102.
今回最後の最後の方まで主人公寝てますが。いちおう舞台には乗ってます。いまさらもっと効果的に寝言の相づちネタを思い付いたけど、このままいきます。
七月。
期末テストも終わってその返却期間にあたるその日。
八瀬紬は、大好きなクラスメイトの寝顔をじぃと眺めていた。
昨日は徹夜でもしたのだろうか。眼鏡越しでもしっかり見ればわかるぱっちりとした目は、今は閉じられていてすぅすぅと寝息を立てている。
今日は確かバイトもなかった日のはずだ。ホームルームが終わった後に寝落ちをする当たり、律儀だなぁと思わせられるのだが、木戸っぽいといえばぽい。
昼寝は十五分程度するのがいいと言われているし、せっかくだからもう少し寝かせてあげようと、声はかけずに八瀬は席を立つ。もうちょっと眺めていたいところなのだが、あんまりじろじろと見るのも悪いだろう。
エレナに比べれば自分は全然だとのたまうこのクラスメイトは、はっきりいって自分のことがわかっていなさすぎる。確かにルイをやっているときのあの感じは別人とも思えるほどだけれど、普通にしていてもやっぱり動作はどことなくかわいいし、こうした寝顔だって愛らしくて、ついじぃっと眺めてしまいたくなる。
本人は男っぽく振る舞っていると思っているだろうし、口調もそれなりに男子なのだが、ここのところとくに沸き立つような色気がすべてを台無しにしているような気がする。
その生い立ちを聞いてしまえば、むしろ眼鏡と口調は封印みたいなもので、付け焼き刃なんじゃないかとすら思ってしまうのだが、まあこの推理は間違いではないのだろう。
ここのところこの友人の周りはどうにもきな臭い。
興味本位の視線は明らかに二年の時よりも増えているし、廊下を歩いていてもちらちらとこちらを伺う視線もあった。全部木戸は気づいていて何も言わないのだが、さすがにそろそろ平穏な生活というものを返してやりたいものだ。
これは興味本位くらいでじろじろ見ていい代物ではない。八瀬の場合は行きすぎた愛故に、暴走はしてしまったのだが、これくらい本気になってこそじろじろ見ていただきたい。
ちらりと振り返ってその寝顔を見てから八瀬は図書室に向かう。先日借りていた本を返さなければならないのだ。それが終わったあとに起こしてあげようと思う。
アニメと漫画にしか興味がないのになんで図書室なんかにと思ったそこのお方。考えが甘い。
この学校には、ラノベが割と置いてあるのである。アニメ雑誌こそさすがにないけれど、それに近いものはそこそこそろっているのだ。おまけにもう市場に出回っていない古いライトノベルも置いてあるので、発見したときには小躍りをしたくらいだ。
受験もあるので週に二冊までと決めてはいるのだが、新しい本を見つけるのがここのところの密かな楽しみになっている。
なにが見つかるか。先週借りた本をぎゅっと握りしめながら、八瀬は図書室への廊下を歩いて行った。
今回も良い本が見つかった。三十分程度で出会えたのだから、運命の出会いと言っても過言ではないだろう。ゲームなんかにも手を広げているせいで八瀬の財布は割と軽い。そんなわけで無料でこの手の本が読めるのはなにより幸せなのだった。
そんな八瀬が教室に戻ってみると、もう周りの生徒は部活か帰宅かしているようで、気配は少ない。
これで青木なら、ちゅーでもしてしまおうかーなんてなるのだろうが、さすがにあそこまでの冒険心は八瀬にはない。まああれはかわいすぎる木戸にも責任はあるとは思っているのだが。
さて、たたき起こして帰るか、そう思って教室に入ったそのとき。
そこに、ヤツは居たのだった。
「寝顔となるとさらにかわいいだなんて……まったくまいるなぁ」
「なにやってんだ!」
木戸の席の前に座って、彼の寝顔を見つめている影が一つ。
それは忌々しそうに木戸を見下ろしている。
「なにって、かわいい寝顔だなぁってな。せっかくだから素顔も見ておこうって話だ」
その指先は眼鏡にかけられようとしていたところだった。そいつ、南鄕春隆は悪びれた様子もなく、なにか問題でも? と疑問してくる。
「俺でさえそんなまじまじ寝顔を見たことないのに」
ぐぬぬと、春隆をにらみつけると拳を握りしめる。なんてうらやましいやつめという思いと、そんなことを気楽にやりやがってという思いが絡み合って倍増されていく。
