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099.

「プール行きましょう。気晴らしにぱーとっ」

 まだ梅雨が明けない六月の週末。エレナの誕生日とその翌週の二次会のシフォレに行った関係で、もう今月は外に出られずに部屋でもんもんとしていたのだけど、そこへ夏休みでもないのに帰ってきてた姉が声をかけてきた。

 まだ季節的にプールは早くないかと思っていたのだけれど、どうやら温水プールのある施設のチケットを持っているらしい。ぴらぴらと見せびらかせながら息抜きに行こうよと言ってくる。

「それで、姉様。私はどちらの格好で行けばいいんです?」

 あえて女声に切り替えて姉に語りかける。この人がこういうことをする場合、たいてい裏がある。

 無茶なことになるのが目に見えているのだ。

「かーおーるー? おねーちゃんが大変な受験生のために、好意で言ってあげてるのにそれはひどいよー? それにあんたさすがに女子用水着は無理でしょ? スクール水着でも股間がこんもりしちゃうよ?」

「そこは、いうなら、もんまりで! って何を言わせるんだ、姉貴は」

「あんたが言い出したことでしょーが。相変わらず完璧な女声でそのかっこだと激しくきもい」

「きもい言うな。それと、水着を選べば別にルイをやることはできはする」

 ま、そうなるとカメラが手放せないからプールという場所にいけないのだが、と馨は一人でがっくりうなだれる。どっちみち木戸状態でもカメラはもてないのだが、ルイ状態はカメラを撮るモードなのでそれで撮れないというのがなんか許せないのだ。

「へぇ。じゃーおねーさんに見せてもらおうじゃん」

 とても不服そうな姉を少し部屋の外に追い出して、用意しておいた水着に着替えてみせる。

 下はハーフパンツタイプ、トップスは胸がないのをある程度隠せるように布が多めの控えめなものを選んでいる。思い切り完全なヘソ出しなのだけれど、ようはこれ、一番のルイの強みであるウエストに視線を集中させてしまって、胸とおしりに視線を行かさないようにするための手段なのだ。

「できないとはいわなかったけど……うわぁぁあ。これは、はずいっ。なにこれ水着すっごい恥ずかしい」

 うわーんと体育座りになってしまっても、特別なにかがこぼれ落ちることはなかった。

 そう、もちろんこぼれ落ちる胸なんてものはない。そしてもう一つの方も完全にガード済みだ。

「う……ん。ルイに前から言おうと思ってたんだけどネ……」

 あ、先ほどの叫びを聞きつけて部屋に戻ってきたねーさんの目が据わっていますよ。

「あたしの馨をどつぼに連れて行かないで! それはさすがに反則よ! なしよ! 女性用水着を着こなす男子なんて最悪よ、もう、しかも恥ずかしがってへたり込むとかなんていう魔性。そんなの好きになってくださいっていってるようなものじゃない!」

「そういってもぉ……」

「今日は馨できなさい。はい。ルイは退散退散」

「人を悪霊みたいにいわないでくださいー」

 むぅと不満げにほおを膨らませても、さぁ脱ぎ脱ぎしようかぁ、はあはあと姉はわざとらしく言うだけだ。

「それならそれで、別にいいんですけどね」

 じゃあ、準備するからねーさまは外に出ててください、というと、とりあえず馨としてのプールの準備を始めた。

 少しがっかりした気分になっているのはいったいなんなのだろうか。




「ふぇー。プールとか久しぶりだけど、案外ひといるもんなんだな」

「割引券のおかげーとも言うけれどね」

 きょろきょろと着替えを済ませて周りを見渡すと六月にもかかわらずそこそこの人の数が見えた。

 この施設は駅からバスで少し行ったところにある、割と広めの室内プール施設で流れるものやら普通の50メートル、他にスライダーなんてのも備わっている本格的なものだ。おまけに屋内施設なので梅雨の季節であってもそこそこ楽しめるといわれている施設なのである。

 だがしかし、四十年前に作られたここは老朽化が進み、去年一年かけて改修工事をして六月にリニューアルオープンを迎えることになったのである。最初の呼び込みということで新聞の折り込み広告に割引のチケットが入ってきたのだった。むしろ離れて暮らしている姉がどうしてこのチケットを持っているかの方が謎なのだが、聞いても友達にもらったとしか答えてくれなかった。

