010.写真部の勉強会2
ファインダー設定を修正。初期のカメラにはついておりませんでした。
「そうは言われたものの、校舎ってそこまでなじみがないし」
無機物はあんまり撮ったことがない。
とりあえず、いつもみたいにぷらぷら歩き回って、気になったものを撮ってみる。その上で光を反射するものをピックアップしてみることにする。
自然の環境にまずないガラスや金属は光の反射が多いからそこらへんを把握することも大切なのだと思う。
「あとはプールだけど、屋上からズームでねらうか、二階あたりからせめるか」
まあ両方撮ってみようという結論になって、まずは二階の廊下に向かう。今の時期だから撮影が許されるわけだけれど、どの程度水が汚れているのか、というのも少し気になるところだ。
ルイは変化のある写真を撮るのが好きだ。自然なものや生き物は動きがあるから変化するけれど、無機物のそれは変化がほとんどない。数年と経てば変化もでるのだろうけど、一時間でそれはまず無理。
だとしたら撮る角度を変えるか。もしくは撮る時間が変われば変化もでるような気がする。日が傾けばそれでだいぶ印象が変わるのは大樹で経験済みだ。
「ま、撮れるだけ撮ってみましょうかね」
スリッパのぺたぺたした感触を味わいながら、校舎の風景を切り取っていく。
「火災報知器はとりあえず、鉄板かなぁ。押してみたい、撮ってみたい、的な。やるならこんな感じ?」
すいと手を出して、背面ディスプレイに指と報知器が映るようにちょっと無理な姿勢になる。
くぁ。普通に誰か他の人の指にしてもらえばよかった。結構体勢がきつい。
それでもその状態で焦点を調整しつつ、無機物を主体にして指をぼやっとさせて撮る。
指は、一度近づけて、左右に振れて、最後にあきらめたように下へ落とす。
実際に押しちゃまずいので、あきらめたよ、というような絵作りだ。
一枚だけで表現ができるほど玄人ではないのだし、かといって動画でというのでは想像の余地がない。
「でも、連写は写真としてどうなのかな。あいなさんに怒られなきゃいいけど」
まあ気にしてもしょうがない。
ぺたぺたとやはりスリッパをならしながら、階段を上っていく。
もちろん校庭にだって無機物はあるし、日の入りからいってあっちの方がよいというのもありそうだけれど、もう少し光が弱くなってから撮りたい。
上の階に上がったところで、あとは何があったかと思考を巡らせる。
正直なことを言えば、木戸にとって学校はたんに授業を受けにくるだけの箱だった。だからその場所に対してもそこまでの興味もなかったし、そもそも、もともと無機物への興味が薄い。街の写真もさほど撮らないくらいに。
「あとは歩いて探せ……ってところなのかなぁ」
ふむうと呻きながら周りを見渡す。ああトイレの前に手洗い用の水道がある。
いちおう合流する前にトイレには行っているものの、トイレに行きたくなったらどうしようかとも思う。
別に、女子トイレ自体に抵抗は、ない。別に犯罪を行ってるわけでもないし、覗きをしているとかいうわけでもない。
もちろんトイレに入るときにはカメラの電源を落として電池まで抜いてから入るようにはしているし、もし捕まった場合に身の潔白を少しでも証明できるような手筈はとっている。
それよりも気まずいのは、ルイと知り合いの女子とでトイレにいくことのほうだ。
遠峰さんは遠慮をしてくれるからいいものの、相沢さんと一緒の時に一度だけどうしようもなかったときがあったのだけれど、すさまじい気まずさだった。つれションは勘弁なっ、というところだ。
「ルイ……さん? え。どうして」
そんなことを思いつつ、ちらりとトイレを見ていたらそこから見知った顔が現れたのだった。
「青木さんこそどうしてこんなところに」
「どうしてって、ここ、俺の学校だから」
それは知っている。クラスメイトだからではなく、あいなさんから高校は同じときいていたのだ。彼女がここのOGである以上、彼もここの生徒であることは間違いない。
「いえ、そうじゃなくてどうして土曜の午後なんかに学校にいるのかなって」
カラオケに行ってるんじゃなかったのか、とココロで思っても口には出さない。でも部活はやってないっていうことは前に聞いている。
「今日は担任に仕事をおしつけられてね、今日はねーちゃんもここにきてるし、帰りは一緒にって思って時間つぶしてたんだ。人が少ない空き教室なら歌ってても迷惑にならないし」
音楽室の資料整理をやるかわりに、少し貸してもらっているのだと彼はいった。トイレにいく途中でばったりと出くわしてしまったということのようだ。
「ああ、ねーちゃんが来てるなら、今日の撮影講習の手伝いに呼ばれたとか?」
一人、合点してしまう彼を制止するように声をかける。
「いえ、そうじゃなくて。ここの写真部に友だちができたんです。それで誘われて。私服じゃ悪めだちするからってこの制服貸してくれて」
今はあいな先生の講習中なのですというと、ほほうとなにやら考え事をしながらこちらの姿を見てくる。まったく、そうまじまじと見られても困る。
「うちの制服姿、めっちゃ似合ってる」
じぃと足下に視線がいったのを感じて、スカートの裾を軽く押さえる。
まったく、こいつはどこに視線を向けているのか。