「君はあいかわらず馨のことになるとつっかかるなぁ。あれかい? 特別な感情でも持っているのかい?」
「ああ。特別な感情ならいくらでもあるさ。で? お前のほうこそどうなんだ? いろいろ絡んできやがって」
さすがに四月から、おめーの行動は目に余るんだよ、と静かにいうとやつはあまり動じずに肩をすくめた。
「そうだね。僕の方も馨には特別な感情がある。中学の頃の、なんせ恩人だからね」
そう。あの頃の唯一の友達。だからこそこうして出会った今、必要以上に絡むのだ。
「君はこういうのを見たことはあるかい?」
「なっ。これって」
スマートフォンに写し出されたその姿は、木戸の写真だった。
「ああ、馨の女子制服姿だ。すさまじく似合ってるだろう?」
そこに写し出された写真はまさにうちの学校の女子制服を完璧に着こなした木戸だった。ウィッグこそつけてはいないけれど、眼鏡はシルバーフレームのかわいいのに変えている。
背景はこれ、被服室だろうか。
なにをやってやがるんだ、と八瀬は内心でつぶやく。あれだけルイとしてじゃないと女装はしないと言っていたというのに。
「これ、隠し撮りか?」
けれどその写真を見ていてふとあることに気づいた。
少し斜めを向いていて、まったくカメラ目線になっていない。横から強引に狙ったような写真だ。しかもガラス越しなのか、全体的にてかったような写真になっている。
木戸自身が撮ったならもっとすさまじいものができるだろうにと、正直かなりがっかりする。あいつの腕とあいつの美貌両方が重なればすさまじい作品が仕上がるに決まっているというのに。
「まあな。今はもう女装とか人前でしてないんだろう?」
それでこのレア画像だ。と彼はなぜか満足そうにそれを見せびらかした。独占欲を満たしていますということだろうか。
まったく。人前で木戸が女装してないだなんて笑わせてくれる。
そう思いつつ、おやと思い直して質問してみる。
「そういやお前卒パは参加してなかったんだっけ?」
「ああ。特進組はあんまり参加しないで家で勉強する風潮だったしな」
でもそれがなにか? と聞いてきてほっと胸を撫で下ろす。こいつがルイを見てたとしたらいろいろややこしいことになっていたところだ。
「いや。僕も女装コスやったもんでね。女装ときいて少し気になっただけだ」
「へぇ。コスプレねぇ。仮装パーティーで熱中だなんて、うちの学校ずいぶんオタクが多いんだな。特進クラスでも話には出てたが、どうせ自己満足の適当なもんなんだろうって言われてたな」
そんなもんだろう? と言われて八瀬は体に熱を帯びるのを感じた。
「オタクをなめんな。卒パなのにすさまじいクオリティで一般の人も卒業生も楽しめてた。なにも知らねぇくせに言いたい放題はやめろ」
先程まで押さえていたけれど、八瀬の口調にはっきりと怒気がこもった。許せるはずもない。あれだけのことをやってのけたやつらに失礼だ。
「ちょ。そこ発火点かよ。これだからオタクは」
悪かったよ、とあまり悪びれずに彼は謝った。それでも八瀬の怒りは収まりそうにない。
もともとこいつにはむかつきっぱなしなのだ。さきほどの盗み撮りの件にしてもだ。木戸のことだから学校での女装の写真はそう易々と撮らせないはずだ。ルイとしてならばOKでも、木戸の女装としてはNG。なぜって比較されたら同一人物なのがわかってしまう恐れが高いからだ。
そんなものを、どうやって撮ったのか。どうしてその現場を特定できたのか。悪い想像しか浮かんでこない。
「しかたねぇな。ならこっちも特別馨が中学の頃の話をしてやろう」
気になるだろ、大好きな馨ちゃんの昔話はさ。そう言われると八瀬もうむむと口をつぐむしかない。
木戸本人からあの頃のことは聞いているけれど、第三者から聞かされる話も十分に大切である。
「中学一年の頃、こいつはすさまじくかわいい男の子で、姉のことはねーさまとか呼んでるし、クラスメイトからも一目おかれるかわいい男子だったのは知ってるよな」
「お前が流布してるからな」
木戸本人からもそこらへんは聞いている。小学生から中学一年まで、すなわち眼鏡をかけていない頃は、姉の影響も受けていたしおだやかな子というような感じで男っぽさまったくなしな状態だったのだとか。