「それで、どこらへんをベースにする?」

「常時一緒じゃなくてもいいでしょうけど、いちおうね、50メートルプールの前あたりで待ち合わせしてんの」

「待ち合わせって、誰かくるの?」

 はて、誰とだろうと裸眼で見える少しぼやけた視界の中で思考を巡らせる。姉さんの知り合いなのはわかるにしても、わざわざ大学関係の人たちがこっちまでくるだろうか。 

「相変わらず、馨ちゃんはかわいいなぁ。男子高校生とは思えないくらいに」

「んわわっ」

 考え込んでいたら懐かしい声が背後からかかった。

 この声を聞くのは何年ぶりだろうか。

 振り返るとそこには、野々木美里(ののきみさと)という名の姉の小中学時代の同級生がハローと手を振っていた。

 馨のほうには一緒の学校に行っていた記憶がわずかしかない。というのも姉とはちょうど三年はなれているから、一緒だったのは小学校の時だけ。学年を越えた催しみたいなのはあったにしてもそんなに印象はない。というか、それ以外が大きかったのだろう。

 そう。この人はよくうちに遊びにきて、そして。

 さんざん馨に女装を強要してきた三人のうちの最後の一人である。

 まったく厄介である。眼鏡をつけている状態ならまだ、ある程度失望もしてくれたのだろうが水辺なので眼鏡はつけておらず思い切り素顔をさらしているので、かつての印象のままにかわいいなぁと彼女はご機嫌そうな声を上げている。

「あーもう、久しぶりだってのにそんなに嫌そうな顔しないでよ」

「そりゃ、嫌そうな顔もしますよ。野々木さんにはさんざん玩具にされたし」

「あっはっは。トラウマになっちゃってたらゴメンね。でも馨ちゃんだっていけないんだよ? あんなにかわいく、ねーさまの友達さんとか言っちゃうから!」

「だぁーもう。小学生のころの話はださんでくださいよ。もう高校生なんですから」

 ううぅ。我ながらどうしてあんなに幼い頃は、無邪気だったのかと愕然としてしまう。クラスメイト向けにはそこそこだったのだけど、姉の関係者には、姉に対するのと同じような感じだったのだ。

「それでねーさんとはちょくちょく連絡してたりとかなんですか?」

「いやぁ久しぶりだよ? 高校卒業以来じゃないかな」

 馨ちゃんとは五年以上ぶりだけどねーと、後ろからきゅっと抱きつかれる。

 ん? と小首をかしげたりとかいろいろしているけれど、木戸はもちろん無反応だ。

 なんせ、背中にあたる感触は、水着だというのにまったくもって残念なのである。

「むっ。馨ちゃん、案外女の子慣れしちゃった?」

「どうだろ。慣れてるだろうけど彼女つくったりってのはなかったよね?」

 姉からも断定的に言われてしまっているのだが、間違いではない。

 なので、はぁと深いため息をつきながら言ってやった。

「俺にそんな暇があると思うー?」

「ああ。なんかごめん」

 姉が不憫そうな顔をしはじめて、野々木さんまでそれを見てきょとんと目を丸くしてこちらを見つめる始末だ。

「えっ、えっ、ちょ。馨ちゃん美少年キャラなのに彼女いない歴が年齢と同じとか、マジなの?」

「いっときますが、高校生男子にそんなことを普通にしれっと言ったら撲殺されますよ。彼氏のいる女子は多くても彼女のいる男子なんて都市伝説クラスですって」

「いやいや。それはさすがに自分にできないからって言い過ぎでしょ。今時の高校生なんて異性交遊なんていくらでもあるし」

「じゃあ、野々木さんは高校時代というか今でもですけど、相手がいるんですか?」

「うぅっ」

 びくぅっとすさまじく衝撃を受けた顔をしてから、しょぼんと野々木さんは肩を落とした。

「まあまあ、その話はそろそろ切り上げましょう。自爆するだけだし」

 っと、しまったと、姉は何かを思い出したかのようにはっとした顔をする。

「ちょっと電話してくるね」

 ついたら連絡するって約束で、と姉はそそくさと公衆電話に向かった。新宮さんも合流するのだろうか。それとも単に連絡してるだけなのかもしれない。まめなことだ。

 いまどきでもしっかり電話完備をしているのは、プールに携帯を持ち込みにくいからということなのだろう。

「しっかし、彼氏ができたってのは本当だったかー」

 野々木さんが悔しそうに拳を握りしめる。この人に相手ができないのはこの人の趣味が元だと思うのだけれど。

 あきれた視線を向けながら木戸は思う。

 野々木さんとて並以上に凜々しい感じで、もてそうではあるのだけれど、この人、めっぽう好きなのはかわいい男の子なのだ。

 さらに言ってしまえば女装が似合うような男の子でないとお断りという、ロリコンも真っ青な狭いレンジの持ち主なのだである。ちなみに友達の弟ということで木戸はその魔手から逃れられている。逃れ切れてない気もかすかにするが。

