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忍者になってみる?

 ゴールデンウィークの翌週、日曜日のことだった。高校二年生の田中英雄(ひでお)は、ガールフレンドの佐々木弥生(やよい)と遊園地でデートすることになった。そこは二人にとって初めての遊園地だった。


「忍者屋敷だって、面白そう。入ろうよ」と弥生は英雄の手を引く。

二人は遊園地の「忍者屋敷」に入ることにする。けっこう行列ができている。


 入り口のところで、「おめでとうございます。あなたは1000人目の入場者です」と言われ、記念品をもらう。


 その記念品は「割符」だった。


「これはなんですか?」

「これは『割符』と言いまして、忍者同士が敵味方を区別するために使ったものです。お互いに『割符』をもっていて、組み合わせたときに一つの模様になるようにしてあります」と係員のひとが説明してくれる。


 忍者屋敷に入る。隠し階段があります、と説明書きにある。「へえーこんなところに隠し階段があるんだ」と弥生は床板をはがす。「面白いね」


 さらに進んでいくと、床の間の壁がどんでん返しになっている。


 英雄は「ちょっと入ってみようよ」とどんでん返しの壁を回転させる。「わあっー」英雄は落とし穴に落ちてしまう。深さは三メートルくらい。英雄が倒れていると、その上から弥生が落ちてくる。「きゃあー」「いてて」英雄の上に乗っかる形になる。幸い下にはわらが敷き詰められていて、クッションの役割を果たしてくれた。おかげでけがをせずに済んだ。


「ごめーん」弥生が言う。「だいじょうぶ?」

「ああ、なんとかな」英雄は顔をしかめながら(こた)える。


「それにしてもひどいなあ。落とし穴があるなんて、危ないじゃないか」と英雄は言う。

「どっちへ行けばいいんだろう」と英雄があたりを見回すと、明かりのある方向が見える。

「よし、こっちに行こう」

「うん」と弥生が応える。


 そして部屋にでてみると、畳敷きの八畳くらいの広さがあり、二人の男がいる。

「だれだ、おぬしは」と男の一人が話しかける。

「えっ? ぼくたちは遊園地の忍者屋敷に入った者ですけど」

「なんだその格好は」

 男たちは二人とも和服を着ている。

 男のうち、もう一人が話す。「そうじゃ、先にお(かしら)が、異国の忍者を探しにでかけた。ひょっとしてこの二人が異国の忍者ではなかろうか」

「うむ。ならば『割符』をもっているはず。そのほう、『割符』を見せろ」


「『割符』って?」英雄が言う。

 弥生が、「さっき、記念品で『割符』をもらったじゃない。あれを出してみれば」と

英雄に言う。

「あのー、これでしょうか」英雄はおそるおそる木片を出す。

 男の一人がふところから木片を出す。二つを合わせてみると、一つの模様になる。


「おお、合ったぞ。間違いない。この者たちが異国の忍者だ」

 英雄は心の中で「いったいどうなっているんだ」と思う。


 男の一人が説明する。「我が家は表向き、『吉田屋』という薬屋を営んでおるが、裏では忍者としての活動も行っているのだ。しかし、先日南蛮渡来の薬が盗まれた。我が家のお嬢様が病にかかり、それを治すにはその薬が必要なのだ」