中学の頃の木戸が見れなかっただなんて、一生の不覚と当時は思ったものだったけれど、それでもいろいろ想像して、やべぇと思ったくらいだった。身長だって今より20センチは低かったというし、そんな子が髪の毛さらさらでおめめぱっちりで、とてとて、ねーさまなんて言ってたらショタ趣味はなくても鼻血を吹きそうだ。
それが現実になっていたとしたら由々しき問題である。
「それで、こいつも言ってたように、俺も当時はちんまりしててな。周りからは女っぽいだのオカマだのさんざん言われたんだよ」
忌々しいことになと、春隆は吐き捨てる。当時のことを語る彼は心底嫌そうに顔を歪めている。それこそ苦虫を噛みつぶしたような顔だ。
「もうどうしようもないって思ったときに、こいつは言ったんだ。無邪気な笑顔を浮かべてさ。かわいくて何が悪いの? 別に女の子っぽくてもいいじゃないってな。それこそ当時の俺より断然かわいくって、だから俺はっ」
「それで仲間意識を持ったってわけか」
自分とどこか似たところのある相手と友達になるのは小中学生の特徴だ。
育ってしまったこいつだけを見ていたらそんな状態だなんて想像もつかないのだが、それでも小さい頃はかわいい男子はそこそこいるもんだ。中学からここまで育つやつはそうはいないだろうが、居ないわけでもないだろう。
「けど、二年になったとたんこいつは、眼鏡なんてかけやがった。かわいいのは正義っていってたのに、自らどんくさそうな黒縁眼鏡をつけたんだ。俺は愕然としたさ。はしごを外された、そんな感じだった」
こいつは僕の信頼を裏切ったのさ、と彼は底冷えのするような声でいった。
それこそが春隆が木戸にこだわる理由だ。机を握っている手に力が入っているのが見える。
「それからは必死だった。周りからいたぶられないように必死に身体を作った。勉強だって人一倍やったさ。それでやっとこんな風になった。身長も伸びたし、学力だって申し分ない」
今じゃ誰も僕のことをあしざまには言わない。春隆はぐっと握られた手を急に脱力させて、机にぺとりとくっついてすぅすぅ寝息を立てている木戸をくだらなさそうに見下した。
「だから、それの意趣返しか?」
「ああ。男がかわいいなんて気持ち悪いだろ。それを逃げたこいつに突きつけてやりたかった」
今まで同じクラスになってやってきたのことの全部は、まだかわいいままのこいつに、それをわからせるためだ。密かに隠れて周りから注目されないようにこそこそしているこいつが痛い目をみないと気が済まない。男にかわいさなんてものは不要なのだ。それは周りから攻撃されるだけの材料にすぎない。
「ったく。木戸のやつ、眼鏡つけた理由とか全然話してないのかよ……」
ふむ。と彼の告白を聞き終えた八瀬はうなずいてから、深いため息をついた。
確かに春隆の話だけを聞いていればこいつは被害者なのかもしれない。
けれど、木戸が何時かわいさを捨てた? いつだって隣にはルイがいるではないか。あんなもの、木戸がかわいさを捨ててるなら存在できやしない。
「お前は、誤解をしてる」
「誤解ってなんだよ」
だから、んぅっ、と甘い声を上げながら寝ている友人の代わりに、伝えてやらないといけない。
「こいつが黒縁眼鏡をかけ始めた理由は、別にいじめ怖いとかかわいさの否定とかそういうんじゃねーんだよ」
言っちゃって良いんだよな、と確認するかわりに、外からの風でふわふわ揺れている前髪を軽くなでる。ほんと男の髪とは思えないふわふわな毛だ。
「素顔だとモテすぎるんだ。男からラブレターをもらいまくって、告白されて。一時は先輩に告られて断ったら逆上されてひどいめにあったんだとさ」
「んな馬鹿な……」
そんな話が……と言いかけて、春隆は言葉を失う。なにか思い当たる節でもあるのだろうか。
「高校入ってからも、眼鏡かけてても一部から狙われてた……つーか、俺とかもその数に入るんだけどな。だからその話が嘘じゃないのはすぐにわかった」
それくらい木戸が眼鏡を外した状態はかわいいのだ。中学時代となればなおさらだろう。本当、マジでその頃の写真があったらスキャナで取り込ませていただきたい。
「でも、それでもあんなにかわいいは正義っていってたのに、それをひっくり返して黒縁のもさいのに逃げたんだろ。それはかわんねーだろうが」
