001.高校一年十一月~ 放課後生活
no-Exifは、GPS情報入っていない、所在不明みたいな意味合いで使ってます。
カチリカチリ。
時計の針が進んでいく音が聞こえるようにも思えた。
担任の大江戸喜一教諭は時間に正確であることを人生のなによりも尊いと考えているような偏屈な人間なのであるからして、帰りのホームルームの終了時間というものにでさえ正確なのである。
週末の土曜の授業が復活になってからというもの、早く解放されて遊びたい高校生たちにとっては、もう少し柔軟にやってくれよといいたい気分だ。そのくせ多少の時間オーバーはいいというのだから、もう手のつけようがない。
今日は幸い、もう連絡事項も終わってしまって、週末を楽しむようにと言うような事柄をいっている。
あと五秒。
号令をかけさせて、一同が礼をしたところで、ちょうどチャイムがなった。
さて、これで我々は自由人だ。
机にひっかけてある鞄を背負うと、あたりの友人に声をかけながら外へと向かう。
「よう、木戸ー。今日こそはカラオケ、つきあってくれよ」
「わるいっ。今週もちと野暮用がある」
「またかよー。まったくつきあいが悪い。悪すぎだっ。もっとこう、男同士でねっとりと友情をだなぁ」
高校の時の友達というのは一生ものなんだぞーと、道をふさいでいるのはクラスメイトの青木だ。一学期に近くの席だったのもあってなにかと仲はいいのだが、残念ながら放課後までのおつきあいというものはしたことがなく、それゆえなのか、こうやってべらぼうに誘ってくるわけなのだ。
「だぁ。本当に今日も忙しいんだよ。時間にまにあわんくなる」
ちらっと時計を見る仕草をして、急いでいるアピールをする。
正直、さっさとかわして帰りたいのだが、頭一つ分身長の高い青木を乗り越えていくのはなかなかに困難だ。
「そうか……くそぅ。おまえはもう丘の向こうに行ってしまったんだな……」
「しるかよ、なんだよ丘の向こうって」
そんな隠語は聞いたことも使ったこともない。
「いうないうな。彼女との待ち合わせに遅れるっていうことなんだろ」
くそーなんという青春かーと握った拳が暑苦しい。
そういえば青木は高校一年の夏の思い出というものを夢見てはかなく散った残念なやつだった。高校デビューしてやると息巻いていたのに、なにもないぼくの夏休み、だったのだそうだ。
「それならそれでかまわん。時間がないから先に帰る」
そんな青木をおいて教室をでた。
急がなければならない理由がある。
そう、それは。
「やっぱりいい風だねぇ」
んーとのびをすると川からの風が体を通り抜けた。11月にしては温かいのでスカートの裾を揺らすそれは寒すぎもせずにちょうど心地よい。
胸元にあるのは、一台のコンパクトなカメラだ。
コンパクトとはいえ一眼のデジタルなので、高校生の時分で持つにはいささか勇気がいるお値段がした。
高校に入って、アルバイトでためたお金で買ったもの。さすがに暗室なんてものを持てないのでデジタルにはしているものの、初心者が持つには十分すぎるものには違いない。
中学の頃からずっと興味はあった。写真を見るのは好きだったし、なにより世界が止まって見えるその風景は特別ななにかのように見えて。自分でも撮ってみたいと思っていた。
中学までは親のお下がりの安いコンパクトデジタルカメラを使っていたのだけれど、受験も重なってなかなか撮りには行けなかった。けれども今はもうそういう束縛はないし、本格的にお金を稼げるようになったのもあって、一眼デビューをしたというわけなのだった。
「わざわざ青木くんを振り払う必要もなかったかも」
そう思いつつ、パシャリと一枚、町並みの写真を撮る。
ほどよい田舎の風景というのがたぶん一番適切なのだろう。半分くらい老朽化してしまった家が建ち並び、商店街も営業しているところは十数件というような。
この商店街の向こうに、今日の本命があるのだけれど、ある程度移動しながら撮りたいものがあったら撮る、というスタンスなので、時間はいくらあっても足りないというのが実際のところだった。
「おや。ルイちゃん。また今週もお散歩かい?」
「はい。お金ないんでウィンドウショッピングだけなんですけどね」
一枚、撮らせていただいても? と尋ねてからシャッターを切る。おばちゃんが変な顔に写ってないかねぇと心配そうなので、背面についている液晶で確認をしてもらった。少し疲れているけれど、土曜の午後に働いているおばちゃんの顔は明るい。
「ルイちゃんなら、どこでも働けるだろうに」
なんなら、うちで売り子さんやってくれてもいいとおばちゃんは冗談交じりに言った。
「それがその……いろいろありまして」
おばちゃんの言葉が半分冗談なのはわかっているので苦笑を漏らしながら答える。
