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呼び出し

4月の中旬に出逢ったエル先生とは、5月も終わろうかという頃まで顔を合わせることはなかった。

それまでに先生からの連絡がなかったからだ。


毎日王宮に通って、ぺーぺーなりに走り回ったり、雑用を言いつけられたりして王宮内を歩き回っているのにすれ違うことすらなかった。


(本当は偉い人だったりするんだろうか・・・)


タイプライターでひたすら書類作成の手を止めてふと思った。


王宮に結構詳しそうだったしなぁ。

いやいや。そんな人なら僕みたいな下級文官なんかとは喋ったりしないだろう。


実家ウチは全くそうではないが、王宮ここは完全なる階級社会だ。

仕事場から食堂、そもそもの居住空間に至るまで、きっちり線引きされ、上と下の境界がはっきりしている。

年齢とかではなく、生まれの良し悪しで待遇の変わることに最初は戸惑いを覚えたが、今となっては完全に順応してしまった。

どちらかというとこの制度に感謝すらしている。


立場が上の人というのは、えてして態度が偉そうだ。空っぽの頭のくせしてふんぞり返って馬鹿みたいだ。

いや、空っぽだから頭が上に上がってくるんだな、きっと。


またルイン兄に聞かれたら苦笑されそうなことを思う。

そう言う人と付き合わずに済むから、今のところ気は楽だ。


グルグルグググ・・・


ハッとしてお腹に手を当てた。


「・・・お腹すいたなぁ」


今日は少し寝坊してしまって朝食を食べている暇がなかったのだ。

あと30分くらいでお昼だ。頑張ってこの山は処理しよう。


「今の音、何?・・・セイン、またお前か」

「またってなんだよ。またって」


まるで僕が欠食児童のような言い方じゃないか。


となりの机で僕と同じように書類作成していた同僚のルイスがニヤニヤ笑ってこちらを向いた。


ルイスは僕と同期で同じ下級文官だ。

エイプリルフールに何かしてくるというとこいつの顔が浮かぶほど、いつもからかわれている。


「そういや、風邪はもういいのか」

「え?・・・ああ、治った治った。このとおりピンピンしてるぜ。サンキュな」


タイプする手を止めずに会話をする。


正式な書類は、全部タイプして認証印を押されないと効力を発揮しない。

だから常にやるべき仕事は山積みだ。

とはいえ、僕たち下級文官が扱う書類のレベルはたかが知れているけれど。

主に、施行段階にまで降りてきた案件や、広報用の書類、あと正式ではないけれどきちんと印字されていたほうが良いものなど雑多だ。


「・・・終わった」


ガチャガチャと結構な音を響かせながらの作業が一段落すると、部屋には静寂が訪れる。

ホッとして椅子の背もたれに深く寄りかかった。


「セイン、俺もひと段落したから、一緒に飯、行くか?」

「・・・ああ、うん」


ルイスと連れ立って少し離れたところにある食堂に行く。



「しゃっ。今日はまだ空いてんなー。ラッキー」


入ってすぐルイスは小さくガッツポーズして言った。


この食堂は僕たちみたいな下級文官や下級軍人、使用人などが主に利用する。

他にも王宮に食料などを届ける商人たちもここで食事をするし、一般にも解放されているので常に混雑しているのだ。


今だって空席は数える程しかない。あるだけマシだけど。

いつもなら空席がないから食器を持って外に行かなきゃならない。雨だったらもう最悪。


「俺、今日のオススメ定食にすっけど、お前は?」

「チーズサンド」

「またそれかぁ?いっつもそれじゃね?」

「だって一番安いし」


ルイスは三番目に高いメニューを注文していた。

僕はいつもと同じ。チーズサンドとミルク。

これでも栄養バランスは気にしている方だ。野菜がないのは分かってる。だって高いんだ。


そんな僕にルイスは溜息をついていたけれど、気にしない。

ウチのモットーは「正直・誠実・清貧」だからね。


一緒にテーブルに陣取った僕たち二人は、階級こそ同じだけれど、食事の格差は甚だしかった。

いつものことだ。


慎ましい生活の僕のウチと違い、ルイスの実家は結構裕福らしい。

実際彼から聞いたわけじゃないけれど、着ている物とかこういった食事内容とか、それを選ぶときの頓着のなさから坊ちゃん育ちっぽい匂いを感じたのだ。

羨ましくないわけじゃないけれど、僕は僕で今の境遇に不満を持ったことはないから特になにも言ったことはない。


裕福な暮らしというのは、一見凄く良いもののように見えるけれど、それ以上に責任を負わなくちゃならない。


僕たちは貴族だから。


自分で畑を耕して食物を得ているわけじゃないから。


領民から収めてもらう分、彼らの生活に対して責任が生じる。

僕たち、トルフィードの人間はそれを代々聞かされて育った。

だから領民の人たちとの関係はすこぶる良い。

それが僕らの誇りでもある。




「ご馳走様でした」


なるべく噛むようにしているが、値段なりの量なので食べ終わるのも早かった。


「もう食べたのか。早食いは体に悪いぞー」

「うーん。そういうんじゃないけど。悪いけど、僕先に戻るね。結構残ってるんだ」

「え、ああ、そうか。・・・あんま根詰めんなよー」


ヒラヒラと手を振るルイスに手を挙げて、仕事場に戻った。


仕事は好きだ。

時折単純作業で飽きたりするけれど、メモ書きみたいなものをきちんとした形のある書類にするのはやり甲斐もあると思うし、楽しい。

ただタイプしてるだけでは成長しないなと思って、最近では書類の中身を理解できるように、帰ってから勉強もし始めている。


「・・・あれ?」


部屋に入って自分の机に向かうと、一羽の鳩がとまっていた。

足になにか括りつけられている。


「伝書鳩・・・?」


僕宛・・・?


括りつけられていた物を取り外すと、鳩は二三度羽ばたいてから空いていた窓から出て行った。

散った羽毛を手で払いながら椅子に座る。


くるくると巻かれた紙を広げて読んだ。

小さなその紙片には『セインくん。明日の午後、仕事が終わり次第、食堂で。エル』という簡潔な文がしたためてあった。


「・・・僕のこと、忘れてなかったのか。先生」


思わず呟いた。


結構たっても連絡がなかったので、忘れられているのではないかと思っていた。

それはそれで腹が立つが、そもそも得体の知れない変な人なんだからあまり期待はしないほうがいいのだろうなと。


でもいきなり明日って・・・。


僕の予定も(いや、特に無いんだけど)考えて欲しいものだ。

ふぅ、とため息を吐き出す。

僕は紙片をポケットにねじ込んで、タイプライターに向かった。





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