思い当たる節はあったとして、結局木戸が立ち向かわずに逃げたのは変わらないと春隆は言い返す。
「ちげーよ。こいつは未だにかわいいは正義って思ってるし、そう思ってなきゃこんなケアしねーって」
「ケア?」
いまいちわからんという様子で春隆は首をかしげる。
あんなに、僕の馨とか言ってたくせにそういうところは見ていないのだから、本当に未熟者だと思う。
「男子がっていうか……女子もだけどなんもいじらなくてこんな綺麗な肌や髪にはなんねーよ。きっと中学の頃よりもそういう面では今のこいつのほうが美人さんだ」
かわいさで言えば、断然中学だろうがな、と付け加えておく。
時々斉藤さんなんかとも盛り上がることがあるのだが、一年の時に比べてでさえ木戸は綺麗になった。女っぽさがあがったというか、男としてはびた一文育っていないのだけれど、圧倒的に女子度は上がっているのである。
八瀬としてはもーちょっと男の娘っぽくしていただいたほうが好みなのだが、それでも驚異的なことに変わりはない。
「でも、こいつのせいで俺はっ」
被害を被ったのは事実だと、春隆は戸惑った声をあげる。
「お前が言いたいこともわからんではないよ。でも、どうしてそのとき確認しなかった? そのとき話しかけてればこいつのことだから、えへへーとかいいながら、真相を話してくれたんじゃないか?」
ああっ。中学生のころの馨たん。きっとルイさんほどはっちゃけず素直でその上、自然に弱った女の子っぽい笑い声とか上げちゃったりするんだろう。見たかった。すごく見たかった。
「そりゃ……そうだが」
「それにさ。結果的にはよかったんじゃね? お前は必死に頑張って今があるんだし、そのまま木戸のことなんて無視して先に進めばいいんだよ」
同じクラスにならなきゃ、そうなってたはずだろ? という八瀬の言葉に声はでなかった。
正論だと彼も思ったのだろう。
どうしたって許せないのなら、それはそれでいい。ただ、もう終わったことだ。
木戸には木戸の事情があったのだし、それを知らないで逆恨みするのだけはやめて欲しい。
「別に親しくしろとはいわねー。でも、もう変に関わるのはやめてやれ。これから文化祭にかけて木戸にかわいいかっこうさせる計画もあるみたいだしな」
お前が居ると邪魔だ、と言ってやると、え、と春隆は呆けたような声を上げた。
「女装させて、イベントやるっていうのか?」
「あー。まあちょいとな。計画練ってる奴らはいるみたいでな。せっかくこんな素材がいるのだから巻き込んで楽しまなきゃってな」
どうせ木戸のことだ。カメラを絡めればほいほいつれるだろう。そうクラスメイトたちが話していたのを確かにこの前聞いているのだ。可哀相だが木戸ならそうだよなぁと八瀬も思う。
過去の因縁にとらわれるんなら、お前には見せねーよというと、うぐと春隆はうめき声を上げた。
そんな二人のやりとりが聞こえてるのかどうか。
「ぬふふっ。いいではないかー」
唐突に完璧な女声で寝言をこぼす友人の声で、殺伐とした雰囲気はふっとんでしまった。
「まったく、どんな夢を見ているのやら」
どうせ、どっかのレイヤーさんを撮影してる夢でも見てるんだろうなぁと思いつつ、八瀬はぱんと木戸の肩をつかんで耳元に強めの息を吹きかけた。
そうとうそれが刺激的だったらしく木戸がよくわからない奇声を上げて飛び起きたのだが、寝起きの目はきっと八瀬を恨めしそうに見上げていて。
ああ。やっぱ、かわええよなぁと八瀬は改めてその寝起きの顔をしっかりと目に焼き付けるのだった。
なぜハルくんがあの写真を持っているのか。それは、男装さんたちの会話に伏線がっ。
そして八瀬くんめっちゃ頑張った。欲望がダダ漏れですがそりゃあんなことまでやっちゃう子なので、これくらいは考えています。
そして前回の告知通り……ではなく、最後「だけ」は目を覚ましました。かわいい子に睨まれるって、一部ではごちそうなのです。
とりあえずハルくんの誤解はときましたが、これでおとなしくなってくれるといいなぁ。
さて。明日ですが「あいなさんの写真展の、その後」ぷらぷらしていたルイさんに、あの人が絡みます。数少ないルイより木戸の方がいいっていう人なので、貴重であります。