アルバイトそのものは、実はもうしている。土日は撮影の時間に使いたいので、平日の放課後に数時間といったところだけれどそれなりの収入はある。ただ、やはり買い食いというのをするのに抵抗はあるし、今の生活は何かとお金がかかるのだった。
写真関係の機材はもとより、服装費、交通費と、そこそこに今の生活は物入りだった。
それでもフィルム式のカメラよりは断然お得には違いない。フィルム代やら現像代やら、想像するだけで恐ろしい。
実際、今かかってる費用の大半は、服装費だった。
そう、今着ているこの服は、秋口に合わせて新しく買ったものだ。週末だけとはいえ数着はそろえないといけないし、なにより今年初めてこういう格好をするようになったのだから、季節のはじめに必ず出費が生じるというしんどさっぷりだ。
冬になったらコートとか防寒用品も必要になるのだろうけれど、いつも使っている男物を流用できないか思索中。スキンケアだの化粧品系にも多少の出費がいるので、削れるところはなるべく削りたかった。
おや、と思ったそこのあなた。その通り。「ルイ」は週末だけ作り出される架空の人物だ。
カメラ関係の偉人の名前からいただいている名前で、本名は別にある。
女の子の格好をして、薄化粧をして、少し離れた町で撮影をするのが今年になって始めた「やりたいこと」なのだった。
なんでこういうことになったのかはおいおい話すとしても、簡単に言えば写真を撮るにあたって都合がいいからなのだ。
男の姿の時に写真を撮らせてもらうのと、こっちの格好で撮らせてもらうのとでは、相手の印象と感触がまるで違う。
カメラを持っていたら犯罪者、というのはさすがにうがちすぎた見方ではあるけれど、男子高校生がカメラを片手に被写体を撮りまくる、という行為には、幾分性的な問題が絡んでくるのである。
もちろん礼儀として被写体の許可をとって写真は撮るし、写真家は紳士な人の方が当然多いのだけれど、盗撮という言葉とカメラと男性という三つの単語には密接な因果関係があるものなのだ。
と、いいわけがましく言ってみているものの、純粋に女子姿で写真を撮っていると、日常から切り離されて楽しいというのもあるにはある。この姿があってこその写真撮影という行為なのだろう。
声はどうしているのかって? おばちゃんとの会話が成立している時点でそこらへんはもうクリアしている。変声期はすぎているものの、女声を出す方法というものはこの世の中にはしっかりと存在するのである。
「女の子はいろいろあるのよねぇ。親御さんとかの教育方針もあるだろうし」
うちのは、家の手伝いはしないくせに他では働くんだから、とおばちゃんは不満げな声を漏らした。確かここの家にも高校生の娘さんがいたはずだ。一つか二つ上だったような気がする。そして時々ちらりと姿を見せる子は中学生だっただろうか。
「それで今日も銀杏のところいくのかい?」
「はいっ。そろそろ黄色く変色してて良い感じで、萌えるような感じだと思いますし」
先週はちょーっとばかり青みがのこってたんで、というと、そうかいと彼女は嬉しそうにしてくれる。川縁の公園にある銀杏は、あまり名所のないこの町の中でそこそこ有名なものだ。
天空にたつその姿は美しくて大きくて圧倒された。
この町に多く来るようになったのも、夏にあの銀杏に出会ってからのことなのだ。
ここのところそれを撮って、あとは日常である景色を納める作業をしている。たいてい土曜にこっちにきて、日曜には別の町というようなことが多いだろうか。
「そうかいそうかい。それじゃ今日もいい写真が撮れるようにね」
「はい。行ってきます」
商店街をちょろっと撮りながら、少し小高い丘にさしかかると、それは見えてくる。
ここら辺の主さまといえるような立派な銀杏だ。少し前には大ぶりなギンナンがぼろぼろ下に落ちていて、割とすばらしいにおいを放ち始めていたのだが、今の季節は黄色く染まってさらには少し葉が下に落ちて黄色い絨毯のようになっている。
パシャリ。まずは遠くから一枚。存在感はやはり格別だ。背景との兼ね合いもみながら、いろいろと撮ってみる。枚数が撮れるというのがデジタルの強みだ。失敗しても気にせず撮り続けられる。問題となるのはむしろバッテリの方だろう。
こっちは予備を一ついつも持ち歩いている。
「ふわ……さすがに立派」
一週間という時間は、見事に銀杏の葉を黄色に染め上げていた。緑の葉が少し残っていた先週と違って、もう見事に黄金色だ。
今日も撮らせてもらいますと、木に挨拶をしてからカメラを構える。
構図とかはそこまで考えていない。ただひたすらに残したいと思った景色を撮るだけ。