「おっと、ごめんごめん。いつも会うときは私服だから、ちょっとこう視線がね。新鮮っていうかけしからんっていうか」
けしからんのはお前の脳の中身だ、といいたいのだけれど、むぐぐと口を閉じるだけだ。
確かにこの制服は若干スカート丈が短い。ルイの私服はもうすこしふんわりしてることが多いし、足が見える機会が少ないのだ。ショートパンツとかはどうなのだ、という話もあるけれど、さすがにぴったりしたものは怖くて穿けない。
いや、無理かどうかでいわれれば可能ではあるし、水着にだって耐えてみせる。
けれど好んで露出を多くはしていないのは事実なわけで。
そういう意味では彼の指摘は正しいようにも思う。
「それはそうと。今日はもうけっこう撮ってるの?」
いい感じに見せられるのあったら是非、と彼が話題を変えるように言ってくるので、ちょっと膨れながらも何枚か撮ったのを背面のディスプレイに映し出す。
「無機物がみたいなっ、て言われてしまって……でも正直あんまり撮りなれてなくて、どうしようかなぁって」
まあそこまで深刻に考えてないで、ぱしぱし撮ってるんですけれど、と苦笑気味にいってみせる。間違いではない。
「それでいいんじゃない? 俺はそこまで写真に詳しいわけじゃないけど、撮りたいものを撮れば、それで」
ありがとうとカメラを返されて、その言葉にうなづく。
「こちらこそアドバイスありがとうございます。それじゃ続き、撮ってきちゃいますね」
ああ、そうそう。
「人物は撮るな、とはいわれてないんで」
ぱしゃり、と青木の顔を映して、ふふっと微笑をもらす。
彼は少しあわてた様子で、それでもしかたねぇなぁと音楽室に入っていった。
「ほーこうきたかー」
「う、無機物はあまり得意じゃないんで、実験的な感じなんですけれど」
デジタルということもあって、写真の鑑賞は液晶テレビに写しての品評会だ。サイズに関しては通常より大きくなってしまうので、小さい画像で出したい場合は表示をいじってもらえたりもする。
結局、最初に撮った火災報知器のもの以外に、自然の風景を撮っているのと同じような感じで、光の配置をみながらデジタルならではの逆光写真を撮ってみたり、無機物という枠にはいるのか、ものの影を撮ってみたり、普通に校舎とか、中庭、配置されてるモニュメントの撮影なんていうのもしてみた。
いつもコンセプトにしていることだけれど、ルイの写真は変化がテーマの一つだ。校内のモニュメントには前衛彫刻といわれるよくわからない立体物があるから、角度を変えて撮ったりして、一カ所で何点かの写真を撮っている。
写真は物理現象である。それを念頭において撮ってみたものだった。
「やっぱルイちゃんの写真はおもしろい。初めての無機物でも時間差をつかって光景をつくる、か」
ほっほーとあいなさんが関心しながら、それでも絵を見渡す。
「あえていえば、ここらへんの小物をうまいこと動かすといいってのと、あとはガラスの反射と撮影者の写り込みは、これ、油断なのかなぁ」
う、そこまで見ますか。ぺしぺしとポインターをあてながらいう彼女の言は、実はさっき拡大された写真を見て気づいた。
都会での撮影に慣れてないにしても、撮影者が写真に写るのは、狙ってやったのでなければ許されないだろう。撮影者も世界に取り込むため、というような意味合いならばありかもしれないが、今回のは完全に油断の写り込みだ。
「自然の画像は、瞬間を捕らえる俊敏さが必要だけど、無機物は瞬間を作ることができるっていうの、覚えておいて」
もっともっと幅を広げようという彼女の言葉に深くうなずく。
そしてそれとは別に。
ふと、人間はどちらに分類されるのか、と思ってしまう。
自然に動くものでもあり、そして頼めば動かせられるという意味では瞬間を作ることもできる。自然であり、人工物である。
「ちょと、これは……」
「あ、うあ……消し忘れた」
そんなことを思っていたからなのか、画面に映し出された写真にさっと血の気が引いた。そう。ついでに撮った青木の写真がばばんとでてしまったのだ。しかも割と大画面で。
いや。忘れていたわけじゃないんだ。その後さんざんいろいろと撮ったもので、そちらの方に気が行っていただけで。
いつのまにか時間がきてしまって、それで品評会になってしまった。
「えーとですね。ちょっと校内で知人っていうか、あいなさんの弟さんとばったり会ったので、一枚とっちゃったーってやつなんですけども」
「ちょ、だめっ。それだめだからっ」
みんながきらきらしたような瞳をしているのはなぜなのだろうか。
それにくらべて、あいなさんはあちゃーというような顔をしている。
弟の存在はみんなには内緒だったようなのだ。
「見ての通り、これはカメラ関係は無理なので、あきらめましょう」
というか、この中にあれをつっこむ気にはなれないと、あいなさんが苦笑をもらす。なるほど。プロカメラマンの弟も写真撮るのがうまいのでは、とかいう発想をしていたわけか。
はいはい次の人いきますよーと、あいなさんがぱんぱんと手を打つと、写真を写す液晶は暗く沈んだ。
そりゃ男の子なら、気になる子の制服な太ももには視線行ってしまうよね。文化部の男子高校生の太ももって、まっしろで余計なお肉もついてなくて、じゅるり、かと思います!