 英雄は弥生に「ぼくたちタイムトリップしちゃったみたい。夢じゃないよね。ちょっと

ぼくのほっぺたつねってくれない?」と言う。

 弥生が英雄のほっぺたをつねる。「あいたた。やっぱ夢じゃないや」


「そのおなご、そなた、お嬢様にそっくりではないか」と男の一人が言う。

「お嬢様とお会いくだされ」ともう一人が言って、お嬢様の寝室に入る。


「まあ」と横になっていた女性が顔をこちらに向ける。「そなた、わたしとうりふたつでありますな。名はなんと申す」

「佐々木弥生です」

「私の名は立花良江じゃ」


 英雄が「弥生、この人きみのご先祖様じゃないの?」と弥生に話しかける。

「そうかもね」と弥生が応える。

 もう二人ともすっかりこの世界の人間になっている。

「この人が若くして死んじゃうと、きみの祖先がいなくなってしまうね」と英雄が言う。

「そうね。英雄くん、お願い、この人たちを助けてあげて」


「それで、盗まれた薬の手がかりはあるんですか」と英雄は訊いた。

「うむ、商売敵の『泉屋』という薬屋があってな、どうもそこの奴が忍者を使って盗みだしたらしいのじゃ」


「それじゃあ、取り返しに行くんですね」英雄は正義感が強かった。

 店番は「いくら異国の忍者とはいえ、危険ではあるまいか」と英雄に言う。

「いいえ、だいじょうぶです。良江さんを見捨てるわけにはいきません。さっそく『泉

屋』へ行きましょう」


「まあ待て、早まるな。そなたたち、その格好では目につきすぎる。夜になったら『泉屋』へ忍び込むんじゃ」

 英雄はジーンズにスニーカーといういでたちであった。


「吉田屋」の忍者は名を弥平といった。


 そしてその夜。「泉屋」は「吉田屋」から歩いて三十分の距離にあった。「吉田屋」からは、店番、弥平、英雄の三人が「泉屋」へ向かった。


 英雄は「明かりのない夜の町って、こんなに暗いものなんだ」と思う。

 弥平のもつ薄明かりで、なんとか後をついていく。


 そして三人は「泉屋」に着く。「吉田屋」の店番が、表門から「夜分におそれいります」と声をかけて、店に入っていく。その間、英雄は裏から弥平と一緒に、「泉屋」へ忍び込むこととなる。

 

 弥平は九字を切る。「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

「それ、なんですか」と英雄が訊く。

「うむ、こうして精神を集中させるのだ。それで忍び足ができる」



 先に弥平がなわばしごを使って塀に登る。その後を英雄が登る。英雄は体操部に入っており、運動神経は抜群であった。なんなく塀を乗り越えてしまう。


「よし、裏口から家に入るぞ」と弥平が言う。

 店の者はみな眠っており、店主が「なにごとでございましょう」と表から入った男に応対している。


「泉屋」は、驚くことに英雄たちが遊園地で入った忍者屋敷と同じつくりだった。

 弥平が英雄に「足音を立てないようにな」と小声で言う。二人は、そうっと廊下を歩いていく。


「たしか、ここに隠し階段があるはず」

英雄は言って、床板をはがす。

「なぜわかった」と弥平が訊く。

「いや、ちょっとね」と英雄はごまかす。「あった、あった」

二人は隠し階段を使って下に降りていく。


「この印籠だ」弥平が薬の入った印籠を見つける。「これを預かってくれ」と英雄は印籠を渡される。


 「泉屋」の店の者が異常に気がつき、「くせ者じゃ」と大声をあげる。


「おれがおとりとなって敵をひきつけている間、おまえは印籠を持って逃げてくれ」と弥平が英雄に言った。

「わかった」


 弥平は用意していた火薬に火を点け、煙を上げさせる。みな咳き込んでしまう。


 店の中が大騒ぎになる間、英雄はまんまと逃げおおせる。

ダッシュで「吉田屋」に戻る。


「薬を取り返してきました」と英雄が良江に言う。

「そなたの働き、あっぱれであった。礼をいうぞ」と良江が応える。


「英雄くん、ケガなかったんだね。よかった」と弥生が安堵して言う。


「ささ、薬を飲みなされ」吉田屋の店番が良江に薬を飲ませる。

「ふうー」と良江は深く息をつく。

「これでだいじょうぶなはずだ」と店番は言う。


 英雄は「ではぼくは役割を果たしたので帰ります――って、どうやって元の世界に戻ったらいいんだ!」と叫ぶ。


「まあまあ、異国の方、そう興奮なさるな。そなたにいいものを差し上げよう。願い事のかなう丸薬じゃ。これを一粒飲んで、願い事を唱えれば、望みどおりになる」

「本当ですか?」

「ああ、当家秘伝の薬じゃからな、効き目は抜群じゃ」と良江。


 英雄は言う。「じゃあ元の世界にワープするよ。弥生、しっかり手をつないで」

「うん」

「元の遊園地に戻りますように……」

 ごくり、と丸薬を呑み込んだ。



「英雄くん、だいじょうぶー?」と弥生が上から覗き込んでいる。

「あ、うん、だいじょうぶだ。こんなところに落とし穴があったなんて」

「英雄くん、頭を打って意識を失ってたみたいだけど、今、救急隊のひとが駆けつけてくれたからね」

 英雄は落とし穴から救出してもらう。


「弥生、おまえのご先祖さま、助かってよかったな」

「え? なんの話?」

「だから、良江さんのことだよ」

「英雄くん、夢でもみたんじゃないの? 良江さんなんて、わたし、知らないよ」と弥生が言う。

「一緒にワープしたじゃないか」

 弥生は救急隊員に言う。「このひと、頭を打っておかしなこと言ってるんです。病院で検査してください」

「わかりました。CTをかけましょう」

「おい、ちょっと、待ってくれよー」英雄は無理やり救急車に乗せられる。


 英雄は検査入院ということになった。検査結果はもちろん異常なし。

「ほらみろ、ぼくはおかしなことなんか言ってないだろ」と英雄は見舞いに来てくれた弥生に言う。

「まあ、英雄くんが無事でよかったわ」と弥生が応える。「今度のデート、どこへ行く?」

 英雄は「忍者屋敷だけは勘弁してくれ。もうこりごり」と頭を振って言った。

「うふふ、へんなの」と弥生が笑った。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。


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