「家にも挨拶にきましたからね。続いてるみたいだし、割と平凡ないい人でしたよ」

 はぅと、あの人の顔を思い出しながら、無意識に顔に手をつける。

「へぇ。馨ちゃんも気にいったんだ? 実はきゅんきゅんしちゃってたりとか」

 ふっと耳に息を吹きかけられながら、ひどい台詞がきた。

「べつにー。ねーさんは趣味がいいなってだけ。そしてそのお相手もね?」

 それにしれっと答える。

 でもそれは本心だ。新宮さんは確かにいい人だし、あのちょっとすっとぼけた姉さんでもつきあっていってくれるだろう。

「そこまで馨ちゃんに言わせるとは。それなら安心かな。あの子見栄えだけはするから、正直心配で」

「確かに我が姉ながら胸だけはありますしねぇ」

 おそらくその新宮さんに電話をかけながら、笑顔を浮かべている姉の上から下までを見ると、整ってはいるなと木戸も思う。目を見張るのはその胸だ。知り合いはたいていCくらいまでで、斉藤さんやあの崎ちゃんだってでっかすぎるということがない。

 けれど、姉は……あれ?

「ねーさん、ここ一年でワンカップ上がってる……?」

 は? と今、まじまじ見てそんなことを思った。見てるだけで胸のサイズがわかる自分もどうかとは思うが。

「はぁ。やっぱり彼氏できると大きくなるって事実なのか……」

 無意識に自分の胸をちらっと姉と比較して自己嫌悪に浸った。いや。比べること自体がもともとおかしい。それはあるべきはずじゃないもので、まったいらで正しいのだ。

「野々木おねーさんにも、ぜひとも胸の感想をいっていいのよ。馨ちゃん」

「えーと。男性的な胸だと思います」

 野々木さんの胸は小さい。はっきりいって小さいのである。胸がないといっていた、あの二人姉妹並にないのだ。

「んごっ。言うにことかいてそれはひどい!」

「いいじゃないですか、凛々しいとかかっこいいとかそういうのと同じですよ、きっと」

 投げやりに言ってやると、がーんと野々木さんが肩を落とした。

「うえぇ。でもでも、そんなにごつくないもん。ちゃんとおっぱいあるもん」

「俺とどんだけ違うんです」

 腕を胸元で組んで言ってやると、すぱぁんとなにかに叩かれたようなほうけた顔を彼女は浮かべた。まさに、ばかなといった感じだ。

「そ、それはちがう! そうだそうだ。馨ちゃんの胸が女の子っぽいんです! 逆なんですぅ」

 ほれほれと他の男性客の胸の辺りを指差して、あれが男っぽい胸ってんだと 野々木はない胸を張った。

 そりゃ木戸だって自分の胸囲がほとんどないのは知っているけれど、自分の胸のなさの引き合いに出すのはいかがな物かと思う。

「あ、ねーさん電話、終わったみたいですね。でも……あれ。男に囲まれてる」

 電話してる姿を見ていたのか、二人組の男がねーさんの行く道を阻んだ。

 ここからでは何を話しているかわからないけれど、どうにもナンパのたぐいらしい。海でやるならまだしもこんなプールでとはなかなかに強気な人たちである。

「だからっ。おねーさんが悪いんじゃなくて、全部ほそっこい馨ちゃんが悪いんですっ」

「ひょろくてすみませんね。それよりねーさんのこと放っといていいんですか」

 視線がそちらに向いていないのか、こちらへの反論に夢中な野々木さんの視線を訂正する。

 けれども、彼女はすでに事態を理解はしていたようでそっぽを向いた。

「別にナンパされるよーなやろーはそのまま困り果てとけばいいんだよ」

 ぷぃと野々木さんが顔をそむけるので仕方なく木戸が仲裁役に躍り出る。

「ねーさん。その方たちも知り合いですか」

 声は男声のまま、口調だけを丁寧にして姉に問いかける。

 あくまでも声と視線は優しく。最初はごく自然な流れで姉に疑問をする。

「なんだ姉妹できてたんだ。それなら妹ちゃんの方も一緒に遊ぼうよ」

 ふらりとこちらの顔を見た男の一人は、少し嬉しそうにそういった。

 まて、いまたしかに木戸は男声だったはず。はずなのにどうして口調だけでそう思われるんだ。

