったく、と弟にするように言ってやると、あうあうと彼は姉の方に責める視線を向ける。どうやら姉から情報をうけたと思っているらしい。残念ながらそれをした相手が目の前にいるわけなのだが、彼はこれっぽっちも気づかない。

「だ、ルイさんからまで言われるとかっ。俺はもう昔の俺じゃねーし、大丈夫!」

 たぶん、といいつつ、青木は逃げるように二階に上がっていった。

「うちのーばか弟がごめんよぅーーー」

 うわーんと、あいなさんが抱きついてくる。ふと柔らかい香りが鼻腔をくすぐる。アルコールとシャンプーの香りだろうか。ごめんよには、去年の事件のことも多分に含まれているのだろう。

「まだ、手を出してないようで、安心しました。確かに青木さんはアレですけど、今回は一線を守ってて安心しました」

「彼女に近づこうとするとどうのこうのって?」

 あいなさんが初耳だよ? と小首をかしげて聞いてくる。

「はいっ。だって手を出してたら今頃もう……ね」

 どっちに転んでも千歳からは連絡が入るだろう。ふられたら多分千恵ちゃんが先輩助けて下さいってメールしてくると思う。それくらいがくんとなるのだ。それが理由でふられるということは。

「問題のある子、なの?」

「たとえば、私が青木さんとつきあうとしたら、あいなさんはどうします?」

 ひっ、と息を詰めたような。目を大きく開いた彼女は驚きを隠す気配はまるでない。

 やっぱりちょっと、たとえ心がどうであれ、同性同士というのに思うところはあるのだろう。同性愛者の兄弟子がいても身内がとなるとなかなか平静ではいられない。

「それ以上は言えないです。今のだけで先入観MAXでしょうけど、私にはどっちも大切な友達だし」

「学校の子……なんだ?」

 その問に、首を縦に振るでも横に振るでもなく、あいまいな微笑を浮かべる。

「私たちは若いって、半年前くらいにいったばかりですよね? 若いうちの火遊びはしたっていいって思うし」

 それに。青木のあの残念っぷりを見るに、ちょっと心に影があるような子じゃないとお付き合いできないだろう、という本音はさすがに隠しておく。悪い奴ではないけど、普通の女子、特に高校生が好きになる条件は持っていないヤツなのだ。

「少なくとも相手の子は、最初はともかくいまは本気で彼のことを好いてますし、この前プールで会ったときもいい雰囲気でしたし」

「ぷ、プールって……」

「それだけの玄人だってところです。青木さんも確かに鈍いですけど、あの姿みたら。むしろ私は写真撮りたくなったくらいです」

 そんときはカメラ持ってなかったんですけどねぇと、悔しさのこもった声を漏らす。

「ま。まって。そのときはルイちゃんはプールにいたってこと? いたのよね?」

 あいなさんは目を丸くしながら、そんなばかなっ、と硬直していた。まあこれが普通の反応なのか。水着まできれる男子というのはそうそういないものだ。

「え。まあ。ってか来月、みんなで海にいく予定ではありますけれど」

「あたしもつれてって!」

「は?」

 いきなりの話でぽかんとしてしまった。こちらは夏休みだから予定は立てやすいが、社会人がいきなりで都合つくんだろうか。

 そう思ってると、ぱらぱらと手帳をめくると、にひりと笑顔を見せた。

「来月のいつ? 予定削ってでもいくから」

「そこまで言うならいいですが、一つだけ」

 こんなに強引なあいなさんも久しぶりだなと思いつつ、注意事項を伝えておく。

 エレナのプライベートビーチにいくメンツは、気むずかしいのが多いのだ。

「他の参加者には聞きますよ? 割と秘密とか持ってる人いっぱいなんですから」

「あら。ルイちゃんほどの秘密を持ってる人はいないと思うけど」

 ぐっ。そこで反論すると確実にやぶへびになる。

「それと、いちおう崎ちゃんも遊びにきますから、そのつもりで」

「あのとき言ってた海につれてきなさいよが、ここで実現するんだ……」

 ほほーと、よっぱらいはこちらを目を細めて見つめてくる。

「二人はつきあっているんでスカイ?」

「つきあっていないんでソラ」

 事情を知っている人間からすれば、崎ちゃんとルイの関係は密かに付き合ってるんじゃないのって思われてもしかたないのかもしれないのだが、別にそんなことはない。あくまでも友人関係だし、あっちからしてみたら数少ない業界外の友達に過ぎない。

「まー、そーだよねー。うちの弟に男とはーみたいなこと聞いちゃうくらいだしねぇ」

 きらきらした自分がばかですた、とあいなさんが失礼なことを言う。

「うぅ。男の子のことなんて知らなくていーんですっ。私はただ、海辺でみんなが楽しそうにしてるの撮れたらいいなって、思っただけなんですから」

 少し拗ねたように視線をそらせてそういうと、あいなさんもばつが悪いのかまあまあと頭をなでてくれたのだった。


ルイさんのエロ知識ですが、知ってはいるけど体感したことはない。という感じでございます。ゲームとかやってもキャラ設定と姿を押さえるためですし、最終的に撮影するための資料程度にしか思っていません。男子高校生としてはあるまじきであります。


そして青木さん登場。悪のりして絡む気安さはよいものです。

これでようやく海フラグが立ったので、次回は海にまいります。三話構成ですが、三話目がまだほっとんど書けてない上に休日出勤なので三話目大丈夫なのかしらーと思っていますが、きっとなんとかなる、はず。

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