ルイの写真の撮り方はまさにそれだ。いろいろな角度から、高さから。
近寄ったり遠のいたり。
いろいろな顔をきりとっていく。
「ふぃー。だいぶ撮ったけど、もうちょっとかな」
太陽がずいぶんと西に傾いて赤く大きくきらめいている。
この時間帯。ここからがルイの一番撮りたい時間帯だ。普段、こう撮りたいというのをあまり狙わないルイであっても、残しておきたい一瞬がこの後にあるはずだった。
先週も撮っているので、タイミングはだいたいわかっている。
夕日がちりりと肌を焼いていく。もうすぐだ。あと数秒。
「ここっ」
光が地平線に沈む瞬間。世界の光が闇におちる狭間。
パシャリとシャッター音が鳴る。その瞬間にもうあたりの色は変わっていて。
世界が切り替わったような錯覚にさらされる。
カメラを操作してさっき撮った写真を映し出す。
ほんやり浮かび上がる絵は、狙った通りの姿だった。
「一枚、いいかしら」
って、なんか先に一枚カシャって音がなってませんでしたか。
声に気づいて振り返ると、そこにはカメラを抱えた女の人の姿があった。
「えと……あんまりその、撮られるのは得意ではないので……」
「残念、じゃ、さっきの一枚は消すっきゃないかぁ……」
うーん。けっこーいい感じに撮れてるんだけどなぁ、と彼女は指でフレームをつくりながら、残念そうな声音をこぼす。
「見せてもらって大丈夫そうなら、そこまでしなくても」
少しどきどきしながら、撮影の手を止めて彼女に近づく。
年上なのは間違いはないにしても、大学生だろうか。すらっとした感じの人。
彼女の手には少し大きめな本格的なごついカメラが握られていた。
結構撮影歴も長そうな感じがする。
「これ……」
「いいでしょー。ちょっとこの表情はなかなか撮れるものじゃないから事後承諾で撮っちゃったんだけど」
そこに写っていたのは、ちょうど夕焼けに沈む銀杏の紅葉を撮って、それを確認している時の姿だった。
みごとに写ったのがうれしくて仕方ない。そういった感じの女の子の絵が完璧に撮れてる。しかも時間帯もいい。
というか、ルイが好きな時間帯というところもあるのだろうが、ぎりぎり沈んだ夕日の残り陽だけという薄暗さが、カメラの液晶からの光とあいまってなんともいえない表情になっていた。
「うぅ。これはなんかもったいなくて消せない……」
なんというか、それはもう一つの作品になっていた。
その素材に自分がなっているというのは少しむずがゆいところがあるけれど、それは今までルイが撮ってきた写真とは違った良さがあった。
「でしょでしょ。さすがお仲間だけあって、話が早くていいわ」
じゃあ、これはこのまま保存でーといいつつ、彼女は手早に撮影モードへとカメラを切り替えた。
「さっきまで他で撮ってたんだけどね。そろそろこの子を撮りたいなーって思ってきたら、思いがけずに」
いい瞬間と巡り会ってしまって。ふふふと彼女はほおに手のひらをあてる。
「あなたは、高校生?」
「はい。今高校一年の15歳です」
ルイって言います、といつも使っている名前を名乗る。
「ルイちゃんかー。若くていいなぁ。ああ、私はこういうものです」
慣れた手つきで名刺をポケットから取り出すと、はいよっと渡された。
夕日がそろそろ落ちきってしまった暗がりで文字が読みにくいので、カメラに明るめの写真を写して光源にする。
「フォトグラファー 相沢あいなさん?」
「まー駆け出しっていうか、そんなたいそうなものでもないんだけどね」
「フォト……って、プロの写真家さんなんですか!?」
「あーそこでワンテンポ入っちゃうかー」
いやぁ、名刺作るときに悩んだんだけどねーと、と彼女は少し照れくさそうに言う。
でも、そこはこちらの知識量の問題で大人同士のやりとりならば問題はないような気がする。
「さて、挨拶もすんだことだし。どうしよっか? 撮影続ける? 夜も結構きれいにそよいでくれるけど」
「わたしは……どうしよかな。もうちょっと撮って切り上げようかと。さっきのが撮れたのでだいぶ満足はしちゃってるんで」
夜の銀杏は月明かりに照らされてそれはそれで美しい。でも夜になると紅葉もあまり写らなくなるし、あえてこの季節でなくても、というような気持ちになってしまうのだ。
「それじゃー私もちょこっとだけ一緒に撮らせてもらおうかなぁ。せっかく来たし、今年も」
個人的に夜の銀杏は大好きだしね。
優しい感じでそよぐ葉が月明かりに照らし出されている姿は被写体として美しいものだ。
「では、ご一緒に」
思い思いの場所からの撮影会はそれからしばらく続いた。
いちおうR15つけてますが念のためです。基本ゆるぐだ写真馬鹿のお気楽放課後ライフです。
2016.2.23 行間修正。ルイさんのカメラのファインダー設定削除。