「残念。弟なんです。そんなわけで男連れですし、別行動をご所望です」

 姉が、なかばがっくり絶望しながら懇願するように男たちに告げる。

「たしかに、だな。水着も男のだし胸も……」

「男の胸をまじまじ見ないでくれますか」

 さすがにそれは恥ずかしいと、胸のあたりを両手で隠すと、二人の男は顔をなぜか赤くした。

「いや、ごめんっ、その……いや、まて俺はノーマルだぁああ」

 二人はそのままどこかに去っていってしまった。

「ああ、あんたがそれ無自覚でやってるんだとしたら、さすがにちょっと、いろいろ不味いんじゃない?」

 姉に思いっきりじとめで見られた。仕方ないだろう、だって嫌らしい視線とかそういうのには敏感なのだから。

「いまの見てたよー。やっぱり馨りんはかわいい。っていうかやっぱりあたしが言ったみたいに、あんたの胸が女の子っぽいんだよ。そんなわけでそんな危ないものをさらしていることこそがいけないのであって、あたしから提案があります」

 きらーんとなぜかプールの中までもってきた荷物を取り出して野々木さんが満面の笑顔を浮かべる。

「なんでウィッグまで持ってきてんですか!」

「いやーだって、あたしが逢いたいようって言ったら、連れてくるっていうんだものそりゃ用意するでしょー」

 すごく嫌そうな顔をしていても彼女ははれやかに言うのだった。

「心配しなさんな。さすがに男の子でも着れる水着にしてあるから」

 そう言われてもどこで着替えるのかが問題だ。

 更衣室は当然使えない。ではトイレかといわれるとさんざんエレナからトイレでのお着替えは禁止なの! と言われているから躊躇はしてしまう。コスプレ会場とプールではかっては違うのだろうが。

「はいっ。じゃーぱっぱとトイレで着替えてこよーか。あそこ男女共同のトイレあるからさ」

 少しの逡巡なんてまったく考慮なんてしてくれず、野々木さんはあそこだよーと馨の背中をぽんと押した。

 そう言われてしまったら、ここで着替える以外にはないのか。

 というか男女兼用のトイレがあるというのがプールらしいといえばらしい。

 少し離れたところには男女別のトイレがあるけれど、我慢しきれないなんていう緊急の人が使う用のトイレというわけだ。

「着替え自体はそー大変ではないんだけど、タックがねぇ」

 ふむんとできばえをガラスに映しながら、ウィッグがしっかりはまっているかを見る。

 トイレに鏡がないというのは、臨時用だから仕方ないのだろうが、きちんと確認ができないのはなんとも心許ないものだ。いちおう彼女が用意した水着はパレオ着きのビキニで、激しい動きをしなければ問題はない。というかパレオなしでも問題はないのだけれど、まああるに越したことはないわけで。

「ウィッグは、離れてしまってもまあ、女子に見えるからいいんだけど」

 眼鏡がないというのがやはり痛い。思い切り素顔で女子水着となると周りからはルイとして映るわけで、知り合いにでもあったら、髪を切ったのかと必ず言われることになるだろう。

 おまけに木戸の素顔を知ってる人間には、ばれる可能性だってあるかもしれない。

「午前はあまり泳がないようにしよう」

 ずれると困るとウィッグをもう一度きゅっと触って固定されているのを確かめる。

 午後にもなれば姉たちの気分も変わるだろう。そうしたら元の服装に切り替えよう。せっかくプールに来たのに泳げないだなんて、貧乏性の木戸には許せないのである。

プール回一回目。アップ分が一万字を越えたので二分割することになりました。なので明日と明後日までプール回。どっちでいくのかっ、ですが、どっちもやってしまえという感じで。

そして姉仲間三人組のラスボス登場です。木戸くん目の前にしたら着せ替えさせたいと思うのが乙女心ではあるのですが。


次回はラストのひっぱりからルイ状態でのプールです。やっぱり牡丹ねーさんとの絡みは気安くて好きです。

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